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2016/04/15

未来か現在か、前向きか後ろ向きか

将来のことを気にする人は多い。
私も、将来のことについては、いろいろ考えることが少なく無い。
その一方で私は、今のこの瞬間を、それなりに生きれば良いとも思っている。
そうして生きていれば、それが未来(将来)につながる。

そういう未来からしか、現在(今)を考えられない。
現在できることを精一杯行う。
そのことによって出現する未来。
その未来によって決定された現在を生きる。

極端な話、人はいつか死ぬ。
そういう将来から決定された現在というものがある。
命があるうちは、将来のことなど気にせずに、現在を生きなければならない。

将来のことを予測して約束を交わす。
「もし、そうなったら」といろんなことを予測するのに余念がない人は、補償を求める。
「もしそうなったら守ってくれ」とか「面倒をみてくれ」とか。
そうすると、そういう将来(の約束)に縛られて、今を楽しく生きられないという情況が将来まで続くような気がする。
そうしているうちに未来を過去形で語るようになる。

先のことなんかわからない。
わからない約束なんかできない。
もしそうなったら、その時になってどうするかを考えるさ。

「将来について考える」ということは、今の状態から未来を予測すること。
もっとも予測可能なことは、人はいずれ死ぬということ。
まして年嵩が増してくれば、生きている時間はだんだん狭まってくる。
病気で寝たきりになったり、とか。
まだ経験していないいろんなことが起こる。
年老いた肉体に直面するようになる。

そういう未来が待っているから、現在を精一杯生きる。
それが前向きという考え方ではないだろうか。
それが、未来から現在を考える生き方だと私は思っている。

そういう未来から現在を考えるのではなく。
現在を過去にして未来に近づこうとする考え方。
現在をないがしろにして、過去の約束事で未来の安堵を得ようという衝動。
現在よりも、将来の保障にばかり目を向ける考え方は後ろ向きな生き方と言えるのではないか。

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