2018/01/31

これやこのゆくもかえるもわかれてはしるもしらぬもあふさかのせき

かなり凝っている。
肩と首と腰。
その他、二の腕や両の脚も凝っている。

まるで石のような筋肉。
血の通っていない石で出来た体。

こんな凝りには温泉が良いだろう。
身をつつみ込むような温かさで全身をほぐしたら、凝りの症状も軽くなるに違いない。

そう思って、山奥の湯治場へ出かけた。
乳白色のお湯に、のんびりした気分でつかったとき、じわじわっと体が少し楽になったような気がした。
体の凝りに効いたのだ。

凝りにはこれだ。
私は、思わず声を出した。
「これやこの湯」

湯船には落葉した赤いモミジの葉が浮いていて風情があった。
夕日が秋の山々を赤く染めて美しい。
まわりの景色を眺めているだけでも気分が和んだ。

猟に出ている時は獲物を追うのに夢中で、まわりの景色をのんびりと眺めている余裕は無い。
自身の現在地確認のために地形をチェックする程度である。
五感を研ぎ澄まして、山の獲物を探る。
そんな毎日が、身体を凝らせているのだ。
温泉でのんびりしたら、心底からそう思えた。

そう思いながら、何気なくお湯の水面に視線を移したとき、びっくり仰天。
お湯に蜘蛛や蛙の死骸が浮いている。
白目をむいて浮いているのだ。

お湯に沸いた白目の蜘蛛や蛙。
「ビエー!」
気がつくと、私は岩風呂から飛び出て走っていた。
一目散に。

私のもっとも苦手な蜘蛛と蛙が、お湯と一緒に沸いている。
蜘蛛と蛙が、温泉のお湯に沸かれて浮いている。
湯から飛び出て走るも、私の脇腹には白目の蛙の死骸がべっとりとひっついていた。

「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも、ビエー!」

頭の中は、なにがなんだかわからずに真っ白だ。
私の目まで白くなりそうだった。
というのは、だんだんあたりが白く濁りだしたからだ。

これは大変。
目は白くはならぬ、目は白くはならぬと私は念じた。
しかし動揺激しく、言葉が詰まって「白ぬ、白ぬ」と叫ぶ始末。

そう念じたせいか、目は白くはならぬも、まだ恐怖は続いている。
「白ぬも白ぬも・・・・・」
私はうわ言のように「白ぬも」と言い続けた。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも・・・・」

これはきっと殺生をしすぎた熊の祟りではあるまいか。
私は猟師仲間のなかでは、かなりやる方である。
そのぶん、殺生の数も人一倍多い。

私は根の深い祟りを負っているのだ。
湯治場の布団に潜り込んで、ふるえながらそう思った。

この祟りを祓うには、逆乗せ木しかない。
逆乗せ木とは、山の神に奉納するために、一枚の板に猟師の人形と熊の人形を乗せて飾るもの。
その際、板には、熊の人形はそのまま乗せるが猟師の人形は逆さまにして乗せる。
そうやって飾ることで、熊の霊魂を鎮めるのだ。

これは猟師仲間共通のやり方ではない。
私の一族が密かに守ってきた儀式である。
私は逆乗せ木の信仰を、狩猟方法とともに父から教わった。

さっそく逆乗せ木を作って、山の神に納めた。
そして、恐怖のために口に出たうわ言を、お祓いの呪文として唱え、熊の霊魂を鎮める儀式を執り行った。

「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも負う逆乗せ木」

すると全身の凝りが消えて、体がスーッと軽くなった。
私は、悪さをあきらめてくれた熊の霊魂に感謝した。

「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも負う逆乗せ木」

恐怖にかられて、とっさに口から出た呪文であった。
私は、この呪文を繰り返し唱え続け、熊の霊魂に捧げたのだった。

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百人一首物語

2018/01/29

Bloggerでカスタムドメイン(独自ドメイン)でも「HTTPS」で始まるURLに変更可能になった

ブログを運営しているので、私は時々「Googleウェブマスター向け公式ブログ」のサイトを覗くことがある。
「Googleウェブマスター向け公式ブログ」は、「Google フレンドリーなサイト制作・運営に関するウェブマスター向け公式情報」を得ることができるサイト。
ウェブマスターであるブログ運営者にとって、非常に有益なサイトである。

昔の話になるが、この「Googleウェブマスター向け公式ブログ」から、2015年12月18日(金曜日)の日付で「HTTPS ページが優先的にインデックスに登録されるようになります」というアナウンスが流れた。

「インデックスに登録」とは、主としてGoogleの検索エンジンにWebサイトのページを登録する事。
検索エンジンに、自分のサイトのページが登録される事で、Googleの検索結果に自分のサイトが表示されるという仕組みになっている。

