蓑虫の音を聞きに来よ草の庵

蓑虫とは

蓑虫(みのむし)は、ミノガ科のガの幼虫。
口から糸を出して小枝や葉の欠片を絡み合わせ、筒状の巣を作って、その中で越冬する。
その筒状の巣が、藁で作った雨具の蓑に似ているので蓑虫と呼ばれるようになったとか。

幕末から明治にかけて活躍した放浪の画人土岐源吾は「蓑虫山人(蓑蟲山人)」を名乗って諸国を歩き回った。
青森県内にも長く逗留し、明治20年に、木造町亀ヶ岡遺跡の発掘調査を行ったことで知られている。

生活用具一式を背負い、ときには野宿を重ねて旅を続ける姿を、自ら蓑虫に喩えた。
後世では奇人と称されたりしているが、その土地々々の公共事業に参画したり、様々な人々と交流したりして、世捨て人の奇人には見えない。
蓑虫のように棲家を身にまとって、旅に生きる生き方ゆえ、自らを蓑虫と名乗ったのだと思われる。

一所にぶら下がって移動しない蓑虫に、旅人のイメージは見当たらない。
しかし、「蓑」にくるまってじっと動かない虫が、実は、「蓑」のなかで旅を夢見ているのだという粋人の空想があっても、それは不思議ではない。

比喩としての蓑虫


蓑虫の音(ね)を聞きに来(こ)よ草の庵
松尾芭蕉

貞享四年秋、芭蕉四十四歳のときの句
この年の八月中旬、「鹿島紀行」の旅からもどった芭蕉が、深川の芭蕉庵で詠んだ句。

句の前書きに「草のとぼそに住みわびて、秋風のかなしげなる夕暮れ、友達のかたへ言い遣わし侍る」とある。
「草庵で暮らすのが侘びしくて、秋風が悲しい音をたてて吹く夕暮れなど、(私は居ても立ってもおられず)友人諸氏に言い伝えるのである。」というのが、私の現代語意訳。

この句では「蓑虫の音」と詠んでいるが、蓑虫は鳴かない。
おそらく芭蕉は、自身を蓑虫に喩えているのだろう。
自分は芭蕉庵で蓑虫のようにじっとして暮らしている。
そんな私の声を聞きに来いよと、友人たち招いているのである。
その一方で芭蕉は、自身を蓑を着て旅に出かける「旅の虫」のようなものだと自身を喩えているのではないだろうか。

旅立ちの宣言

事実「蓑虫の音・・・」の句を詠んだすぐ後の、十月中旬に芭蕉は「旅人と我が名よばれん初詩雨」と劇的に宣言して「笈の小文」の旅に出る。
この宣言が、芭蕉の「蓑虫の音」のように思える。

この年の秋九月に「芭蕉帰郷餞別七吟歌仙」が内藤露沾(ろせん)公邸で開かれている。
「笈の小文」の旅は、芭蕉の郷里である伊賀上野への帰郷も兼ねたものだったからである。
内藤露沾は、磐城平藩主内藤義泰(風虎)の次男の内藤義英。
芭蕉はこの年の夏に、「露沾公に申し侍る」と前書きして、「五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん」の句を贈っている。
「鳰(にお)の海」と呼ばれている琵琶湖へ「鳰の浮巣」を見に行くのだぞ、と内藤露沾に宣言しているのだ。
(※鳰は、琵琶湖に多く生息する水鳥、カイツブリのこと。)

ちなみに、「芭蕉帰郷餞別七吟歌仙」で、芭蕉は露沾公から「はなむけの初めとして」「時は秋吉野をこめし旅のつと」という句を贈られている。
(※「笈の小文」では「時は冬よしのをこめん旅のつと」となっている。)

芭蕉は「笈の小文」の旅を須磨で終えた後、京都、伊賀、岐阜、大津、名古屋を周遊している。
「蓑虫の音を・・・」の句を詠んだ時に芭蕉は、「笈の小文」の旅の構想に胸をふくらませていたに違いない。
いや、その前の「五月雨に・・・」の句を露沾公に贈った時、すでに旅程を組んでいたのかもしれない。

蓑虫の音

「百骸九竅(ひゃくがいきうけう)の中に物有(あり)、かりに名付(なづけ)て風羅坊(ふうらぼう)といふ。誠にうすものゝのかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好(このむ)こと久し。 終(つひ)に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦(うん)で放擲(はうてき)せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかふて、是が為に身安からず。しばらく身を立(たて)むことをねがへども、これが為にさへられ、暫ク學(まなん)で愚を曉(さとら)ン事をおもへども、是が為に破られ、つひに無能無藝にして只(ただ)此一筋に繫(つなが)る。西行の和歌における、宋祇の連歌における、雪舟の繪における、利休の茶における、其貫道(そのくわんだう)する物は一(いつ)なり。しかも風雅におけるもの、造化(ざうくわ)にしたがひて四時(しいじ)を友とす。見る處花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。像(かたち)花にあらざる時は夷狄(いてき)にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出(いで)、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。」
上記は、紀行文「笈の小文」の序文。
この序文に書かれてあること、「造化にしたがひ、造化にかへれ」などが、芭蕉の「蓑虫の音」なのではないかと私は感じている。

■参考文献「芭蕉年譜大成(新装版)」著:今榮藏 角川学芸出版
「芭蕉紀行文集」所収『笈の小文』校注:中村俊定 岩波文庫

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