2018/06/27

蜻蛉や取りつきかねし草の上

【芭蕉年譜大成より。】



蜻蛉(とんぼう)や取りつきかねし草の上
松尾芭蕉

元禄三年七月、大津の幻住庵在庵中の発句と「芭蕉年譜大成(今榮藏著)」にある。

この句を読むと、野沢凡兆の句「蜻蛉の藻に日を暮す流れかな」が思い浮かぶ。
凡兆の句は、動的である。
水の流れに揺らいでいる藻の動きを、じっと追っている「蜻蛉」の動きが感じられる。
なんとしても藻に卵を産みつけてやろうという「蜻蛉」の執念すら感じられる。
そうしなければ一日を終えることはできないのだという生活者の思いである。

これに対して芭蕉の「蜻蛉」は、風に揺れ動く草に取りつこうと、揺れる草の上でホバリングしている姿である。
そして、取りつきかねている。

草の上に取りつくことができない「蜻蛉」は、やがて草から離れて野を彷徨う。

芭蕉は、「蜻蛉や・・・」を作った年の三年前、貞享四年十月、「笈の小文」の旅に出ている。
その序文に「空定めなきけしき、身は風葉の行末なき心地して」と記した。
「空模様は雨になりそうな不安定な様子で、この身は、風に飛ぶ木の葉のように行く末が定まらない心地がして」と述べている。

この【「空定めなき」「空」(天)】と【「行末なき心地」「心地」(地)】との対比が、次に続く発句にそのまま受け継がれている。
「旅人と我が名呼ばれん初時雨」の【「時雨」(季節・天)】と【「旅人」(地)】との対比という形で受け継がれていると思われる。

私はこのブログで、「天」と「地」を対比させている句が、芭蕉には多いと書いてきた。
それは芭蕉独自のテンプレートに沿って書かれたものではないかとも憶測したりした。

そういう視点で「蜻蛉や取りつきかねし草の上」を読むと「草の上」が「天」であり「草」が「地」となる。
しかし、「草の上」が「天」では、無理がある。
「草の上」が「天」では、距離がありすぎる。
「空」でもまだ遠い。

では「草の上」とは何か?
ひょっとしたら「草の上」とは「虚空」のことではないだろうか。
そう思ったとき、芭蕉が詠ってしまったのは、「蜻蛉」でもない「草」でもない、句の言葉に無い「虚空」なのでは、と思い至った。

芭蕉は、「蜻蛉」「草の上」に止まったら、何か風雅な句でも詠んでやろうと待ち構えていたのではあるまいか。
だが、取りつきかねた風雅が飛び去った後の、「草の上」の空虚感にうたれる。

風雅が消えた「虚空」。

風雅が去った「草の上」は、日常の空虚さに包まれ、「虚空」となった。
それがまた、芭蕉には面白かった。

そういうシーンを思い浮かべると、たとえば「古池や蛙飛び込む水の音」も「虚空」を詠った句ではないかと思えてくる。
蛙が水の中へ姿を隠した後の、水際の何もない空虚感。
この空虚感は、無常観の卵となり得るのではあるまいか。
それが古池の「虚空」であった。

「古池や・・・」の句は、貞享三年の作。
その翌年の貞享四年十月には、「空定めなきけしき、身は風葉の行末なき心地して」と記して「虚空」へと旅立つ。
一所不在の旅人とは、「虚空」の旅人というイメージでもある。

元禄二年三月、「幻のちまたに離別の泪をそそぐ」と記して芭蕉は奥州への旅に出る
「おくのほそ道」の旅である。
去っていく場所は「幻のちまた」という「虚空」である。
行く場所は「前途三千里(せんどさんぜんり)」という「虚空」である。

その「虚空」にあるのは「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」という一所不在の無常観ではあるまいか。

