2021/08/28

滝沢山地・上折紙沢右岸尾根の要山(574峰)へ足慣らしハイキング

行程イメージ図


7月24日の滝見物以来、一ヶ月ちょっと山を歩いていない。
今日は、秋の山歩きに向けての足慣らしハイキング。

滝沢山地・上折紙沢エリアの要山(574峰)の麓まで歩いた。
要山(かなめやま)とは、私が付けた574峰の呼び名である。


要山

上の行程イメージ図を見ると、574峰は主尾根(上折紙沢右岸尾根)から北の方角へ扇状に支尾根を伸ばしている。
この「扇の要(かなめ)」の位置に574峰が鎮座しているので、574峰を「要山」と名付けさせてもらった。

滝沢山地には、地形図に山名が記されていない山(ピーク)がたくさんある。
そんな山を歩いたときは、頂上か頂上付近の標高点でその山を示してきたが、齢をとると数字の記憶があいまいになってくる。

574峰も、547峰と人に伝えるたことがたびたびあった。
私の話を聞く方も、数字を並べた山名ばかりでは、なかなか山に対するイメージが湧かないことだろう。

私がいくら574峰に親しんでいても、それを聞く側は「へえ、574ねえ」と戸惑ってしまう。
実に味気ない話になってしまうのだ。

イメージの共有

情報の共有は、イメージの共有から。
数字だけでは、574峰のイメージを共有できない。
人の名前はもちろんのこと、山の名前も数字よりも「言葉」の方が山をイメージできる。
そこで574峰に、この山から私が感じた想いを言葉にして、要山と名付けた次第である。

山の名前は、簡単な言葉ほど親しみやすい。
なおかつ、その山の特徴を表している名前であればベストである。

山につながる文化

滝沢周辺の山には、古くから人々に親しまれている名前を持つ峰がいくつかある。
折紙山とか高地場山とか葉抜橋山とか神堤山とか東岳とか。
おそらく、古くから名前を持っている山は、その山につながる文化があったことだろう。
信仰の文化とか、山登りの文化とか、山菜採りの文化とか、その山を眺めて愛でる文化とか。
津軽地方の秀麗な山で知られている岩木山は、この四つの文化を持っている山である。

滝沢周辺の名前のある山も、かつてはいろいろな文化があった山に違いない。
折紙山は、いまでも残雪登山の文化を継承している山である。
東岳は、市民ハイキングの文化と、眺めて愛でる文化を継承している山と言えるだろう。

高地場山とか葉抜橋山とか神堤山とかは、地形図に山名が残っているだけで、山の文化も人々の注目も消えつつある山となっている。
一握りの低山愛好者が、山歩きの文化の灯をひっそりと灯し続けている山である。

山を楽しむ方法

滝沢山地の名のない山(ピーク)へは、訪れる人がほとんどいない。
尾根伝いにいろいろなピークを登り歩いているのは、風変わりな独りの老人だけかもしれない。
しかし、老人は30年ぐらい前の若い頃から、滝沢の山に愛着を感じて、山歩きをしていたという文化を持っている。
山歩きや山スキーを楽しんだり、山菜のミズ(ウワバミソウ)を採ったり。

山に因んだ文化とは、山を楽しむ方法のことである。
私は、いろいろな方法で滝沢山地の山を楽しんでいる。
ルート探索型の尾根歩きも、その方法のひとつ。
山野草や山の樹木を眺めて楽しむのも、その方法のひとつ。
山スキーの数少ない滑降ルートを探し歩くのも、山を楽しむ方法のひとつ。

これらの山を楽しむ方法は、滝沢山地から私が得た文化である。
ほとんど人の訪れることのない上折紙沢右岸尾根の574峰を要山と名付けたのは、私が574峰に親しむためのマイナーな文化(方法)である。

尾根の要所

2012年3月19日の曇天の日に、折紙山へのルート偵察のため、初めてスキーで要山を訪れたとき、視界が悪かったのでちょっと迷った。
地形図をよく見ずに、要山を小高い丘ぐらいに思っていたのだ。

次の週末に、また同じ北尾根(上折紙沢右岸尾根)ルートを辿った。
この日に、やっと要山(574峰)の姿を確認したのだった。
それ以来、私にとって要山は、上折紙沢右岸尾根の要所になった。
私が、この尾根を歩き始めたころから、574峰は「要山」だったのである。

今日は

今日は、導入部がヒバの森になっている支尾根を急登して主尾根(上折紙沢右岸尾根)にたどり着いた。
支尾根は蒸し暑かったが、主尾根に出たら涼風が吹いていて心地よかった。

主尾根の緩い傾斜を歩いて要山の麓で時間切れとなった。
要山の北広場でランチをして帰路についた。
広い主尾根のブナの森は、いつ来ても気分最高である。


大きなヒバの木。

上折紙沢右岸尾根のブナの森。

最終到達点の森の中。

最終到達点の樹間から、北の方角(平沢エリア)を眺める。稜線上にポコンと飛び出た山は、681.3峰。681.3峰はスキーで登った楽しい思い出のある山である。