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8月, 2017の投稿を表示しています

藤崎町にある唐糸御前史跡公園で岩木山を遠望

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国道7号線で藤崎町を通るたびに「唐糸御前史跡公園」という道路案内標識が気になっていた。
どんな史跡があるのだろう。
「唐糸御前」という方の立派な館でも建っているのだろうか。
そんな訳で、史跡見物に立ち寄った。

ぶら下がり健康器で腰痛予防

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ぶら下がり健康器が流行った時に買い求めた方たちは、大勢いらっしゃるようだ。
そのほとんどのお宅で、ぶら下がり健康器は洋服掛けになったり廃棄処分になったりという憂き目にあっているという。
なんてもったいない。

平和公園の池の底はコンクリートだった

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晴れ。
本日の最高気温は28.2℃。
30℃は越えているでしょうという感じの暑さだったが、越えてはいなかった。
涼をもとめて、愛犬と平和公園へ。
木陰の多い「ケヤキ広場」を散歩しようとしたが、愛犬は池の方へ向かった。
愛犬に引っ張られて、噴水の横を通り、西の端の池へ。
辿り着いたら、池に水が無い。
池を覗き込むと、池の底はカラだった。

CorelDRAWの「魚眼効果」を使って、簡略なスイカのイラストを描いてみた

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お盆が終わって夏も終わり、青森地方で出回っていたスイカもそろそろ姿が消える頃。
そんな時期だが、夏を象徴する食べ物としてスイカのイラストを描いてみた。
スイカを表現するために、主に使ったツールは「レンズ」の「魚眼」と、「ラフツール」。
「CorelDRAW X8」を使って、形が真ん丸のスイカのイラストを、例によって手間をかけずに簡略に仕上げた。

スイカの黒い縞を作る

ツールボックスの「長方形ツール」を使って、上図のように縦長の黒い長方形を描く。
「整形ツール」のプルダウンボタンをクリックすると、一番下に「ラフツール」が表示される。
「ラフツール」をクリックして選択する。

「ラフ」効果

「ラフツール」を長方形の輪郭に沿ってドラッグすると上図のようになる。
ドラッグは、長方形の左右を縦に行う。
スイカの黒縞の複雑な模様を描くための作業である。





上図のように「塗り付けツール」で黒縞に変化をつける。
「塗り付けツール」は、「ラフツール」同様「整形ツール」のプルダウンボタンをクリックして選択する。





出来上がった一本の黒縞を[Ctrl]+[D]を押して複製する。
その複製したオブジェクトを、プロパティーバーの「水平方向にミラー化」ボタンと「垂直方向にミラー化」ボタンをクリックして反転させる。
ふたつのオブジェクトを寄せて、上図のように合体させる。





合体した黒縞を適当に複製し、上図のように配列する。
不規則に配列したのはスイカの黒縞模様に自然な変化を持たせるためである。
この黒縞の一群を選択して合体しておく。

「魚眼」効果

ツールボックスの「楕円形ツール」クリックし、ドラッグしながら適度な大きさの正円を描く。
キーボードの[Ctrl]を押しながら「楕円形ツール」をドラッグすると正円を描くことが出来る。
正円を選択状態のまま黒縞の列の上に置く。
「レンズ」ドッキングウィンドウの「魚眼」を上図のように設定し、「適用」ボタンをクリック。
ここでは比率を165%にしてある。





「レンズ」の「魚眼」効果で作ったスイカの原型オブジェクトは、自動的にグループ化されているので、上図のように解除する。

「楕円形グラデーション塗りつぶし」で立体感を演出

スイカの白地の部分を選択ツールで選択し、上図のように「オブジェクトのプロパティ」ドッキングウィンドウで「楕円形グラデーション塗りつぶし」をかける。
「楕円形グラデーション…

