2016/08/05

松風や軒をめぐって秋暮れぬ

「松風」とは、松林を吹き抜ける風、またはその風の音のこと。
青森市内で松林と言えば、合浦公園のクロマツの林や、浅虫の山のアカマツの林が思い浮かぶ。
合浦公園では、海から吹き寄せる風が松の枝を揺らしている。
だが私は、松の葉の音を聞いた記憶が、あまり無い。
ケヤキやポプラ(ヤマナラシ)の葉が、そよ風に揺れる音はよく聞くのだが・・・・。
硬く尖った松の葉が、風に揺れて音をたてるためには、かなりの強風が吹かなければならないのでは。

古い言葉では松風のことを「松籟(しょうらい)」と言うとのこと。
「松風」は古い時代には、深い趣のある情景を表す言葉だったらしい。
音よりも、風に揺らぐ松葉の姿に、独特の味わいを感じたのだろう。

松風や軒をめぐって秋暮れぬ

元禄7年9月26日、大坂新清水の料亭「浮瀬(うかむせ)」で、料亭の主人の求めに応じて芭蕉が詠んだ句とされている。
料亭の主人への挨拶句ともなっているようだ。
料亭は海岸の近くにあったのだろうか。
海岸の松林から吹き寄せる晩秋の風。
それが料亭の大きな屋敷の軒下をめぐっているうちに、秋は暮れてしまう、というイメージ。
「松風の音が、立派な屋敷の軒先に響いている。その一陣の風音に、私は今ここで秋が暮れようとしているのを感じて、とても風雅な気分になることができた。」という料亭の主に対する謝意の句であろうか。

料亭の庭には、大きな松の木が植えられていたのかもしれない。
その松の梢が風に揺れて音をたてている。
その音が軒をめぐって座敷に座っている人の耳に届く頃には、もう秋は暮れようとしている、というイメージか。
秋の季節の移ろいの速さに、侘しさを覚えている。
そんな芭蕉の心境を詠ったものであろうか。
芭蕉は、料亭の座敷から軒越しに庭の松を眺めていたのかもしれない。

9月10日の晩方に、芭蕉は寒気・熱・頭痛に襲われている。
同じ症状が、9月20日頃まで続いたという。
その後小康状態が続き、9月26日の「浮瀬亭」での句会となった。
芭蕉は、この10日間の身体の不調に気落ちしていたことだろう。

ひょっとしたら、「松風」とは芭蕉自身のことかもしれない。
「秋」とは、芭蕉の人生の喩えではあるまいか。
今「浮瀬亭」でこうしているように、旅の途上で、その土地の門人たちやその縁者の軒をめぐってきた。
そうしているうちに年老いて、自分の人生も暮れようとしている。
病に自分の人生(旅)を阻まれて、このまま暮れてしまうのか。
今まで体験したことのないような深刻な病状に、芭蕉はセンチメンタルな気分に陥っていたのではなかろうか。

この日、芭蕉は以下の3句を詠んでいる。

人声やこの道帰る秋の暮
此道や行く人なしに秋の暮
この秋はなんで年寄る雲に鳥

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