今、芭蕉は幻住庵にて草の上の「虚空」を見つめている。
「蜻蛉」が去った後の「虚空」を満たしているのは無常観か旅情か。

と、ここまで書いてきて、私はこの間の十三湖の史跡見物のことを思い出した。
安藤氏の居城だったとされる「福島城跡」を見たのだが、オオアワガエリの生い茂る広大な原っぱの中に立って、「何もないじゃないか」と少々がっかりしたのだった。

それもまた当然のこと。
私ごときに芭蕉のような「虚空」を見る目など、備わっていようはずがない。
芭蕉は、奥州の旅で訪れた平泉で、何もない原っぱを見て「兵どもが夢の跡」と詠んだ。

それは、さておき。
はたして芭蕉は「草の上」に、私が思っているような無常迅速な「虚空」を見たのかどうか。
それは芭蕉のみぞ知る。

こうして、芭蕉の句を読んで、読者がいろいろな発想を楽しむ。
これもまた、芭蕉の発句を読む楽しみである。


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◆見やすい! 松尾芭蕉年代順発句集へ

2018/06/17

津軽半島の名水、「大沢内ため池」の「湧つぼ」

【「しらさぎ橋」から「湧つぼ」までの案内図。】


「湧つぼ」は平成の名水百選に選ばれている

「大沢内ため池」の畔にある「湧つぼ(わきつぼ)」は、平成20年(2008年)6月に環境庁が選定した「平成の名水百選」のひとつに選ばれている。

このとき青森県内では、西津軽郡深浦町の「沸壷池の清水(わきつぼいけのみず)」と十和田市の「沼袋の水(ぬまぶくろのみず)」も「平成の名水百選」に選定。

中泊町の「湧つぼ」の、一日の湧水量は15トンとされている。
環境庁の「平成の名水百選」のサイトによれば「無味無臭の名水は古くから地域住民に称賛され、古来より稲作に利用されている」とのこと。

上のイラストマップは、「大沢内ため池公園」の駐車場に建っている看板の写真を部分拡大したもの。
「しらさぎ橋」から「湧つぼ」までのコースの概略がわかるように描かれている。


【ナラの木の巨木の看板。】


ミズナラの巨木

「大沢内ため池公園」の「しらさぎ橋」を渡って森のなかに入る。
心地よい森のなかには、よく整備された遊歩道が「湧つぼ」まで続いている。
この遊歩道は、「大沢内ため池」の東側にのびている尾根の上を辿っている。

「しらさぎ橋」の東側のたもとの標高が約10m。
ここから標高約60mの高さまでは、尾根歩き。
標高差約50mの、ちょっとしたハイキングが楽しめる。

「しらさぎ橋」から遊歩道をちょっと歩くと、左手に上の写真の看板が建っていた。
「大沢内溜池ナラの木」と題された看板に、説明書きがあった。
以下の赤文字部分は看板の引用である。

 灌漑(かんがい)を目的として、十八世紀初頭に築造された大沢内溜池西岸に位置する。青森県水源流域広域保全事業に伴う作業道・苅払い作業中、偶然発見された。同種のものとしては青森県内屈指の巨木であり、生育状況も旺盛である。
 ミズナラは、ブナ目ブナ科コナラ属の落葉広葉樹であり、北海道、本州、四国、九州に分布する。材は、木製品や木炭、キノコ栽培用のホダ木などに幅広く利用されるため、巨木に至る個体は希少とされる。

中泊町教育委員会


そのミズナラが下の写真の木である。
私はいろいろな山の中でミズナラの木を見てきたが、こんなに大きいミズナラの木を見るのは初めて・・・

いや、そんなことはないかな?