「インデックスに登録」が無いと、サイトへの検索エンジンからの流入は見込めない。
検索エンジン経由でのアクセスが無いと、ブログへのアクセス数は微々たるものになる。

これからは、URLが「HTTPS」から始まるホームページ以外は、「インデックスに登録」が難しくなる。
「ううむ、とうとう、そういう時代になったのだ。」
私はこのときポンと膝を叩いてうなづいたことを、今でも覚えている。
「疎い老爺では、このまま時代に取り残されてしまうなあ。」と思ったものだった。

このアナウンスの部分を引用したのが以下である。

Google では常にユーザーのセキュリティを最優先に考え、長年にわたってウェブの安全性の向上やブラウジング体験の改善に取り組んできました。Gmail、Google 検索、YouTube では以前からセキュアな接続を実現しており、昨年は、検索結果での HTTPS URL の掲載順位を若干引き上げる取り組みにも着手しました。ウェブのブラウジングはウェブサイトとユーザーとの間の私的な体験となるべきであり、傍受、中間者攻撃、データ改ざんの対象となってはいけません。Google が「HTTPS everywhere」の推進に取り組んできたのはこのためです。
この流れの一環として、Google は、より多くの HTTPS ページを探すよう、インデックス システムを調整していることをお知らせします。具体的には、HTTP ページに対応する HTTPS ページのクロールを開始します。
ということじゃった。

聞いた話によると、Googleは近い将来、自社製Webブラウザ「Chrome 」で、すべてのHTTP(暗号化なし)のページに対して、アドレスバーに「!」マークと「保護されてません」の警告を赤い文字で表示することを予告しているそうじゃ。
もしそうなったら、「! 保護されてません」という烙印を押されたサイトなんかは、誰も近づかんことじゃろう。
なんという神の仕業・・・・。

このブログ「雑談散歩」で、継続的に少なくないアクセス数を得るためには、URLをhttpsから始まるように変更しないとなるまいて。
変更にお金がかかるなあ、と思ったものだが。

なんと、GoogleのBloggerは、無料でhttpsへ変更(SSL化)することが出来る、ということじゃった。
言うまでもなくこのブログは、Googleの無料ブログサービスであるBloggerで運営している。
で、さっそくBloggerの管理画面(ダッシュボード)の[設定]>[基本]を開いたら、「HTTPS」という項目があったのじゃ。

じゃが、この「HTTPS」サービスは現在のところカスタムドメイン(独自ドメイン)で運営しているサイトには適用されませんじゃと。
Bloggerドメイン(blogspot)で運営しているブログのみの対応となっているようじゃ。

私のブログは、Xserverで獲得した独自ドメインで運営しているから、Bloggerの「HTTPS」サービスの対象外となっている訳じゃ。
じゃがじゃが、なんとそのXserverで、サーバー契約しているユーザーに無料でSSLのサービスを行っているということ。

私も、その「サーバー契約しているユーザー」のひとり。
そのうちXserverの方からこのブログをSSL化してやろうと思いながらも、なかなか手をつけられずに現在に至っているという有様じゃった。

ところがところが。
今日なにげなく、このBloggerブログ「雑談散歩」のダッシュボードを覗いてみたら、なんとカスタムドメインサイトでも「HTTPS」の使用ができるようになっているではないかいな。

Googleさんも、ちゃんとBloggerの面倒を見ていたということや。

で、さっそくこの「雑談散歩」を、暗号化された接続でブログを閲覧できるようにしてもらいましたわ。

ブログへのアクセスにおいて HTTP の代わりに 「HTTPS」 を使用するメリットについてGoogleさんでは以下のように述べておりますぞ。
  1. 訪問者が正しいウェブサイトを開いていることと、不正なサイトにリダイレクトされていないことを確認できます。
  2. Blogger から訪問者に送信されるデータに対する攻撃者による変更の試みを検出できます。
  3. 他のユーザーが訪問者のやり取りを「盗聴」したり、操作を追跡したり、情報を盗んだりすることを阻止するセキュリティ対策を追加できます。
これは「Bloggerヘルプ」からの引用。

さて、カスタムドメイン運用の「雑談散歩」を、「HTTPS」で始まるURLに変更したことで、アクセス数がどう変わっていくのか、楽しみである。

作年の12月6日にGoogleが、「日本語検索におけるページの評価方法をアップデート」して以来減りっぱなしのプレビュー数が、戻ってくることやらこないことやら。
楽しみであり心配でもありの、今日このごろなのですじゃ。

余談だが、「Bloggerヘルプ」の「ブログで HTTPS リダイレクトをオンにする」のページでは、2018年1月29日(今日)現在、まだ「注: 現在のところ、HTTPS はカスタム ドメインのブログではご利用いただけません。」となっている。
この注意書きは、現在ではもう不要のもの。

