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  雑談散歩

    山スキーやハイキング、読書や江戸俳諧、山野草や散歩、その他雑多なことなど。

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高田大岳南東斜面で春の表層雪崩

高田大岳南東斜面で春の表層雪崩

高田大岳南東斜面の表層雪崩発生地帯。 上の写真の赤く囲んである部分は、黒森峠付近から見た高田大岳南東斜面の雪崩跡とその周辺。 高田大岳南東斜面を囲い込んでいる東尾根と南尾根が、標高1,150メートルあたりで接している。 そこからカール状に広がっている急斜面を滑...

2017/05/02

芭蕉の旋律「瓶割るる夜の氷の寝覚め哉」

多くの人たちが若い頃そうだったように、私も音楽を夢中で聴いていた一時期があった。 フォルクローレとかマンボとかタンゴとかの中南米音楽がそれだった。 今にして思えば。年若い頃の特有のこだわりだったのだろう、それぞれの音楽に好きな演奏者がいた。 このジャンルなら、この演奏者でな...

2017/05/01

なぜ芭蕉は「山吹」を退けて「古池」を思い浮かべたのか?

松尾芭蕉の句として、もっとも世に知られている「古池や蛙飛び込む水の音」。 私はこのブログで、及ばずながらこの句のことを数度話題にしている。 その中で以下の三記事が、ちょっとではあるが踏み込んだ内容になっているのではと自分なりに思っている。 水の音で発見したもう一つの日...

2017/05/01
北八甲田連峰高田大岳東尾根「山腹」をスキー散歩

北八甲田連峰高田大岳東尾根「山腹」をスキー散歩

林道の奥に雛岳が見える。 北八甲田黒森山麓付近の国道394号線には、90度近いカーブが2箇所ある。 その2箇所にはさまれた区間は、距離にして650メートルぐらい。 ほぼ直線になっている。 この直線道路を西に向かって走ると、目の前に高田大岳のカッコいい姿を拝むことが...

2017/04/30

「ここに幸あり」異聞

若い頃知合った人のなかに、面白い男がいた。 彼は、酒に酔うと歌をうたいだす癖があった。 そんな人は世間に大勢いるが、彼の場合その歌い方がちょっと変わっていた。 彼の十八番は「荒城の月」。 寮の一室で親交のある者が集まって酒を飲むとき、彼の口からは決まってこの歌...

2017/04/28

蜻蛉の藻に日を暮す流れかな

昔、まだ田んぼに農薬がたくさん撒かれていなかった頃、田んぼの水路にはたくさんの水生昆虫が暮らしていた。 私が子どもだった頃の津軽地方の村においては、そうだった。 トンボの幼虫であるヤゴも、そんな水生昆虫のひとつ。 子どもの頃は、トンボのことを津軽地方の方言で「だんぶり...

2017/04/26
日本人はなぜ桜の花が好きなのか

日本人はなぜ桜の花が好きなのか

青空の下、満開の桜。 「花は好きですか?」と問われれば、大部分の日本人は「好きよ。」とか「嫌いではないね。」とか言うに違いない。 花は、日常生活の様々な場面で好んで飾られるものだから。 では、数ある花のなかで、特別桜が好まれるのはなぜなのだろう。 これにはいろいろ...

2017/04/25
北八甲田連峰雛岳西側山麓で快適なスキー散歩を楽しむ

北八甲田連峰雛岳西側山麓で快適なスキー散歩を楽しむ

箒場から眺める本日の雛岳。 北八甲田連峰は、田茂萢岳、赤倉岳、井戸岳、大岳、小岳、硫黄岳、石倉岳、高田大岳、雛岳と、スキー滑降に適した斜面を持っているピークが間近に点在している。 その各ピークの山裾は、なだらかな傾斜地になっており、残雪期のスキー散歩に適している。 ...

2017/04/16

若草に口ばしぬぐう烏かな

「口を拭う」という言い回しを聞くことがあるが、それは江戸時代にもあったのだろうか。 「口を拭う」なんて、どことなく感じが悪い。 現代語の「拭う」には、「除き去る」や「消し去る」という意味がある。 現代では「口を拭う」とは、何か悪いことをしたのに素知らぬふりをするという意...

