2015/08/30

きのこ偵察ハイキングで山へ入ったら大量のヤマブドウを見つけた

キノコの森
森のなかへキノコ偵察ハイキング。
もうそろそろかと山へ偵察に出かけたキノコハンターが、この日はかなりいらっしゃったという。
今年はキノコの出が早いのでは、という憶測に動かされて。
それは根も葉もないこと。

まだ早いのです。
時期になると大量に発生するツキヨダケ(毒)もまだ出ていなかった。

2015/08/29

萱野高原で黒く結実していたウツボグサの写真

ウツボグサと赤とんぼ
日曜日(23日)に訪れた青森市郊外の、萱野高原で見かけたウツボグサの写真。
ウツボグサは萱野高原の北東の端に群生していた。
ほとんどは、花が終わり花穂が黒っぽくなっている。
上の写真のように、夏に結実した姿が、枯れたように見えるから夏枯草(カコウソウ)とも呼ばれている。

横光利一「頭ならびに腹」の思い出

本棚から横光利一の本を取り出して、久しぶりに「頭ならびに腹」を読み返してみた。
すごく短い短編小説なので15分ぐらいで読了。

「頭ならびに腹」を読んでみて、思い出したことがあった。
私の高校時代、「現代国語」の美人教師が、戦前の日本文学の一流派である「新感覚派」についての授業を行ったことがあった。
彼女はその例として、横光利一の「頭ならびに腹」という奇妙な題名の短編小説の冒頭を、突然読み上げたのだった。

そう、あの有名な書き出しである。

「真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。」
(横光利一著「頭ならびに腹」より引用)

この一文を、独特の抑揚で勢いよく朗読して彼女は溜息をついた。
「こんな文章が書けたら気持ちいいでしょうね・・・・・うらやましいわ・・・・。」
彼女は、誰にとも無く言い放った。
教室は、静まりかえった。

最前列の席に座っていた私は、彼女の上気した顔を見ながら、同時に、特別急行列車が沿線の小さな駅を小石のように黙殺して猛スピードで走り去る映像をも見ていた。

丸顔の美人教師は、かなりの文学少女だったという噂話をちょくちょく耳にした。
私も、こういう人は小説の一本でも書くのだろうなぁと思っていたのだが。
彼女は、結婚されて、出産を機に退職。
その後、彼女が小説を発表したという噂は聞かなかった。
後任の男性教師は、眉の濃い大男で、彼は三島由紀夫氏の「信奉者」だった。

「頭ならびに腹」では、鉢巻頭の横着そうな小僧だけが生き生きとした姿で描かれている。
列車の窓枠を両手で叩きながら、大声で「都々逸」のようなものを唄い続けている彼の顔が、目に浮かぶようである。

この短編小説に登場する他の乗客は、没個性の一塊の群集としてある。
強いて言えば、「肥大なひとりの紳士(「頭ならびに腹」より引用)」がちょっと目立つキャラで描かれている程度。

線路の故障で立ち往生してしまった列車の乗客は、前の駅にもどって迂回線に乗り換えるか、このまま線路の回復を待つかの判断を迫られる。
どちらが早く目的地に到着できるかは、電線も普通であるから、一切が不明である。

そのとき、太った腹の「肥大なひとりの紳士」が迂回線を利用することを選んだ。
迂回線へもどる列車が到着すると、群衆の頭は、太った腹の後に続いて、その新しい列車の中へ殺到した。

迂回線へ向かう列車は去り、空虚になったプラットホーム。
ひとり特別急行列車の中に取り残された鉢巻小僧。
でも彼は、飄々として「都々逸」を唄い続ける。

立派な腹の紳士につられて行った群衆の頭と、マイペースな鉢巻頭。
読者は、この鉢巻頭の小僧に愛着を覚えるに違いない。

しばらくして駅員が故障線路の開通を告げる。
列車のなかに乗客の頭は、ただひとつ、小僧の鉢巻頭のみ。

特別急行列車は目的地へ向つて空虚のまま全速力で馳け出した。
鉢巻子僧は、意気揚々と窓枠を叩きながら、ひとり「白と黒との眼玉を振り子のやうに振りながら(「頭ならびに腹」より引用)」、「都々逸」を唄い続けている。

私はこの短い話を読み終えて、また「現国」の女性教師のことを思い出した。
彼女もまた特別急行列車が過ぎ去るように、教室から姿を消したのだった。
周囲の人々の顔色には少しも頓着せぬ熱心さが大胆不敵(「頭ならびに腹」より引用)な鉢巻小僧に愛着を感じながら。