やはりGoogleは、神の手ではなく人の手で運営されているようじゃな。

2018/01/21

その存在感に圧迫感を覚え違和感が頭をよぎった

「その存在感に圧迫感を覚え違和感が頭をよぎった」というコトバが私の頭をよぎった。

その後二三歩あるいてから、どうもこのコトバは「感」続きで変だなと思った。

変だなとは思ったが、「その存在感に圧迫感を覚え違和感が頭をよぎった。」のは、私の実感であった。

実感をそのままコトバで表すと変になる。
いやいや、「実感をそのままコトバで表す」ことはちっとも変ではない。
変なのは、私のコトバの使い方。
劣っているから変なのだね。

場所は、ある病院の病棟の狭い廊下。
廊下の奥の、知り合いが入っている病室に向かう途中でのことであった。
狭い廊下に直角に交わっている横の通路から、その巨漢が現れた。

身長は、180センチ以上あるとみた。
しかも太っている。
体重は100キログラム近くは、間違いなくある。

その看護師が廊下のT字路交差点で向きを変えて、私と向かい合わせになったのだ。
そのとき、「その存在感に圧迫感を覚え違和感が頭をよぎった」。
すれ違いは不可能のように思われたが、看護師さんが壁に背中を押し付けて道を譲ってくれたので助かった。

その看護師さんが、女性であるか男性であるかは敢えて書かない。
この記事を読んでくれている方のご想像におまかせします。

巨漢であるから、当然、存在感がある。
しかも、狭い廊下ではその存在感は圧迫感を伴う。
そして、看護師という職業に就いている人が圧迫感を発していることに、小柄な私は違和感を覚えたのである。

その場にいればどなたでも、この「実感」に頷いてくれることでしょう。
それで、「その存在感に圧迫感を覚え違和感が頭をよぎった。」のだ。

だが、この表現は誤解されやすい。
「存在感に圧迫感を覚えた」こと自体を違和に感じたとも受け取れるからである。
「感」づくしはややこしい。

実感とは、実際に物事に直面したとき受ける感じのこと。
その物事に出くわした際に、直感的に抱く感情のこととも言える。

「存在感に圧迫感を覚え」るまでは直線的な直感である。
この直感から、小柄な私は本能的に防御の態勢につく。
そこから違和感に達するまでには、やや紆余曲折があったのも正直なところ。

違和感を覚えながらも、巨漢の看護師さんに違和を感じることは、偏見があるからではなかろうかとも思ったのだった。
そう、上記の通り「存在感に圧迫感を覚えた」こと自体を違和に感じたのも事実。
アメリカ映画じゃ、スティーブン・セガールみたいな巨漢の看護師さんはよく出て来る。

これがアメリカでなら、圧迫感も違和感も関係ないことだろう。
だが、ここはアメリカじゃない。
日本の青森県の小さな個人病院での出来事なのである。
ここにスティーブン・セガールは、いようはずもない。
私の違和感の対象は、私の偏見ではなくて、あくまでも巨漢の看護師さんなのであった。

病室に入るなり、私は白いベッドに横たわっている知人に話しかけた。
「すげーでかい看護師さんがいるなあ。」
彼は、笑いながら答えた。
「あの人は、ああ見えてなかなか器用なんだ。点滴の針なんか、まったくノーミスで俺のあるかないかわからないようなか細い血管に刺してくれるんだ。この病棟のどの看護師さんよりも上手だよ。」

へえー、あんな巨漢がねえ。
やはり、私の違和感は私の偏見からだったようだ。
優秀な巨漢の看護師さん。
私の頭を、意外感がよぎった。

2018/01/19

公園で鳩に餌をやる女性

鳥にエサをやる女性。
鳥に餌を撒いている女性。

なぜか、コソコソ餌やり

愛犬の散歩中に、公園でドバトに餌をやっている女性を見かけた。
左手に持ったバッグからパンくずのようなものを取り出し、右手でそっと地面に撒いている。

二三歩あるいては餌を撒き、また二三歩あるいては餌を撒き。
10メートルぐらいの区間でそんな仕草を繰り返す。
餌を撒き終えたあとは、振り向いてハトの様子を眺めることもなく、足早に去って行った。
まるで、誰かに咎められるのを避けてでもいるみたいに。

女性のまわりに群がっているのは30羽ぐらいのドバトと6~8羽のカラス。
それにスズメが10数羽ほど。
私と愛犬がその場所に近づいたら、鳥たちは私たちを取り囲むように飛び上がって乱舞した。
ちょっと怖かった。

女性が人目を気にしながらハトに餌をやっているのは、多少負い目を感じているからだろう。
あるいは、ハトに餌を与えていることを理由に「迫害」を受けることを恐れているのか。

