雑談散歩

    山スキーやハイキング、読書や江戸俳諧、山野草や散歩、その他雑多なことなど。

芥川龍之介の短篇小説「藪の中」を読んだ感想

「具妻行男於大江山被縛語」国史大系大16巻今昔物語(経済雑誌社)国立国会図書館デジタルコレクションより。

話題作

芥川龍之介の短篇小説「藪の中」は、いろいろと話題になったことでも知られている読物である。
「いろいろと」とは、以下の事柄に因っている。

  1. よく使われている「真相は藪の中」という言い回しは、芥川龍之介の小説「藪の中」に由来しているとされる。
  2. 上記と関連しているが、「藪の中」に描かれている「殺害事件」の「犯人は誰なのか」について、たくさんの研究論文が発表されているとのこと。
  3. 元ネタは「今昔物語集」の「今昔物語巻廿九 具妻行男於大江山被縛語 第廿三」という説話。「今昔物語集」は、その当時(大正時代)一般にはあまり知られていなかったが、芥川龍之介が「今昔物語集」の数々の説話を元に小説を著したことで、この説話集が有名になったと言われている。
  4. 「藪の中」の物語の仕組みは、アメリカの作家であるアンブローズ・ビアスの「月明かりの道」に着想を得ていると言われている。

そんな有名な小説を、当ブログ運営者は、70歳を越えて初めて読んだ。

初めて読んで、「藪の中」が、すべて芥川龍之介のオリジナルなら、芥川龍之介は物語を創る「超大天才」ではないか、と思った。

「今昔物語集」に元ネタがあると言われていることをすっかり忘れて、芥川龍之介のオリジナルとして、先へ先へと一気に読み進めた。
読みながら、読者を惹き込む文章の技にしびれた。

文章の技は、オリジナルなので、やっぱり「藪の中」は芥川龍之介のオリジナルと思っていいんじゃない、という気になってくる。
元ネタがあろうとなかろうと、面白いものは面白い。

本歌取り

元ネタと言えば、和歌の本歌取りが思い浮かぶ。
藤原定家は、本歌取りの原則をまとめたり、自らも模範的な本歌取りの歌を作った歌人として知られている。
作風が美的で夢幻的という印象の歌人である。

芥川龍之介も、美的で夢幻的な作風を持った作家であるとブログ運営者は感じている。
美的で夢幻は、本歌取りをする創作者の特徴であるのかもしれない。

美的で夢幻的

「藪の中」は、平安時代を背景とした物語。
「検非違使(けびいし)」や「放免(ほうめん)」という役職名や、「水干(すいかん)」や「烏帽子(えぼし)」という登場人物の衣類の名称が、それを物語っている。

また日本の古代を印象付ける雅(みやび)な言葉が、物語のいたるところにちりばめられている。
「駅路(えきろ)」とか、「萩重ね(はぎかさね)」とか「沙門(しゃもん)」とか、「牟子(むし)の垂絹(たれぎぬ)」などなど。

令和の現代でもそうだが、大正時代においても、平安時代の物語は夢幻のごとく感じられたに違いない。
残虐な死骸の様子を、死骸のまわりの竹の落葉は、蘇芳に滲みたようでございます」と美的に描写したり。

検非違使の取り調べにおける、強盗の多襄丸や、手籠めにされた妻や、殺害された夫(巫女による代弁)の証言(白状)は、みな自身の行動を美化したものになっている。

自己美化・自己劇化

以下に、小説の文面から読み取れる各登場人物の、ナルシズムにも因ると思われる「自己美化・自己劇化」の想念や行為をあげてみよう。

多襄丸の白状

殺人の罪に対する、彼独特の社会観を披露。
夫の物欲を強調。
被害者夫婦を陥れた策略を自慢。
被害者の男との「太刀打ち」の際、フェアな方法で戦ったと自身の武勇伝を自慢。

女の懺悔

妻である女の懺悔。
夫の無念な思いに対する気遣いを強調。
自身の一生懸命さを強調。
凌辱されたことによる自害の覚悟を強調。
かよわい女性であることを強調。

死霊の物語(巫女による代弁)

死んだ夫の証言。
凌辱された妻への思いやりを強調。
手籠めにされた後、多襄丸の誘惑に負けた妻の罪を強調。
夫を殺せと多襄丸に懇願した妻の罪を強調。
加害者を赦そうとする自身の心の広さを強調。
自害に至った自身の悲哀を強調。

これらの登場人物の「自己美化・自己劇化」が、小説に、美的な印象を持たせているとブログ運営者は感じている。

各物語の役割

最後に、この小説の独特な仕組みについて、愚考を述べよう。
小説「藪の中」は七人の登場人物の、検非違使に対する証言・独白を、独立した物語として提示し、それぞれの物語にそれぞれの役割を与えている。

「木樵りの物語」

死骸があった場所の情景描写。

「旅法師の物語」

夫婦や馬の外観、夫の武具の描写。

「放免の物語」

捕縛したときの多襄丸の服装や武具、馬の外観を描写。
多襄丸の人物像も描写。

「媼の物語」

媼は妻の母親。
夫婦の年齢や名前を明らかにし、それぞれの人物像を描写している。
特に娘(妻)の器量や性格を強調している。

「多襄丸の白状」と「女の懺悔」と「死霊の物語(巫女による代弁)」は「自己美化・自己劇化」の項に書いた通りである。
これらには、主要な登場人物である三人の、それぞれの行動に至る心理が描かれている。

夫の殺害に対するこの三者のまったく異なる証言が、「真相は藪の中」にしているのだが、ブログ管理人は、三者三様の心理描写が面白くて、「真相」はあまり気にならなっかった。
三者の証言を、それぞれの独立した物語として読むことができる仕掛けになっているので、興味深く読んだ次第である。


色文字部分:小説「藪の中」からの抜粋

参考文献
青空文庫 えあ草紙 芥川龍之介 「藪の中」
国史大系大16巻今昔物語(経済雑誌社)国立国会図書館デジタルコレクション 「具妻行男於大江山被縛語」
Wikipedia アンブローズ・ビアス
Next Post Previous Post

広告