安部公房の短篇小説「パニック」|日常に潜む罠

安部公房「パニック」創元推理文庫

「パニック」とは、突然の不安や恐怖が原因となって、自制がきかなくなり、混乱状態におちいること。
安部公房の短篇小説「パニック」は、この混乱状態のなかで選択を迫られる物語である。

失業中の「私」は、「パニック商事」という犯罪組織の巧妙な罠にかかり、自らを「殺人犯」であると思い込まされ、パニックにおちいる。

逃亡中、幾度目かの盗みで、その家の女に見つかり、側にあったナタで女を殺してしまう。
そんな「私」を、見計らっていたかのように、「パニック商事」のメンバーが現れ、仲間にならないかと、半ば強制する。

社員になれば、警察に手を回して、逮捕されないようにするという。
断れば逮捕されて絞首刑だと、そのメンバーに脅される。

結局「私」は、ドロボウ会社の社員になることを断り、走ってその場を逃げ去る。
そしてメンバーの予告通り、刑事に捕まってしまう。

その時の「私」の後悔の念が、小説冒頭の文章である。
「思い出すたびに、悔やまれてならない。またとない機会だったのに、偏見にわざわいされて、せっかくの職を棒にふったばかりでなく、殺人容疑者として、いま私は裁判を待つ身なのである。この記録は、失敗も他人の手にわたれば知恵になるのコトワザにしたがって、失業者諸君ならびに現在の平凡な職業に絶望している人たちにおくる忠告である。」
この文章にある「せっかくの職」とは犯罪のことで、「現在の平凡な職業」とは日常のことであると、私は感じている。

「パニック商事」に就職した方が、殺人容疑者にならずに済んだのに、なぜ、誘いを断ってしまったのだろうと、「私」は悔やんでいるのである。

男がおちいったパニックは、犯罪世界と日常の境目で起きている。
日常の世界そのものの内部に、すでに不気味さや暴力性が潜んでいたのである。

警察組織の中に「パニック商事」の仲間がいるとメンバーは「私」に話している。
他の公的機関にも仲間が潜んでいることを、彼は「私」に言い聞かせているのだ。

「パニック商事」は、このふたつの世界を股にかけて、失業者諸君ならびに現在の平凡な職業に絶望している人たち」を尾行しているのであろう。

この小説を、社会風刺と読むか、サスペンスと読むかは読者の自由である。

だが私は、男がおちいったパニックを、私自身の体験として感じてしまった。
私もまた、日常に仕掛けられた罠の夢を、よく見るからである。
Previous Post

広告

広告