七戸町天間ダム湖の畔の公園で見たミズナラも大きかった。
昔よく行っていたタケノコヤマのミズナラも、かなりデカかったなあ。

ミズナラは、寒冷な土地を好む樹種。
ブナ同様、落葉広葉樹林を代表する樹種のひとつである。


【池畔で枝を広げているミズナラの巨木。】


【森のなかの快適な遊歩道。】


【尾根道を進む。】


【前方に赤い鳥居が見えた。】


【林道を通って、ここまでクルマで来ることができる。】


尾根道に赤い鳥居

快適に遊歩道を歩いていたら、赤い鳥居が見えた。
鳥居の右側に、ちょっと狭いが駐車スペースがある。

林道を通って、自動車でこの鳥居の場所まで来れるとのこと。
道中に案内看板が多くあるので、迷うことは無いという。

しかし、「しらさぎ橋」からハイキングした方が断然面白い。
森のなかの道は、歩いていて気分がいい。
散策してみれば、清らかな森林浴を実感できると思う。

私は急ぎ足だったので「しらさぎ橋」からここまでの時間は20分だった。


【「湧つぼ」の由来書き看板。】


湧つぼ由来

鳥居の右側に上の写真の看板が建っている。
以下の赤文字部分は、「湧つぼ由来」の看板の引用である。

 大沢内ため池の湧つぼは、芦野池沼群県立自然公園に湧き出る真清水で濁度、色度も検出されず無味無臭の名水として、地域住民に称賛されている湧つぼである。
 また、古来より津軽平野の稲作や地域住民の飲料水として利用されてきた。
 稲作の増産に伴い、農業用水として使用され、今はため池として親しまれている。
 稲作の用水として活用される十月頃から貯水が行われ、翌春の稲作作業が始まる五月頃までは水没している。湧き出る水は一日約十五トンにも及び、現在も地域の稲作を支えている。
 生活の源となってきた水を守るため、地元住民有志が、自主的に周辺の草刈りや清掃などの保全を行っており、一九九九年には「名水湧つぼ保存会」を発足し、命の水に感謝を込めて寄付を募り、鳥居等を建立し祀ってきた。これら有志の自主的な活動が評価され、平成二十年六月、環境省主催の平成の名水百選に選定され、中泊町の大地の恵みの象徴となっている。


【長い階段を降りる。】


谷へ降りる

ここから、尾根道と分かれて谷へ降りる。
ちょっと急な斜面を、土の踏段を頼りに降りていく。

周囲の森には、ブナを中心にコナラやカエデの木が見える。
木々の間から、ヒバの幼樹が顔を出している。
ここに来るまでの間、ヒバの成樹は見ていない。

秋になったら、紅葉がきれいなところかもしれない、などと思いながらどんどん降りる。


【夫婦橅。】


夫婦橅

段々を降りて平坦な横道になったところに、上の写真の「夫婦橅(めおとぶな)」の木があった。
木にくくられた看板には「触ってください貴方の愛が届きます」と書かれてあった。

ベタベタ触ってから、また長い段々を降りる。
下の写真が、その段々である。
段々の上の方に、コブの出ている木が立っている。

【さらに長い階段を降りる。】

【コブのある木。】


コブが御神木?

上の写真が「御神木」と称されている木のコブ。
トラロープで御神木に板看板がくくられている。

看板には黒マジックで「此の御神木にあるコブが御神木です」と記されている。
このコブに御霊が宿っているという意味だろうか?
そうであるならば、トラロープではなく注連縄(しめなわ)がほしいところである。

さらに「御神木に触れると貴方の慶び事があります ぜひ触れてください」とある。
「大沢内ため池」の森では、木に触れることをちょくちょく要求される。
「お触ないため池」ではなく、「お触りため池」か・・・
などと駄洒落て、コブにベタベタ触る。
どうか慶び事がありますように。


【山の神の祠。】


聖域

木々の間にため池の水面を見下ろせるところまで来ると、赤い鳥居や祠が現れる。
聖域色が一段と濃くなる。
一礼しつつ鳥居をくぐる。
祠の前では、二礼二拍手一礼。
森の神にご挨拶。


