2015/10/07

芭蕉の静止画「菊の香や奈良には古き仏達」

芭蕉の句は、映像的なものが多いと感じている。
舞台の一場面のような句や、映画のワンシーンのような句。
それが、私が芭蕉を劇の詩人と感じた所以のひとつとなっている。

特に旅の始めの句には、人物(主人公)が登場して、ダイナミックな動きのある句が多いような。
「野ざらしを心に風のしむ身かな」とか「旅人と 我名よばれん初しぐれ」とか。
そうそう、旅の始めの句ではないが「塚も動け我泣声は秋の風」なんかも激しくダイナミックであると思う。

これらの句は、主人公の劇的な登場がイメージされている。

そんな句と比べて、以下の句はどうであろう。

菊の香や奈良には古き仏達
松尾芭蕉

この句もカラフルで映像的である。
でも、人の動きは感じられない。
静かに安置された彫像が主役である。
それを眺めている芭蕉は、カメラ的な存在となっている。

菊の香りに包まれた、たくさんの古い仏像。
鮮やかな黄色の菊と、くすんだ色合いの仏像。
現在咲き誇っている菊の花と、過去に作られた古い仏像。

この句に施された色彩の対比や時間の対比が、悠久の風景を浮かび上がらせているようである。
古より延々と続いてきた菊の香りと人々の信仰が感じられる。

この句は、九月九日の重陽(ちょうよう)の節句(菊の節句)のときに、芭蕉が奈良を訪れて詠んだものとされている。 
芭蕉51歳。
この日から約一か月後、芭蕉は病に倒れ、他界する。

芭蕉にとって、生涯の旅の終わりが近づいていたのだ。
結果として、この句が一枚の仏画となって、芭蕉の旅の終わりを飾っているような印象を、私は感じた。

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