私があの授業で国語教師から感じたのは、変わり者としての「鉢巻頭小僧」に対する愛着であったかも知れない。
カッコいい文章と、その文章が生み出した独特のキャラクター。
それに対する愛着をあの先生は感じていたのだろう。
あらためて「頭ならびに腹」を読んでそう思った次第。

2015/08/26

ニワウルシに勝るとも劣らないポプラの繁殖力

ポプラ並木
ポプラの木。

以前、ニワウルシの旺盛な繁殖力のことを記事にした。
だが、ポプラの木も負けてはいない。
ポプラの成木の近くを見ると、あちこちに幼木が顔を出している。
ポプラとは、もともとはヤナギ科の、それに相当する植物の「属名」であるという。
この「属名」の和名は、ヤマナラシ属あるいはハコヤナギ属。
ヤマナラシはハコヤナギの別名。
なんだかとてもややこしい。


草刈りを免れて伸びているポプラの幼木。


日本では、「ポプラ属(Populus)あるいはヤマナラシ属あるいはハコヤナギ属」として、ヤマナラシ、ドロノキ、チョウセンヤマナラシの三種が自生しているらしい。

私たちが、一般にポプラと呼んでいるのは、「セイヨウハコヤナギ」のこと。
セイヨウハコヤナギの別名はイタリアヤマナラシと言い、原産地はヨーロッパ。

有名な北海道大学のポプラ並木は、このセイヨウハコヤナギ(イタリアヤマナラシ)ではないかと言われている。
竹箒を逆さまに立てたような樹形はおなじみ。

また、「竹箒型」と違って樹冠が広がっているものは「改良ポプラ」と呼ばれている。
「改良ポプラ」は、イタリアをはじめとするヨーロッパ各地で交配された品種群のことらしい。
ポプラの品種がいっぱいあるということだけは、はっきりしている。


地上に露出しているポプラの根から幼木が生えている。ポプラの株立ち?


ポプラとは、「ポプラ属」の樹木の総称であったり、セイヨウハコヤナギの別名であったり。
また、ヤマナラシやドロノキを「日本のポプラ」と呼んだり。

樹木の呼び名で、「ポプラ」ほどややこしいものは無い。
ポプラという呼称を使わずに、これはセイヨウヤマナラシ、これはヤマナラシ、これはドロノキ、これは何々と呼んだ方がスッキリするのだが。

それはそうと、「ポプラ」ほど日本人に親しまれている樹木の名前は無い。

日本の小学校や中学校の校庭には、たいてい「ポプラ」の木が植えてある。
「ポプラ」は成長が早く、大きく育つので、子どもたちがすくすく育ってほしいという願いを込めて校庭に「ポプラ」の木が植えられたのだろう。
歌詞に「ポプラ」が使われている歌も多い。

「ポプラ」は樹形や葉が特徴的で、小さな子どもでも見分けが可能である。
子どもが一番先に覚える木の名前は「ポプラ」であるかも知れない。
「ポプラ」という語の音感も親しまれていて、飲食店などの店舗名によく使われている。


草のように小さなポプラの幼木。


そんな「ポプラ」が、ニワウルシ並みにあちこちに生えている。
ニワウルシに勝るとも劣らない繁殖力だ。
成長が早いのもニワウルシ並み。

「ポプラ」は大木になることが多いが、寿命は比較的短い。
数十年から100年ぐらいで老木となり、強風に倒れやすいという。

そんな「種属」だから、あちこちに子孫を残そうとして懸命に繁殖しているのか。

それはともあれ、「ポプラ」の木は老木化しやすく、強風や病害虫に弱い。
各地で大木化した「ポプラ」が倒れて、人身事故を引き起こしている。

そのうち、街の公園や学校から「ポプラ」が消える日が来るかもしれない。

そんなことを思ってか思わないでか、今日も「ポプラ」の幼木はすくすくと育っている。


あちこちにポプラの幼木。


葉の大きさは成木と変わらないぐらい。


幼木の幹は赤っぽい色。


アスファルトの上に薄く積もった土からも、ポプラの幼木が伸びている。


市民センターの駐車場の端のポプラ並木。

2015/08/23

草むらから顔を出していたゲンノショウコ

ゲンノショウコ
青森市郊外の萱野高原でゲンノショウコの花が咲いていた。
草むらに埋もれそうになりながら、空に向かって白い花を咲かせている。
ゲンノショウコは、フウロソウ科フウロソウ属の多年草。
日本原産。
東日本は白い花、西日本は紅紫色の花が多いという。