【「湧つぼ」の聖域へ入る鳥居。】

【湧つぼ情報板。】

【「名水湧壺」を祀っている祠から名水坂を下る。】


ため池の岸に「湧つぼ」

いよいよ「湧つぼ」に近づいた。
赤い屋根の祠の横を通り過ぎて「名水坂」を降りる。
ため池へ降りる断崖には、下の写真のように木製の手摺つき階段が架けられている。

なにぶん急傾斜故、滑って転んだら大怪我を負う。
ゆっくり慎重に降りると、目の前に、池の岸に嵌め込まれた大きな木枠。
「湧つぼ」とご対面である。

今は貯水時期でないので、「湧つぼ」は水没していなかった。

【湧つぼのある池の畔へ降りる木の階段。】

【「湧つぼ」を囲んでいる木枠。】


津軽半島の名水

「湧つぼ」の湧水口は、木枠の角材や厚い木板でしっかりと守られている。
地元の「名水湧つぼ保存会」の皆さんのご尽力によるものに違いない。

下の写真ではわからないが、小石混じりの底から清水が湧き出ているのが確認できる。
津軽半島の脊梁である津軽山地の伏流水であるという。
まさに津軽半島の名水。

思わず、二礼二拍手一礼する。
なんと神々しい場所であることか。

かつての津軽地方の上層農家であった「楠美家住宅」「旧川村家」の保存もそれなりにいいが、こういう聖地の保存は何ものにも代え難い。

過去において、地域農民の稲作による生活を支え、現在も支え続けている「湧つぼ」。
水源地のひっそりとした存在感。
清水の流れの源故に聖地なのである。
源は、清く美しい。


【透明な清水がコンコンと湧いている。】


【名水の清水が、大沢内ため池に流れ出ている。】

中泊町の「大沢内ため池」に架かるふたつの木橋、「大沢内大橋」と「しらさぎ橋」を見物

(大沢内ため池 出典:国土地理院ホームページ)


五所川原市の「境野沢ため池」に続き、中泊町の「大沢内ため池」を見物。
「奥津軽の七木橋」は、このため池に架かっている「大沢内大橋(全長180m)」と「しらさぎ橋(全長150m)」で、六本目と七本目。

「奥津軽の七木橋」めぐりは、「芦野夢の浮橋」を踏んでいないものの、一応今日で終了となった。
終えてみれば、改めてため池の魅力を強く感じた七木橋めぐりだった。

ため池は、津軽平野に広がる水田地帯の農業用水供給源として、現在も機能している。
そのように今も働いているので、景観が美しく保たれているのだろう。
ため池には、「谷池」と「皿池」があるが、ことに「谷池」の景観が素晴らしい。
(※谷池とは、山間部の谷を人工的に堰き止めてできたため池。山池とも言う。)
(※皿池とは、平野部に造られたため池。河川や他のため池などから取水する。)


(大沢内ため池公園に建っているしゃれたイラストマップの看板。地形の立体感がよく出ている。)


今日見物した「境野沢ため池」も「大沢内ため池」も「谷池」に属している。
ため池の取水施設がある方を前とすれば、「谷池」は背後に山が広がっている。

私がこの「谷池」の魅力に気づかされたのは、つがる市木造(きづくり)にある「大溜池」を見たときだった。
木造(きづくり)の「大溜池」は「ため池公園」として整備されていないが、素晴らしい景観を持った「谷池」である。
その木造「大溜池」同様に素晴らしいのが、今回の「大沢内ため池」だった。

美しいため池に共通しているのは、以下の点ではないだろうか。
  1. 森(池畔林)に囲まれ、背後に山がある「谷池」であること。
  2. 池の形が、山間部に入り組んでいる(リアス式?)。
  3. 水性植物が豊富。
  4. 地元の人達に大切にされている。

【おしゃれなトイレ(1階)と休憩所(2階)。建物の裏が多目的広場。】


大沢内ため池公園には、大型車駐車場も含めて駐車場が五箇所設けられている。
そのなかで、上の写真の駐車場にはトイレと休憩所が完備されている。
また、トイレ建物付近には、芝生の多目的広場があり、憩いの場として快適である。
この駐車場が、五箇所のなかで最大となっている。