芭蕉句の二面性「明日の日をいかが暮らさん花の山」

前回、芭蕉の「花の雲鐘は上野か浅草か」の句で、私が感じた「二面性」についてちょっと書いた。
「上野か浅草か」という掛声のように畳み掛ける威勢の良さ。病床に臥せっていて、「上野か浅草か」と問い掛ける弱々しさ。 不思議なことに、「花の雲・・・・」の句に上記のような正反対の二面を感じたのである。 そう感じさせる仕掛けは、この句のどこにも見当たらないのだが・・・。
もっと整理して考えてみると、その「二面性」は以下のようになるのではあるまいか。 江戸の庶民が花見に出かける「行い」。臥せっていながら遠い存在を望む「思い」。 これらは下記のようにも受け取れる。 その場での実際の「行動」。その情景に対する「思念(空想)」。 この句から七年経って作られた芭蕉の「花の句」にも、私はこの「二面性」を感じている。
明日の日をいかが暮らさん花の山 松尾芭蕉

元禄七年三月二日、『依水ら四、五人同伴で上野の花見に赴き、酔余、「野々宮」「熊坂」を謡い、且つ句あり』と「芭蕉年譜大成(著:今榮藏)」にある。
芭蕉晩年の句である。
芭蕉はこの年の、十月十二日に病没している。

芭蕉一行が上野で、酒を飲み、「謡曲」を謡い、また花見の句会を行ったときの発句と思われる。
桜が咲き誇っている「花の山」で、この華やかな饗宴をずっと続けたい。今日も明日も、「花」がある限り、「花」の世界で浮かれて暮らしたいという刹那的な衝動。この花が散ってしまったら、明日からの侘しい日々をどうやって暮らしていこうかという虚脱感。 これが、掲句に組まれた二面性なのではあるまいか。
は、庶民の行動の一面を示しているように思われる。は、風流人の思念の一面を示しているように思われる。 さらに言えば。 は、その時々を精一杯楽しもうという庶民の現実である。は、花鳥風月を題材として追い求めてきた日本の文芸の伝統である。 桜の花を題材にすることは、とても庶民的なことであり、また伝統的なことでもある。
芭蕉はこの「庶民性」と「伝統性」を、句のなかに取り合わせようとしたのではあるまいか。

「庶民性」とは、「花」の下で浮かれ遊ぶ庶民の「現実」のこと。
「伝統性」とは、以下に引用した「古今和歌集・仮名序(かなじょ)」にあるような「古典」としての「歌論」のこと。
「やまと歌は、人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞ成りにける。世中に在る人、事、業(わざ)、繁きものなれ…

花の雲鐘は上野か浅草か

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深川芭蕉庵のあった所は、現在の「東京都江東区常盤1-6-3」あたりとされている。
地図で見ると、芭蕉庵は隅田川の河畔にあったことになる。
上野の山や浅草は、芭蕉庵から隅田川を越えて北の方角。

位置関係をグーグル・マップで調べてみた。
芭蕉庵跡から上野公園までは、直線距離で4kmぐらい。
芭蕉庵跡から浅草寺までは、直線距離で3.5kmぐらい。
のんびり歩けば、いい散歩コースであると思う。

それぞれの標高は以下の通り。
芭蕉庵跡は、標高6m。
上野公園は、標高20mから26m。
浅草寺付近は、標高10m。

標高差で見ると、芭蕉庵から浅草の桜は見えなかったであろう。
上野の山の桜はどうだろうか。
江戸時代に木造3階建ての建物があったとしても、標高差14mから20mの上野の山は森のように見えていたのではあるまいか。

山に生えている木々の高さを加えると、上野の山はもっと高く見える。
まして江戸時代では、現在よりもずっと空気が澄んでいたはず。
上野の山に桜が咲き始める頃、江戸深川の住民たちは、ソワソワしながら北の方角に目を奪われていたのでは。
もう仕事が手につかない。

花の雲鐘は上野か浅草か
松尾芭蕉

貞享四年三月の作とされている。
上野の山は、江戸時代においても桜の名所であったらしい。
上の画像のように、上野の花見の様子が描かれた「浮世絵」が、いくつか残っている。

この句に出会ったとき、なぜか「花の雲鐘は 上野か 浅草か」と区切って読んでしまい、「雲鐘(うんしょう?)」って何だろうと悩んだ。
しばらくしてから、上のように区切って読むとどうも字数が変だなと気がついた。