青森県南津軽郡田舎館村の村おこしイベント「田んぼアート」は大成功

道の駅「いなかだて」施設内の第二会場。スターウォーズのC-3PO(左)とR2-D2(右)。


田んぼアートとは、青森県南津軽郡田舎館村で始まった村おこしイベント。
水田に数種類の色合いの稲を植えて、田んぼ上に巨大な絵や文字を描く取り組みのこと。
5月の田植えから、10月の稲刈りまで続くイベントである。
春の田植えと秋の収穫には「体験ツアー」として一般の人が参加できる。
なお、参加には「申込み」が必要とのこと。


第二会場はスターウォーズ。BB-8 が描かれている。


今年は待望の新作が公開される「スターウォーズイヤー」。
第二会場では、この題材が選ばれている。

田舎館村の田んぼアートは1993年に始まった。
初めは単純な図柄だったが、年々描画技法が高度になってきている。
緻密な描写とスケールの大きさ。
その発展の様子を、会場に展示されているパネルで見ることができる。

始められた当初の会場は、田舎館村役場裏手の田んぼだったが、2012年からは、道の駅「いなかだて」施設内の田んぼが第二会場として登場した。
この企画が全国的に話題になり、見物にいらっしゃる観光客も増えたので、会場を増設したという。
従って、田舎館村役場の方は第一会場となる。
第一会場と第二会場は約3㎞離れている。


「スターウォーズ フォースの覚醒」のロゴ。


2010年以降、この催しが全国に広がっているが、その規模と技法で田舎館村を越えるものは、いまのところ出ていない。
正真正銘の「元祖田んぼアートの村」だけに、田んぼアートではダントツトップなのである。

この田んぼアートの「鑑賞」は、ふたつの会場とも高所にある「展望台」から見下ろすことになる。
第一会場は、役場庁舎に隣接している田舎館村文化会館最上階の展望台。
第二会場は、道の駅「いなかだて」施設内に建設された「弥生の里展望所」。
入場料は各会場200円ずつ。
入り口付近の券売機からの購入になる。


色のついた石を配置して作った高倉健さんの似顔絵。


上の写真は去年亡くなられた国民的スター高倉健さんの似顔絵。
色のついた石を敷き詰めて描かれている。
田んぼアートを応用した石ころのアートである。
こんな取り組みは今年が初めて。
観光客が増えるにしたがって、いろんな企画の登場が予測される。


第2田んぼアートで使われている稲の品種の説明ポスター。


田んぼアートに使われている稲の種類は、配布されたチラシによると以下の通り。
  1. つがるロマン:緑
  2. 紫大黒:紫
  3. 黄大黒:黄
  4. 緑大黒:緑
  5. ゆきあかね:白
  6. べにあそび:赤
  7. あかねあそび:橙
  8. 晴天の霹靂:緑
  9. 紫穂波:紫
  10. 赤穂波:赤
  11. 青系赤174号:白
このうち食用の稲は、「つがるロマン」と「晴天の霹靂」だけ。
残りは観賞用の稲。


第二会場「弥生の里展望所」。曇天にも関わらすたくさんの見物客が並んでいる。


田んぼアートは、生育している稲で構成されているから、初夏から秋にかけて、少しずつ色が変化する。
7月中旬から8月中旬ごろまで、稲が成長して色彩が鮮やかになるので、この時期が見ごろである。


ぱっと見ると毛染めのような印象を持つが、これは、自然の植物自身が発している色彩。


「鑑賞」は高い位置にある展望所から斜めに見下ろす形になる。
そのため、田んぼアートの図柄は、その位置でちょうどよく見えるための工夫が施されている。
真上(上空)から見ると、かなり縦長の絵になっている。
展望所から眺めると、絵柄が田んぼから立ち上がって見えるところが素晴らしい。
それがすべて、植えつけられた一本一本の稲で成り立っているのだから驚きだ。


色の異なる稲を植え分けてある。


こんな大胆な企画を、どなたがどんな発想で発案されたのか。
そしてこの大成功に至った苦難の道のりは、いかなるものだったか。
私としては、その辺にも興味があるのだが、そのことを叙述したものは展示されていないようである。
去年の来場者はふたつの会場の合計で29万人だったという。
もうすっかり人気イベントとして定着している。

