芭蕉の演劇的な脚色「須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ」

wikipediaには「須磨寺」について下記の記載がある。

須磨寺(すまでら)は、兵庫県神戸市須磨区にある仏教寺院。真言宗須磨寺派大本山。山号は上野山(じょうやさん)。本尊は聖観音である。宗教法人としての公称は福祥寺。平安時代の初め、漁師が和田岬の沖で引き上げた聖観音像を886年(仁和2年)に聞鏡上人が現在の地に移したのが始まりとされている。平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡が存在する。源平を偲んで訪れる文人も多く、境内には正岡子規・松尾芭蕉句碑がある。

須磨寺やふかぬ笛きく木下(こした)やみ
松尾芭蕉

「ふかぬ笛」の「笛」は平敦盛(たいらのあつもり)が愛用していた「青葉」という笛のこと。
笛の名手だった平敦盛は、平家一門として16歳で「一ノ谷の戦い」に参加。
源氏側の奇襲を受け、「熊谷直実」に討ちとられて、若くして生涯を終えた人物。
須磨寺に保管されている「青葉の笛」は、平敦盛公遺愛の笛と伝えられている。

芭蕉は須磨寺に参詣し、敦盛塚などを参拝して、平敦盛公に思いをめぐらせたのだろう。
境内の木陰で静かに瞑想していると、敦盛公の吹く笛の音が聞こえてくるようだ、というイメージ。

この句には「演劇的な脚色」が施されているように思える。
舞台は須磨寺の、鬱蒼と葉が生い茂る樹木のたもと。
「ふかぬ」という笛を吹かない動作の表現で、目視はできないが、敦盛公が登場する。
「きく」は芭蕉の動作。
「笛の音」が聞こえるようだと、静かに耳を澄ましている芭蕉の姿にライトが当たる。
芭蕉は「きく」という動作で敦盛公を偲んでいる。
その姿に、観客が心静かに感動。
ライトアップされた芭蕉以外、すべてが「木下やみ」に覆われて、闇の中に武将姿の敦盛公が現出する。
悲しげな笛の音が、舞台から観客席に届く。

「旅人と我が名呼ばれん初時雨」で幕を開けた、芭蕉が演出する劇。
「笈の小文」のロードムービー。
そろそろ、幕が下りかかっている。

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