ディーン・クーンツの中篇小説「ハードシェル」を読んだ
クーンツは、同世代のスティーブン・キングと並び称されるほどの著名な作家とのことだが、私は、名前も作風も、全く知らなかった。
「選んで、語って、読書会」(創元推理文庫)で、宮部みゆき氏が、「ハードシェル」を、「いちばん強く心を打たれて、これがクーンツという作家の核」と評していたので、読んでみた。
「ハードシェル」と言えば、アウトドア好きの私にとっては、「荒天でも身体を確実に守るためのウェア」という高価なアイテムとしての印象しか持っていない。
英辞書で調べると、「殻の固い、自説をまげない、妥協しない」という意味だという。
主人公であるフランク・ショウは、ロサンジェルス市警の殺人課の刑事で、同僚たちから「ハードシェル(不撓不屈・ふとうふくつ)」と呼ばれている男である。
対するカール・スカッグは、「筋肉隆々の大男で、すくなくとも二十二人を殺している連続殺人犯」である。
物語は、雷光が闇夜を切り裂く嵐の描写から始まる。
不撓不屈の刑事が殺人鬼を追うドラマは、この場面で一気に緊迫感が押し寄せてくる。
フランクとスカッグの力の差は圧倒的で、フランクが追い詰めても、スカッグは軽くかわしてしまう。
物語は、善と悪の対決が明解で、劇的な展開が連続する。
読者を惹きつける要素が、対決シーンの随所にちりばめられている。
こんな怪物みたいな殺人鬼を、負傷した刑事がどうやって捕まえるのか。
読者は「この窮地をどう切り抜けるのだろう」と、ハラハラさせられる。
だが、先には大逆転の仕掛けが潜んでいる。
その仕掛けのヒントは、フランクについての語りの言葉に隠されている。
「だがそれは、友人たちが話す彼についての話の半分でしかない」もう「半分」は、フランクの隠れた実力のことである。
それをここに書くと、結末の「一発ネタ」が明かされてしまい、読者の楽しみを奪うことになる。
派手なクライマックス自体はアメコミ風で余韻に乏しいが、その前にフランクが怪物に向かって宣言した「人間賛歌」が、じんわりとした静かな余韻を残している。
「自分たちの生命にかぎりがあるという事実に対して、決然として戦いを挑む姿勢こそ、勇気の定義そのものだし、高貴さの本質ではないか」
宮部みゆき氏が「核」と呼んでいるのは、この部分ではないだろうか。
また結末では、フランクはハードシェル(固い殻)の下に、たぐいまれな優しい心を持っていると締めくくっている。
強さと優しさが明確に同居している姿は、アメリカの民衆が、エンターテインメント小説に求めているものであろう。
強さだけを誇るスカッグという怪物の敗北が、それを象徴している。
なお、クーンツの小説には、「ハードシェル」のようなアメコミ風ホラーアクションだけではなく、心温まるサスペンスもあると聞いているので、そのうちに読んでみたいと思っている。
赤文字部分:創元推理文庫「ハードシェル」からの引用