2016/04/12

想い出のあとさき、井上陽水の「少年時代」

井上陽水の歌に、独特のムーブメントを感じる。
そういうファンが少なくないのではと思う。
そのムーブメントは、詩の言葉の躍動感である。
それが、世の中の動きや流れにうまく乗って、多くのファンを獲得している。
その軽快で陽気なメロディと独特の歌声で。

「政治」の言葉で時代を表現しなかった井上陽水。
彼は、独自のムーブメントで「政治的な時代」に迫ろうとしたのではあるまいか。

「政治的な時代」
1960年代から1970年代は、日本の若者にとっては、きわめて「政治的な時代」であった。
1960年代の後半、ベトナム戦争の様子が、テレビや映画の映像で数多く報道されるようになった。
それにしたがってアメリカ国内で反戦運動が激化。
日本においても、「安保闘争」や「ベトナム戦争に対する反戦運動」、「米軍基地廃止運動」などが、盛んに行われるようになったことは、記憶に新しい。
そんな反戦運動に共感するように、社会的なメッセージ性の強い反戦歌がヒットした。
友竹正則氏の「死んだ男の残したものは」とか、新谷のり子氏の「フランシーヌの場合」とか、森山良子氏の「さとうきび畑」とかが代表的である。

人生が二度あれば
井上陽水の実質的なデビュー曲は、「人生が二度あれば」
ここで井上陽水は、年老いた「父母」の悲哀を歌っている。
この「父母」を傍らで眺め、年老いた悲哀を打ち消すように「人生が二度あれば」と歌っている。
そう歌っているのは、歌詞に登場する「子供」である。
両親が64~65歳であるから、その親の40歳前後の「子供」「人生が二度あれば」と歌っている設定になる。
あたかも、「父と母」の念願を代弁しているように。
しかしそれは、「父母」の意志を確かめることのない「子供」の歌として成り立っている。

顔にシワが増え年老いていくのは、人にとってごく自然なこと。
この歌は、そういう側面だけをとらえて、人生の悲哀を強調しているような詩になっている。
幼い子供の発想が、そのまま青年の発想につながっていく。
「人生が二度あれば」という発想。
井上陽水、24歳ごろの歌である。
「人生が二度あれば」というフレーズを高らかに歌い上げているこの歌に、人生が二度あってほしいという「意味」が含まれているのだろうか。
私には言葉の躍動感が、言葉の意味を離れたところで高らかに歌い上げられているように思える。
親の世代に比べて、金銭的な苦労を知らずに育った子供の世代が、親の人生観を批判的に眺める。
そういう世の中の流れに、「人生が二度あれば」はうまく乗っている形だ。
既存の親の人生観を違ったものに変革したいという子供の願望が、「人生が二度あれば」という繰り返しに暗示されているようである

傘がない
「人生が二度あれば」と同時期に作られたものに「傘が無い」という曲がある。
その詩は、現実の意味よりも言葉の躍動感を求めて作られたように思われる。
   テレビでは我が国の将来の問題を
   誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
   だけども問題は今日の雨 傘がない
この詩は「Aという社会の情況」ではあるけれども「Bという個人の情況」の方が大切であるという形をとっているが、AとBとの間に意味的なつながりはない。
そして雨降りのなかを、傘なしで雨に濡れても「君(恋人?)」に会わなくてはと、「行かなくちゃ」を繰り返す。
「傘がない」という言葉の躍動感、「君に逢いに行かなくちゃ」という心情や行動の躍動感。
それと対比的に、「都会では自殺する若者が増えている」とか「テレビでは我が国の将来の問題を」とかが設置されている。

まるで「Aという社会の情況」から跳躍しようとするように「Bという個人の情況」を歌い上げる。
AとBに意味的なつながりは無いので、「Aという社会の情況」は「若者の自殺」でも「日本の将来の問題」でも、その他の「政治的な問題」であっても構わない。
「Bという個人の情況」に、まったく無関連の出来事であればあるほど詩のイメージが広がる。
一見すれば、「政治の言葉」で時代を表現しているふうでもある。
しかしそれは、雨降りの中を傘なしで恋人のもとへ走る躍動感を表すための演出となっている。
この演出は、俳句の「取り合わせ」の技法に似ている。
AとBの「二物衝撃」。
「人生が二度あれば」で「父母(の世代)」を眺めたのと同様に、「傘がない」は「政治的な時代」を眺めた場所から発せられたムーブメントであると私には感じられる。

