2016/11/09

「木枯らしの吹き行くうしろすがた哉」服部嵐雪

服部嵐雪(はっとりらんせつ)の句と言えば、「布団着て寝たる姿や東山」や「梅一輪いちりんほどの暖かさ」がよく知られている。
これらの句は、現代でも人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)するものとなっている。
嵐雪は、蕉門の古参の俳諧師で、芭蕉亡きあとは宝井其角(たからいきかく)と江戸俳壇を二分したと言われている実力者。
後に嵐雪は俳諧流派「雪門」の祖となり、其角は俳諧流派「江戸座」の祖となった。
芭蕉が、其角や嵐雪の才能を高く評価し、「草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり」と褒め称えたのは有名な話である。

私は、嵐雪の次の句が好きである。

木枯らしの吹き行くうしろすがた哉
服部嵐雪

この句は、「笈の小文」の旅に出る芭蕉への「送別吟」とされている。
貞享4年10月に、芭蕉は、江戸深川をスタートし「笈の小文」の旅に出る。
そのときの芭蕉の旅立ちの句が「旅人と我名よばれん初時雨」である。
順序から言えば、まず芭蕉の旅立ちの句があって、次に見送りの人々の句があったと考えられる。
実際は、蕉門の送別会的な句会での句なのだろうが、出立の日の路上で、旅立っていく芭蕉とそれを見送る弟子たちというシーンが思い浮かぶ。
それだけ「旅人と我名よばれん初しぐれ」には劇的な印象を強く感じてしまうのだ。
それに対して嵐雪が「木枯らしの吹き行くうしろすがた哉」という対応を見せる。

芭蕉の旅立ちの句には、宣言的な威勢の良さが感じられる。
年老いた旅人の覚悟と決意が込められているように思う。
また、この旅をやり遂げてやるぞという自信も伝わってくる
「初時雨」がそれを景気づけて、よく演出している。
一方、見送る嵐雪の句には、芭蕉ほどの感情の高まりは無い。
淡々とした、静かな映像を思わせる句になっていると思う。

芭蕉の句を、拍手と掛け声を浴びながら舞台下手に去っていくという旅人の芝居に例えれば、嵐雪の句はモノクロームの映画のラストシーンのようである。
「木枯らしの吹き行く」方角へ旅立っていく主人公。
木枯らしに背中を押されながら静かに旅立っていく主人公の後姿。
そういう映像が思い浮かぶ。
それが嵐雪の、師に対して思い描いた姿であったのかもしれない。

そういえば、前述した嵐雪の句、「布団着て寝たる姿や東山」や「梅一輪いちりんほどの暖かさ」も、どこか映像的である。
芭蕉ほどダイナミックではなく、どことなく慎ましい情景。
芭蕉ほど鳴物入りではなく、物静かに対象を見つめる眼差し。
そういう平明で温和な感性が、私の好きなところでもある。

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