2021/05/25

原尞氏の探偵沢崎シリーズ長編第三作「さらば長き眠り」を読んだ感想

原尞(はら りょう)著「さらば長き眠り」ハヤカワ文庫

これらに続く原尞氏の探偵沢崎シリーズの長編第三作「さらば長き眠り」を読んだ。

この小説も前二作同様、読者の本を読むスピードが加速するタイプの読物である。
一気に読める娯楽小説となっている。


あらすじ

四百日ぶりに東京に戻ってきた沢崎が、留守にしていた探偵事務所の廊下をねぐらにしている浮浪者(桝田啓三)を見つける。
その浮浪者から、一か月ぐらい前に探偵事務所に客(依頼人)の訪問があったことを告げられる。

一年ちょっとの間、探偵稼業を休んでいた沢崎は、仕事にありつくために訪問者である青年(魚住彰)を探し始める。
その青年は、八百長疑惑をかけられた元高校球児だった。
彼の八百長疑惑直後に、マンションの自室から義姉(魚住夕季)が投身自殺したという。
青年は、義姉の自殺の真偽についての調査を沢崎に依頼する。

警察発表によって自殺と報道された魚住夕季の死は、自殺だったのか他殺だったのか。
調査を進めていくうちに沢崎は、甲子園大会八百長疑惑事件と、疑惑が無実だった高校球児の姉の投身自殺に関する意外な真相にたどり着く。

バラエティに富んだエピソード集

物語の結末は、読者にとっては遥か彼方にある。
その彼方に作者がいて、読者を「彼方」までの道筋へ誘導する。
道の途中には、読者を楽しませる様々な仕掛けがある。
読者はいろいろな登場人物に出会う。
そこで読者は、自身の日常生活では体験しがたい新鮮な驚きを得る。

道筋は平坦ではない。
紆余曲折しながらも、読者がいろいろなエピソードを読む楽しさ。
結末への長い道のりを読者にたどらせた作者は、ここぞとばかり探偵沢崎に謎を解明させる。
読者は、たどってきた道のりを振り返りながら、溜飲を下げるのである。
誤解を恐れずに言うなら、原尞氏の長編探偵小説は、バラエティに富んだエピソード集であると感じている。
この物語の最大の仕掛けは、魚住夕季の自殺は他殺であるかもしれないという「真相」に読者を誘導していることだろう。

今回もいろいろな人物が登場する。
特に浮浪者の桝田啓三の生き様は、探偵沢崎に通じるものがあるように描かれていて面白い。
安定を好む世間からは疎まれがちな、探偵と浮浪者という共通点もある。
桝田啓三は、もともと高名な建築家であったという過去を持っている。
探偵沢崎の過去を暗示するような浮浪者の登場なのかもしれない。

読者も調査料を払っている

探偵沢崎に高い調査料を払っているのは、物語に登場する依頼人と読者である。
依頼人は調査料と必要経費を払い、調査結果を確認する。

個々の読者は、すでに払っている文庫本の購入代金を思い出しながら、こんなに楽しんだのだから安い買い物だったなと、おおかた満足する。
そんな読者が増えれば、文庫本の売り上げは倍増。
探偵沢崎を生み出した作者は、読者からの高額な「調査料」を受け取るのである。

自虐的な探偵

「さらば長き眠り」に登場する依頼人である魚住彰は、本編の最後に、沢崎に以下のように告げる。 

「結局、ぼくのやったことは、本当にどうしてもやらなければならないことだったのかどうか、わからなくなってしまいました」  
これに対して沢崎は、以下のように述懐している。
私は何も言わなかった。依頼人が調査の結果に失望することには慣れていた。いや、むしろ彼らはこの事務所を訪れたことを後悔しながら去っていくのが普通だった。
主人公の、自虐的とも受け取れる述懐である。

作者は、いろいろな登場人物に沢崎の仕事ぶりに対して罵倒的なセリフを言わせている。
特に錦織警部の罵りが目立っている。
錦織警部は、警官として先輩で自身を育ててくれた渡辺が、自分を裏切ったという因縁がある。
渡辺とは、元警官で、沢崎が勤務する渡辺探偵事務所の所長だった男。
渡辺は、探偵時代に引き起こした錦織警部や沢崎に対する裏切り行為(おとり捜査中に一億円と三キロの覚せい剤を強奪)などで失踪中の身の上である。