(2階の休憩所ベランダからため池を眺める。手前が「大沢内大橋」。奥が「しらさぎ橋」。)


「大沢内ため池」は、江戸時代の宝永年間 (1711-1715)に津軽平野の新田開発の用水源として弘前藩により造られたため池である 。
現在でも五所川原地域有数の貯水能力を誇っている。

農業用水を供給している水田は、280haに及ぶとのこと。 
周辺一帯は「芦野池沼群県立自然公園」となっている。
豊かな自然環境が保たれていて、 サギなど渡り鳥が飛来することでも知られている。


(「大沢内大橋」の駐車場側たもと。)

(「大沢内大橋」から「しらさぎ橋」を眺める。)


「大沢内ため池」の水面には、たくさんの蓮の葉が浮いている。
蓮の花期は、7月~8月。
まだ先だが、この池の蓮が一斉に花開いたら、さぞかし水面は華やかになることだろう。

水面の蓮は、元気に生育しているようだが、気になるのは池畔の葦・ヨシの群落である。
秋でもないのに茶色に枯れている。
葦は、4月の初め頃に芽を出し、夏に向けて急速に成長する水際の植物。
大きいもので背丈が3メートルぐらいに伸びるものもある。

であるから今の時期は青々と生い茂っていなければならない。
はたしてどうしたわけか。
葦は、生態系を守り、水の浄化を助ける働きがあると言われている。
その葦が、「大沢内ため池」では全滅しているとは。

(「大沢内大橋」の橋上。)


(橋脚は丸鋼管、橋桁はH鋼。橋脚部が木製でないのが残念。)


「大沢内大橋」も「しらさぎ橋」もオール木製ではない。
橋板から下は鋼製となっている。
木製の橋脚が水中に脚を下ろしている様子はかっこいい。
「大沢内ため池」とよく似合っていたことだろうが、それはないものねだり。

「大沢内大橋」を渡ると、広い「葉たばこ畑」に出る。
畑の中をちょっと歩いて左折すると「しらさぎ橋」のたもとに着く。

この「しらさぎ橋」は森の奥にある「湧つぼ」への遊歩道に続いている。
橋を渡ると、鬱蒼とした森のなかの小径。

「湧つぼ」までは「しらさぎ橋」から森のなかの散策道を1.3km歩く。
イラストマップの看板には、徒歩約40分と書かれていた。
ここまで来たら「湧つぼ」まで歩かねばなるまい。


(葉たばこ畑の中の道を通って、「しらさぎ橋」に向かう。)

(「しらさぎ橋」の畑側たもと。)

(「しらさぎ橋」も橋脚・橋桁は鋼製。)

(「しらさぎ橋」から池畔を眺める。岸のアシが枯れているのはなぜだろう。)

(「しらさぎ橋」から「大沢内大橋」を眺める。)

(森の中へ吸い込まれていく「しらさぎ橋」。)


(「湧つぼ」へ続く森の遊歩道から「しらさぎ橋」を振り返る。)

五所川原市「境野沢ため池」に架かっている木橋「野花菖蒲橋」を見物

(境野沢ため池。出典:国土地理院ホームページ。)


 ため池に架けられた木橋めぐり。
6月3日の芦野公園「芦野夢の浮橋」見物に引き続き、今日は五所川原市の「境野沢(さかいのさわ)ため池公園」の「野花菖蒲橋(のはなしょうぶばし)」見物。
「奥津軽の七木橋」めぐりの五本目である。

津軽地方は梅雨入りしたとかで、あいにくの曇り空。
そのため、岩木山が見えない。
奥津軽のため池と木橋と岩木山。
この組み合わせを写真に収めたかったのだが、残念だった。


(駐車場から東屋を見る。)


