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果実も臭くは無かったヘクソカズラ

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以前記事にしたヘクソカズラが結実していた。
ドウダンツツジの生垣に絡まっていたヘクソカズラのこと。
花が咲いていた頃、ヘクソカズラの茎や葉や花の匂いを嗅いでみたのだが、「ヘクソ(屁糞)」と呼ばれるほどの匂いではなかった。
もしかしたら、果実が強烈な臭いを放つのではと思い、実が生るのを待っていたのだった。

ヘクソカズラの果実は、直径5ミリぐらいの球形で光沢がある。
その果実をちぎって指でつぶして匂いを嗅いでみたが、臭くはなかった。
かすかに独特の臭気はあったが、「ヘクソ(屁糞)」と罵るほどの匂いでもない。
かなり強烈な臭いを嗅いで、「ヘクソカズラ」という名前の由来に納得しようと期待したのだが、そうはならなかった。




いったいこの植物の、どこが「ヘクソ(屁糞)」なのだろう。
悪臭もないのに「ヘクソ(屁糞)」とは。

ヤブガラシ同様ヘクソカズラも、植え込みに絡まって旺盛な繁殖力で蔓延する。
この生垣では、これから美しく紅葉するドウダンツツジに絡まって、紅葉観賞の妨げになるかもしれない。

絡まった糸や針金をほどくには根気が要る。
短気な人にはつとまらない仕事である。
「くそいまいましい!」と罵りながら、糸をほどこうとする。
糸の絡まり具合は、短気な人に逆らうように、ますます酷くなるばかり。

ヘクソカズラの駆除にも、これは言えるのではあるまいか。
短気な人々が「このクソカズラめ!」と罵るので、いつのまにか、この植物の名前が「クソカズラ」として流布。
その後、頭に「屁」までつけられるほど憎まれ、「ヘクソカズラ」として世間に知れ渡った。
匂いではなく、雑草としての厄介さ加減が「ヘクソ(屁糞)」ということなのか。
強烈だったのは匂いでは無く、「ヘクソカズラ」という呼び名のインパクト。
このインパクトが独り歩きして、「悪臭を放つ草」という悪者イメージを強固なものにしているのかもしれない。

それとも、強烈な悪臭を放つ時期があるのだろうか。
あるいは、地域によって、匂う種と匂わない種が存在するのか。
インターネットのサイトでは、強烈に匂うという記事と、さほど匂いを感じなかったという記事があって様々である。

はたして「ヘクソ(屁糞)」の真意は何なのか。
呼び名と実態は、同一ではないのか。
その解明は、今後の散歩のお楽しみである。




山頂付近は快適な天空の道、北八甲田高田大岳谷地温泉コースをハイキング

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私が北八甲田で唯一歩いたことの無い夏道が、谷地温泉から高田大岳へ登るコース。
いつかは歩こうと思っていたのが、本日やっと実現した。

春スキーでは、残雪の上を山頂まで毎年一回は登っている。
今年の春は、テレマークスキーのシール登行で山頂まで3時間半かかった。
今回もそれぐらいの時間がかかるだろうと思って登り始めたのだが、2時間半という標準タイムで山頂到着。
ちょっと若返った気分だった。




長時間の山登りは、今年5月24日の葉抜橋山(はぬきばしやま)以来。
今年の春から、左肩が酷く凝っていて、リュックを担げない状態だった。
それがどうにか軽減したので、手始めに高田大岳を歩こうと思った次第。

山頂への道は、刈り払いが行われていて明瞭だった。
今年の6月に、「十和田山岳振興協議会」という会のメンバーを中心に、ボランティアの方々が集結し、登山道の刈り払いを行ったのだという。
今年から「山の日」として祝日になる8月11日の前に、登山道を覆い隠していたネマガリタケの藪や木の枝を取り除こうということだったらしい。
これまでは、当コースは北八甲田で一番の悪路だと言われていたが、幸運にも私はその悪路を未体験である。

