2015/09/24

寝床で遠くの汽笛を聞きながら、歌詞の「で」について考えてみた

寝床に入ったが、なかなか眠れない。
いつものように眠りに入っていけない。

眠れないのは疲れすぎているせいなのだろう。

適度な疲れは、安眠へと導いてくれるが、疲労が過度な場合はすんなり眠れない。
これが高齢になりつつあるこの頃の、私の傾向である。

寝返りを打ったりしていると、枕に押し付けた耳に汽笛の音が聞こえた。
4キロほど離れたところを、JRの東北線が通っている。
そこを走り過ぎた貨物列車の汽笛の音と思われる。

ああ、「遠くで汽笛を聞きながら」だな、と思った。

「悩み続けた日々が・・・・・」で始まる谷村新司氏作詞、堀内孝雄氏作曲のアリスの歌である。
以前、よくカラオケで歌ったことがあったっけ。
この歌の、郷愁と哀愁と望郷の念が入り混じったような感じが好きだったのだ。

この頃はカラオケスナックへ行ってないので、この歌を口にすることは無くなった。
眠れない頭でこの歌詞を思い浮かべていたら、なにか変なことに捕われてしまった。

線路に落ちる夕陽。

以下、ちょっとアリスの歌詞を引用する。

「心を閉じたまま暮らしていこう、遠くで汽笛を聞きながら、なにもいいことがなかったこの街で」

私の場合。
今、私は、眠れない布団の中で、遠い場所で鳴っている汽笛の音を聞いている。
それは、遠くで聞いているのではなく、私が今ここで、この布団のなかで汽笛の音を聞いているのだ。
聞いている私は、ここ。
鳴っている汽笛は、遠くのJR東北線の線路上。

ではアリスの歌の、汽笛を聞いている「主人公(語り手)」は、どこにいるのだろう。
「遠くで」という歌の文句から察するに遠く離れたところで、「主人公(語り手)」は汽笛の音を聞いていると思われる。

その遠くで汽笛を聞いている場所は、ここ(暮らしていこうとしている「この街」)とは遠く離れたところである。

この街から遠く離れたところで汽笛の音を聞きながら、同時に、この街で暮らしていこうという「主人公(語り手)」の歌なのだ。
つまり主人公は、かなり距離の離れたふたつの場所に、同時に存在していることになる。
これは、かなりシュールな詩であると思うのは私だけだろうか。

こんなシュールな詩になっている原因は何なのだろう。
それはふたつの「で」であると私は思う。
ふたつの「で」がふたつの場所を示している。
「遠くで」「で」と、「この街で」「で」

この「で」は、「・・・・において」という意味の、動作が行われる場所を表す格助詞の「で」
この「で」が、一人の主人公を、同時に二ヶ所に存在させているトリックの元となっているのではないか。

「遠く(非この街)で汽笛を聞きながら」:主人公の在所=「遠く(非この街)」。
「汽笛を聞きながら」「この街(非遠く)で」「暮らしていこう」:主人公の在所「この街(非遠く)」

しかし、この謎は、以下の説明で簡単に解ける。
日本語の歌詞には、歌の調子を整えるための「省略」が付き物である。

「心を閉じたまま暮らしていこう、遠くで汽笛を聞きながら、なにもいいことがなかったこの街で」

上の歌詞には「鳴っている」という動詞(補助動詞)が省略されている。
この歌詞の詳細は「心を閉じたまま暮らしていこう、遠くで鳴っている汽笛を聞きながら、なにもいいことがなかったこの街で」ということに違いない。

だが、作詞家谷村新司氏の狙いは、単なる「省略」に留まらないような気がする。
あえて、誤解を作りだそうとするレトリックが、この詞には感じられる。
なぜなら、上の歌詞を「心を閉じたまま暮らしていこう、遠く汽笛を聞きながら、なにもいいことがなかったこの街で」と替えれば、日本語としてはなんら問題が生じないだろうから。
同時に、歌の調子も、それなりに整う。

だが作詞家谷村新司氏は、一人の人間が同時に2カ所に居るというイメージをつくりたかったのではなかろうか。
それが、郷愁と哀愁と望郷の念をこの歌に湧き出させる。

悩み続け、女に見捨てられた「主人公」。
彼は、自分の言葉を嘘でごまかさず、人を裏切らずに、この街で生きていく決意を抱く。
そのためには、旅立つことを止めて、遠くで鳴っている汽笛を懐かしみながらこの街で定住者として暮らしていかなければならない。
そんな彼だが、一方では旅に対する郷愁と哀愁と望郷の念を捨てがたい。
それが「遠くで汽笛を聞きながら」というポーズをとらせている。

つまり、ここに居ながらも遠くにも居るというイメージを創り上げることによって、この歌を聴く多くの者に、この歌の主人公に対する共感を抱かせる。
結果、この曲がヒットする。
この歌詞にあるふたつの「で」は、そういう仕掛けを組んでいる「で」であると思う・・・・・・。

などと考えていたら、寝床で遠くの汽笛を聞きながら、いつのまにか眠ってしまった昨晩だった。

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