道の駅「いなかだて」の近くには、北限の弥生時代水田跡である「垂柳遺跡(国史跡)」がある。
ここは、北方稲作文化発祥の地と言われている。
また、現在においても、田舎館村は米の反収日本一に何度も選ばれているという。

田舎館村は、稲作文化の発展の上に出来上がった稲作生活の「コミュニティ」とも言える。
そんな村だから、「稲コミュニティ」の中から自然発生的に生まれたイベント企画なのかもしれない。

今や、世界的にも有名になりつつある田舎館の田んぼアート。
その土壌は、太古の昔から耕されていたのだろう。


地上から見ると、何が描かれているのかはっきりしない。


地面の立ち位置で見た高倉健さん。


2013年7月に開業した弘南鉄道弘南線の田んぼアート駅。無人駅。


田舎館村文化会館最上階にある展望所。この日の待ち時間は50分。


映画「風と共に去りぬ」の名場面。ヴィヴィアン・リー(右)とクラーク・ゲーブル(左)


背景も丹念に描かれている。


稲の種類で色分けされている田んぼ。


稲の色を示す看板が立っている。


第一田んぼアートで使われている稲の種類を示すポスター。

2015/08/22

2015青森盆踊りまつりの寂しい写真

青森盆踊りまつり
青い海公園、アスパムの下の盆踊り会場。やぐらの上に御婦人方の踊り手。


あいにくの雨の中開催された「青森盆踊りまつり」
「青森安潟みなとまつり」「青森ねぶた祭」「青森花火大会」と続いた青森市内での夏祭りイベント。
その最後が、「青森盆踊りまつり」。

午後になって時折降っていた雨が小雨に変わり、辺りが暗くなったころには、雨も上がった。
でも、雨降りを懸念してか、観客は少ない。

少ないながらも浴衣姿の男女がちらほら。
ちょっと薄寒くても、最後の夏祭りを楽しもうという祭り好きな人たち。


青森盆踊りまつり
小雨で観客もまばら。祭り提灯の寂しげな灯り。


よく耳にする祭りの効果は以下の通り。
  1. 観光イベントとしての地域経済の活性化。
  2. 地域のイメージアップ。
  3. 地域住民のコミュニケーションの強化。
祭り好きな人たちには別の効能もある。
祭りが近づくとワクワクドキドキして脳の血流が良くなる。
手足を動かして、盆踊りを踊ることによって、脳の血流がさらに良くなる。
頭の働きが活発になって、認知症にかかりにくくなる。
そういう話も、まんざら的外れとは言えないのでは。


民謡歌手の女性
民謡歌手の方。


昔、炭坑節を踊ったことがあるので、曲がかかったとき踊りの輪に加わったのだが・・・・。
これが、全然踊れない。
足と手をバタバタさせているうちに、頭の血流の動きを感じた・・・ような気がした。
たしかに、脳に対しては刺激的かもしれない。

雨模様で、「青森盆踊りまつり」は寂しいお祭りとなった。
盆踊りを踊れない私も寂しかった。

それぞれが、それぞれの夏を見送り、それぞれの秋を迎える盆踊り。


青森盆踊りまつり
小雨も上がって踊りの輪が広がる。


津軽三味線
津軽三味線演奏。


祭りステージ
演奏ステージ。

俳諧がいつのまにか格言になる

実るほど頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂かな
詠み人知らず。
もしこれが俳句として作られたなら、目の前に収穫の時期を迎えつつある黄金色の稲田が見えるような句である。

ここ何年も不作が続いた。
もう稲穂がたわわに実った姿など忘れてしまった。
それが、今年は、幾年ぶりかの豊作の兆し。
この句には、そういう喜びと希望が感じられる、という点で、十分俳句として成り立っていると思う。
目の前に広がる「実りの秋」を、喜びの気持ちを込めて素直に「句」にしたものと受け取れる。

正岡子規は、俳句や短歌の創作において、事物や出来事をあるがままに書くことを唱えたという。
この句は、そんな姿勢で貫かれているように思える。

一方この「言葉」は有名な格言にもなっている。
もともと格言として作られたものなのか。
それとも、自然描写の「俳句」だったものが、いつのまにか格言として流行したのか。

ネットの「故事ことわざ辞典」によると、その注釈は、「稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということ。」となっている。

私が中学生だったころ、国語の時間に、教師からこの「言葉」の意味を問われたことがあった。
私の頭の中では、ただただ黄金色の田園風景が広がるばかりだった。
「重力の法則ですか。」とポツリと言ったら、クラス中が大笑い。

