2021/03/23

雪の脈

まえがき 


中学時代の同級生の霊が、探偵の上あごの犬歯に乗り移った。
その霊の依頼で探偵がたどり着いた所は、津軽海峡を見下ろす岬の断崖だった!


「津軽カイキオ」というオモロイ筆名で「第31回ゆきのまち幻想文学賞」に応募した「雪の脈」という題名の作文は、落選だった。
久しぶりの応募だったが、ハシにもボーにも引っかからなかった。

こんな下手な作文でも愛着があるので、このブログに転載した次第。
なお、本稿は縦書きだが、横書きのブログ文のため、読みやすいように改行を頻繁に行っておりやす。

本編 


雪の脈       津軽カイキオ
 
 どういうわけか、私の歯にスジが乗り移ったみたいだ。このあいだからグラグラ動きだしている上あごの犬歯に、スジの霊が憑りついたようなのだ。

 スジというのは、私の中学時代の同級生だった男だ。彼は、その地方一帯に悪名をとどろかせた不良だった。私は中学時代、スジに何度も叩かれた。私に対するそんな攻撃が、あるときを境にぱったりと止んだことがあった。

 北国の村が激しい風雪に見舞われた日だった。スジは、地吹雪が頬を叩く野原で、私を殴ったり蹴ったりした。その日はそれで治まらなかった。まるで吹雪の空がスジの残虐な衝動を煽ってでもいるようだった。

 スジは、倒れた私の体に馬乗りになって、私の首を絞め始めたのだ。首を絞めながら、私の頭を雪の中へ押し込んだ。私はスジの手から逃れようと必死に頭を振った。すると、スジの上体が傾き、首を絞めていた左手の親指が、私の口の端にずれてきた。私は、その親指に鋭い犬歯で思いきり噛みついたのだった。風のうなり声をかき消すような悲鳴が響いた。

 左手をだらりと下げて、スジはよろよろと立ち上がった。親指の根元あたりから血が噴き出して、私の顔に流れ落ちていた。横なぐりの吹雪が、風下に飛び散った血を、あっという間に白く覆い隠した。

 
 翌日の早朝、スジを従えた彼の母親が、家に怒鳴り込んできた。彼の母親は、村の人たちからキエさんと呼ばれていた。

 キエさんは目鼻立ちの整った顔をしていて背が高く、どこにいても目立つ存在だった。彼女のスラリと伸びた白い脚を、中学生の頃の私は、幾度盗み見したことだろう。

 キエさんは、美しい顔を妖しくゆがめて、私の父を脅した。スジの腕をとって、それを父の顔の前に突き出しながら「おたくのケダモノのせいで七針も縫ってこのザマさ、どうしてくれるのだい」と凄んだ。スジの手は、手首から指の先まで白い包帯で巻かれていた。包帯のいちばんふくらんだあたりに、赤い血がにじみ出ていた。気の弱い私の父は、スジの母親に相当額を払ったらしい。

 それ以後は、スジに叩かれることはなくなった。キエさんとは道で何度かすれ違ったことがあったが、彼女はいつも無言で私をにらみつけるばかりだった。

 私は、あの事件以来キエさんを身近に感じていた。キエさんに憎まれながらも、なぜか私は彼女に認められたような気になっていた。


 あれから何年たっただろう。またこうして、私はスジと出会う破目になったのだ。私の上あごの犬歯に乗り移ったスジと。

 私は、グラグラ動いている歯を舌の先でそっと押してみた。

「おい、なめるんでねーよ」

 怒鳴り声が耳に響いた。「ねーよ」と長く伸ばす口癖はまちがいなくスジのものだ。私の右上あごの犬歯がスジの声の出どころだった。でも、何がどうしたことだろう。

「そんなこと知るかよ」とスジの声が怒鳴った。

 その怒鳴り声に、吹雪の日のことを思い出した。空が獣のように吠えて、白い闇に覆われていたあの日。雪の中でスジの親指を犬歯で噛み切ろうとしたことに因縁があるのだろうか。


 雪が降り積もると、その上に足跡が刻まれ、道ができる。誰が作ったのでもないその道をいろいろなモノが通る。
 祖母が、子どもの頃の私にそう語ってくれたことがあった。その道は「雪の脈」とも呼ばれていると。雪の中に棲むモノは雪の脈でつながっているのだと。  


 今年の冬は、例年になく雪が多い。東京に雪が降り出した頃から私の歯が疼き出し、グラグラ動くようになったのだ。  

 スジが私の歯に乗り移ったってことは、あいつはもうこの世の者じゃないのか。今更のようにそう思ったとき「そうよ、俺は死んだのさ」と歯が静かに言った。

 当時の同級生の噂では、スジは札幌でアウトローとして名を上げていたのだが、モメゴトを起こして東京へ逃げたということだった。おそらく逃亡先に追手がかかり、スジは殺されてしまったのだろう。