刈り払いによって、藪漕ぎ状態だった登山道のルートは明瞭になったものの、湿地の泥場や洗掘による深い「溝道」は元のままだという。
この「洗掘溝道」を歩いたとき、私は、シリポロチャシの「掘道(土塁?)」を思い出した。
おお、高田大岳も巨大なチャシだったのか、なんて悪態をつきたくなるほどの「立派」な「洗掘溝道」であった。




8時40分ごろ、谷地温泉駐車場を出発。
まずは、高田大岳山麓の小さな丘を越える。
緩い登り斜面をゆっくりと登る。
これがけっこうな足慣らしになる。
緩い斜面を登りきると、丘(標高974.5メートル)の東側を巻いて道は平坦になる。
泥々の湿地帯の出現である。
これが春から夏にかけては、雪融けのため、大変な「泥漕ぎ」状態になるらしいが今日はそれほどでもなかった。

標高1000メートルぐらいまでは、平坦に近い緩い登りである。
標高1000メートルを越えると、道は突然急登になる。
しかも直登一直線の道。
緩やかなハイキング道が、修験の道に変わる。

多くのハイキング道は、急斜面上ではジグザグに造られるものだが、高田大岳では直登の道。
ほぼ最大傾斜線に沿った登山道。
フォールライン…

ミヤコグサの二期作?新中央埠頭の南側緑地で、秋のミヤコグサが咲いている

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青森市内の新中央埠頭を愛犬と散歩した。
新中央埠頭と言えば、以前から気になっていた緑地のミヤコグサ。 さっそく南側緑地帯の丘を覗いたら、なんとミヤコグサが復活。 今年の8月27日に見たときは、上の写真のように枯れた状態で、緑が少なかったのだが。 それが今日は、下の写真のように、ミヤコグサが青々と生い茂っている。 こんな光景を見ると、ミヤコグサの二期作なのか?と思ってしまう。

青森(関東以北)でも結実しているヤブガラシ

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東日本(関東以北)では結実しないと、ウィキペディアをはじめとして多くの植物系サイトで言われているヤブガラシ。
昨日、愛犬の散歩で青森市内の平和公園に立ち寄ったら、なんとヤブガラシが実を結んでいるではないか。

今年の7月30日に盛んに花を咲かせていたヤブガラシである。
関東以北のヤブガラシの染色体は3倍体で、結実しない。
中部以西の分布では、3倍体のものと2倍体のヤブガラシが混在していて、その2倍体のものが結実する。
ということなのだが。




「2倍体」とか「3倍体」とかは、染色体を何組持っているのかということらしい。
人間は、同じ染色体が2組あるので2倍体。
関東以北のヤブガラシは3倍体で、3組あるものを2つに分けるのは難しいので、普通の雌雄による繁殖はできないという。
それが、3倍体が結実しない理由だそうで、私にはとても難しくて理解できない世界。
一般に動物は、父と母から1組ずつもらった、2組の染色体を持っているとのこと。 これが2倍体だそうで。 ところが、植物には様々な倍数体を持つものが存在しているという。
3倍体の植物は、一組染色体が余計にあるので結実しないとのこと。
てことは、平和公園のヤブガラシは結実しているから、2倍体というやつなのか。




結実するヤブガラシは、5小葉の葉に4小葉や3小葉が混じると言われている。
平和公園のヤブガラシをざっと見渡したが、5小葉以外の葉は見当たらなかった。
なにしろ犬連れで、犬が引っ張るので、あまりじっくりとは観察できない。
私の野草との「雑談散歩」は犬にとっては快適な散歩ではないようで。
今度ゆっくり調べてみることにしよう。

ヤブガラシはブドウ科の植物だけあって、実がノブドウに似ている。
ノブドウほどカラフルではないが、濃い紫色の実はノブドウそっくり。
でも個数が少なくて、ノブドウほどにぎやかではない。
蔓を伸ばして、葉が生い茂っている割には寂しげな実のつき方。
まだ花が咲いているので、この先どんな実がつくのか。
散歩の楽しみがひとつ増えた。

