宮部みゆきの短篇小説「チヨ子」|憑依の物語
この微笑ましいファンタジーは、視点を変えれば、憑依譚(ひょういたん)としての一面も持っている。
宮部みゆきの短篇小説「チヨ子」を読んで、そう感じた。
読み始めるとすぐに、異様なものに触れてしまう。
触ってみると、表面がじっとりしている。着ぐるみの背中を探ってジッパーを探し、開けて見ると、内側はもっと湿っぽいようだ。おぞましくて、顔が歪んでしまった。この感触は、たんなる不快感ではない。
ファンタジーから「怖い話」への分岐点となっている。
着ぐるみの裏側に、すでに何かが潜んでいる。
主人公(女子大生)が、アルバイト先のスーパーで身に付けたウサギの着ぐるみの「のぞき穴」は、人の「思い出」を覗き見ることができるものであった。
「のぞき穴」から見える周囲の人々は、クマのぬいぐるみだったりタヌキのぬいぐるみだったり、ロボットの玩具だったり。
それは、かつてこの人々が大切にしていたぬいぐるみやおもちゃの姿だと彼女は思った。
「のぞき穴」から、鏡に映った自分自身を見たとき、幼い頃に大好きだったウサギのぬいぐるみ「チヨ子」の姿が見えたからである。
彼女はその「チヨ子」を、大きくなるにしたがって忘れてしまった。
「チヨ子」と一緒にいることが、子どもっぽいことだと、部屋から追い出してしまったのだ。
子どもの頃に捨ててしまった愛玩物を、着ぐるみの「のぞき穴」は映していた。
「チヨ子」は、愛された記憶と、捨てられた無念さの投影であった。
主人公が、「のぞき穴」から目撃する世界は「救い」であると同時に、「身勝手」さでもあった。
周囲の人々のぬいぐるみも、かつてはその人の「救い」であったものが「身勝手」さで捨てられた姿のように見える。
「のぞき穴」から見えるのは、かつての愛玩物によって憑依された姿なのかもしれない。
アルバイトを続けるなかで主人公は、万引き常習犯の少年とその母親の、見え方が違うのに気づく。
彼らは、「のぞき穴」を通しても、人間の姿をしていた。
だが、よく見ると、「鉤爪(かぎづめ)の生えた痩せた手。その指先が、少年とお母さんの肩を、後ろからつかんでいる」のが見えた。
小説では、この「悪いもの」に憑りつかれた人たちと、「良い思い出」を抱きかかえている人たちとが対照的に描かれている。
主人公は、その「悪いもの」に、「誰だって、それに憑かれる危険があるのだ」と考える。
そして、「ほとんどの人がそんな羽目にならないのは」、ぬいぐるみのような、何かを大切にした思い出に守られているからだという結論を得る。
しかし、この結論は、別の表情を隠している。
本当に過去の愛玩物に、守られているのだろうか。
むしろ、人々は、それに取り憑かれ、そこに縛りつけられているだけなのではないだろうか。
過去への執着は、人の気持ちを、その停滞した時間の中に閉じ込めてしまう。
そう考えると、読後の不気味な感触は、小説「チヨ子」の内側に潜んでいるものから放たれているのではないかと思えてくる。
※赤文字部分 小説「チヨ子」光文社文庫からの引用