2014/05/04

津軽半島にある世界最古(?)の土器遺跡「大平山元遺跡(おおだいやまもといせき)」

大山ふるさと資料館看板。
昨日の下北半島巡りに続いて、今日は、津軽半島巡りの日帰り旅行。
お天気は終日晴れ。
津軽半島の陸奥湾沿いの町、外ヶ浜町蟹田から、今別町に向かう途中にある「大山ふるさと資料館」に立ち寄った。
この資料館は、統合のために廃校になった大山小学校の建物を利用して開設されている。
蟹田から県道12号線(鰺ヶ沢蟹田線)を十三湖方面に向かって進み、今別に至る県道14号線(今別蟹田線)との三叉路の手前左側に木造平屋の建物がある。
それが「大山ふるさと資料館」。
なんとも素朴で開放的なミュージアム。
この資料館には 、おもに、大平山元(おおだいやまもと)遺跡からの出土品の展示。
それと、昭和30年の初め頃までこの地域で使用されていた、農具や漁具、林業の道具、それに衣食住の生活用具が展示されている。
入場無料、写真撮影可という、楽しい資料館である。

駐車場にクルマを止めて、真っ先に目に入るのは、案内看板の奥にあるストーンサークル(環状列石)。
こんなところにもストーンサークルがあったのかと、感激して、年配女性の学芸員(?)に尋ねた。
すると、この立派なストーンサークルは、イベント用に最近作ったもので、この一帯の遺跡群にはストーンサークルの遺跡は無いというお話。
「環状列石の遺跡を展示しているみたいで、誤解する人もいるんじゃないの?」と学芸員(?)に言ったら、それには応えず、静かに微笑むばかりだった。
廃校となった大山小学校の建物を利用した資料館。
津軽半島外ヶ浜地区の遺跡群地図。
蟹田川沿いの遺跡群地図。
鏃(やじり)や石のナイフの出土品。
黒曜石の石器のかけらや削器の出土品。
津軽半島の遺跡群のひとつ、平舘村今津遺跡の出土品。
さて、この大平山元遺跡が、実は、かなりすごいのだ。
どうすごいのかと言うと、この遺跡から発掘された土器片には、世界で最も古いと言われるものがあるという。
1998年に、民家の建て替え工事に伴い、この遺跡が発見された。
出土品は、気が遠くなるほど古いのだが、遺跡自体の発見は、まだ新しい。
そのため、大平山元遺跡は、あまり世に知られていない。
かくいう私も、今日初めて知った次第。

どのくらい古いのかと言うと、16,500年前のものだとされている。
縄文土器に付着した炭化物のAMS法による放射性炭素年代測定法の算定で、そういう結果が出たらしい。
さらに、出土した石鏃(せきぞく)も、日本で最も古いもので、これは日本で最も古い弓矢の使用を示しているという。
石鏃(せきぞく)とは石で作られた鏃(やじり)のこと。

しかし、中国中部の江西省にある洞窟から見つかった土器が、およそ2万年前のもので、世界で最も古いもの、という話も出てきている。
中国やアメリカの研究チームの調査で、そのことがわかったという。

世界最古レースの1着2着争いは別にしても、大平山元遺跡出土の土器片は、いまのところ日本最古である。
ひょっとしたら、青森県の津軽半島に日本最古の文明があったのかもしれない。
大平山元遺跡は、縄文時代草創期初頭( 紀元前13,000年頃)のものであるらしい。
ちなみに、国の特別史跡である三内丸山遺跡は、今から約5500年前〜4000年前の縄文時代の大規模集落跡。
下北半島六ヶ所村の遺跡群は、縄文時代草創期(約12,000年前)と言われているから、津軽半島と下北半島は、ともに縄文文化半島の体を成していると言ってもいいのでは。

尚、農具関係の展示物は、津軽半島寒村出身の私としては、子ども時代におなじみの、懐かしいものばかりだった。
農具、唐箕(トウミ)。穀物とヌカやゴミの選別に使用。
箕(み)などの農具。
草取りなどの農具。
足踏み脱穀機
田植え型などの農具。
俵編み機。
水田用ゲタ。
エンツコなどの生活用具。
衣食住展示物。

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