「こうして俺が出てきたのは、探偵のおまえに頼みごとがあるからだ」

 私が探偵業をやっていることは、裏社会で生きてきたスジにはお見通しだったようだ。

「そうかい、俺の調査料は高いぜ、あんた金があるのかい」

 私は、歯を舌先でグラグラさせた。

「おい、てめえ、なめるんでねーよ、てめえが俺の母ちゃんに色目を使っていたのは知っているんだからな」

「何を言い出すんだ、色目だなんて」

「けっ、うろたえやがって。いいか頼みってのは、俺の母ちゃんと父ちゃんのことを調べてくれってことさ」

 スジは中学校を卒業することもなく家を出て北海道に渡ったのだった。それっきり実家とは連絡をとっていなかった。自分の父親と母親が、今どうやって暮らしているのかを調べてほしいということだった。幽霊なんだからそれぐらい自分で調べろよと言いそうになったが、スジは頼みごとを言ったきり黙りこんでしまった。私が舌で歯をグラグラさせても怒鳴ることもなかった。スジは死んで気持ちが穏やかになったのだろう。年老いた親の身を案じているのだ。

 
 スジに言われて私は、キエさんのことを懐かしく思い出した。彼女は今、どうしているのだろう。気晴らしに生まれ故郷に帰ってみよう。汚れた雪の上にゴミが散乱している雑居ビルの駐車場へ向かった。そこに、私の愛車であるオールズモビルのクーペを置いてある。私は、首都高から川口ジャンクションを経て、雪の東北自動車道へクルマを走らせた。


 故郷で聞いた話だと、スジの両親は、彼の出奔後、村を離れていた。この村の北にある半島の突端で、トンネル工事が始まった頃だという。全国から工事関係者が小さな町に押し寄せていた。キエさんは、これをチャンスと思ったのだろう。夫のタカを説き伏せて、タカとともに岬の町でスナックを開いたのだ。美人ママのいる店ということで、キエさんのスナックは評判になった。タカも、金回りが良くなったので喜んでいたらしい。

 だが、そんな日々も長くは続かなかった。キエさんが、常連客の若いエンジニアと恋仲になったのだ。スジが都会の雑踏に憧れたように、キエさんもシャレた都会風な言い回しに惹かれたのだろう。

 キエさんは、自分の感情を隠せない人だった。若い男との関係は、すぐにタカに気づかれてしまった。

 タカもまた息子同様、自身の衝動を抑えきれない破滅的な男だった。タカは、キエさんと若い男の逢引の現場に乗り込んで刃物を振り回した。恐怖にかられた若い男がアパートの階段を転がり落ちる。キエさんは寝間着のまま、二階の窓から雪の上に飛び降り、海の方へ逃げた。


 真冬の黒い雲が、強風に飛ばされて、海峡の空を西から東へ走っていく。黒い雲の隙間から、時折差し込む陽の光が、切りたった断崖に濃い影を作っている。何年たっても変わらない冬の岬の光景だ。

 岬の丘を襲った強風に、キエさんの寝間着が剥ぎ取られ、彼女は雪の上にしゃがみこんだ。

 目撃者の話では、キエさんの名を叫んだタカが彼女に抱きつき、その直後、二人の姿は丘の上から消えたということだった。海流は黒い大蛇のように海峡の中をうねりながら、日本海から太平洋に向かって流れている。二人の体は、海流のうねりにのみ込まれてしまったのだろう。


 こうして、スジの両親の物語は北端の地で果てたのである。これが、私なりの調査の結末だった。

 岬の丘の上に立って、私はスジの反応を待った。彼は、東京を出たときから黙ったままだった。舌先で歯を強く押しても、もう何もしゃべらない。スジは、両親の末路の地を見届けて、成仏してしまったのだろうか。

「な、どうなんだ、スジよ」

 私が舌で歯を押したとき、それはポロリと抜けて、口の中に転がった。歯槽の溶解が進んでいたとは言え、失うにはもったいないほどの牙のような歯だった。その犬歯を、雪が舞う海峡の海に放った。中学生の頃の雪の脈をたどって、スジが私の犬歯に乗り移ったのなら、スジの霊魂を雪の海に葬ってやろう。キエさんとタカが眠っている海に。

 小さな白い塊は、すぐに見えなくなった。

「スジよ、キエさんよ、タカよ、あの世で仲良くしてくれよ」

 そう祈った。行きどまってこの場所に立ち尽くしたキエさんの姿を想像していた時、昔読んだ小説の題名が頭をよぎった。

「さらば愛しき女よ」

 ストーリーはすっかり忘れているのに、なぜか題名だけが思い浮かんだのである。


 「ハードボイルドぶってるんでねーよ」

 空耳か風の音か、海の方からスジの声が聞こえたような気がした。


あとがき(反省点)


「雪の脈」という素晴らしいテーマ(自賛)に、ピントが合ってなかった。
テーマがカッコ良すぎるわりには、作文は説得力に欠いていてピンボケ。
これがイチバンの欠陥。

全体に説明的で、物語の調子がギクシャクしている点。
これがイチバンの下手。

「た」という同一音の語尾が続く箇所が多くあって、読物として文章が単調すぎるところも良くないぞ。

レイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき女よ」を隠し味にしたのは、未熟者のクセにカッコつけすぎ。

雪の登場がくどいぐらい多いのも難点。

あとは、「暴力シーン」や「残虐シーン」や「死」が目立っている点。
「ゆきのまち幻想文学賞」はメローなファンタジーでなければね。

もちろん、「暴力シーン」や「残虐シーン」や「死」が目立っていても、超優秀な「読物」なら賞に届くことでしょう。

※この応募作は、以前このブログに書いた「さらば愛しき女よ」が元ネタす。
これを原稿用紙10枚にまとめたものが「雪の脈」。

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