錦織は、渡辺に対する憎悪を、渡辺不在のまま渡辺探偵事務所でひとり奮闘している沢崎にぶつけているのだ。
彼は、沢崎が渡辺とグルなのではないかという疑いを抱いている。
錦織周辺の刑事たちも、沢崎に対しては錦織と同様の心情である。

そんな罵倒攻勢に半ば自虐的になりながらも、沢崎は平然と仕事をこなしている。
自身に向けられる罵りや蔑みを、進んで獲得しようとしているような、仕事に対しての身の入れようなのだ。
それが探偵沢崎シリーズの特徴である。

探偵に対する批難

以下に、「さらば長き眠り」のなかで探偵を罵るいくつかのセリフや述懐をあげてみよう。

錦織警部の沢崎に対するセリフ。
「ちかごろは弁護士の肩書を詐称したりして不当に稼いでいるのか」
「フン、自分の眼の前にいるのが私立探偵などという馬鹿げたものだと誰がとっさに思いつくか・・・」
沢崎が魚住に言った自嘲的なセリフ。
「探偵になれるのは他人のトラブルが飯よりも好きな人間なんだ」
藤崎夫人が電話で沢崎を罵倒したセリフ
「あなた、いい加減で何の役にも立たないような仕事を一週間も十日も続けて、調査費だか何だか知らないけど、まだ子供みたいな魚住君から騙し盗るような真似はやめなさいよ」

秋庭朋子が沢崎の背中に言ったセリフ

「ひどい仕事をしているわね」
錦織警部が新宿署で沢崎に言ったセリフ
「おまえは泥棒ネコみたいなのぞき屋の仕事が根っから好きなんだ」
佐久間弁護士が沢崎から探偵の肩書の名刺を受け取った時の沢崎の述懐。
彼女はあらためて私の顔を見直したが、そこには明らかに侮蔑の色が混じっていた。
スナック「ダッグ・アウト」で藤崎夫人が沢崎に吐いたセリフ。
探偵という仕事は、亡くなった人の名前を騙るような非常識な電話をかけたり、非常識な時間に人を訪ねたりしないではやっていけない商売なの?」
「高い料金を払って、身の安全一つ守ってもらえないようじゃ、いったい何のための探偵なのよ」
「この人たちの仕事って、結局は他人の秘密を暴くようなことでお金を稼いでいるだけなのよ」
大築右近邸で大築春雄が沢崎に対して言ったセリフ。
「あなたの取っているような態度は非常識だということはわかっているでしょうね」
読者は、上記のような罵声に平然と構えながら、頭脳を働かせて謎を解いていく沢崎に共感を覚えるのである。

突然の謎解き

その頭脳の働きには驚くばかりである。

沢崎の協力者となった浮浪者の桝田が何者かに連れ去られたとき、ほんの少しの情報で、沢崎はその犯人を見破る。
しかも突飛な方法で暴力団の事務所に侵入し、清和会の橋爪の元から桝田を救い出し、二人とも無事生還する。

三鷹商業の野球部の有力選手だった魚住彰に、八百長の話を持ち込んだのは義姉の魚住夕季であると、魚住彰が隠していた事実を暴いて見せたり。
なんの脈絡もなかったので、これには多くの読者がびっくりしたに違いない。

魚住夕季の投身自殺の目撃者だった秋庭朋子の証言の嘘を突然見抜いたり。
実は彼女自身の目撃談ではなく、彼女が部屋に連れ込んだ行きずりの男が部屋の窓から見た目撃談を聞いて、それを自分が目撃したように警察に証言したことを明らかにしたのだ。
これにも、多くの読者がびっくりしたに違いない。

大築邸で大築百合を名乗った女性を、ちょっと身長が足りないということで、瞬時のうちに彼女は大築百合ではないと見破ったり。
マンションの部屋から投身自殺したのは、魚住夕季ではなく大築百合であると見抜いたり。
この瞬時の推理力にもびっくりだった。

