霰聞くやこの身はもとの古柏

山頂のカシワ
雲谷峠山頂付近の柏の木。

以前、冬山トレーニングのためモヤヒルズのバックカントリーをスキー散歩したことがあった。
そのとき、雲谷峠の山頂付近にある柏の木の枯葉が、枝から散らないで残っているのを見て不思議に思ったのだった。

カシワの冬芽
強風でも散らない柏の枯葉。

葉守りの神


落葉樹の葉は、秋になって枯れたら散るもの。
なぜ柏の枯葉は、冬の尾根の強風地帯でも散らないのだろうか。
調べたら、柏はそういう樹木であるらしい。
柏の枯葉は、冬を越え、春にその年の若葉が枝から芽吹くまでは落葉しない。

こういう柏の性質を見て、昔の人は柏の木には樹木を守護する「葉守(はもり)の神」が宿っていると考えたらしい。
おそらく江戸時代にも、そういう「信仰」をもとにした「自然観」が人々の生活のなかに根付いていたに違いない。

新芭蕉庵再建


(あられ)聞くやこの身はもとの古柏(ふるがしわ)
松尾芭蕉

天和三年冬、芭蕉四十歳のときの作。
去年の冬に江戸の大火のため消失した芭蕉庵が、門人知友五十二名の寄付によって再建された。
掲句は新芭蕉庵(第二次芭蕉庵)に入居したときに詠んだ句で、前書きに「ふたたび芭蕉庵を造り営みて」とある。
第一次芭蕉庵を焼け出されてからの芭蕉の居所は未詳である。
天和三年の夏に、甲斐国谷村に逗留していたという記録があるのみという。
甲斐国から江戸にもどっても、居所は詳らかならず。

九月に、友人の山口素堂らが中心になって芭蕉庵再建のための動きが高まった。
それまで芭蕉は十ヶ月近く、宿無しの流浪の生活をしていたことになる。
てんてんと知り合いの家を泊まり歩く生活。
ひょっとしたら野宿もしたかもしれない。

乞食の翁


初めて芭蕉庵(第一次芭蕉庵)に入居した年(延宝八年:1680年)の翌年(天和元年:1681年)の冬、芭蕉は「閑素茅舎の芭蕉にかくれて自らを乞食の翁と呼ぶ」という自虐的な文章(句文)を書いた。
その翌年の暮れに、江戸の大火の類焼によって住居を失ったのである。
一年前よりも、いっそう「乞食の翁」の心境だったのではあるまいか。
そして「宿無しの流浪生活」の最中、六月二十日、芭蕉は郷里の母を亡くしている。

句の詞書にある「ふたたび芭蕉庵を造り営みて」は、芭蕉庵をふたたび造ることができるなんて、という芭蕉の安堵感と謝意のこもった詞書(ことばがき)だと私は感じている。

芭蕉の安堵


「霰聞くや」は、また芭蕉庵の屋根の下で暮らすことができるとは、という芭蕉の喜びが感じられる上五である。
宿無しだったら、霰に身を打たれて老体を寒さにさらさなければならない。
今は、再建された芭蕉庵のおかげで、屋根の下で霰の音を聞く情緒を楽しむことができる。
この句には、芭蕉庵再建に対して寄付をしてくれた門人知友五十二名への謝意が感じられる。

「この身」は、火事で焼け出されて宿無しになった身であり、母を亡くして悲しみに暮れている身のこと。
では「もとの古柏」とは何であろうか。
第二次芭蕉庵は、第一次芭蕉庵とは同じ敷地に建ってはいない。
であるから、元の古い柏の木のある場所にこの身がおさまったとは考えにくい。

本柏


ここで話は、冒頭の雲谷山頂の柏の話に立ち戻る。
私はこのとき、落葉しない柏の枯葉についていろいろ調べたが、そのとき「本柏(もとかしわ)」という言葉を知ったのだった。
「本柏」とは、冬も落葉せずに枝に付いている柏の古い葉のこと。
また、古くから関係があるものという意味もあるという。

私は「もとの古柏」とは何だろうと考えたとき、この「本柏」のことを思い出した。
「もとの古柏」とは「本柏」のことではなかろうか。
芭蕉は、火事で住居を失った自身を枯葉に喩えたのだ。
「この身」は、風に飛ばされてあてもなく流浪していく枯葉である。

ところが、そうではなかった。
門人知友五十二名としっかりつながっていた。
自身は枯葉でもその枯葉は冬を乗り越える柏の枯葉、「本柏」なのだ。

芭蕉の挨拶句


霰の音を聞きながら冬を越せるのは、(まるで「葉守りの神」のような)古くから関係のある人々のおかげである。
私は掲句を、芭蕉庵再建にあたって協力いただいた門人知友に対する謝意を述べた挨拶句であると感じている。

芭蕉は、方々へ招かれるたびにお礼の挨拶句を披露している。
いわば挨拶句の達人。
流浪のこの身を、もとのような芭蕉庵につなぎとめてくれて感謝に堪えない、という内容をそれとなく句に含ませる。
ストレートに感情を吐露しては、面白みが無い。
その句意を、門人知友の方々が解してくれたらそれで良いという芭蕉の思い。
それが「霰聞くやこの身はもとの古柏」であると思っている。

トーシロである私の素朴な感想であるのだが。

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