2016/10/31

雨の雛岳登山道と下山後の「みちのく深沢温泉」

雨中のブログ管理人。
東京で暮らしている姉が所用で青森に来たので、一緒に北八甲田雛岳の登山道を歩いた。
姉と一緒に山を歩くのは、白神山地の太夫峰以来。

当初は津軽半島の名峰「大倉岳」へ登る予定だったが、雨降りのため中止。
天気予報を見ると、津軽地方よりも上北地方の方が、まだ好天が見込まれる。
雛岳周辺は、上北地方の天候状態に準じることがあるので、雛岳の登山道を歩こうということになった。

2016/10/30

凡兆の予感?「日の暑さ盥の底の蠛かな」

「虫」ヘンに、軽蔑の「蔑」のツクリで蠛。
この漢字を、ウンカと読む。
蔑は、「蔑ろ(ないがしろ)」という使い方もする。
「蔑ろ」とは、無視したり軽視したりすること。

日の暑さ盥(たらい)の底の蠛(ウンカ)かな
野沢凡兆

「暑き日を海に入れたり最上川」と、夏の暑い一日を雄大な句にした芭蕉。
凡兆は、「日の暑さ」を日常の「盥の底」に入れてしまった。

2016/10/27

青森市平和公園の紅葉が、「街の風情」として、それなりに見ごろに

色づき始めた平和公園の紅葉。
今年の八甲田の紅葉はどうなんだろう。
この頃、山へ行ってないからわからない。
写真は、毎日のように犬の散歩で訪れる平和公園。
ボチボチ紅葉が見ごろになってきた。

山には、山の風情がある。
一方、都市公園の紅葉は、街の風情で満ちている。
そうは言ったものの、街の風情って何だろう?
都会暮らしのなかで感じるものだから、その人の心に育っている都市生活者の情感みたいなものかな。

ホームセンターの工具売場に潜り込んでいた役に立たない「家庭用」の工具

家庭的?

「家庭料理の店」とか「家庭的な雰囲気の店」とか。
そういう看板を掲げた居酒屋を見かけることがある。
私が、決して入るまいと思っている居酒屋は、こういう類の居酒屋。
「家庭料理の店」という看板のある居酒屋は、料理に自信の無い店主がやっている店が多いと私は感じている。
したがって料理がありきたりで不味いことがほとんど。
プロの料理が苦手な人が「家庭料理」というホットなムードを隠れ蓑にしている傾向が強いと感じている。
「家庭料理」という表示に、料金が安いのではと思ってしまいがち。
だが、飲み代はそれほど安くないことが多い。

2016/10/22

凡兆の視点「剃刀や一夜に金情て五月雨」

梅雨時は錆の季節。
油断していると、あっと言う間に鉄製品が錆びてしまう。
じめじめと湿っぽい季節は、湿気のせいで、錆がすぐに広がる。

剃刀(かみそり)や一夜(ひとよ)に金情(さび)て五月雨(さつきあめ)
野沢凡兆

2016/10/21

軽トラ

 ユキオの会社で仕事の打ち合わせを15分ばかり。その15分の間に、路上へ止めたオレのピックアップがレッカーされちまったようだ。ユキオの会社の駐車場は会社から離れた場所にある。ついつい面倒くさがって路駐してしまう始末。その結果のレッカー移動。雨降りの路上には白っぽい軽トラが1台止まっているだけ。オレのピックアップは影も形も無い。雨で濡れているせいか路面にはチョーク書きが無い。前にもこんな感じで駐車違反即レッカー移動された知り合いがいた。ユキオの会社の前は道幅が狭い。そんでもって、近所にクレーム好きのチクリ屋がいるみたいで、このあたりは駐禁即レッカー地帯なんだ。

2016/10/16

物の中に潜む存在感「物の音ひとりたふるる案山子かな」

「音もなく地面に倒れた」という表現がある。
最後まで倒れるのをこらえながら、ギリギリのところで倒れてしまうと「音もなく地面に倒れた」という状態になるのだろうか。
音は物の存在の証明である。
音が聞こえたということは、音を発生させた物が存在するということ。
「音もなく地面に倒れた」と言っても、音がしなかったとは言い難い。
物が倒れる映像だけを強調しようとすれば、「音もなく地面に倒れた」というシーンが映像としてはあるのかもしれない。