その前に平和公園でヤブガラシの一斉駆除が行われれば、もうお目にかかれないのだが。
ここのヤブガラシは、ドウダンツツジに絡まっている。
そろそろ、ドウダンツツジが美しく紅葉する時期。
やはり、ドウダンツツジの紅葉前に、ヤブガラシが駆除されそうな気がする。
なにしろ、嫌われ者のヤブガラシであるのだ…

呼かへす鮒売見えぬあられ哉

江戸時代には、食用鮒として、近江国琵琶湖のゲンゴロウブナや二ゴロブナが有名であったらしい。
現在でも、鮒寿司は滋賀県の名産品である。
当時の近江国では、秋から冬にかけてひれが赤くなった琵琶湖の鮒を「紅葉鮒(もみぢぶな)」と呼んでいたという。

(よび)かへす鮒売(ふなうり)見えぬあられ哉
野沢凡兆

凡兆の自信「時雨るるや黒木つむ屋の窓明り」

この句を読んだとき、カッコいい句だなと思った。
どうしてカッコいい句だと思ったのか、その理由をうまく説明できない。
素人の何とやらである。

時雨(しぐ)るるや黒木(くろぎ)つむ屋の窓明り
野沢凡兆

「時雨るるや」とは、時雨が降っていることへの詠嘆。
時雨とは、晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりする冷たい雨のこと。
黒木(くろぎ)とは、京都の八瀬や大原で作られる薪のこと。
かまどで黒く蒸し焼きにしたことから黒木と呼ばれたとか。
当時は、八瀬や大原の女が黒木を頭に乗せて、京都市中を売り歩いたらしい。

雪に埋没した京の都「ながながと川一筋や雪野原」野沢凡兆

凡兆の句を読んで、不思議な思いにとらわれるのはなぜだろう。
句から感じる鮮明なイメージの出所は、句の表面には現れていない。
俳諧の「言葉」の下に、その句には記されていない風景が見え隠れするのだ。
凡兆にたいする思い入れが過ぎるための、私の錯覚だろうか。

ながながと川一筋や雪野原
野沢凡兆

公園の林床に出た毒キノコ、テングタケ

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公園のテングタケ 今年も公園の草地にテングタケが発生。
散歩中の愛犬が、物珍しげにキノコの匂いを嗅いでいる。
いつもの散歩コースに、今日は怪しい物体が出ている、とでも思っているのか。
愛犬は熱心に匂いを嗅いでいる。

江戸時代の都市のさりげない日常「藏並ぶ裏は燕のかよひ道」

凡兆は、街なかの風情を詠むのが上手い。
と、素人の私が思ってしまうほどに。 これが凡兆の持ち味なのではあるまいか。
と、素人の私は考えている。

次の句は「市中は物のにほひや夏の月」同様に「猿蓑」におさめられている。
「猿蓑集 巻之四」の「春」のなかにある。

藏並ぶ裏は燕のかよひ道
野沢凡兆

空地でオオハンゴンソウの花が散ってヨシの穂が出た

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8月30日に、青森市に台風10号が来襲。
そのせいで、事務所裏の 空地のオオハンゴンソウは、花びらを落としてしまった。
空地の黄色い賑わいが消えてしまったのだ。

「マイペース」とは、人生のなかで変化し発展してきた大切な能力である

■自身を活かす能力 若い頃、マイペースについて、友人達といろいろ考えたことがあった。
そしてマイペースとは、様々な状況のなかで、自身のペースをコントロールできる能力のことであるという結論を、私は得たのだった。
と同時に、マイペースとは、自身をベストな状態にキープできる能力のことでもあると考えた。
つまり、マイペースとは、自身を活かす能力のことであると思ったのだ。
友人たちも、マイペースについて自分の意見を持ったようであった。
マイペース故に、意見は様々である。

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