稲穂は謙虚であるから頭を垂れるのであろうか。
稲の果実が熟成すると、その重さのために茎が湾曲する。
その姿が、頭を垂れているように見える。
そこから、「偉くなっても威張るものではない」という戒めのような格言のようなものが生まれた。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
この句が、「写生」に徹して作られたものであるから、こういう格言が育ったのかもしれない。
自然から学ぶことが人間の習性であるから。

この俳句とこの格言。
この二通りの「解釈」に共通するものは、希望である。
豊作が続いてほしいという希望。
偉い人(指導的立場の者)ほど謙虚であってほしいという希望。

希望は裏切られがち。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
この句は、時を経るとともに作者の手を離れ、自然を写生するとともに人間社会をも写生している。

しかし、格言としての注釈を加えれば、教育的過ぎて、何か面白味に欠ける。
この句を格言として解釈することは、「想像力の放棄」のような気がする。

松尾芭蕉の「物言えば唇寒し秋の風」とか、芭蕉の弟子である宝井其角の「あの声で蜥蜴(とかげ)食らうか時鳥(ほととぎす)」とか。
俳句がいつのまにか格言になっている。
というか、いつのまにか格言にしてしまっている。

有名な句に、ある種の価値観をもたせる。
そうすると、知れ渡った句であるだけに、その価値観は「常識」と呼ばれるものになって世間に広がる。
独創性(オリジナリティー)の喪失。
私たちは、自身の考えよりも「常識」に頼りがちだ。

クワバラクワバラ、尻馬に乗らないようにしなくては。

2015/08/17

青森市松原町会の盆踊り

会場の片隅を町会のねぶたで飾る。


松原町会の盆踊りが、松原町内にある県民生協「あじさい館」の駐車場で行われた。
降り出しそうな雨空だったが、開催中に雨は降らなかった。

松原町会製作の立派な「子どもねぶた」が盆踊り会場の一角を飾って雰囲気を盛り上げている。
人出もけっこう多い。


松原町会の子どもねぶた。


踊りが始まるまで、見物客たちは屋台に集まる。
フランクフルト、焼き鳥、ヤキソバ、かき氷と、夏祭り定番の屋台が並んでいる。

なかでも好評なのが「輪投げゲーム」。
お目当ての景品めがけて輪を投げ、その景品に輪をかけて景品を獲得するというゲーム。
これが子どもたちに大人気らしい。
オンラインゲームなどに夢中になっている今の子どもたちが、こんな素朴な遊びに列をつくるなんて。

列を見ると、親同伴。
自分の子どもに「輪投げゲーム」をさせて、その姿を見て喜んでいる大人たちがいるのだ。
いっときのノスタルジーに戯れる大人たち。
子どもたちが親に気を使って「輪投げゲーム」に打ち興じている、なんてことがあるのかもしれない。
わくわくしているのは、子どもよりも大人だったり。


屋台もいろいろ。


「輪投げゲーム」には長蛇の列。


やがて盆踊りが始まる。
曲名は「津軽甚句」、別名「どだればち」。
津軽地方の代表的な盆踊曲である。

浴衣姿の踊りの手本となるおばさん達が先陣を切る。
その後に、うろ覚えの者たちが、おぼつかない手つきでぞろぞろと続く。

踊りながら、それぞれの夏を見送る。
踊りながら、秋を迎える。

見送り迎える盆踊り。
輪を描きながら、巻貝の殻のようにぐるぐる回る。

回りながら、自身を一段上へ押し上げようとする。
踊っている人たちが、だんだん宙に舞いあがっていくような。
盆踊りには、そんな幻想がお似合い。


本日のメインイベント、盆踊りが始まる。


途中で、近所の焼肉屋に寄って生ビール。
店内にまで盆踊り曲が流れ込んでいる。
店内に居合わせた客たちの会話が、輪を描きながら盆踊りの曲に吸い込まれていく。

そういえば「盆」という言葉には「輪」という意味がなかったろうか。
ううん、たぶん無い。
にぎやかな焼肉店の、満員の客に埋もれて、独り会話する。

帰りに盆踊り会場を通ると、もうそこはもぬけの殻。
ぽっかりと空いた空間は、秋風が吹くただの駐車場だった。


若い女性たちが踊りの輪に加わる。

2015/08/15

海辺の荒地で絶滅危惧種の野草「オオアカバナ」が咲いていた

オオアカバナ
荒地に咲いているオオアカバナ。


あまり見かけない花なので、ネットの「何の草花掲示板」で質問したら、環境省のレッドリスト絶滅危惧Ⅱ類のオオアカバナということだった。

そんな貴重な植物が、石ころだらけの荒地に、よくぞ咲いてくれたもの。


オオアカバナ
花。めしべの柱頭(白い部分)が4裂しているのが特徴。花の直径は2センチ~2.5センチ。


新潟県立佐渡総合高等学校のサイトによると、オオアカバナは2015年6月現在、『青森、会津、能登、佐渡(越後には分布しない)の4カ所のみに隔離分布する希少種。』であるとのこと。

