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物忘れを防ぐ方法

物忘れについて、私がよく耳にすることを書きます。
これは俗説と言われている意見かもしれません。
「医学」上の知識に基づいての話ではありませんので、ご留意下さい。
年齢が進んでの物忘れには、病的な物忘れと老化による「自然」な物忘れがあるそうです。

物忘れからくる生活の停滞

年齢が嵩むと、脳が老化するのか物忘れが頻繁に起こるようになってきた。
 年をとったせいだとは思いたくもないのだが、そう思わざるを得ないようなところもあります。
 でも、整理して考えると次の2点だけのような気がします。
 思い出せない事の「2大ポイント」のようなものでしょうか。

 (1)人の名前が思い出せない。
 (2)置き場所・しまい場所を思い出せない。

 (1)はあまり会っていない知人や仕事先の人の名前、役者や歌手の名前、歴史上の人物や作家の名前です。
 また地名や商品名、小説や映画のタイトル、化学物質の名称、科学現象の呼び名、動物や植物の名前等も含まれます。
 総じて言えば「言葉」の忘失とでも言うのか。
 (2)は部屋の中や仕事場といった空間的な事柄です。
 どこに何を置いたのか、どこに何があるのかが思い出せない。

 物忘れと言っても、この2項目です。
 これに対しては、メモで対処できます。
 でも、そこが問題です。
 若い頃から、記帳や整理整頓の習慣がある人は、年老いてもメモをとることが容易です。
 そういう習慣の無い人や整理整頓が出来ない人は大変です。
 物忘れと混乱の渦に飲み込まれそうになります。

 そうならないうちに、その人なりの生活の方法を探さなくてはいけません。
 そうでないと若い頃の勢いを維持できないでしょう。
 生活の停滞は老いからくるのではなくて、「生活の方法」の忘失からくるのかも知れません。

 私自身は、こうしてブログを書きながら「生活の方法」を模索しています。
 ですから、型にはまった見栄えの良い完全な記事を書く事よりも、模索の過程が見える記事の方が重要だと思っています。
 そのために、お読みになる方には苦痛なことでしょうが、まとまりよりも拡散的な記事になってしまいがちです。
 「整理整頓」もひとつの方法なら、「拡散」も方法になり得るかも知れません。

卒業アルバムで同期会のための予習

4月14日(日曜日)に中学校の同期会に参加しました。
 卒業年度が同じ人達、つまり中学校時代同学年だった人達の再会パーテーです。
 実に45年ぶりの再開でした。

 感想は、「懐かしくて やがて寂しい 同期会」でした。

 少年少女だったその当時のように、姓(名字)では無く名前で呼ばれる懐かしさには癒されました。
 ああ私にはこんなにも親しみを持って語り合う人達がいたのだ、という安堵感がありました。
 それは、クラス会・同級会といった会合につきもののカタルシスと言ってもいいでしょう。
 日常からはちょっと離れた心地良い時間のなかに心を置いているという感傷がひろがりました。

 寂しさというのは、人を思い出せない悲しさのことです。
 お互いに思い出せないのはいいとして、相手の方が私を覚えてくれていたのに、私が相手の方をまったく思い出せないという悲しさです。

 相手に寂しい思いをさせてしまった自分が、寂しいのです。
 その寂しさは、当時の村里の寂しい風景、寂しい思い出と重なります。
 寂しさが寂しさを呼んで、楽しい気分が薄れていくのが実感できました。

 少年時代の思い出は、私と言う人間の原点かも知れません。
 それは他の人達もそうであると思います。
 同期会と言うパーテーのなかで自身の少年時代を振り返ると、今の私自身の在り方が解るような気がします。
 こうならざるを得なかった由縁です。
 ここに至った由縁が少年時代にあったのだという感慨と後戻り出来ないのだという悔しさ。
 今になって思えば、修正すべき交友関係がたくさんあったという後悔。
 ですから、同期会やクラス会に参加するには気楽にはできません。
 自身の今の在り方に対する正確な認識と、それを目の当たりに突きつけられることに対する覚悟が必要です。

 あと、卒業記念アルバムがあれば、かつての友人達に失礼の無いよう、面影と姓名を記憶に刻んでおくべきでしょう。
 これは重要なことです。
 アルバムの中の古い友人達を理解できなければ、今現在の彼ら彼女らと交友できないのです。
 同期会は、参加者自身の寂しさを噛み締める場であると同時に、今現在の生の彼ら彼女らと交友する場でもあるのです。

 長い時間の経過とともに、人生の知恵が充分身に備わってあるはずの年齢ですから、内面の寂しさは心の奥底にとどめて久しぶりの再開を喜ぶべきなのでしょう…

ブログの記事とパンダアップデートについて

たどたどしい更新ですが、このブログをなんとか書き続けていて、この頃考えることがあります。
それは、ブログの記事は「発見」でなくてはいけないんじゃないかということ。
ブログには、日々の「発見」の記事を書くべきなんじゃないかな。
あ、このことも、この頃のちょっとした「発見」ですね。

ミズ採り

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今日の日曜日は仕事だったが、午前中ミズ(ウワバミソウ)を採りに行った。

