藤沢周平「女下駄」過去の影 腕の良い下駄職人である清兵衛が、女房に贈るために作った女下駄は、妻への愛情が込められている。 その女下駄を、彼は捨てようとしていた。 女房のお仲が浮気をしているのではという話を聞いてから、清兵衛の心の平穏が失われる。 疑心暗鬼に襲われた彼は、飲み屋の亭主に、飲み代の代わりに女下駄... 2025/09/05
藤沢周平「弾む声」平穏と悲哀の対比 藤沢周平の短篇小説「弾む声」は、老夫婦の憧憬が失われていく様を描いた物語である。 憧憬の対象は、毎日、隣家を訪れる女の子。 その子が友達を呼ぶ元気のいい弾むような声が、老夫婦の単調な日々に色どりを与えていたのである。 女の子は、お稽古事に通う友達を、毎朝迎えに来ていた。 最初、妻... 2025/09/02
藤沢周平「逃走」暗黒と善良 藤沢周平の短篇小説「逃走」は、小間物売りを装う泥棒の物語である。 銀助は、あとをつけまわす岡っ引きの権三(ごんぞう)から逃げ歩いている。 その途上、彼は、言い争う声が聞こえる家で、泣き叫ぶ赤ん坊を見かける。 その赤ん坊は、夫婦喧嘩をしていた女の子どもだった。 女は、夫婦別れをした... 2025/09/01
藤沢周平「龍を見た男」自然と神 藤沢周平の「龍を見た男」は、山形県鶴岡市の 「善寳寺が辰(たつ)年御縁年を迎えることに合わせて書かれた作品」 と「全国郷土紙連合」のサイトで紹介されている。 作中には、善宝寺の縁起が挿入されており、そのことが伺われる。 強情で無信心な漁師の源四郎が、女房のおりくに連れられて、その... 2025/08/30
藤沢周平「おつぎ」思い出と哀愁 藤沢周平の短篇小説「おつぎ」は、三之助の願いを描いた物語である。 三之助の願いは、幼馴染みのおつぎと一緒になること。 その気持ちは決まっていて、三之助に迷いはない。 だが、三之助のおつぎに対する誠実な心はわかるが、それを支える性格の強さは感じられない。 三之助は、料理屋で下働きを... 2025/08/28
藤沢周平「帰って来た女」江戸の町人の様々な情愛 藤沢周平の短篇小説「帰って来た女」は、江戸の市井で暮らす人たちの、様々な情愛の物語である。 その情愛を引き裂く悪は、善良な町民とは鮮やかな対比を成して描かれている。 小説の冒頭では、職人と商人との駆け引きが描かれていて興味深い。 こつこつと仕事に励んでいた職人の親方は、ついに問屋... 2025/08/24
藤沢周平「霜の朝」のわずかな時間 藤沢周平の短篇小説「霜の朝」は、まるで迷路のような小説である。 霜の降りた早朝、布団を抜け出して長い廊下を渡り、使用人の報告を受けた奈良屋茂左衛門(ならやもざえもん)は、そのまま回想の世界を彷徨いだす。 老人の姿を追って、小説を読み進める読者は、茂左衛門にまつわる様々な挿話の煙に... 2025/08/23
藤沢周平「歳月」の詩情 江戸深川絵図。 いままで読んだ「霜の朝(新潮文庫)」所収の短篇小説のなかで、「歳月」がいちばん気に入っている。 「歳月」には血なまぐさい事件が登場しない。 江戸深川の美しい景色を背景に、力強く生きる女性の姿が描かれている。 繰り返し読むたびに、その女性が実在の人のように脳裏を過る... 2025/08/23
藤沢周平「怠け者」の善と悪 藤沢周平は、「雪のある風景」というエッセイで、以下の様に述べている。 作家にとって、人間は善と悪、高貴と下劣、美と醜をあわせもつ小箱である。崇高な人格に敬意を惜しむものではないが、下劣で好色な人格の中にも、人間のはかり知れないひろがりと深淵をみようとする。小説を書くということは、... 2025/08/22
藤沢周平「追われる男」の二つの視点 藤沢周平の短篇小説「追われる男」には、二つの視点が描かれている。 自身の女癖の悪さが元で殺人を犯してしまった男の視点。 過去に、この女癖の悪い男と一緒になろうとしたことがあった女の視点。 この二つの視点は、物語の終盤まで交わることは無かった。 小説では、とうの昔に捨てるように... 2025/08/22