魚住彰の八百長事件の影の仕掛け人を、新庄祐輔と見破ったり。
これもかなり唐突な展開であった。

推理小説と探偵小説

そういえば、第二作の「私が殺した少女」の終盤でも、突然謎を解明するシーンがあった。
ここで思うのは、推理小説と原尞氏の探偵小説の違いである。
素人ながらも私がイメージしている推理小説とは、徐々に氷が溶けるように謎が解き明かされていくというもの。
そのなぞ解明には、理屈が伴わなければならない。

ところが、原尞氏の探偵小説は、突然ストンと沢崎が謎を解明してしまうところがある。
なぜか。
それはハードボイルドだからなのではないか。
謎を理詰めで解明する面白さよりも、謎に立ち向かう探偵の生き様を描いた面白さの方を、原尞氏は、ハードボイルド探偵小説において優先しているのだろう。
つまりは、探偵のカッコつけ優先。
そんなことを考えると、理屈無しの突然の謎解きも有りなのかなと思ってしまう。

能楽という不協和音?

この物語の中盤ぐらいから、もうひとつの物語が加わる。
上述した大築百合は、日本の古典芸能である能楽の一流派「大築流能」の宗家(家元)の次女である。
もちろん「大築流能」は原尞氏が創作した架空の流派。
物語に能楽を持ち出したことで、この探偵小説に「格式」というイメージの幅を持たせようとしたのか。
だが、どうもしっくりこない。
宗家の物語が、本筋の物語とうまく溶け合っていないように私は感じている。

物語に能楽を持ち出した作者の思惑は何なのだろう。
それは、世阿弥の「風姿花伝」の書にある言葉。
多くの日本人が知っている「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」という方法なのかもしれない。

小説に例えれば、「花」とは小説を読んで面白い・珍しいと感動すること。
「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」とは、物語の面白さや珍しさを読者に予期させてはいけないということ。
この物語の面白さについて、読者に「予定調和」のような予備知識を持たせてはいけないということだろう。
隠されていた意外性が読者の感動を大きなものにするという考えがあるのかもしれない。

若い女性の投身自殺事件に「能楽」という不協和音を奏でることで、この事件の特徴を際立たせようとしたのだろう。
作者はジャズの奏者でもある。
不協和音の刺激感・攻撃性・不快感が生み出す効果については、よくご存知のことだろう。

作者は、最後の最後に、読者が予想もしない真相を探偵沢崎に解き明かさせる。
どうしてそんな真相に、突然、沢崎が近づけたのか。
それは秘密。
その違和感は、秘すれば花。
なんて感想は、私の思い過ごしだろうか。

渡辺の死

沢崎が、四百日もの長い期間、東京から離れていたのは、失踪した渡辺を探していたからだった。
渡辺の病状が悪くなりつつあることを感じた沢崎は、九州で病床の渡辺を探し当て、その最期を看取ったのだった。

このシリーズで、影のような存在だった渡辺は、その影のような存在が暗に示していたように、この世から消えたのである。
強奪した一億円には、ほとんど手を付けていなかったとのことだが、何やら不思議な存在である。

魚住彰の一件が解決した後、沢崎が渡辺の死を錦織警部に伝えるシーンがある。
沢崎は渡辺の死の概要を淡々と錦織に伝え、錦織は短い質問をしながら淡々とうなずくばかり。
渡辺の下で二十年近く刑事として過ごしてきた錦織。
作者は、錦織の内面の感情の動きを描いてないが、無骨な男の感情が読者に伝わるようなシーンである。
原尞氏が描いたハードボイルド探偵小説の名場面と言っても良いだろう。

この後は(まとめに代えて)

そういえば第二作の「私が殺した少女」でも、読者を探偵小説の予定調和的な展開に誘い込みながら、最後の最後に読者が思いもかけない真相を、探偵沢崎が解明していたっけ。

こうして連続して三作を読み終えてみると、私なりに一番面白かったのは、第一作目の「そして夜は甦る」だった。
はじめて出会った錦織や橋爪や相良や渡辺などの、多彩な登場人物の印象が生々しいものだったからだろうか。

なんか、回を重ねるごとに、だんだんつまらなくなるなあ(独り言)
まあ、こうして下手な感想文を書いて楽しんでいるんだけど。

さて、この後、原尞氏の探偵沢崎シリーズ四作目の「愚か者死すべし」を読むのかどうか。
ネットでの評判は、どうもイマイチらしいのだが・・・・


※文中の赤文字は「さらば長き眠り」からの引用。