駐車場の奥の原っぱに、一風変わった東屋が建っている。
どことなくノハナショウブを表現したような造り。
ノハナショウブは五所川原市の「市の花」でもある。

境野沢ため池公園には、駐車場がふたつある。
今回クルマをとめたのは、奥の方(東寄り)の駐車場。
こちらの駐車場の方が広くて、「野花菖蒲橋」にも近い。

ちなみに「市の木」はヒバ。
長い間、五所川原市の「市の木」はハルニレだったが、旧金木町と合併してから、ヒバになったのだとか。

ため池が多数点在する五所川原市や旧金木町ではハルニレを多く見かける。
ハルニレはヤナギ同様、湿潤な土地を好んで生育する樹木。

境野沢ため池周辺でも、ハルニレをちょくちょく見かけた。
ハルニレの高木は、美しいため池の景観に欠かせない木となっている。


(農薬散布中の看板。)


境野沢ため池の周囲はリンゴ畑が多い。
時期的に、農薬散布が盛んに行われている。
薬剤散布車を見かけたが、農薬の酷い匂いはしなかった。
この頃の農薬は、無臭なのかもしれない。
無臭な農薬は、ちょっと恐いような気もするが・・・


(境野沢ため池公園の案内看板。)


駐車場に、公園のイラストマップの看板が建っている。
看板の左上に、「境野沢ため池」についての説明書きがある。
以下の赤文字部分は看板の説明書きを引き写したものである。

 「境野沢ため池」は、いまから350年前の藩政時代に築造された農業用ため池群のひとつです。また、市東部丘陵地帯は「21世紀五所川原市総合開発計画」のなかで「市民の憩いの場」と位置づけられています。
 「境野沢ため池」は、堤体から岩木山や市街を一望でき、四季折々の豊かな自然に囲まれた風光明媚な場所として親しまれています。
 そしてさらに多くのひとに訪れていただけるように、自然環境を保護しながら「境野沢ため池」をより水辺にふれあえる親水公園として整備しました。

■ため池概要
貯水量:57万立方メートル 
かんがい面積:135ha 
堤体:高さ10m 長さ317m
■整備内容
事業名:県営地域用水環境整備事業
主要施設:管理橋 120m
     あずま屋 4棟
     パーゴラ 1棟
     トイレ 2箇所
     遊歩道 1周4.2km


(ノハナショウブ。)

(ノハナショウブの立ち姿。)


上の写真は、境野沢ため池公園のマスコット的な存在であるノハナショウブ。
今日は「野花菖蒲橋」の東側を半周したが、ノハナショウブを見たのは、駐車場近くの池畔に咲いている写真の一輪だけ。

ノハナショウブの開花期はこれから。
咲き始めの貴重な一輪にお目にかかれて幸運であった。


(「野花菖蒲橋」の影が水面に映えている。)


境野沢ため池公園は、遊歩道が整備されており、散歩していて心地よい。
森に囲まれたため池は入り組んだ形(リアス式?)になっていて、それが景観をより見ごたえのあるものにしている。

「野花菖蒲橋」は、オール木造りの美しい橋。
ため池には木橋がよく似合う。

尚、境野沢ため池公園の近くには、「津軽金山焼(つがるかなやまやき)」の工房や展示場、レストランなどがある。


【駐車場側(北側)の橋のたもと。】

(対岸に向かってすっくと伸びている木橋。)

(愛犬も木橋を渡る。)

(橋の欄干のところどころに野花菖蒲のレリーフ。)

(橋の中程に設けられた水上の東屋。)

(東屋の方形屋根にノハナショウブの装飾。)

(ため池と木橋が調和している。)

(がっしりと組まれた木の橋脚がかっこいい。)

(遊歩道のところどころに木製小橋がある。)

(遊歩道から野花菖蒲橋を眺める。)

(ため池沿いに整備された遊歩道。)

(散歩して心地よい遊歩道。)