雑談散歩

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芥川龍之介の小説「トロッコ」の思い出

CorelDRAWで描いた昔のトロッコのイラスト(作:ブログ運営者)

私が初めて読んだ芥川龍之介の小説は「蜘蛛の糸」で、二番目が「トロッコ」だった。
ふたつとも学校の教科書で習った。
読書好きな生徒は別にして、おそらく私と同年代の多くの方も、そうだったのではあるまいか。

「蜘蛛の糸」は、小学校五年か六年の国語の教科書で読んだような気がする。
もしかしたら、「道徳」の教科書だったかもしれない。

「トロッコ」は、村の中学校の一年生だったか二年生だったか。
国語の授業時間に、教師が数人の生徒に「トロッコ」を朗読させた。

顔が似ているので「トニー谷※」というあだ名を、陰で生徒達からつけられていた国語教師は、「トロッコ」の最後の部分を私に読ませた。
顔は「トニー谷」似だったが、冗談はあまり言わないクールな先生だった。

読み終えた私に、先生が問題を出した。
大人になった良平はどうして「塵労(じんろう)に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している」と思ったのか、と。

私は、ある程度、この手の質問を予期していた。
「作者は読者に、どんなことを伝えたかったのか」とか「この文章は、作者のどんな考えを表しているか」とかをよく訊く理知的な先生だったからである。
「小説を読むときは、常にそういうことを考えなければならない」というのがこの先生のモットーだった。

それは、情念的な私にはとても難解だった。
そんなことは、オラにわかるはずがない。
考えても、何も思い浮かばない。

すぐに「わかりません」と答えたら、「どうしてわからないのか」と、先生は私に詰め寄った。
私は「オラの頭が悪いからだべさ」と言った。

クラス中がどっと爆笑した。
意外だった。
みんなを笑わせるための冗談を言ったのではない。
ほんとうに、頭が悪いからわからないと思ったのだ。

クラスのみんなは、答えをわかっているのだろうか、と秘かに不安になった。
オラだけが知らないのか・・・・・

先生も、ちょっと笑ったようだった。
「『ジンロウ』とか『ダンゾク』の言葉の意味が解らないから、答えがわからないのだろう」と先生は私に、言い含める様に言った。

もちろん、それらの言葉の意味は知らなかった。
たとえその意味を知ったところで、オラには、わかるはずがない。
作者が何を言いたいかなんて、考えたこともない。

そんな私が小説を読むようになったのは、高校に進んでからだった。
学校の授業についていけない憂さを、小説を読むことで晴らしたのだ。

私が読書に求めたのは、「面白い話」と「かっこいい文章」。
山本周五郎の平易で淡々とした文章が好きだった。

高校をなんとか卒業して都会に出てから、読書好きな友人ができた。
物知りな彼は、なにかの拍子に、芥川龍之介の「トロッコ」は盗作だと私に語った。
なんでも、弟子が書いた小説の原稿を、自分のものとして発表したのだと。

彼の話を聞いた私の脳裏には、中学生だった頃の国語の授業のシーンが蘇った。
クラス中大爆笑。
あの大爆笑の理由は、ずっとわからないままだった。

私は、「クラス中大爆笑」の頃以来10年ぶりぐらいに「トロッコ」を読んだ。
そう言われれば、「トロッコ」には、秀才である芥川龍之介に独特な、博識を披露するような文章は見当たらない。
巧みな情景描写や、巧みな心理描写もない。
どちらかというと、芥川龍之介らしくない朴訥な表現が目立っているように思われた。

そんな感想を抱いてから40年近く過ぎた。
70歳を過ぎてから芥川龍之介の「藪の中」を初めて読んだ私は、それに続いて「トロッコ」を再読してみた。

良平少年の移り変わっていく感情が、この歳になっても手に取るようにわかった。
読みながら、中学校の国語教師の問いについて考えてみたが、その答えは今も出ない。

芥川龍之介が、「トロッコ」の最後の文章を書いた意図は何か?
私は先日読んで、26歳の良平の登場に、すっかりシラケてしまった。

良平少年の、冒険に対する渇望。
その楽しい冒険が、暗転して不安な夜の中へ落ちていく焦燥感。
自身の気持ちが、ズルズルとトロッコにのみ込まれていく情けなさや、大人に裏切られたような気持。
そんな想いを、中学生のあのときも感じていたことを思い出した。

その後に続く難しい文章。
眼鏡をキラリと光らせて、未成熟な生徒だった私に問う教師。
答えという手の届かない存在に怯えていた中学生。
村の中学校で小説を読んだ記憶には、なぜか哀愁がつきまとう。

そして、もうひとつの哀愁。
芥川龍之介の「トロッコ」は、盗作であったのかなかったのか。
これを探る能力は、私にはない。
その仕事は、頭の良い読書家に任せることにして、私はただ芥川龍之介の小説を、それなりに楽しむだけである。


※トニー谷:昭和の時代の人気漫談芸人・司会者
色文字部分:小説「トロッコ」からの抜粋

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