「葱買て枯木の中を帰りけり(蕪村)」の本歌取り遊び

葱買て枯木の中を帰りけり 
与謝蕪村

数多い与謝蕪村の句のなかで、私は、冬の景色や雪の情景を詠んだ句が好きである。
冒頭のものも、好きな句で、冬枯れの荒漠とした自然が感じられ、その中を歩む蕪村の存在が感じられる。
葱は「ねぶか」 と読むらしい。
蕪村62歳の句であるとか。
灰色の枯木が並ぶ細い道を、緑色の葱を抱えて、家へ急ぐ人影が、目に見えるようだ。
画家でもあった蕪村の、そういう絵を見ているような思いにかられる。
葉を落とした枯木は 、侘しさを感じさせるものだが。

その林の中を、温かい鍋物に使う葱を持って家路を急ぐ老人の姿には、ある種の覚悟のようなものが感じられる。
冬の寒さの中を、葱を食べる楽しみを懐に抱いて家へ帰るのかも知れないが。

枯木の木立に、自身の老いた姿を重ねつつも、生きることへの執念を燃やしているような。
「天明の飢饉」の頃、68歳で没した蕪村の、亡くなる6年前の句である。

62歳の私が、この句で「本歌取り」 のまねごとをしてみた。

葱買うて枯れ野の雪に阻まれり

「阻まれり」の「り」は継続の助動詞のつもり。
雪に行く手を阻まれながら雪薮を進んでいる。
冬の枯れ野の 、吹きさらしの中を、葱を携えて家路を急ぐ。

急いでも急いでも、雪は執念のように足の動きを阻み続ける。
しかし、これでは単なる老いの苦労感しか出て無いような・・・。
こんなまねごとをしてみると、蕪村の句が、実にあっさりと仕上がっていることを、改めて思い知る。
「葱買て 枯木の中を 帰りけり」
買った葱を手に、冬枯れの林の中の道を歩いて、家に帰ってきたのだった。

あるいは。
こんな冬枯れの林の中は侘し過ぎて、温かい鍋に入れる葱でも持っていなければ、家には辿り着けない。
というふうに、葱を心の糧に、帰り道を歩いているのかもしれない。
あるいは、葱は、枯木に潜む何かからの「魔除け」であったのか。
いずれにしても、裸木のように枯淡としながらも、存在感のある冬の句だと思う。

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