餌やりに対する批難

犬を連れて散歩していると、犬を怖がる人たちとたまにすれ違うことがある。
それと同じように、世の中にはドバトやカラスを怖がる人たちが少なからずいらっしゃる。
そういう人たちが、鳥に餌をやる女性に批難の目を向ける。
なかには、女性に注意する人もいるかもしれない。
ハトやカラスが食べ物を求めて子どもに襲いかかるようになったらどうするの、とか。

餌を与えるのは、動物に対する自身の愛情からと思っている女性。
なので、女性の方は非難の目や注意を「迫害」と受け止めてしまう。

鳥に餌をやる女性に批難の目を向けるのは、鳥を怖がる人たちばかりではない。
ドバトやカラスを嫌う人たち。
鳥の糞で公園が汚れるのを嫌がる公園の散歩者たち。
糞害の影響を受ける公園近隣の住民たち。
鳥インフルエンザの「感染」を極端に懸念する人たち。
そういう人たちの視線を気にしながらも、女性は鳥に餌を与えることをやめない。
ハトだけではなく、野良猫や野良犬に食べ物を与える方たちは日本全国にいらっしゃる。
鳥や野良猫に食べ物を与える人たちの中には、「私が食べ物をやらないと、この子たちが生きていけないのよ。」と思っている方もいるようだ。

弱い生き物に対する「憐憫の情」が、「餌やり」の動機になっている。
そういう「憐憫の情」を、食べ物を与える人間の自己満足感の裏返しだと批判する人もいる。
自分がこの者たちを支配しているのだという高慢心を満たすための「餌やり」なのだと批判する人もいる。

餌を与える女性の事情

「餌やり」の女性にとっては、公園のハトやスズメが生きがいであるかもしれない。
小動物に癒やされながら精一杯生きている女性もいらっしゃることだろう。
そのなかには、持病に苦しんでいる方もいるかもしれない。
日々の苦しみのなかで、鳩に餌をやることが唯一の救いとなっている。
そういう女性の行動を非難して良いものか、とか。
たかだか「餌やり」ぐらいで、その女性の生き方を否定してはいけない、とか。
「餌やり」ぐらいかまわないじゃないかという意見の持ち主も多い。

野生動物に餌を与えてはいけない

しかし、糞害が発生しなくても、「餌やり」を非難する人がいなくても、「餌やり」が女性の生きがいであっても、野生動物に食べ物を与えてはいけない。

それは、愛犬を連れて長年公園を散歩していればわかる。
飼犬の、動物としての不自由さ。
飼犬は、飼い主から食べ物と住む場所を提供されなければ、その多くは生きていけない動物である。
飼犬は、人間とのそういう共存関係に閉じ込められて暮らしている生き物。

ドバトやカラスやスズメは、飼犬とは違う。
彼らは、野に生きているからこそ人間との共存関係を保っているのだと私は思っている。
野に生きている動物は、人間が食べ物を与えなくても生きていける。
自身でものを考え、自身の判断力を頼りに生きている。
それだけの能力を身につけているから、飼犬と違って平然と自由に野で生きていける。

野生能力を殺す行為

人間が野生動物に食べ物を与えることは、野生動物が身につけている能力や暮らしの自由を奪うことになるのではないだろうか。
人間の与える食べ物に、いつのまにか「飼犬」のように拘束されてしまう野生動物。
結局は、人間に依存することで野生を失っていくことになる。

野生動物と人間との共存関係

野生動物と人間との共存関係とは何か。
それは、自身の力で食べ物を得て生きている野生動物を、人間が見守るという関係ではなかろうか。
そういう野生動物の姿から、勇気をもらう。
元気をもらう。
それが、野鳥から癒されるということ。

まとめ

だから、そこのおばちゃんよ、公園で鳩に餌をやらないでくれ。
私は、カラスが苦手で、鳩は嫌いだ。

2018/01/07

あしびきのやまどりのおのしだりおのながながしよをひとりかもねむ

葦曳き野

まるで一本一本曳いたように、ほとんどの茎が東側に傾いている葦原。
おそらく、海の方からこの原っぱに吹き寄せている強風のせいなのだろう。
だが、どこか人の手による仕業であるような気がしないでもない。

敵は東からやってくる。
まるで、その敵を迎え撃つように葦の細く鋭い茎が東側を刺している。

古に、何度も何度も戦いのあった場所。
両側を険しい山に囲まれた谷地の葦原。

追っ手が攻め込む道はここしか無い。
いつの世も、敵はここから攻め込んで来たにちがいない。
おびただしい数の死を埋め込んだ谷。

矢窓裏の斧枝垂斧

将軍は、ここに櫓を建てることに決めた。
この強風の葦原に、背水の陣を敷く。
ここに櫓を建てて朝廷の兵を迎え討つ。
山から木を伐り出し、蔓で縛って、横一文字に柵を築いた。
敵の矢が通らぬように、丸太を隙間なく組んで、矢窓を設ける。