花の雲
鐘は上野か
浅草か

上記のように読んだらスッキリ。
謎の霧が晴れた。

「鐘は上野か」とは、寛永寺の鐘のこと。
「浅草か」は、もちろん浅草寺の鐘。




深川あたりでは、鐘の音が同方向から聞こえてくるので、今鳴った鐘は寛永寺のものだろうか浅草寺のものだろうかという「うたい文句」になる。
しかし、どちらの鐘の音かは、地元に住んでいればわかりそうなもの。
芭蕉は、わかっていながらも、あえて「上野か」「浅草か」と問いかけのように詠んだのだろう。
そのほうが空間的な広がりが感じられて面白い。

当時は、浅草も桜の名所だった。
芭蕉は、「鐘を鳴らして誘っているのは、上野の花なのか浅草の花なのか」と浮かれ気分でいたのかもしれない…

さびしさや花のあたりのあすならふ

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「国立国会図書館デジタルコレクション」のサイトに各務支考(かがみしこう)著の「笈日記」がアップされているが、原典ではない。
大正十五年に、春陽堂によって出版された「俳人叢書・第四編」のなかに収録されたものである。

ツツジの植え込みの中で、つる草のツタバウンランが伸びていた

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愛犬の散歩でよく訪れる平和公園。
この広い公園の西側の、南北の端にはドウダンツツジの植え込みがある。

北側のドウダンツツジは、繁茂したヤブガラシに覆われて陽の光を遮られている状態。
南側のドウダンツツジにも、北側ほどではないが、ヤブガラシが絡み付いている。
蔓植物は、今年も旺盛な繁殖力を見せている。

堤小学校の校庭の北側にも、立派なドウダンツツジの生垣があるのだが、ここはヘクソカズラノブドウが伸び放題。
数年前まで、秋の紅葉が美しかった生垣は、手入れがされていないために年々廃れてきている。
生垣全体が燃え上がっているような紅葉は、今はもう見ることができない。




それにしても、ドウダンツツジには蔓植物が絡まりやすいのか、そんな光景をよく見かける。
ドウダンツツジは葉が密集していて、蔓植物が這い上がるのは難儀そうに見えるのだが。
でもこれは、散歩人的なズボラ観察であるかもしれない。
蔓植物の行動力は、動物に近い。
ちょっとした光を求めて四方八方縦横無尽に蔓を伸ばす。
垂直にしか伸びない植物は、あっという間に制空権を奪われてしまうのだ。

ここにある写真は、ドウダンツツジの葉の陰で可憐な花を咲かせているツタバウンラン
この写真は、近くのマンションの玄関前のドウダンツツジを撮ったもの。
大型のコンクリート製プランターに植えられたドウダンツツジ。

背の低いツツジの植え込みに絡みついているツタバウンラン。
だが、どことなく場違いに見える。
獰猛なヤブガラシやヘクソカズラと違って、ツタバウンランがツツジに絡まっている姿はどこか弱々しい。
以前見かけたツタバウンランの葉は、肉厚感があったが、写真の葉は薄めでツヤも無い。
花の色も、紫が抜け落ちたような白さである。
プランターの中のツツジの藪に紛れ込んで、迷子になって憔悴している「ツタバウンランちゃん」てな感じである。

ツタバウンランは道端で見かける蔓植物。
地上を這いながら、茎から「不定根」を出し、勢力を拡大していく類である。
「不定根」とは、根以外の部分である茎から二次的に発生する根のこと。
この「不定根」がツタバウンランの元気の源なのである。

ツタバウンランが垂直行動をとる場合は、ほとんどが住宅などの石垣においてであると言われている。
石垣の隙間には土があって、「不定根」を伸ばせるからである。

写真の「ツタバウンランちゃん」は…

世を旅に代搔く小田の行き戻り

私が子どもの頃の津軽地方では、冬の終わり頃のまだ雪が残っているうちに、馬橇(ばそり)で田んぼに「肥やし」を撒いていた。
肥やしとは、稲わらを積んで発酵させた堆肥のことである。

私が育った村では、稲わらを山状に積んだものを、「トヤマ」と呼んでいた。
「トヤマ」の上に残飯を捨てたり糞尿を撒いたり。
そうやって発酵を進めていた。

夕顔に酔うて顔出す窓の穴

「夕顔」と言えば、源氏物語の「夕顔」
光源氏が外出先で、軒先に青々とした蔓(つる)がかかっている簡素な家を見かける。
その蔓には、白い花が咲いていた。
光源氏にはそれが「おのれひとり笑みの眉開けたる」ように見えた。
 「かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲きはべりける」 と護衛の者が光源氏に白い花の名前を教える。