清楚な日常の美しさ「渡り懸て藻の花のぞく流哉」

これも私の好きな句である。
「渡り懸て」という行為のなかで「藻の花」を垣間見た凡兆の感動が見える。

(わた)り懸(かけ)て藻の花のぞく流哉
野沢凡兆

「藻の花」に、私はバイカモを思い浮かべた。
漢字で書くと「梅花藻」。
北八甲田では「グダリ沼」のバイカモが、その美しさで知られているが、私はまだ見たことが無い。
しかし、清流に揺れるバイカモの花は、どこかで見た記憶がある。
凡兆は、清流に架かった橋を渡りかけたとき、川面に揺れる藻の花に気がついたのだろう。
無数に咲いているその花の可憐さに、思わず水面を覗き込んだというシーンが思い浮かぶ。

2016/10/15

凡兆の不満?「ほととぎす何もなき野の門ン構」

「猿蓑(さるみの) 巻之二」は宝井其角(たからいきかく)から始まって河合曾良(かわいそら)まで、12人の俳諧師の「ほととぎす」を題材にした句が、最初に掲載されている。
そのなかに、凡兆の次の句も収められている。

ほととぎす何(なに)もなき野の門ン構(がまえ)
野沢凡兆

私は、この句を読んだとき、荒涼としたイメージが頭に思い浮かんだ。
妙に寂しい光景。
廃墟のセンチメンタリズム。

ホトトギスは異様に甲高い声で鳴くときがある。
暗くなりかけの宵などに聞くと、あまり気分の良いものでは無い。
ちょっとびっくりするのだ。
またホトトギスは、早朝のまだ暗いうちに、けたたましく鳴いたりする。

2016/10/13

木造平屋一戸建てに単相200Vの配線工事をした場合の費用

単相200V 用のコンセント。2回路分。


仕事で、大判プリンターをもう一機導入することにした。
このプリンターの電源は単相200V。
現在仕事の事務所として使っている貸家には100Vしか通っていない。

今の新しい住宅だと屋内配線が100V対応でも、配電盤までは三線(赤、白、黒)式電源が来ていることが多いらしい。

この場合は、配電盤の小ブレーカーを200V対応の物に交換し、赤 黒 の線をブレーカーに接続すると単相200Vになるという。
後は、屋内の配線工事をして200Vのコンセントをつければ、利用可能とのこと。
もちろんこの工事は、電気工事の有資格者でなければできない。



軒下に三線式電源を新設。


私がお借りしている木造平屋建ての家屋は、少し古いので三線式電源は届いていない。
したがって、電柱から建物の軒下まで三線式電源の引き込みが必要となる。
あと電力量計(メーター)の交換と200Vコンセントまでの屋内配線が工事の内容である。
工事が終了し、東北電力のチェックも今日無事に終わった。
もういつでもプリンターを導入できる状態である。

現在では家庭内の電気機器が多様になってきている。
エアコンやIHクッキングヒーター、電気温水器、電子レンジ、食器洗い乾燥機などなど「ハイパワー家電」と呼ばれている200V機器が増えている。
一般家庭において、「ハイパワー家電」の導入を検討されている方のご参考になればと思い、単相200V電気工事の料金明細を書き込むことにした。


新設した配電盤。



尚、100Vから200Vにしたからといって電気料金が高くなることは無い。
電圧が2倍になるということは、仕事をする力が2倍になるということ。
力が2倍になれば稼働時間が半分になるので、100Vの機器を200Vに替えても同じ仕事の量であれば、消費する電力量は同じ。
ただ電力会社との契約アンペア数を上げれば、それに応じて基本料金がアップすることになる。

以下、工事料金の明細。
電柱から軒下までの距離は12メートルぐらい。

東北電力申請費(一式)            45000円
諸費用(20A~60A)             25000円
14SQX3C SVケーブル(13m)        4940円
外用DVケーブル(14m)            6300円
2.0X3CVVFケーブル(40m)         6000円
分電盤60A用ニット
 HCB13E6-62(一個)           23400円
 コンセント・プレート・モールBOX(2箇所)    3600円
 VE22パイプ(2本)             1240円
 その他雑費一式              1000円
 分電盤取替工事・アース工事・外工事・コンセント工事
 一式                  50000円
計   166480円
値引き 31480円
合計  135000円
消費税  10800円
------------------------------------------------
税込合計金額 145800円

