2017/12/05

月はやし梢は雨を持ちながら

芭蕉は「鹿島紀行」の冒頭部分で「このあきかしまの山の月見んとおもひたつ事あり」と書いて、「鹿島紀行」の目的のひとつが鹿島での月見であることを記している。
鹿島にある鹿島神宮は、万葉集に集められた「防人の歌」の歌枕の地である。
また「旅立ち」や「門出」を意味する言葉である「鹿島立ち」は、防人が旅立つ際に道中の無事を鹿島神宮に祈願したことに由来すると言われている。
「鹿島紀行」の旅の後、その年内に「笈の小文」の旅。
さらに翌年の「更科紀行」、翌々年の「おくのほそ道」と芭蕉の旅は続く。
芭蕉の「鹿島詣」は、これから続く俳諧行脚の旅への無事祈願も目的のひとつだったのかもしれない。

月はやし梢(こずえ)は雨を持(も)ちながら
松尾芭蕉

貞享四年八月十五日、鹿島根本寺の前住職、仏頂和尚の隠居所である長興庵に宿泊した際の発句である。
ここで芭蕉は仏頂和尚との旧交を温めながら月見をしようとしたのだが、あいにくの雨で空は曇っていたようである。
だが、未明(あかつき)に雨が上がって、月の光が見えた。
そのときのことが「鹿島紀行」に記されている。
以下、抜粋。
ひるよりあめしきりにふりて、月見るべくもあらず。ふもとに、根本寺のさきの和尚、今は世をのがれて、此寺におはしけるといふを聞て、尋入てふしぬ。すこぶる人をして深省を発せしむと吟じけむ、しばらく清浄の心をうるににたり。あかつきのそら、いさゝかはれけるを、和尚起し驚シ侍れば、人々起出ぬ。月のひかり、雨の音、たゞあはれなるけしきのみむねにみちて、いふべきことの葉もなし。はるゞると月みにきたるかひなきこそほゐなきわざなれ。
「人をして深省を発せしむ」とは、「発人深省(はつじんしんせい)」のことと思われる。
出典は杜甫の五言律詩「遊龍門奉先寺」であるとか。
「発人深省」とは、「人を発憤させ啓発して、物事を深く考えるようにさせること。」と辞書にある。
仏頂和尚は、そういう人物だったのだろう。
芭蕉は、そういう人物と語らい、「しばらく清浄の心をうるににたり」だった。
やがて「あかつき(未明)」に、空が少し晴れた。
皆が仏頂和尚に起こされて、雲間から差し込んだ月の光を眺めた。
もしかしたら月の光は一瞬だったかもしれない。

一瞬の「月のひかり」「雨の音」、それらの趣があまりにも侘びしくて、句を詠もうとしても言葉がなかった。
はるばると江戸から月を見に来て、その素晴らしさを描こうと思ったのに、甲斐もない。
芭蕉の思惑通りにはならないことだった。

そう紀行文に書きながら、芭蕉は掲句を詠んだ。
ほんとうは感動的な名月鑑賞の句を作りたかったのだが、満足に月を見ることが出来なかったということなのだろう。

「月はやし」は、雲の速い動きのため、見え隠れする月が、まるで素早く移動しているように見えること。
その錯視を「月はやし」と表現したというのが、現代での一般的な「解釈」のようである。

私は別の感想を持った。
未明(あかつき)の月ではあるけれど、明方が近い。
太陽が見る見るうちに上がって、明方の月が薄らいでいく。
あるいは、西の方角にまた雲が迫り出してきて、月は隠れてしまう。
あかつきにせっかく顔を見せかけた月だが、早くも姿を隠してしまったという「月はやし」なのではないだろうか。
月ははやくも姿を隠してしまったが、梢には昨夜の雨がまだ残っていて、明方の薄明かりに輝いている。

「梢は雨を持ちながら」とは、梢は雨の雫をとどまらせているけれどもというイメージに思える。
「持ちながら」の「ながら」は逆接の接続助詞で「~けれども」の意と思ったからである。
掲句は、「月」と「梢」を対照的な存在として描いているのではなかろうか。
それが、天と地の空間的な広がりを現出させている。

月は、はやくも空から姿を隠してしまった。
芭蕉は、カメラを夜明けの広大な空から、寺の境内の梢に移動させる。
梢の細枝に付いている雨露をズームアップ。
水滴が夜明けの光に輝いて見える。

月はやし梢は雨を持ちながら

この句は、鹿島の月を詠ったものではないであろう。
月が消えた後の、梢の枝に付着した水滴を詠った句なのではあるまいか。
もしそうであれば、紀行文の「はるゞると月みにきたるかひなきこそほゐなきわざなれ。」という下りが辻褄が合うように思えるのだ。

掲句に対する私の感想は、紀行文を読んで類推したものである。
紀行文を読まなかったら、掲句について別の感想を持ったかもしれない。
雨上がりの月は動きが早い。
まるで天空のパノラマショーみたいに。
それと比べて、境内の杉の古木は、じっと動かず。
杉の梢には、まだ雨の水滴が残っているけれども、月は早くも西の空に沈みかけている。
などと。
いろいろなイメージを持っているのが、芭蕉の俳諧である。

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