このあいだ家の者が採ってきたミズは、もう食べてしまったので、なんだか口寂しくなったのだ。

こういう風に、仕事の時間をある程度自由に調節できるところが自営業の良い所。

家からクルマで30分ほど走ったところが、ミズの「山」。

小さな杉山の麓は、天然のミズの畑のようである。

7月の半ばを過ぎると、この地方のミズは筋っぽく(ちょっと筋硬く)なってくる。

少しでも柔らかいミズを食べたいので、沢筋に自生しているものを採取。

水のあるところのミズの方が柔らかくて粘りが強くて美味しい。

一時間ほど、家の者と沢筋をうろつき回って、リュック一杯の収穫。

朝早くに人が入ったらしく、採られた跡が方々にあったが、それでも沢山の収穫といえる。

ただ、この時期の沢筋は虻が寄ってきて大変。

虫除けスプレーで武装してきたにも関わらず、彼らは容赦なく攻め込んでくる。

虻を払い払いのミズ採りとなった。

ちょうどお昼に家に到着。

私はシャワーを浴びて、仕事へ。

家の者がこれからミズの皮を剥くんだろうと思っていたら、彼女もどこかへ出かける様子。

日陰の、水をはったバケツに差し込まれたミズの束は、まるでずっとここに生えていたように、ワサワサ風に揺れていた。

もうすぐお盆。

夏は、まだまだ暑い。

栄養価の高いミズを食べて夏バテ対策だ。

山菜の「ミズ(ウワバミソウ)」についての記事のまとめ - 生活の方法

大腸ポリープ検査後の便秘が改善

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7月20日の大腸内視鏡再検査の後、ずっと続いていた便秘傾向がようやく改善しました。
この頃は、通常の便通です。

時間の経過によるものなのか、意識的に腹部周辺の筋肉のストレッチを心がけたせいか、あるいは大腸内視鏡検査とは因果関係がなかったのか。

しつこい便秘ではなく、あくまでも便秘傾向だったので、あまり重要視はしなかったのです。
病院にも行かず、自然と便通が改善するのを待っていました。

大腸内視鏡検査とは因果関係が無かったとしても、便通が回復して良かったです。
このところ繊維質が豊富な山菜の「ミズ」を毎日食べているので、そのおかげかも知れません。

好きなものを食べて体調が良くなるのは幸運なことです。

いわゆる贅沢な「美食」の習慣は無いのですが、食して美味しく感じるものが体に良いと思っています。
むしろ美味しい「粗食」を好む方です。

山菜の「ミズ」は、この地方では比較的容易に手に入れることが出来ます。
まして、東北地方のミズは美味しいという評判です。
ミズはガンの予防になるとも言われています。
美味しくて体に良いものが身近にたくさんあることは、幸運なことです。





私の大腸ポリープ体験記事のまとめページです。関心のある方は、こちらの閲覧もどうぞ。

山菜 ミズ(ウワバミソウ)

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この頃、山菜のミズを食べる事が多い。
というのも、家の者が親戚の人に誘われて山菜採りに出かけることが多くなったからだ。

ミズは癖の無い山菜で、ミズを油揚と一緒に炒めた料理は私の好物。
でも、あんまり大量に採ってくるものだから、ミズの皮むきを手伝わされて、ちょっと大変。

食べるのは良いが、料理をするための処理を手伝うのは嫌、という男の身勝手。
こっちが採ってきて下さいと頼んでいるわけでは無い。

家の者が勝手に採ってくるのだから、私の「手伝いは嫌」を通しても、身勝手ということにはならないと思うのだが・・・。
私が大量に食べるのも事実なので、やはりミズの皮むきを手伝う義務があるらしい。

ミズの栄養価と効能 頻繁に食べるようになると、ミズの栄養価が気になる。
そこで、ネットで調べてみた。
ミズはビタミンの多い山菜で、特にビタミンCが多いという。かぜやガンを予防する働きがあるらしい。(ミズがそういう働きをする栄養分を持っていると言われている。)抗酸化作用・解毒作用があるらしい。 ムチン(ヌメリの成分)を含み、胃腸を守り肝機能を強化するようである。 細胞を活性化して老化防止に役立つという。 以上がネット上で拾ったミズの栄養価と効能のほとんど。
これは、ミズの栄養価を研究している専門の機関の発表ではなくて、ネット上の山菜ショップの運営者の意見。

その根拠は、昔からの言い伝えとかだから、信憑性は定かではない。
こんなに素晴らしい効能があるのなら、青梅やブルーベリーのように、ミズのエキスの商品が存在しても良さそうな気がする。
が、いまのところ、そんなものの噂を聞いた事はない。

いくら効能が豊富だからといっても、過食は禁物。
効能を信じつつ、程々に摂取するのが一番の養生だろう。
ミズの油炒めは、私の好物なので、ついつい食べ過ぎてしまう。
ビールのつまみに、大皿いっぱいのミズの油炒めを食べつくしたりする。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
いやいや、及ばざるよりも害が及ぶかもしれない。

などと言いつつも、上記のような効能があると囁かれると、ミズを採りに出かけようかなという気分になってくるのだった。


山菜の「ミズ(ウワバミソウ)」についての記事のまとめ - 生活の方法

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