2016/08/10

公園の原っぱで清楚に咲いていたカワラナデシコ

カワラナデシコ
カワラナデシコは、ナデシコ科ナデシコ属の多年草。
一般にナデシコと呼ばれている花は、このカワラナデシコのこと。

写真のカワラナデシコは、青森市の勝田公園に生えているもの。
シバやシロツメクサヘラオオバコが茂る草むらから、愛らしい顔をのぞかせていた。
秋の七草のひとつである撫子は、このカワラナデシコのこと。


5枚の花弁のそれぞれの先が、糸のように細裂している。
カワラナデシコの清楚で可憐なイメージは、この特徴的な姿から醸し出されている。
大和撫子はカワラナデシコの異名である。
大和撫子は、清楚な美しさを備えた日本女性の代名詞ともなっている。
しかし、カワラナデシコは、朝鮮、台湾、中国に分布していて、日本の固有種では無い。

花を斜め上から撮影。
ナデシコは、江戸時代には園芸植物として重宝されていたという。
ナデシコの「変わり花」の栽培が盛んだったようで、江戸の園芸家が品種改良に興じていた様子が目に浮かぶようである。

酔うて寝ん撫子咲ける石の上

貞亨4年夏の松尾芭蕉の句。
前書に「納涼」とある。
カワラナデシコは、その名の通り河原でもよく見かける花である。
河原の大きな石の上で、酒を酌み交わしながら夕涼みしている情景を詠んだ句なのだろう。
石の周囲の、ところどころに、ナデシコの花が咲いている。
その花びらが、涼しい川風に揺れている。
可憐な花に囲まれて、このまま寝てしまったら、さぞ心地よいであろうという芭蕉の思いが伝わってくるような句である。
うたた寝から覚めると、夕暮の薄闇の底で薄紅色のカワラナデシコがあちこちで浮き上がるように咲いている。
そんな幻想的な風景に、しばらく感じ入る。

芭蕉、44歳。
この年の初秋に、芭蕉は鹿島へ旅立っている(鹿島紀行)。
そして秋遅くには、「笈の小文」の旅に出ることになる。
これから続く旅を前に、芭蕉はナデシコの花を眺めながら、のどかな夏の夕暮れを過ごしていたのかもしれない。

ナデシコ独特の花姿。
カワラナデシコは、3~4センチの長い「萼筒」を持っている。
「萼筒」とは、「萼」が合着して筒状になったもののこと。
「萼」とは、花びらの付け根の外側にあって、緑色の小さな葉のようなもの。
「萼」は、花全体を支えている基部のようなものである。
カワラナデシコの「萼筒」の付け根に、うろこ状の「苞」が見える。
「苞」とは、花がかつて蕾だった頃、その蕾を包んでいた葉のこと。

カワラナデシコの「苞」は3~4対である。
カワラナデシコと見分けがつかないほどそっくりな花にエゾカワラナデシコという種がある。
その識別は「苞」の数を調べること。
エゾカワラナデシコの「苞」は2対である。

ネジバナの花が消えた公園の原っぱで、今度はカワラナデシコが咲いている。


緑の絨毯の上で、次から次へと小さな花たちが咲いて、公園散歩者の眼を楽しませてくれる。

横から撮影。萼筒の下に苞が見える。

苞の部分。3対あるのでカワラナデシコ。苞が2対だとエゾカワラナデシコ。

ナデシコの葉と茎。茎の節がふくらんでいる。葉は対生。葉柄は無く、葉の基部が節を抱いてふたつの葉が合着している。

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