味方の矢は追い風に乗って、敵の甲冑を容易く射抜くことだろう。
それぞれの矢窓の裏には斧を置かせた。
それも太い枝垂木のしなる枝を柄にした枝垂斧である。
その柄の弾力が敵の首をはねるのに威力を発揮する。
葦曳き野矢窓裏の斧枝垂斧。

汝が流し世を

逆賊の汚名を着せられ。
謀略に追われ、戦いで兵を失い。
敗走する将軍。
朝廷を牛耳る汝が流した、世を謀る数々の陰謀。
だが、このまま汝がめぐらした奸計に滅ぼされてなるものか。
敗走しながらも将軍は兵を勇気づけ、反撃の機会を待った。

火取り香も

堀を深くし、その土で土塁を盛った。
堀のなかに火取り籠を置いて、香を焚いた。
火取り籠は、葦の根元にも配した。
香をたきしめて、谷の葦原を憎悪の香りで染め、葦の茎を尖鋭な槍に変える。
汝が流し世を火取り香も。

葦原の西には海が広がっている。
朝廷の軍は、この葦原に攻め入り、我らを海際の崖まで追い詰め、水の底へ沈めようという魂胆に違いない。
そうやって、宮廷に仕える幾多のもののふが策略に滅んでいったことだろう。

眠む

咎なくて死す。
多くのもののふが咎なくして死んでいった葦曳き野。
葦曳き野のそこかしこに刻まれた戦いの爪痕は、とても人の手によるものとは思えない。
獣か獣人か。

その魔力を追い払うように香を焚く。
香を焚きながら、葦の根元で最後の夜を眠るもののふ達。
葦曳き野矢窓裏の斧枝垂斧汝が流し世を火取り香も眠む

将軍は一睡もせずに、東の野を見据えていた。
曙光。
東の野に、炎の立つのが見える。
かえり見すれば、セレーネーは断崖の陰に傾きつつあった。

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百人一首物語

2018/01/03

あきのたのかりほのいほのとまをあらみわがころもではつゆにぬれつつ

 峠から見下ろすと、その町は真っ白な雪野原のように見えた。長々と一筋の川が入り江まで続いている。
 山から町へ下りる道は険しい。小さな扇状地の背後には、急峻な山が屏風のように立ち並んでいる。谷底に開けた平地に、小さな町が広がっていた。

 山道を下るにしたがって、雪をのせた無数の屋根が姿を現し始める。さらに下ると、屋根の下に板壁や窓が見えてくる。
 家々の隙間から紺色の穏やかな入り海が見えた。
「おとう、家のすぐそばに海があるよ。」
 防寒頭巾をかぶり襟巻きで覆面をした男の子が、興奮ぎみに言った。目をきらきら輝かせ、襟巻き越しに息を弾ませている。
「ここに、こんな町があるなんて・・・。まるで、落ち武者でも隠れ住んでいるみたいな町だぜ。」
 樵は、長く降り続いた後の雪の晴れ間に、子どもを連れて山を下った。この町は、ひと月ほど前に、狩りの途中で見つけたのだった。

 年の瀬市を見物している間に、刃を研いでもらおうと、樵は大きな斧を持参していた。
 鍛冶屋の小屋は、板壁や板戸に鉄の錆が染み込んでいて、赤茶けているからすぐに分かる。海辺の方にあったその鍛冶屋は、戸口の雪も赤茶色で、町のどの家よりも荒れた感じがした。樵は赤茶色の雪を踏んで、小屋の入口の筵を払った。暗がりの中で、鉄錆の匂いが鼻を突いた。襟巻きを首まで下ろした樵の小童が、「うへっ」と顔をしかめる。
 樵は、暗さに目が慣れるまで戸口で立ち止まった。小屋の奥に目を凝らすと、大男の鍛冶屋が汗だくになって大鎚を振り下ろしている。筋肉で盛り上がった肩の上で、白い湯気が揺れていた。
 鍛冶屋は、変わった形の鋤を叩いていた。
 鍛冶屋が手を止めたときに、樵が口を開いた。
「ずいぶんと変わった鋤だな。」
「これが鋤に見えるのか、どこのあほうだ!舟の櫓だろうが!」
 侵入者を確かめるような顔つきで、鍛冶屋が怒鳴った。
「へっへえ、鉄の櫓なんてめずらしいや。こんなもの、何に使うんだい。」
 よそ者に対するケチな敵意を嘲笑いながら、樵が毒づいた。
「舟を漕ぐにきまってるだろうが!」

