初雪や水仙の葉のたわむまで

【初雪散歩】

青森市の初雪

朝起きて窓の外を眺めたら、一面の白い雪。
私にとっては、今朝の雪が初雪で初積雪。
青森地方気象台によると、昨夜の9時前に青森市に初雪が降ったという。
その頃はお疲れで、めずらしく早く床に入っていたから初雪は見ていない。
今年の青森市の初雪は、平年より16日遅く、去年よりも6日遅いという。
平年よりも温暖な晩秋の結果である。

ともあれ、今朝の雪が、私が目撃した2018年の青森市での初雪と初積雪。
初雪といえば、芭蕉にはいくつかの初雪の句がある。
以下の句は、遅い初雪の年に作られた一句。

貞享三年の江戸の初雪


初雪や水仙の葉のたわむまで
松尾芭蕉

「芭蕉年譜大成(著:今榮蔵)」によれば貞享三年十二月十八日の作とされている。
この日は新暦の一月三十一日に当たるという。
江戸であっても、一月末に初雪とはかなり遅い。
掲句と同日に作られた句と推察される「初雪や幸ひ庵にまかりある」の前書きを、芭蕉は以下のように書いている。

「我が草の戸の初雪見んと、余所にありても空だに曇り侍れば、急ぎ帰ることあまたたびなりけるに、師走中の八日、はじめて雪降りけるよろこび」(芭蕉年譜大成より引用)

「私の暮らしている庵で初雪を見ようと、外出していても空が雪雲で暗くなると、急いで帰宅することが何度もあるなかで、師走の中旬の八日目(十二月十八日)、ついに初雪が降った喜び(を句に詠んだ)」

芭蕉は、やっと初雪が降ったのを喜び「初雪や幸ひ庵にまかりある」に次いで「初雪や水仙の葉のたわむまで」と詠んだ。
芭蕉四十三歳のときである。

さりげない日常を平易な言葉で

貞享三年は、春に芭蕉庵において、蛙の句二十番句合が興行された年。
松尾芭蕉の句として世間に知れ渡った「古池や蛙飛びこむ水の音」が生まれた年である。
その年の冬に、芭蕉は初雪と水仙の句を詠んだ。
「古池や・・・」と掲句、どちらも平易な言葉でさりげない日常の光景を詠んだ句である。

水仙の別名は雪中花。
水仙の花は、冬から春にかけて咲くという。
青森市では水仙が咲くのは、春の雪どけのころであるが、東京地方では真冬に水仙が開花する。
新宿御苑の日本水仙(ニホンズイセン)の見頃の時期は十二月上旬から二月上旬ごろだとされている。

とすれば、芭蕉が水仙の葉に積もった初雪を見たときは、水仙の花が咲いていたことだろう。
「初雪や水仙の」の「水仙」は「水仙の花」をも表しているのだ。

取り合わせが軽妙

貞享三年は、芭蕉が第二次芭蕉庵で暮らしていた時期。
その冬に、芭蕉庵に初雪が降るのをいまかいまかと楽しみに待っていた芭蕉。
それは、花開いた水仙と初雪との取り合わせを見たかったからではないだろうか。

心配なのは、どっさりと初雪が降っては水仙がつぶれてしまうこと。
その心配が、「急ぎ帰ることあまたたびなりけるに」にあらわれている。
それが、水仙の葉がたわむ程度にうっすらと雪化粧。
花のしたで、緑の葉と白い雪の色の取り合わせが美しい。
まさに、心待ちにしていた初雪が降ったのである。
雪と葉の「たわむまで」という調和と均衡。
その軽妙さ。

さらに、「初雪や水仙の葉のたわむまで」には動きの面白みがある。
時間の推移とともに初雪がとけて緑の葉の上を流れ、雪のかすかな重みにたわんでいた葉がしなやかにもとに戻る。
水仙の花は、そんな時間の経緯をじっと見ている。

初雪や水仙の葉のたわむまで

そしてこの年の最後の句が「月雪とのさばりけらし年の暮れ」。
「月」といえば、「名月や池をめぐりてよもすがら」もこの年の作である。
「月や雪やと、今年は、いろいろな言葉を思いのまま自由にやってきたことだなあ」という芭蕉の、貞享三年の〆の句であるように思われる。


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