2017/04/15

凡兆の生活空間スケッチ「五月雨や苔むす庵のかうの物」

「漬物」は発酵することで香りがよくなってくることから、室町時代には「香の物」と呼ばれるようになったという。 現代では、糠漬けなどは「糠漬け臭い」と言われ、糠漬けの味はともかく、その匂いはあまり歓迎されない。 漬物の匂いの代表格は沢庵漬け。 私の周辺には、沢庵漬けが発して...

2017/04/14
爽快な急斜面、北八甲田「雛岳」北尾根

爽快な急斜面、北八甲田「雛岳」北尾根

「箒場岱コース」の99番指導票付近から雛岳を眺める。 好天に恵まれた日曜日。 今日は、北八甲田連峰の雛岳へ。 雛岳は春スキーを楽しむには、条件がそろっていて手頃な山。 その好条件をあげると、下記のようになる。 山麓に広い駐車場や公衆トイレがある。 山が近い。...

2017/04/02

凡兆の生への賛歌と愛着「明ぼのやすみれかたぶく土龍」

「あけぼの」といえば春。 「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、・・・」は、「枕草子」の冒頭の文章として有名である。 そのため、「あけぼの」と聞くと春を連想する方も多いのではなかろうか。 下記の凡兆の俳諧も、季語が「すみれ」で春の句となっている。 明ぼの (あけ...

2017/04/02

凡兆の対比的一体感「くだけたる船の湊やほととぎす」

俳諧に対する私の感想文は、「私ならこう思う」というもの。 であるから、私の感想文には、私なりの物の見方・考え方が如実に反映している。 よく言えば、独自の視点。 悪く言えば、偏った見解。 だが、「どう思おうが私の勝手」というものではない。 取り上げた俳諧と私の作文が、ほ...

2017/04/01

江戸時代の季節感覚「川水や汐つき戻すほととぎす」

凡兆の「ほととぎす」の句 またしても 凡兆の「ほととぎす」の句 。 凡兆の「ほととぎす」の句には、「ほととぎす」が唐突に登場する句が多いと、私は感じている。 その句を読むと、まるで取ってつけたような「ほととぎす」と出会うことになる。 これはどういうことだろうと思っていた...

2017/04/01

句のリズム作り「たがために夜るも世話やくほととぎす」

共有しうる観念世界との対話 江戸時代の俳諧のイメージに、どっぷりとひたりたくなるときがたまにある。 趣向が違っても、こういう傾向は多くの人々にあるのではないだろうか。 人は、その人特有の想いの世界を持っている。 そして多くの人が、日々の暮らしのなかで自身の想いにひたって...

2017/03/31

凡兆の高みの見物「枝に居てなくや柞のほととぎす」

「柞(ははそ)」をインターネットで調べると、コナラやミズナラやクヌギの総称であると記されている。 また、マンサク科のイスノキの別名であるとも言われている。 古典的な和歌の世界では、「柞(ははそ)」の「は」の2音が同じことから、母(はは)の意にかけて用いられることがあるという。...

2017/03/28

凡兆の「京はみな山の中也時鳥」と芭蕉の「京にても京なつかしやほととぎす」

登芳久氏著の「野沢凡兆の生涯(芭蕉七部集を中心として)」に、凡兆の謎のような句が載っている。 京はみな山の中也 (なり) 時鳥 (ほととぎす) 野沢凡兆 巷間では、ほとんど話題にのぼらない句である。 その理由は、あまりにも唐突で、解釈に困る句だからではないかと私は思っ...

2017/03/24

はなちるや伽藍の樞おとし行

京都には、桜の名所となっているお寺が多いという。 お花見は、庶民の楽しみ。 仁和寺、東寺、清水寺、醍醐寺が、江戸時代においても名高い桜の名所だったらしい。 他に、善峯寺、天龍寺などもあげられている。 花の季節に凡兆は、そんな寺巡りを、奥様の羽紅と楽しんでいたのかもしれな...

2017/03/22
青森市滝沢地区、平沢林道「平沢の橋」経由で高地場山へ

青森市滝沢地区、平沢林道「平沢の橋」経由で高地場山へ

【青天の平沢林道。】 今日は、 先週 とは別ルートで高地場山(標高459メートル)へ登った。 平沢林道を東方向に進む。 やがて、左手の平沢沿いに池のようなプールがあらわれる。 そのプールと、盛り土された丘の間の平地を進んで三面護岸の平沢に向かう。 ちょっと歩くと...

2017/03/18

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