作業員    1名
作業時間 約6時間

皆様のご参考になれば幸いです。


新電気メーター(電力量計)。右側の板は旧メーターのベース。

2016/10/12

温泉銭湯の浴場でウンチをもらしてしまった老人

久しぶりに市内の温泉銭湯へ行ったときのことである。
脱衣場に入ると、浴場から出てきたマッチョな若い男を見かけた。
その方は、労働やスポーツで筋肉が発達したというよりも、筋トレで筋肉細胞を増殖させたというタイプに見えた。
この方ほどではないが、かつての若かった私も、現場労働やスポーツで自然と筋肉が付き、ミニマッチョだった時代があったなぁなどと思いながら浴場へ入った。

昔の名古屋の「ものづくり」がすごかった(昭和初期製作の柱時計がまだ現役で動いている)

八角小型掛時計。
部屋を片付けていたら、田舎の実家を処分したとき、持ち帰った古い掛時計が出てきた。
私は、このボロい時計を捨てずに持ち帰ったのを、すっかり忘れていた。
65年前に私が生まれた頃、すでにあった掛時計である。
子どもの頃、居間の壁の柱に掛かっていた時計で、あらためて見ると不思議な気分。
この時計と一緒に過ごした懐かしい暮らしが甦ってくるような。
「まだ動くのだろうか?」
ためしに仕事部屋の柱に掛けて、振子を指で振ったら、チクタクチクタク・・・・・・。
幼い頃聞きなれた音が、時を隔てて耳に響く。
仕事部屋の雰囲気が昭和レトロの時代へと逆戻り。
パソコンや大判プリンターと、昭和初期のゼンマイ時計が共存している空間が、なんとも新鮮だ。

2016/10/08

連句の面白さ「灰汁桶の雫やみけりきりぎりす」

灰汁(アク)は、最古の洗剤として紀元前から使われていたといわれ、旧約聖書などに灰汁という言葉がしばしば出ています。日本でも洗濯には昔から木灰の灰汁が用いられ、江戸時代には、桶に水を満たして灰を入れ、底の栓口から灰汁がしたたるようになった「灰汁桶」が各戸に置かれていて、これを用いてたらいで手洗いしていたようです。また、石鹸や合成洗剤が普及する第二次大戦後まで、洗浄剤として広く一般に使われていました。
    ※石鹸百科(株式会社 生活と科学社)サイトより引用

灰汁桶(あくおけ)の雫(しずく)やみけりきりぎりす
野沢凡兆

この句は、「猿蓑集 巻之五」の『「灰汁桶」の巻』という連句における凡兆の発句。
生活感がにじみ出ている叙景的な句として印象深い。
家の隅に置いてある灰汁桶から雫が滴っている様子が目に見えるようである。
薄暗い土間で、長い年月を通して使い込まれた灰汁桶の存在感が読む者に伝わってくる。

灰汁を作るには、灰汁を出す桶と灰汁を受ける桶が必要である。
灰汁の溜まった下の桶に上の桶から灰汁の滴が落ちる。
そのポチャッ、ポチャッという音が、土間から聞こえる静かな宵。

気がつくと、灰汁桶の雫の音がいつのまにか止んでいて、きりぎりす(コオロギ)の鳴いている音だけが聞こえてくる。
暮らしを営む音が、いつのまにか自然の虫の音に変わっている。
物思う秋の夜の、静寂感に満ちた句である。

これに続く芭蕉の句が「あぶらかすりて宵寝する秋」
「かすりて」は品切れの意。
灯火用の油が切れてしまったので、宵のうちに早寝してしまうというようなイメージである。
芭蕉は物語の場面を土間から畳の間へと移した。

「新畳(あらだたみ)敷ならしたる月かげに」と岡田野水(おかだやすい)が句をつなぐ。
連句の「式目」である『「第三」の下五の句は、留字「て」「に」「にて」「らん」「もなし」で留める。』が守られている。
畳替えしたばかりの寝所に、煌々と月の光が射し込んでいる。
油が切れて灯火が無くても、闇夜では無い。

「ならべて嬉し十のさかづき」と向井去来(むかいきょらい)があどけなく続ける。
まだ寝るには早すぎるし、お月様のおかげで家のなかも明るい。
しまってあった十個の盃を畳の上に並べて眺めるのも嬉しいことだ。
友人達を集めて月見の宴を開くのもいいかも、てな感じかな。

