2015/09/30

「門を出ればわれも行人秋のくれ」与謝蕪村

この地方の秋も深まってきた。

一昨日のニュースでは、北海道の大雪山系旭岳で本格的に雪が積もりだしたという。
となれば、青森の八甲田山に雪が積もるのも、あと4週間後ぐらいだろうか。

雪の便りを聞くと、秋の深まりを感じる。
秋の深まりを感じると、旅情に駆られる方も少なくないのでは。


門を出(いず)ればわれも行人(ゆくひと)秋のくれ
与謝蕪村

秋の夕暮れに、何かの用で門の外へ出ると、ススキが風になびいている。
遠くの山々が、夕焼けに濃い影を落としている。
ふらりと外へ出た蕪村の前に、ひと筋の道が続いていた。

遠い場所が、意外と近く見えるのも秋景色の特徴。
遠い山裾の道を旅人が歩いているのが見えそうなくらいである。

門から一歩外へ出たとき、蕪村は旅情に駆られた。
暮れていく秋景色を眺めながら「ああ・・・」と溜息をついた。

芭蕉の句を思い出したのだ。

比道(このみち)や行人なしに秋の暮れ
松尾芭蕉

大阪に滞在中の、松尾芭蕉の晩年の句とされている。
この句を作った16日後に、芭蕉は亡くなった。
亡くなる4日前に、有名な病中吟を遺している。

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
松尾芭蕉

蕪村は、つぶやくようにぽつりと句を吐いた。
「門を出ればわれも行人秋のくれ」

門から外へ出れば、私も芭蕉のように旅の道を歩いているのだ。
蕪村は、そう思ったのかもしれない。
いや、そう感じようとしたのだろう。
そして、秋の風景のなかへ溶け込もうとした。

芭蕉は旅を住処とし、自身の俳諧の道を住処としたのだった。
そして、誰も行かない道を歩いて行った。

蕪村には、妻子とともに暮らす住処があった。
芭蕉のように旅に出ることは、蕪村の生き方ではなかった。

それは、蕪村の溜息。
だから、溜息を吐くように句をもらした。

「門を出ればわれも行人秋のくれ」

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