芭蕉が和歌の浦で追いついたものは何か?

伊勢から吉野へ。
吉野から高野山へ。
高野山から、紀伊半島の和歌の浦へ。
芭蕉は旅を続ける。

その旅には、まるで西行の影を追っているような印象がある。
どの土地も、芭蕉が敬愛する西行ゆかりの地なのだ。

西行ゆかりの地を巡る旅の途上では、芭蕉の脳裏から西行のことが離れることは無かったのかもしれない。
西行の歌を反芻しつつ、芭蕉は旅の歩みを進めていたのかもしれない。

行春(ゆくはる)にわかの浦にて追付(おいつき)たり
松尾芭蕉

「行春」とは、過ぎ去ろうとしている春のこと。または、晩春。
句のイメージからすると、「行春」に追いつけずにいたが、とうとう和歌の浦で追いついた、となる。
「行春」は春の季語。

「行春」に追いついたとは、どんな感覚なのだろう。

まだ春の名残が感じられるのが初夏だとすれば、夏の到来が間近に感じられるのが「行春」。
この時期、夏は勝手に訪れるものだが、春は過ぎ去って消えていくもの。
その、はかなく消滅しつつ、時の流れへと消えていくものに、和歌の浦で追いついた、ということなのか。

「行春に」の「に」は格助詞の「に」と思われる。
この「に」が動作の目的を表しているとしたら、追い付きたいものは「行春」となる。
「わかの浦にて」の「にて」は、吉野でもなく高野山でもなく、それは和歌の浦においてなのだと、強調しているようにも感じ取れる。

そして、「追付たり」の「たり」。
この「たり」は完了の助動詞の「たり」ではないだろうか。
「追付たり」は追いついてしまったの意。

吉野でも追いつけず、高野山でも追いつけず、芭蕉が和歌の浦でやっと追いついてしまった「行春」とは何なのだろう。

それは過ぎ去っていく春であるとともに、私には、もうひとつの何かであるような気がしてならない。
これは、なんの根拠も無い私の空想だが、芭蕉は和歌の浦で、「西行の影」に追いついたのではないだろうか。

伊勢でも追いつけず、吉野でも追いつけず、高野山でも追いつけなかった「西行の影」に「わかの浦にて追付きたり」。

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