この記事で1558記事目ということで

「思えば遠くへ来たもんだ」という歌がある。
14歳のころ、鉄道のレールに耳をあてて遠い旅路を夢見ていた少年がいた。
その少年が故郷を離れて、今では女房子ども持ちになっている。

そういう男が、眠れない夜に酒を飲みながら昔のことを思い出す。
夜汽車の汽笛を聞くたびに、少年だったころのことや20歳の失恋したときのことを恋しく思い出すという歌である。

過去をセンチメンタルに思い出しながら、同時に「この先どこまでゆくのやら」と、未来をも「望郷」している。
ひょっとしたら歌詞に表れていない架空の未来から、今現在を思い出している歌なのかもしれない。

こんなことを書いたのは、今日のこの記事で、このブログの記事数が1558記事目になったからだった。
1558記事か、と思ったとき「思えば遠くへ来たもんだ」という武田鉄矢(海援隊)の歌が頭に流れた。

そうたいして遠くへは来ていないのだが。
6000記事も7000記事も書いている方がいらっしゃるから、1558記事のブログなんてざらにある。
まだ「ざら」の途中なのだ。

「ざら」ながらも考えたのは、このまま書き続けていけば、どうなるのだろうということ。
インターネット上にゴミ記事を撒き散らすことになる、とは思いたくない。
実際そうなっていないと信じている。
検索エンジンに弾かれていないし、一定数のアクセスもある。

このままブログを書き続けていけば、「この先にどんな世界が見えるのか?」。
このことをブログを書く人は、誰でもが考えているのではあるまいか。
よく言われていることに以下のようなことがある。
文章が上手になる。表現力が身につく。いろいろ理解が深まる。論理的な思考力が発達する内面が豊かになる。知的資産になる。 などなど。
ブログは読み手の存在を前提に書かれる。 読み手の存在を意識して書くから、上記のような「副産物」が得られるのかもしれないが。
果たしてそうだろうか。 というのも、1558記事書いた経験上言わせてもらえば、書けば書くほど「?」ばかりが増えるという現実があるからだ。 「?」って知的資産なのか。 というよりもなによりも、「?」ばかりでは、ユーザーの役に立つ情報とは言えない。
なぜなら、ブログとは第一に、ユーザーの役に立つ情報でなければならないからだ。
役に立つ情報といっても、その内容は様々である。
というわけで、この頃は「Core…

傘のイラストの需要が多いのは、身近で単純なわかりやすい形だから

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「CorelDRAW X8」で傘のイラストを描いた。
簡単に描いても、すぐに傘だとわかる。
それだけ傘のイラストは多くの人に親しまれている。

多くの人から親しまれているイラストは、需要も多い。
単純な形の傘のイラストが、様々な媒体で活躍しているのはご承知の通りである。

簡単でわかりやすいものは人気が出る。
しかも、簡単でわかりやすいものには普遍性がある。
松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」は、俳諧を知らない人でも知っている有名句。
この句は、すでに江戸時代から俳諧の代名詞的な存在であったという。

平易な言葉と身近な題材。
簡単でわかりやすそうな印象。
これがこの句を普遍的なものにしているのではないだろうか。

それはイラストにおいても同様であるかもしれない。
ピクトグラムのように、単純明快で視認性に優れているイラストは、多くの人に支持されている。

アイコンは、コンピュータ上の記号表記として用いられることが多かったが、今ではピクトグラムのような働きもしている。
ピクトグラムは白と濃い色の2色で描かれることが多いが、アイコンは3色以上のものがほとんどで、カラフルで人目を引く存在である。
しかも今は、正方形が流行りだ。

ピクトグラムやアイコンは、簡単でわかりやすくなければ役に立たない。
瞬時にその意図するところがわかるイラストでなければならない。
企業のロゴマークも、そういう一面を持っている。

傘のイラストは、ピクトグラムになったりアイコンになったり、時には会社のロゴマークになったりしている。
その図柄が、身近でわかりやすいからだろう。
太陽や雲と並んで、傘のイラストはインターネットやテレビの天気予報に大活躍。