 鍛冶屋は、己の威嚇に物怖じしない侵入者を、どうしてやろうかと思案気に睨みつけた。
「その櫓で舟を漕いで、その櫓で船に斬り込もうって算段かい。粋な道具を作るじゃねえか。」
 樵は、にやにやと不敵に笑い続けている。
「てめえ、何しに来やがった!」
 鍛冶屋が、樵の斧に目をやりながら言った。
「こいつを研いでもらいたくってよ。」
 そう言って樵は、鍛冶屋の足元に斧を放り投げた。
 斧の刃が、鍛冶屋のくるぶし近くの土間にグサリと突き刺さる。
「けっ、今忙しいんだよ!」
 鍛冶屋は平然と鉄を打ち続けている。
「きゃっはははは!」
 突然、甲高い女の笑い声がした。樵は薄暗い土間の隅に目をやった。はじめ、樵には襤褸の塊のように見えていたのだったが、目を凝らしてよく見ると、鍛冶屋の女房らしき女だった。座り込んだ女の前で、鍋がぐつぐつと音をたてて煮だっている。
「変な匂いだな。おい、女。おまえはいったい何を煮ているんだい?」
 樵が女の方へ近づこうとしたとき、「おい、このなまくらは、研ぐのに十日ばかりかかるぜ!」と鍛冶屋が樵を制した。
「なに、十日もかい!年が明けちまうだろ!」樵は、振り返って鍛冶屋を見た。ようやく真正面に、目と目が合った。暗がりのなかで、今にも火花が散りそうだった。
「仮斧を貸してやらあ!」
 今度は、鍛冶屋が樵の足元に斧を放り投げた。
 
 「うひゃー」と飛び退く樵のせがれ。ぶんぶん柄を回転させながら向かってくる仮斧。その柄が、土間の石塊に当って弾ける。
 柄の折れる音とともに、錆びた鉄粉の埃が舞い上がった。ぼろ雑巾のような袖で鍋を覆いながら、咳き込む女房。
「おい、他に空いている仮斧はねえのかよ。空きの他の仮斧がよ、もっといい斧がよ!」
 樵は、砥石を並べて置いてある奥の砥間(とま)を荒々しく見ながら言った。
「いい斧がほしいんだよ!い斧を貸せよ!」怒鳴った勢いで言葉が詰まった。「いい斧」と言うべきところを「い斧」と言ってしまったのだ。
 それが可笑しかったのか女が笑った。
「空きの他の仮斧い斧砥間を荒見だとさ、きゃっはははは・・・・」
 女は戯れ文句を、経を唱えるように口走り、大きな声をあげて笑った。
 ―こんな馬鹿でかい声を出して笑う女は、山にはいない。きっと潮風に喉をさらしながら暮らしているせいなのだろう。それとも女ながらに虚勢を張っているのか。
 樵の男はそう思いながら、女と鍛冶屋の二人の動きを目で追った。女は女で、子連れの侵入者を不審そうに見つめながら、なにやら念仏のような文句を小声でつぶやいている。

 さっきから鍛冶屋の様子をじっと横目で見ていた樵のせがれ。その小童が大男のすきをついて、素早い身のこなしで櫓を奪い持った。小童は、「へっへっ」と得意そうに、奪った櫓を長刀のように構えてみせる。呆然と立っていた鍛冶屋の顔が、みるみる鬼の形相に変わっていく。
「でかしたぞ、せがれ!」
 親父の樵が、思わず声をあげた。
「我が子櫓持ては、ひぇひぇひぇ・・・」
 また戯れ文句を唱えた後、女は怯えたような顔つきで、力無くかすれ声をあげた。
「けっ、いまいましい小童め!」
 鍛冶屋が、懐に忍ばせていた短筒を取り出し、炉の炭火で火縄に火をつけた。その短筒の先を、脅すようにゆっくりと子どもの方に向けた。
 樵は、腰に付けた山刀を抜いて鍛冶屋の腕を切り落とすことも出来たが、鍛冶屋が本気で子どもを撃つことはあるまいと、それを思いとどまった。だが、脅しのつもりでも、我が子に短筒を向けるのは我慢がならない。
「ええい、畜生め!」
 樵が叫んで鍛冶屋の女房に駆け寄った。驚いて、尻もちをつく女房。その女の前にある鉄鍋を奪い、樵はつゆ煮を鍛冶屋に浴びせかけた。
「おっ、熱っー。」
 声を上げる大男。四散する煮物。
 くたびれた菜っ葉やら、何かの肉やら、臓物やら。煮物と鉄錆の匂いが混じって、あたりに異様な臭気が漂った。樵は手で鼻をおおいながら、鍛冶屋の手元を見た。短筒の火縄は、つゆ煮に濡れて消えていた。
「つゆ煮濡れ筒。」
 土間に散らばった鍋の中味を拾い集めながら、女がぽつりとつぶやいた。

