雑談散歩

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津軽半島・今別町鍋田の稲荷神社へ、ハリギリの巨樹を見に行った

大ハリギリの説明看板

津軽半島散策ドライブの途中、「鍋田(なべた)の大ハリギリ」に立ち寄った。

今別町の鍋田地区に、村社の小さな稲荷神社がある。
この鍋田稲荷神社の御祭神は保食神(うけもちのかみ)とのこと。
保食神は、食物の神様とされている。


稲荷神社が鎮座される以前はどうだったのだろう。
この地で大ハリギリが大きく育つにしたがって、まず巨樹にたいする村人たちの信仰心が芽生えた。
最初は大ハリギリそのものを祭っていたと想像できる。

そののち、村人たちの民間信仰の地に村の有力者が、保食神を分祀(ぶんし)して稲荷神社を設けた。
当時の権力者は、津軽半島の土着の文化よりも、西の文化を重んじたはず。
なので権力者は、村人たちの巨樹に対する信仰心を、「政府刊行物」で「由緒」ある「日本書紀」に記載されている神様への信仰心にすり替えようとしたのではあるまいか。

だが、土着の文化は滅びなかった。
鍋田の村人たちの大ハリギリに対する信仰心は篤かったのである。
現在では、民間信仰と日本神話の神様が共存している。
大きなハリギリと小さな神社を眺めながら、そんな空想を楽しんだ。

鍋田稲荷神社の境内の道路寄りに、上の写真の看板が建っている。
以下は看板からの抜粋である。

鍋田(なべた)の大(おお)ハリギリ
Mabeta Giant Aralia

ハリギリ(針桐/学名:Kalopanax septemlobus)は、ウコギ科の落葉高木・広葉樹です。木材用語ではセンノキ(栓の木)と呼ばれる木材で、葉がカエデの葉に似ており、天狗のうちわのように見えることで知られています。
『鍋田の大ハリギリ』は、神木として地域住民から親しまれていますが、あらためて全国データ※1と比較した場合、第1位だとされている鹿児島県屋久島にある「花山歩道のハリギリ」には劣りますが、第2位の長野県箕輪町にある『宮脇のハリギリ』に匹敵するほどの巨木であることがわかっています。

樹木データ(2017年現在※2
生息地:今別町鍋田関口(鍋田稲荷神社境内)
樹 種:ハリギリ
樹 齢:500年(推定)
樹 高:27m(実測値)
幹回り:645cm(実測値)

※1.データ参考:宮 誠而(2016)「巨木学」
※2.データ参考:齋藤 嘉次雄(2010)「青森県の巨樹・古木を訪ねて」東奥日報社


推定樹齢が五百年とは!
五所川原市金木町のヒバの巨樹「十二本ヤス(推定樹齢八百年)」には劣るが、なんと濃密な時間の蓄積であることか!
大ハリギリの存在感は、五百年という時間の重みなのだろう。

「鍋田の大ハリギリ」は、五百年間という濃縮された時間の姿なのかもしれない。
今から五百年前というと、16世紀の日本。
16世紀の中期は、安土桃山時代と日本史で区分されている。
織田信長とか豊臣秀吉といった当時の日本のリーダーたちが躍動していた時代。
津軽地方では、安藤氏や南部氏、そして大浦為信(のちの津軽為信)が駆け回っていた時代である。

そのころの津軽半島を見ながら育ってきた大ハリギリ。
もし、大ハリギリの記憶を引き出すことが出来たら、いろいろな見聞を知ることができただろう。
などと妄想を膨らませて、大ハリギリの巨樹に触れてみた。


鍋田稲荷神社。右横にハリギリの巨樹が見える。

太い枝がうねるように上へ伸びている。

ハリギリの樹皮。

老樹なので大きなコブがあちこちに。

ハリギリの葉は、カエデの葉に似ている。掌状に5~9裂するらしいが、上の写真ではちょっとわからない。葉はすべて高い場所にあったので、形を確認することができなかった。


この70歳のションベンタレの広げた腕の幅は160cmぐらい。幹回りが645cmであるから、このションベンタレが4人集まると、やっと幹を一周できることになる。
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