イベントのポスターやチラシの「雨天決行」の横に、傘のイラストがちょこんと置かれたり。
梅雨の時期を示すサインとして、ホームページのアイコンに使われたり。
いつの時代でも、人の行動や気分はお天気に左右される。
人とはそういう存在であると思い知るイラストでもある。

そんな傘のイラストは、誰でも描くことができるもの。
誰にでも描けるから、親近感が湧くのだ。
芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」も、「ひょっとしたら私にも作れるかもしれない。」と多くの人が思うような外観を持っている。
そういう外観に対して、多くの人が親近感を抱いている。

「ひょっとしたら私にも作れるかもしれな…

2017年青森ねぶた見物

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本日8月6日は、青森ねぶた夜間運行の最終日。
愛犬の散歩がてら、ぶらぶら歩いてねぶた見物に出かけた。




見物場所はいつものところ。
ねぶた運行コースの東端。
国道4号線と平和公園通りの交差点付近である。

この場所は、比較的観光客が少ない。
アスパムとかワ・ラッセとか、青森駅前商店街とか、そういう観光施設から離れている端の方だからなのかもしれない。
最も観客で賑わう場所は市役所の前とか県庁の角の交差点とか。
そういう場所は出店も多い。
観客もねぶたもハネトも活気づいて見える場所である。
(※ハネト:ねぶた行列の踊り手の呼び名。ねぶたでは踊ることを跳ねるという。)

それに比べて、東の端は、落ち着いている。
地元の人達が、平和公園通りや国道に座り込んで、ビールを飲みながら、ゆったりとねぶた見物を楽しんでいる。
観客は多いが、のんびりできる場所である。
青森市民が静かにねぶたを眺め、過ぎていく夏を惜しむ場所と言ったら大げさだろうか。
大型ねぶたが通るたびに歓声があがるが、観光客の多い場所ほど賑やかでは無い。

ここは、国道の交差点なので、けっこう広い「舞台」になっている。
狭い新町通りから、ホテル青森の前を過ぎ、片側3車線の国道の通りにねぶたが躍り出る。
片側3車線合計6車線の道路は、青森市内では最大幅の道路。
ようやく広い空間に出たねぶたは、回って全体を見せたり、観客に迫ったり。
躍動感のあるねぶたを見せてくれる「舞台」なのだ。

そんなねぶたの動きと観客の反応を、ちょっと離れた位置から眺めて楽しめる場所。
青森市民はねぶたを見慣れているから、別に間近で見なくても良いという人も多い。
祭の雰囲気に浸れれば、それで良いのだ。
ねぶたの見方も人によって様々である。
ハネトになって、ねぶたとの一体感を楽しむ。ねぶた囃子を聞いてリフレッシュしたい。ねぶたの色使いや形に注目して、造形物としてのねぶたを鑑賞する。ねぶた製作小屋「ラッセランド」で出陣前のねぶたを眺める。家の有線テレビでねぶた運行の実況中継を見る。ねぶたに演出された夏祭りの雰囲気を楽しむ。 などなど、色々である。
青森の街に、こんなに人が集まるのはめずらしい。
だから遠巻きに人が集まる祭を眺めている。
この熱気に満ちた人混みが消える頃、青森の夏が終わる。
ねぶたが終われば、秋風が吹く。
そんなことを思いながら、人混みとねぶたを眺…

「CorelDRAW」の「らせんツール」を使って蚊取り線香のイラストを描いた

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「CorelDRAW X8」のツールボックスには、旋回状のものを描くツールがふたつある。
前回「夏を涼しく」のロゴ作りに使った「旋回ツール」と今回使った「らせんツール」。
「旋回ツール」はオブジェクトを旋回させて変形させるツール。
「らせんツール」は螺旋そのものを描くツールで、蚊取り線香を描くのにピッタリのツールとなっている。

ツールを選択し、プロパティバーでそのツールの設定をしたり、ドッキングウィンドウで数値を入力したりという方法で、今回もイラスト描きの作業を進めた。

このごろようやく、そういう作業のコツがわかってきた。
「AdobeのIllustrator」とは違う「CorelDRAW」の仕組みをつかみかけてきたところである。