 女は、外に積もった雪を土器に盛って、その雪で野菜や肉に付いた埃をこすり落とした。それできれいになったものを、鍋の中に放り混んでいる。また鍋が音をたてて煮だち始めた。静まりかえった小屋の中で鍋の煮だる音を、一同は聞くともなしに聞いている。食べ物を煮る音が、一同の緊張をほぐした。
 薄暗い小屋の中で、炉のあかりに照らされながら、それぞれが影絵のようにじっと立ちつくしている。ようやく腕の力みが抜けていくのを、樵は感じた。

 突然の訪問者との、疑心に駆られた戦いだった。戦いに敗れた鍛冶屋は、その場で斧を研いで仕上げることを樵に約束した。
「そんな手でまともな仕事ができるのかい。」
 樵が鍛冶屋のやけどした右手を指さしながら、悪態をついた。
「なあに、腕を切り落とされたわけじゃねえからな。こんななまくらを研ぐぐらい、たやすい仕事さ。」
 穏やかな顔つきで鍛冶屋が言い返した。
 女は、男の手のやけどを雪で冷やしながら、戯れ文句を唱え、柄にもなく上品な笑い声をあげた。
「空きの他の仮斧い斧砥間を荒見我が子櫓持てはつゆ煮濡れ筒、ほほほほ・・・」
 女の声が、先ほどの馬鹿でかい声とは違って、安堵に満ちているように樵には聞こえた。

 親子は戸口の筵を払って外へ出た。陽の光がまぶしかった。青い空から小雪が舞っている。
「そうだ、おかあに新しい綿入れでも買って帰るか。」
すでに殺気の消えた顔で、機嫌良さそうに樵の親父が言った。
「おれは、橇がほしいだよ。」
 嬉しそうに息子がはしゃいでいる。
「橇ぐらい、わしがこさえてやるさ。」
「おとう、猿回しが見たいよ。」
「ばか、猿回しは正月が来てからだ。」
 樵と子どもは、年の瀬の賑わいを見に町の広場へと向かった。

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百人一首物語

2018/01/02

ひとはいさこころもしらずふるさとははなぞむかしのかににほひける

ラズベリーの実を菓子にしたら売れるかもしれない。
プチプチと美味しそうな赤いラズベリーの写真を、雑誌で見た時、私はそう思った。
それにキイチゴは、子どものころよく採って食べた。
あれは、美味しい。

ラズベリーは美味しいから、必ずヒットする。
このところ、店の売上は落ちる一方。
なにか、世間の評判になるような菓子を作らなければいけない。

いろいろと案を練った末に、ラズベリーのパンケーキを作ることにした。
パンケーキなら今流行りだ。
ココア生地を使えばラズベリーの赤が映える。
見た目もオシャレに仕上がる。

生地を焼くのに、薪ストーブの炉を使うことにした。
薪ストーブは、広い厨房内に5台据えてあった。
知り合いのリンゴ農家から、剪定したリンゴの木の枝を薪として譲り受けている。
ストーブを焚くと、ほのかにリンゴの甘い香りが厨房内に漂う。

リンゴの枝の薪は、灰が多く出る。
この灰の余熱を利用して生地をじんわりと仕上げよう。
薪の火と灰の微妙なバランスが、生地を美味しく仕上げる。

5台の個々の炉に薪を均等にいれて燃し、火と灰のバランスを調節する。
生地の美味しさを引き出すのは、なんといっても火と灰さ。
火と灰さ個々炉燃し。

炉を焚くのは、母の担当だった。
彼女は若い頃、風呂屋の窯焚きとして働いていた。
その技量は本物。

ところが母は、炉に火を入れるでもなく、ラズベリーに砂糖を振ってばかりいる。
「そのラズに振っているグラニュー糖は、最後のトッピング用だよ、母さん!」
と私が叫んでも、母はラズに砂糖を振ることをやめない。
ラズは砂糖にまみれて白く消えてしまった。
ラズ振る砂糖母。

そういえば、母はこの頃、謎のような行動をとることが多くなった。
高齢になったのでボケてきたのかもしれない。
そんなことは思いたくもないのだが。

厨房では、黒いとんがり帽子と黒いマントで身をまとっている。
まるで魔法使いのお婆さん。
その黒いマントの隠し袋から、母は赤い蟹を取り出した。
お菓子の蟹かなと思って、近づいてよく見たらモノホンの蟹。
謎の蟹。
しかも菓子では無い。
謎無菓子の蟹。

母はその赤い蟹を私に放ってよこす。
蟹の脚がちぎれて、タイルの床を滑る。
蟹で菓子を作ってくれということなのだろう。
蟹菓子が母の本意なのだ。
母はラズベリーの菓子作りに賛成ではないのだ。