「千代経(ちよふ)べき物を様々子日(ねのび)して」と芭蕉がちょっとひねる。
「子日」で季節が秋から春に変わった。
「子日」とは、平安時代、正月初子(はつね)の日に、貴族が野に出て小松を引き抜き、若葉を摘んで遊び、宴を設けた行事とのこと。
もともとは宮廷で行われていた儀式だったが、江戸時代には庶民の行事へと広がったらしい。

これから千年の時を経るかもしれない縁起の良いものを様々並べて子日の宴と致しましょう、というようなイメージ。
この句は西行の歌「千世経べき物をさながら集むとも君が齢を知らんものかは」をふまえたものという説があるが、そういう知識が無くても連句は楽しめる。

これに対して凡兆は「鶯の音にだびら雪降る」
凡兆は、視線を部屋の内から外へ移した。
鶯の鳴き音に春の大片の雪が降っている。
鶯がさえずる季節になったとはいえ、まだまだ寒い日が続くというイメージ。

「灰汁桶の雫」や「きりぎりす」、「鶯の音」と聴覚的なイメージを出していた凡兆が「だびら雪」という視覚的なイメージを持ち出して、物語の場面を屋内から屋外へと変えたのだ。
連句は前へ前へと進んで、イメージの停滞を許さない。
凡兆のこの句にも、西行の歌「子日しに霞たなびく野辺に出て初鶯の声を聞つる」をふまえたものという説がある。

芭蕉が西行を持ち出せば、凡兆も西行で応じる。
芭蕉と凡兆の「暗黙の対決」というものがあったのだろうか?

ともあれ、凡兆の句で連句の表六句が終了したことになる。
猿蓑『「灰汁桶」の巻』は「三十六歌仙」で、句はまだまだ続く。
が、私の下手な「解説」はここまでということで。

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2016/10/06

芭蕉の自信を示す去来抄、「下京や雪つむ上の夜の雨」

「去来抄(きょらいしょう)」は、蕉門の俳諧師である向井去来(むかいきょらい)著の俳論書であるとされている。

この書は、去来が亡くなって70年以上経った安永4年(1775年)に京都の井筒屋によって刊行されたという。
その「去来抄」に 以下の文章が記載されている。
此句初冠なし。先師をはじめいろいろと置侍りて、此冠に極め給う。凡兆あトとこたへて、いまだ落つかず。先師曰、兆汝手柄に此冠を置べし。若まさる物あらば我二度俳諧をいふべからずト也。去來曰、此五文字のよき事ハたれたれもしり侍れど、是外にあるまじとハいかでかしり侍らん。此事他門の人聞侍らバ、腹いたくいくつも冠置るべし。其よしとおかるゝ物は、またこなたにハおかしかりなんと、おもひ侍る也
「此句」 とは野沢凡兆の句のこと。

下京(しもぎょう)や雪つむ上の夜の雨
野沢凡兆

「去来抄」によると、凡兆が最初にこの句を出したときには「下京や」という初冠(上五)は無かったらしい。
「雪つむ上の夜の雨」という中七と下五だけが出来上がっていて、凡兆には上五が思い浮かばなかった。

「先師(芭蕉)」や同門の者がいろいろ考えたが、芭蕉が「下京や」という上五を推奨した。
それに対して凡兆は「あっ」と言うだけで、しばらく決めかねている。
芭蕉が、「凡兆よ、あなた自身の創作としてこの上五に決めなさい。これに勝る上五があるならば、私は二度と俳諧について口出しはしないよ。」と言ったという。

もし、このエピソードが事実なら、芭蕉の自信の有り様がうかがえる。
当時の凡兆は、まだ蕉門のメンバーだったので、師匠の自信たっぷりな申し出には逆らえなかったのかもしれない。
それとも、「あっ」と声をもらしたあと、「下京や」は案外いいセンいってると納得したのか。

芭蕉と凡兆の応答を傍でうかがっていた去来は以下のような感想を「去来抄」に記している。
(私の現代語訳は、理解が正確でないかもしれませんが・・・・)
師匠が考えた初冠の五文字がすばらしいことは誰の目にも明らかなことだが、これ以外に有り得ないことをどうして知ることができましょうか(いや、これ以外には無いでしょう)。

このことを他門(蕉門以外の俳諧師)がお聞きになれば、こっけいにも幾つもの上五を置くに違いない。
他門の俳諧師によって最適だと選ばれた上五は、私たち(蕉門)にとっては、奇異なものに思われることでしょう。

