原尞氏の探偵沢崎シリーズ長編第四作「愚か者死すべし」を読んだ感想
「愚か者死すべし」ハヤカワ文庫 |
新シリーズ
原尞氏の探偵沢崎シリーズ長編第三作「さらば長き眠り」を読み終えた後、次作はどうしようかなと迷っていたのだったが。
結局、勢いで「愚か者死すべし」を読んでしまった。探偵沢崎シリーズには、そういう勢いがある。
面白い娯楽小説は、読書のスピードが加速する。
だが、今回の「愚か者死すべし」は、読むほどに失速ぎみだった。
沢崎のキャラが変わったので、ちょっと戸惑った。
作者は「愚か者死すべし」の後記で、以下のような区分けをしている。
■第一期
第一作「そして夜は甦る」
第二作「私が殺した少女」
第三作「さらば長き眠り」
■第二期
第一作「愚か者死すべし」
作者の区分けによると、通算第四作目の「愚か者死すべし」が新シリーズのスタートを飾る作品であるとのこと。
作者の区分けによると、通算第四作目の「愚か者死すべし」が新シリーズのスタートを飾る作品であるとのこと。
個人的な感想だが、第一期は「ハードボイルドタッチのミステリー」っぽい読物だった。
そんなら第二期は、「ホラータッチのサスペンス」っぽい読物になるのかな。
そんなら第二期は、「ホラータッチのサスペンス」っぽい読物になるのかな。
なんてことはない。
「愚か者死すべし」を読んで、第一期とどこが違うのだろうと感じた読者は、多いのではないだろうか。
「渡辺探偵事務所」が「沢崎探偵事務所」になったわけではない。
「渡辺探偵事務所」の所長は、すでに病死していたことが、第三作の「さらば長き眠り」の最後の方で、沢崎の口から錦織警部に告げられている。
沢崎が渡辺の死を看取って、東京にもどってきてから、第三作「さらば長き眠り」の物語が始まるのである。
結局、第一期と第二期の大きな違いは、逃亡中の渡辺が亡くなってこの世にいないということ。
しかし、新シリーズ第一作「愚か者死すべし」でも、思い出話のなかで渡辺は生きていて、強い存在感を放っているのである。
あらすじ
私立探偵・沢崎は、大晦日に渡辺探偵事務所の渡辺を訪ねて来た若い女性と事務所で出会うことになる。女性の名は、伊吹啓子(いぶきけいこ)。
彼女との話の途中で、彼女がすぐに新宿署に出かけなければならない急用ができる。
おせっかいなキャラに変わった沢崎は、ブルーバードで新宿署まで伊吹啓子を送っていくことになる。
「まだ仕事の依頼を引き受けると決めたわけじゃない」と突き放すクールな探偵沢崎はどこへ行ったのやら。
新宿署の地下駐車場で、伊吹啓子をクルマから降ろしたあと、沢崎は突然の発砲事件に巻き込まれる。
沢崎は、発砲した犯人グループのクルマに、愛車のブルーバードで追突をかましたりする。
その後彼は、自身の言葉によると「好奇心と野次馬根性」で、クルマのナンバーを手掛かりに狙撃犯探しを始める。
新宿署での発砲事件のとき、沢崎が目撃した怪しいクルマは2台あった。
ランドクルーザーとサーフ。
ランドクルーザーは、新宿署での発砲事件に使われたクルマで、盗難車両であったことを、新宿署の協力で沢崎は知ることになる。
新宿署での発砲事件の前日(30日)に、神奈川県で神奈川銀行銃撃事件が起きていた。
サーフは、神奈川銀行銃撃事件にも新宿署発砲事件にも直接の関係はなかった。
だが、神奈川銀行銃撃事件と同時に起こった誘拐事件に関係があった。
偶然にも、銃撃事件のとき銀行にいた資産家の老人を誘拐したグループが乗っていたクルマがサーフだった。
沢崎はサーフの居所を突き止め、誘拐されていた資産家の老人と、誘拐犯グループに拉致されていた伊吹啓子の叔父を「好奇心と野次馬根性」で救出する。
伊吹啓子の叔父は、神奈川銀行銃撃事件の犯人だった。
では、なぜサーフが新宿署の狙撃事件現場にあらわれたのか。
それは・・・・・・
このあと様々なエピソードを交えた出来事が起こり、新宿署発砲事件の意外な真相が明らかになる。
とまあ、あらすじを書くのも面倒になるぐらい「愚か者死すべし」は込み入ったストーリーになっている。
まるで作者が、エピソードのパズル遊びを楽しんでいるようである。
新シリーズの新イメージ
ここで、新シリーズから私が受け取った印象を少し書いておこう。■ハードボイルド小説特有の「決め文章」が、ちょっとくどい感じになってきた。
たとえば第一章の冒頭の文章。
その年最後に私が<渡辺探偵事務所>のドアを開けたとき、どこかに挟んであった二つ折の薄茶色のメモ用紙が、翅(はね)を動かすのも面倒くさくなった厭世主義者の蛾のように落ちてきた。
とか。
第二章の冒頭の文章。
第二章の冒頭の文章。
中古で五年目のブルーバードが、いつもは車の成人病の巣窟であるかのように不調を訴えるのに・・・・・とか。
■この記事の始めのほうでも書いたが、探偵沢崎のキャラがクールでなくなった。
■今までと比べて女性の登場が多く、それがメロドラマっぽい隠し味になっている。
■携帯電話が頻繁に登場するようになった。
■拳銃シーンが多くなった。
第三十四章の最後のほうで、探偵事務所に警官たちが全員そろって手に拳銃を構えるシーンがある。
そのシーンで沢崎は以下のセリフを吐く。
「ここではもうそんなものは必要ない。いい大人が危ないオモチャをやたらとふりまわすな」これも、かつてクールだった沢崎に比べると、ちょっとヒステリックなセリフで、私は違和感をもった。
チャンドラーの影
私はレイモンド・チャンドラーの熱心な読者ではないが、よく話題になるチャンドラーの「名セリフ」はいくつか知っている。「愚か者死すべし」には、チャンドラーの「長いお別れ」に出てくるフィリップ・マーロウの「名セリフ(独り言)」を下敷きにしたような沢崎の「セリフ(独り言)」が登場するので以下に記しておこう。
警官とさよならを言う方法はまだ発明されていない。
(清水俊二訳、「長いお別れ」より)
「愚か者死すべし」第四章冒頭での探偵沢崎の心の中のつぶやき。
警察では、さようならを告げる権利はつねに警察官がもっていて・・・・・
これは、ハードボイルド小説ファンに対して、サービス精神旺盛な原尞氏の、粋な仕掛けであるのかな。