母は漁師町の育ちだった。
子どもの頃、毎日見ていた魚やイカやタコや蟹。
それがお菓子だったら、どんなにステキなことだろう。
いつもそう思っていたと、母が私に話してくれたことがあった。

蟹の菓子。
それが母の本意。
だが、鯛や海老の菓子は見たことがあるが、蟹の菓子は見たことがない。
たとえ蟹の菓子を作れたとしても、あまり売れそうにない。
魔法の森のお菓子の家なら売れそうだが。
老魔女の蟹菓子では、誰も買わない。
それよりもなによりも、私はラズベリーのパンケーキが作りたいのだ。

蟹に本意は無い。
母の本意は一蹴するしかない。
蟹に本意蹴る。
火と灰さ個々炉燃しラズ振る砂糖母謎無菓子の蟹に本意蹴る。

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2018/01/01

ちはやぶるかみよもきかずたつたがはからくれなゐにみづくくるとは

頭頂部から後頭部にかけて、髪が薄くなってきた。
後頭部から首の後ろ側のあたりが特に薄い。
このまま進行すれば、完全に禿げてしまう。
まるで逆モヒカンハゲ。

これでは丁髷も結えない。
まだ若い貞七の悩みは深刻だった。
貞七の女房は髪結いである。
このままでは髪結いの亭主としてのカッコがつかない。
貞七は思い切って、漢方の医術に長けているという評判の町医者を訪ねた。

「破血」
坊主頭の老医師は静かにそう言った。
「え?はけつ?」と貞七。
「血の巡りを良くする中国伝統の医術でな、日本では『血を破る』とも言っておる。」
「血の巡りを改善すれば、薄毛の進行は防げるはず。」
そう言って老医師は貞七に「活血化瘀剤(かっけつかおざい)」という薬を手渡した。

「活血化瘀剤」の成分は丹参(タンジン)、芍薬(シャクヤク)、川芎(センキュウ)、紅花(コウカ)などである。
貞七は、この飲み薬を半年ほど続けたが、薄毛が治る気配はみられない。
髪は夜寝ている間に伸びると坊主頭の町医者が話していた。
老医師は、晩に毛が生えるので、朝になるたびに頭を剃っているという話。
貞七にとってはうらやましいかぎりである。
だが、貞七が朝に自分の枕元を見ると、不幸なことに抜けた髪の毛が散乱している。

一方、貞七の血色は、この半年間でみるみる良くなっていた。
「破血」の治療効果は、実感できるほど明らかだった。
「血を破る」の言葉通り。
「滞っている血は、確実に破っている!」
血は破っていると実感している貞七。
でも、夜に伸びる筈の髪には効果が及んでいない。
貞七は「血は破る髪夜も効かず・・・・」と唸った。

合わせ鏡を何度も覗き込みながら、後頭部を調べる貞七。
そんなことを繰り返しているうちに貞七はあることに気がついた。
頭頂部から首の後までの髪は薄くなっているが、側頭部は立ち上がるばかりに伸びている。
まるで「鉄腕アトム」に登場する「お茶の水博士」の側頭部みたい。
「血は破る髪夜も効かず立った側・・・・」と貞七は目を見張った。

女房は、髪のことで右往左往している貞七を見て、小言を言う。
「そんな高い薬にばっかりに銭を使ってないで、少しは辛いものを控えたらどうなのさ!」
そう、貞七は無類の辛い物好き。
何にでも粉唐辛子をまぶして食べる。
女房は、貞七が刺激物ばっかり好むので髪が薄くなると思っている。
長年の髪結いの勘である。

今まで朝昼晩の食事に辛い物を食べていた貞七に、女房は、もう辛い物を出さなくなった。
「えっ、もう辛い物くれないの?」
「辛くれない!」と嘆く貞七。

そんな貞七を女房は、知らん振り。
「さあ、おまえさんの髷も直してやるよ。」と貞七の頭を掴んで座らせる。
立ち上がるように伸びた側頭部の髪をぐいぐい後ろ側に引っ張る。
その髪を、Uターンさせて、後頭部から頭頂部に持ってくる。

やはり丁髷は、後頭部の髪を寄せ集めないとバランスが悪い。
そんなバランスも見ないで、女房は手早く仕事を進める。
貞七の後頭部には、もう結える髪の毛は無いに等しい。
それで、側頭部の髪を引っ張って括る。
バランスも見ずに。

そんな女房の扱いぶりに、貞七はハラハラ。
「ちゃんと髪の具合を見て括ってくれよ。」
と頼んでも、女房は貞七の言うことを無視。
客が混んでいるのに、亭主の丁髷にばかり手間をかけてはいられない。
「ああ、髪の具合も見ず括るとは」と貞七はつぶやいた。

「血は破る髪夜も効かず立つた側辛くれ無いに見づ括るとは」
落胆する貞七の嘆きだった。

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