2016/07/25

成田山青森寺の大祭「流燈会」の灯篭流しを見物

「流燈会」の櫓
今日は、成田山青森寺(せいしんじ)の大祭が行われる日。
「流燈会(りゅうとうえ)」と呼ばれている灯篭流しを見物した。
「流燈会」は隣接する諏訪神社の宵宮と同日に行われる。
したがって、青森寺や諏訪神社の前の通りは、たくさんの人出で大変な賑わいだった。

成田山青森寺については、寺院のサイトに以下の内容の記載があった。
成田山青森寺は、真言宗智山派のお寺で、千葉県成田市にある大本山成田山新勝寺の青森分院となっている。
明治21年に、成田山新勝寺に参拝することを目的とした「成田講」の信徒が中心となり、青森市青柳に不動堂を建立したのが起源とされている。
明治23年には新勝寺の御分霊をこの不動堂に奉安し、「青森成田山」と称した。
明治41年に本堂を、現在の地である青森市栄町に移転し今に至っている。
ご本尊は不動明王である。

ご詠歌に「鈴をふり 詠歌ささげん 青森寺 川面にうつる 御堂清らか」とある。
しかし、現在は堤川の川岸はコンクリートで高く護岸されていて、この寺院が川面に映ることは無い。
それに、川面も昔ほど清らかでは無い。
尚、成田山青森寺は、津軽弘法大師霊場の第17番札所となっている。

曼荼羅堂の観音像。
お寺の北隣に諏訪神社があるが、ブロック塀で仕切られていて、境内はつながってはいない。
青森寺の境内の東側奥には、鎮守稲荷堂が鎮座している。
稲荷堂の横には猿田彦大神の石碑があったり、龍神宮があったり。
これが「神仏習合(神仏混淆)」という状態であるのかどうか、私には不明。
ただ、諏訪神社と成田山青森寺は、境内がしっかりと仕切られているので「神仏習合」という関係では無いようである。

青森寺本堂。
さて、「流燈会」の灯篭流しは、参拝者の諸願成就と亡くなられた方々の供養のために行われる。
たくさんの灯篭が初夏の川面に漂う景色は、青森の短い夏を彩る風物詩のひとつとなっている。
コンクリート護岸の堤防に並んで、手を合わせる人々。
その人々に呼応するかのように灯篭の灯が波に揺れてきらめく。
そんな川岸の風景は、現代の信仰を描いた絵巻のようであった。

灯篭流しを見物していたら、昔読んだ寺山修司さんの俳句が頭に浮かんだ。

流すべき 流灯(とうろう)われの 胸照らす
寺山修司

灯篭を流そうと夕暮の川岸にしゃがんだら、灯篭のほのかな灯りが自分の胸を照らしている。
それは、まるで何かを語りかけているような。
感慨がこみ上げて、流すべき灯篭を流せないまま、川岸で灯篭の灯を見続けてしまった。
そういうイメージであろうか。
あるいは、忘れてしまいたい自責の念が、まだ灯っていて、それが自分の心を照らし続けているので苦しいという思いであろうか。
流すべきは灯篭では無くて、自身の後ろめたい生き方であるということか。
いずれにしても、人は祈ることで少しは清らかな気分に浸れる。

曼荼羅堂前での読経。

小舟から灯篭を川に流す係員。

堤川の川面に揺れて漂う灯篭。

スポンサーリンク