海辺を散歩中に、大きめの美しい花を見つけたので、写真に撮ったのだった。
花の様子から、野草というよりも園芸種が原っぱに紛れ込んだのだろうと思っていた。
調べてみたらびっくり、絶滅危惧種の植物であった。


オオアカバナ
草丈が80センチぐらいある。


オオアカバナは、アカバナ科アカバナ属の植物。
大きなもので草丈が1.5mにもなるという多年草。

よく似た野草にアカバナがある。
アカバナはオオアカバナよりも小型で、めしべの柱頭が根棒状になる。

写真の植物は、めしべの柱頭が4裂しているから明らかにオオアカバナである。

オオアカバナは川岸などの湿地で生育する植物であるらしい。
今年の青森は、雨不足ぎみ。
どこもかしこも乾いている。
まして、発見したオオアカバナの生育環境は、石ころだらけの荒地。
今後も、じっくりと見守りたい野草である。


オオアカバナ
オオアカバナの葉。

昔の村の中学校同期会

カラオケスナックで二次会
昔の村の中学校同期会。
48年ぶりの再会だから、まるで見知らぬ老オジサンと老オバサンの合コンみたい。

少年時代の幻と、目の前の現実とを比べ合わせる。
酔いがまわるにしたがって、時間の迷宮のなかで迷子になる者も出るしまつ。

2015/08/14

青森港新中央埠頭でイヌホオズキの花が咲いている

(ナスの花みたいな雰囲気のイヌホオズキの花。)


青森港新中央埠頭の空き地では、目立たないが、ちらほら夏の花が咲いている。
イヌホオズキもそのひとつ。

空き地の端、歩道の縁石の陰でひっそりと咲いていた。

私は以前、このイヌホオズキのことを「イヌナスビ」と、間違った名前で覚えていた。
イヌホオズキの花や実は、ホオズキとは程遠いからだ。
特に、実がまるで違う。
ホオズキは、花が咲いた後に六角状のガクの部分が発達して果実を包み込んで袋状になる。
その袋が、熟すと赤っぽい色になるのはおなじみだ。


(イヌホオズキを上から撮影。)


もちろん標準名が「イヌナスビ」という植物は存在しない。
が、イヌホオズキの草としてのイメージが、「ホオズキ」的ではなく「ナスビ」的であるから、「イヌナスビ」という間違った名前の方へ引っ張られてしまうのだ。

イヌホウズキはナス科ナス属の植物。
やっぱり、ナスだった。

動物の名がつく植物名のなかで、イヌがつく植物がもっとも多いという。
たいていは役に立たない植物だから「イヌ」がつくのだという説がある。
役に立たない「死」を「犬死」と言うじゃないか、とその説の支持者はおっしゃる。

「死」について、役に立たない死だとか無駄死にとか、そんな意見こそ指示できないものだ。


(花。)


イヌタデとかイヌビエとかイヌガヤとか。
イヌのつく植物はみんな役に立たないということらしい。

自称愛犬家としては、なんとも聞き捨てならない話である。
犬は縄文時代から、人間の良き友だったのだ。
友に対して、役に立つとか立たないとか、そんな話は嫌なものだ。


(花と果実。)


イヌホオズキの花は、直径1cm前後と、草丈のわりには小さい。
草丈は40cmから60cmぐらいまで育つ。
果実は、直径1cm以下のものがほとんど。
写真のような緑色が、熟すと黒に変わる。

イヌホオズキの草姿は、見方によってはホオズキに似ていなくもない。
しかし、本当にホオズキか、と問われれば即座に「否(いな)」と答える。
草姿は若干似ているが、花も実もホオズキとは別物、「いなホオズキ」である。
こういうふうに、「イヌ」は、「否」の「イナ」がなまったものだという説もある。
本来なら「イナホオズキ」と言うところ「イヌホオズキ」となまってしまった。
他の「イヌ・・・・・」という草の呼び名も、以下等分である。

私としては、こっちの説に一票入れたい。


(葉。)