夢の中へ
1972年、「人生が二度あれば」で実質的なデビューを果たした井上陽水は、翌年の1973年、「夢の中へ」をヒットさせた。
「夢の中へ」の詩にある「休む事も許されず笑う事は止められて はいつくばって はいつくばって  いったい何を探しているのか」という姿は、「人生が二度あれば」に登場する「子供」の両親の姿と通じるものがある。
「休む事も許されず笑う事は止められて はいつくばって はいつくばって  いったい何を探しているのか」という情況は、太平洋戦争後の日本の経済を「高度」に「成長」させた親の世代の姿とも言える。

また「夢の中へ」は、そういう親の世代に批判的な、「人生が二度あれば」で登場した「子供」の視線が含まれている。
「探し物」という行為と対比的に「夢の中へ」という言葉が使われ、それらが相乗効果を発揮して「夢の中へ」というイメージ世界が作り出されている。
「Aという現実(探し物)」と「Bという非現実(夢)」との「二物衝撃」。
その「取り合わせ」によって詩のイメージを膨らませる。
それに軽快なメロディが加わり、井上陽水の高らかな歌声が加わり、イメージ世界が華々しく躍動的に展開する。

少年時代
上記の曲を作ってから18年ほど経って、1990年に井上陽水は「少年時代」という、後にロングヒットとなる曲を世に出した。
詩のなかで、「私の心は夏模様」「夢はつまり 想い出のあとさき」というフレーズが交互に繰り返される。
不思議なことに、詩のなかに、この歌のタイトルとなっている「少年時代」というキーワードは出てこない。
詩に繰り広げられる夏のイメージが、少年をイメージしているふうではあるが。
では、「少年時代」とは何のことだろう。
それは時間の観点で見た少年期のことではないようである。
詩に出てくる言葉、たとえば「風あざみ」同様、井上陽水の空想世界であると思う。
時代と言う言葉には既存の意味があるのだが、井上陽水はその意味よりも自身のイメージのほうを大切にしている。

言葉の意味よりも、「だけども問題は今日の雨 傘がない」なのである。
そして「君の事以外は考えられなくなる」
たぶん、「君の事」とは恋人のことであり、自身のイメージ世界のことなのだろう。
自分のイメージ世界のことしか考えられなくなるのは、「それはいい事だろう?」と誰にとも無く問いかける。

「想い出」というよりも、それに「あとさき」をつけ加えて「想い出のあとさき」と歌った方が「想い出」のイメージが広がる。
「風」というよりも「風あざみ」と歌った方が、八月の「風」が色鮮やかになる。
「宵」というよりも、それに「かがり」を付け足して「宵かがり」といった方が宵の風景を明るい色彩で彩ることができる。
「夢」というよりも「夢花火」と歌った方が「夏模様」という言葉の色彩を鮮やかにする。
「さまよう」というよりも「あこがれに さまよう」と歌った方が美しい情景を思い描くことができる。
「想い出のあとさき」というフレーズに、意味よりもイメージを際立たせようという作者の気持ちを窺い知ることができる。

井上陽水の永遠の「少年時代」
尚この曲は、太平洋戦争の戦時下、地方に疎開した東京の少年が主人公の映画「少年時代」のテーマ曲としてつくられた。
詩のなかの「夏」は、終戦の「夏」とも重なる。
「夢はつまり 想い出のあとさき」には、少年の戦争(終戦)への感傷が込められている。

「政治的な時代」は言葉の意味を求め続ける。
その意味よりも、言葉の持っているイメージで詩を美しく飾り、それをメロディにのせて歌にする。
その歌をヒットさせて、多くの「少年のままでいるような大人」の気持ちをつかむ。
井上陽水はそうやって「政治的な時代」に迫ろうとしたのではないだろうか。

そんな時代が陰りを見せても、井上陽水は、言葉の既存の「意味」と新しい「イメージ」の「二物衝撃」でイメージを広げ続け、言葉を並べて詩を作る。
それが井上陽水の、永遠の「少年時代」ででもあるかのように。

  (「色文字部分」:井上陽水作詞「人生が二度あれば」「夢の中へ」「傘がない」「少年時代」より引用。)

スポンサーリンク