「らせんツール」

「らせんツール」を使って螺旋を描く。
「らせんツール」は、デフォルトでは「多角形ツール」のプルダウンボタンをクリックすると表示される。
「らせんツール」をクリックして、「らせんツール」プロパテーバーを上図のように設定する。
蚊取り線香らしく輪郭の幅を設定する。
[Ctrl]キーを押しながら、「らせんツール」で描画ページをドラッグし、正円に近い螺旋を描く。




「輪郭」の形状を、「オブジェクトのプロパティ」ドッキングウィンドウで「丸型の角」と「丸型キャップ」にして、「オブジェクト」>「輪郭をオブジェクトに変換」をクリック。
螺旋の色を蚊取り線香の深緑色で塗りつぶす。

「ナイフツール」

次に「CorelDRAW」の優れもの、「ナイフツール」の登場となる。
「ナイフツール」は、デフォルトでは「切り抜きツール」のドロップダウンボタンをクリックすると表示される。
この「ツール」は、ベクトルオブジェクトやテキスト、ビットマップをスパスパ切って分割できる驚きのツール。
ここでは、「ナイフツール」プロパティバーの「2ポイント直線モード」を使って上図のように蚊取り線香の丸い先端をカットする。
「ナイフツール」でカットし始める箇所をクリックして、カット終了地点までドラッグする。
切り取った丸い先端部分は削除。
なお、「輪郭をオブジェクトに変換」しなくても「ナイフツール」は有効である。




蚊取り線香の火のついている部分を描くために、適当な箇所を「ナイフツール」でさらにカットする。
カットした部分を上図のようにグラデーションで塗りつぶし、カットした部…

アメリカセンダングサを追い払ったニホンハッカ

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愛犬の散歩でよく通る道がある。
その道の側溝でニホンハッカが群生していた。
この道を十年間(愛犬の年齢が十歳)散歩している。
でも、この側溝でニホンハッカの群生を見たのは初めてではないだろうか。




この側溝は、中学校のグランドに沿った自動車道路の側溝で、雨の日以外は乾いた状態である。
住宅に接していないので、生活排水はほとんど流れ込まない。
去年までは、この側溝にアメリカセンダングサがうるさく生い茂っていたのだが、どういうわけか今年は姿が見えない。

私は、山野草を見るのが好きだが、アメリカセンダングサはどうしても好きになれない草のひとつ。
アメリカセンダングサの暗紫色の茎、細長い卵型の葉、図体の割には小さくて黄色い頭花。
どれもこれも気に入らない。

そのアメリカセンダングサをこのニホンハッカが追い出したのだろうか。
もうこの側溝には、アメリカセンダングサの影も形もない。




この辺でのハッカの仲間は、ニホンハッカマルバハッカしか見ていない。
その茎の色は緑色だったり赤茶色だったり。
今日の側溝のニホンハッカは、茎の色が赤茶色。
暗紫色にも近い。
図鑑で調べると、茎の色が赤茶色のニホンハッカも少なく無い。
環境によって、茎の色が変わるのだろう。

ミズ(ウワバミソウ)だって、茎自体が上部の方まで赤いものがある。
茎が赤いミズが生えている場所では、多くのミズの茎が赤い。
それが土質によるものなのか、紫外線の影響で茎に色の違いが出るものなのか、私にはわからない。




とにかく、ニホンハッカの生命力は強い。
悪環境にも順応し、旺盛な繁殖力で群生している。
ニホンハッカのそういう姿を多く見かける。
暑さにも寒さにも強く、耐乾性や耐湿性に優れているところが、旺盛な繁殖力を支えていると言われている。

でもニホンハッカは、どちらかというと湿った土地を好むらしい。
そういう場所に多く生えている。
アメリカセンダングサも湿り気のある荒れ地を好む草。
ニホンハッカがアメリカセンダングサを駆逐したということは、悪環境にたいする適応力がニホンハッカの方が抜群に優れていることを示している。

ニホンハッカの花期は、8月から10月。
アメリカセンダングサの花期は、9月から10月。
多年草のニホンハッカは、いったん根付いてしまうと地下茎を広げて繁茂する。
その勢いに押されて、一年草のアメリカセンダングサは種子を移…

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