と去来は、師匠の「指導」に全く賛同している。
はたして「下京や」は、本当に芭蕉の入れ知恵なのか、あるいは初めから凡兆自身による創作なのか。

これは全くの素人意見なのだが、先師思いの去来が、蕉門を離反した凡兆を責める意味合いもあって、こういうエピソードを創作したとも考えられるのではないだろうか。
というのは、私は凡兆に対して「都市詩人」という思い入れを強く抱いているからだ。
この句は、大都市京都の地名が入ることで、都会の冬の情緒が鮮明に描き出されているように思われる。

下京は、商人の街であり民衆の街である。
当時の下京は、貧しい人々が多く住む下町でもあったらしい。
冬の雨は、雪よりも冷たく寒く感じる。
冷たい雨が降る夜に、ひっそりと暮らしている庶民の息遣いが聞こえてくるような句であると私は感じている。
そんな家並みが、上五の「下京や」でイメージできる。
この印象の鮮明さは、凡兆ならではのもの。
私がこの句の上五も凡兆自身の作ではないかと考える所以である。

なお「去来抄」の「下京や・・・・」のエピソードには、自信たっぷりな芭蕉の姿が描かれていて興味深い。
同時に、「凡兆あトとこたへて、いまだ落つかず」という文章で、去来が感じた凡兆の気性も垣間見ることが出来て面白い。


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2016/10/02

今年の秋は、紅葉も遅いがキノコの発生も遅い(ナメコとナラタケを少々収穫)

いつもの小滝。


天気が良いので愛犬を連れてキノコ採りハイキング&犬散歩に出かけた。
八甲田の紅葉は、始まったばかりで、今年は少々遅れ気味。
先週の日曜日の高田大岳ハイキングの時と比べて、たいした進展が見られない。
紅葉が遅れているせいか、キノコ(食菌)の発生も遅れているようだ。
今日の収穫は、早生ナメコとナラタケが少々。

私が入った山域ではナメコとナラタケの発生は少々だったが、ツキヨタケ(有毒キノコ)は大量に出ていた。
その他、猛毒のドクツルタケも、あちこちの地面から顔を出している。
ドクツルタケは、傘もヒダも柄も真っ白。
傘の下の柄を巻いているツバも真っ白。
柄のツボも白い。
全身が白いキノコなので容易に見分けがつく。

ただ、このドクツルタケにそっくりなのが食菌のシロオオハラタケ。
ドクツルタケの食中毒は、このシロオオハラタケと間違えて食べることによることが多いとか。
シロオオハラタケは、美味しいキノコでは無いらしい。
間違ってドクツルタケを採ってしまうような危険をおかしてまで手に入れたいキノコではないだろう。
だから、シロオオハラタケは食べなくてもいいキノコ。
私のなかでは、食べたいキノコははっきりしている。


ナラタケ(サモダシ)。ツキヨタケと同居。


美味しいと広く人に知られているキノコが、美味しくてわかりやすい。
ナラタケ(津軽地方の呼び名はサモダシ)とナメコが、その代表例。
私は、そういうキノコだけを採って食べて楽しんでいる。
今回は傘の開いた早生のナメコだったが、これから本格的な饅頭型のナメコが出てくる。
本格ナメコが群生している光景は素晴らしい。
大量収穫の喜びで、身体の免疫力がアップしているのを実感できる。

キノコが出ていなければ、それはそれで景色を眺めながらのハイキングを楽しめばいい。
山を歩いていればそれで満足なのだ。
ただ、キノコは、無いよりはあった方が楽しい。
それが本音。

キノコの発生が遅い今年の秋の山だが、このまま不作に終わるのか。
それとも、これから一斉に大量発生するのか。
それは今後のお楽しみだ。

ブナの森が紅葉(黄葉)し落葉するまでキノコ採りは楽しめる。
雪に覆われる前の、秋の山を堪能できるのがキノコ採りハイキング。
冬が来る前の、私の年中行事。
滝を眺めたり、水の無い沢底の石畳を歩いたり、ブナの森をさまよったり。
今日は好天に恵まれていい山歩きが出来た。


ナラタケの小株。

早生のナメコ。

傘が開いた早生ナメコ。

ナメコもツキヨタケと同居。今年はツキヨタケが大豊作。

笹の陰でオスワリしている愛犬リリー。