藤沢周平の短篇小説「禍福」は福の物語 小説のタイトルになっている「禍福」とは、不運と幸運のことである。 この言葉は、不運と幸運は表裏一体のものということを示しているように見える。 だが、藤沢周平の短篇小説「禍福」を読むと、「禍福」は「禍々しい福」の意ではないかと思えてくる。 それは、不吉で不幸な印象を拭い得ない「福」... 2025/08/21
藤沢周平「虹の空」は逆転のハッピーエンド? 藤沢周平の短篇小説「虹の空」は、継母と血のつながっていない息子の人情話である。 江戸町民の素朴な暮らしの中に、温かな情愛が描かれていて、読む者の心が和む物語となっている。 継母と継子の関わりに加えて、職人の師弟関係や、商家の女将の思いやり、恋人の女性の強さなども描かれていて、短篇... 2025/08/20
藤沢周平の短篇小説「おとくの神」は逆転する神の物語 小説の題名になっている「おとくの神」とは、おとくが大事にしている土器人形のことである。 夫の仙吉と喧嘩して不安な気持ちに襲われたときに、おとくはその人形を茶箪笥から取り出して、手でなでる。 すると、不思議に気持ちが落ち着く。 土器人形は、おとくにとって霊験あらたかな神様のような存... 2025/08/19
藤沢周平の短篇小説「密告」表と裏 「密告」という行為に、表と裏があるように、この物語の裏に、もうひとつの物語が暗示されている。 「密告」とは、公的な秩序を保つための情報提供であると同時に、個人的な恨みや復讐の対象にもなり得る行為である。 藤沢周平は、この表裏一体の「密告」の性質を、二人の登場人物の行動を通して... 2025/08/17
藤沢周平の短篇小説「嚏」のどんでん返し この小説には、武士としての運命の物悲しさが色濃く描かれている。 主人公の布施甚五郎(ふせ じんごろう)には、心身が緊張した時に、発作的に激しい嚏(くしゃみ)が出るという奇癖がある。 この奇癖のために、甚五郎は大事な場面で失態を演じたり、物事を不首尾に終わらせることが多かった。 将... 2025/08/16
内田百閒の掌編「菊の雨」 観菊会 内田百閒の掌編「菊の雨」は昭和14年(1939年)10月に俳誌「東炎」に発表されている。 観菊の御会に召されて行くと鬱蒼(うっそう)たる御苑の森が展(ひら)けて、金風の吹き渡る玉砂利の広場に出た。 掌編は、美しい文章で始まる。 「金風(きんぷう)」とは、秋の風の意で、新... 2025/08/15
織田作之助の中篇小説「夜光虫」を読んだ感想 織田作之助の「夜光虫」は1946年5月から8月までの期間、大阪日日新聞に「新聞小説」として連載されている。 当時の大阪日日新聞は、娯楽的な記事を多く取り入れた夕刊専売紙であったという。 それに応じてか、「夜光虫」も多分にエンターテイメントな要素が盛り込まれた読物となっている。 「... 2025/08/14
梶よう子の長編小説「みちのく忠臣蔵」を読んだ感想 相馬大作事件 梶よう子氏の小説「みちのく忠臣蔵」は、江戸時代・文政四年の「相馬大作事件」を、史実の流れに沿って描いたサスペンス時代劇である。 ノンフィクションの本流に、神木(かみき)光一郎をはじめとする架空の登場人物達が、いくつもの支流となって混ざり込み、物語は大きな川のように... 2025/08/10
岡本胡堂の短篇小説「麻畑の一夜」を読んだ感想 岡本綺堂(おかもと きどう)の「麻畑の一夜」は、大正9年(1920年)の作である。 「麻畑の一夜」には、南洋の島の様子が描かれている。 当時、一般庶民にとって海外旅行は、夢のまた夢であった。 現在でも、海外旅行の経験がない人は少なくない。 だが、テレビやインターネットや写真雑誌な... 2025/08/08
内田百閒の随筆「琥珀」を読んだ感想 琥珀。 「琥珀」という随筆を読んでみた。 内田百閒は、小説も面白いが随筆も面白い。 そういう評判なので、読んでみようと思ったのだ。 百閒の場合、小説と随筆の区分けが、あまり明白に感じられないものもある。 以前、 「梟林記」を小説だと思って読んだ 。 ところが、「梟林記」は「百鬼... 2025/08/04