名月や門に指し来る潮頭


満潮による潮の遡上

「櫓声波を打って腸氷る夜や涙」の記事で私は、芭蕉庵のあった場所について「ここは、河口に近い場所。満潮になれば、このあたりまで海の潮が遡上する。」と書いた。

現地で潮の様子を見てもいない私が、どうしてそんなことが書けるのか。
知ったかぶりの推測か。
などと思われても仕方がない。

しかし、私は見ていないのだが、芭蕉は見ているのである。

名月や門に指し来る潮頭(しほがしら)
松尾芭蕉

掲句は「芭蕉庵三ヶ月日記」所収の二句のうちの一句。
もう一句は、以前記事にした「三日月に地は朧なり蕎麦の花」

「名月や門に」の「門」は、「芭蕉を移詞(うつすことば)」の「地は富士に対して、柴門景を追ってななめなり」の「柴門」のこと。
「柴門」とは、草庵の門のこと。

潮頭

さて前述の「芭蕉は見ている」のは、「門に指し来る潮頭」。
この「潮頭」こそ、「海の潮が遡上」している証拠なのである。
海が満潮の上げ潮のときには、海水が河口から侵入して遡上し、川の流れに逆らうために川面が波立つ。
その無数の波の頂点(潮頭)が、満月の光に照らされて白く光る。

「櫓声波を打って・・・」の句は第一次芭蕉庵で作られたもの。
掲句は第三次芭蕉庵での発句。
だが、三つの芭蕉庵は近隣に建てられているので、川を遡上する潮の様子は同じようなものだったと思われる。

第三次芭蕉庵での月見

第三次芭蕉庵では、海水の遡上が「門」を目指して押し寄せて来るように見えたのだろう。
芭蕉は、第三次芭蕉庵に引っ越して初めて見る名月を楽しみにしていた。
「芭蕉を移詞」にある「月を見る便りよろしければ、初月の夕より、雲をいとひ雨をくるしむ」だったのである。
その願いが叶ってか、新芭蕉庵(第三次芭蕉庵)での月見は、掲句に詠われたように実現した。

名月の句の工夫

芭蕉は、毎年八月十五日に名月の句を詠んでいる。
そのときどきの工夫が、句を読む者を楽しませる。
今回は名月を、芭蕉は無数の喝采のように光る「潮頭」で飾った。
満月の天と地上の海との対応。
名月は潮位を上げ、草庵の貧しい「門」に光る喝采を送り込んだ。
旅の空で見る名月もドラマチックだが、我が家でみる名月もドラマチックだなあと、芭蕉が思ったかどうか。

芭蕉の謝意

「芭蕉を移詞」の楚稿である「移芭蕉詞」には、「既に柱は杉風・枳風が情けを削り、住居は曾良・岱水が物ずきをわぶ」とある。
「杉風」は、第一次芭蕉庵の提供者「杉山杉風(すぎやまさんぷう)」のこと。
「枳風(きふう)」は、芭蕉の門人。
「住居」とは、第三次芭蕉庵のこと。
「曾良」は、「おくのほそ道」に同行した門人「河合曾良(かわいそら)」のこと。
「岱水」は、芭蕉庵の近くに住んでいた門人「岱水(たいすい)」のこと。
「物ずきをわぶ」とは、侘び住まいに趣向を凝らすの意。

「芭蕉年譜大成(著:今榮藏)」によれば、第三次芭蕉庵は、「杉風・枳風の出資、曾良・岱水の設計による」とある。

掲句が第三次芭蕉庵建設に協力した門人たちへの謝意を込めた発句とすれば、「門に指し来る潮頭」はその門人達の暗喩であるのかもしれない。
門人たちを名月と対比させることによって、芭蕉はシャレた謝意に仕上げたのだと私は感じている。

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