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公園の松の枝を折って犬の糞にまみれた男の大晦日

帰り道の公園で、「バキッ!」と音がしたので振り返ると、大きな松の木の下に男がいた。

手には、葉っぱがフサフサの松の枝を持っている。

大晦日の夕暮れである。

男は、自分の家に松の枝を飾って新年を迎えようというのだろう。

市が管理している公園の松は、手入れが行き届いているので、寒い雪の中でも緑が鮮やかだ。

男はヒツジほどの大きな犬を連れている。

脚立に登るとオシッコが近くなる65歳大工

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私の知り合いに、65歳になる大工さんがいる。
その大工さんと久しぶりに会ったとき、彼はこんな話をした。
歳をとったせいか、この頃オシッコが近くなったという。

つまり、オシッコの回数が増えた。
彼は仕事がら、脚立に登る事が多い。
若い頃と違って、体の柔軟性が失われたせいか、脚立の上で仕事をしながらバランスを保つことが容易でなくなった。
若い頃は簡単に出来た事が、この頃は、ちょっと面倒になった。

ケヤキの木と、ツツジの雪囲いの関係

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ツツジの雪囲いの下を、数羽のスズメが歩き回っている。

雨も雪も降っていないので、ツツジの枝の下での「ナントカ宿り」では無さそうだ。

このツツジは常緑性で、真冬でも緑の葉で覆われている。

何をしているのだろうと、カメラ片手に近づくと、スズメたちは一斉に飛び去った。

ツツジの根元には、スズメたちの足跡が点々。

幻想の演劇覚書

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ほぼ日課的な生活が大部分を占める日々の暮らしの連続を日常と呼ぶなら、
非日常とは、そんな日々の暮らしから遠く離れた有り様を言うのだろう。

そうであると同時に、
非日常は、危うい日常とは隣り合わせの事態であるのかも知れないが。

演劇は、
そういう有り様の、非日常を描いている。

観客は、
自身の日常から解放されて、
演劇の舞台に、刺激的な非日常の世界を求める。

雪が融けて凍り付き、足元が危険になった駐車場

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ここしばらく気温の高い日が続いて、積もった雪が融けている。

真冬に突入したように見えた青森市内の冬景色も、積雪が減って地面が露出し、季節は逆戻り。

雪が消えて、ちょっとの間、雪の苦労が無くなったかと言えば、そうではない。

日中の温かさで融けた雪の表面が、朝晩の氷点下の冷え込みで凍る。

おかげで写真のように、駐車場は凍ってつるつる状態に。

車道脇の歩道も同様につるつる状態。

マレット指が元の状態に回復して完治

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後遺症を克服 今年の1月27日に発症した、左手中指のマレットフィンガーは、完全に治った。
元通りの指に復活したのだ。
マレットフィンガーを発症した指は、断裂した腱がくっついても、指に多少の「曲がり」が残るものだと、担当の医師に言われていた。
それが、 病院での治療が終わった後の自主リハビリと、手や指のトレーニングのおかげで完全復帰できた。

雪の中の色彩

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雪の中にも色彩はある。

積もった雪を長靴のつま先でほじくってみたら、右の写真のような青々とした色の草が出て来た。

雪の下一帯に広がる緑のシバ。

シバは、雪の中でも緑色なのか。

西洋シバは寒さに強いと言われているから、この緑の草は西洋シバなのだろう。

雪が融けて地面が露出しているところでは、イロハモミジの枯葉。

紅葉の頃、真っ赤だったモミジの葉は、枯葉になっても鮮やかな枯葉色だ。

その枯葉の下に、緑色のシロツメクサ。

年中見られるシロツメクサも、寒さに強いようだ。


厳冬期に入っても、緑の草は、雪の中でこのままだろうか。

雪の中では光合成ができないから、枯れてしまうのだろうか。

これは自然界の大きな謎・・・では無くて、無知な私にとってのちょっとした謎。


白い雪の世界はモノクロームだと前回書いたが、雪の中には、鮮やかな色彩が凍り付いていた。

冬の支配者である冬将軍といえども、色彩を消し去るほどの力を持ってはいない。

凍てつく寒さが強まれば強まるほど、豊かに輝く色彩を求める思いが働く。

その思いは、年老いた枯葉にもある。

色彩を消さない枯葉の強い思いを感じながら生活することが、冬将軍に立ち向かう方法。




公園の木立と冬空の写真

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冬木立とは、冬の樹木が林立している様子を表している言葉だという。

常緑樹であっても、冬期の樹木は冬木立になるらしいが、枯葉が散って、裸の枝を空に突き出した落葉樹の方が、冬木立という言葉を一層ものさびしく感じさせる。

緑の葉を失った冬の木は、黒々としている。

空が晴れて陽が差し込んでも、曇りの日でも、吹雪の時も、冬木立の幹は黒一色。
白い雪が、モノクロームの世界を現出させている。

本当は、色彩豊かな世界なのに、モノクロームに見えてしまうのはなぜか?
それは、「雪はなぜ白く見えるのか」という事と関連が有りそうだが・・・。


久しぶりに青空が広がったので、犬の散歩の途中の公園で、空の写真を撮ってみた。
公園の木立を写真の下の方に入れると、冬木立が空に手を振っているように見える。

さらに、空の写真の下に家の屋根を入れると、冬の空に人々の生活感が滲み出てくるだろう。
人の生活感は想像できるが、樹木の冬の生活感は見当がつかない。

八甲田山の高山帯で樹氷を形作るアオモリトドマツは、厳冬期は枝・葉とも凍結した状態で越冬しているという。
八甲田山の森林限界に成育するハイマツも同様である。
高山帯の樹木の生活感は、凍結の一語に尽きる。

それに比べると、青森市内の公園の樹木の生活感は、もうちょっと緩いものになるだろう。
すぐそばで人間が生活している環境の中では、公園の木立の生活感にも色どりがありそうだ。
木の枝が、好天の冬空に手を振って応えるとか。

そんな雰囲気の写真は、素人の私には、なかなか撮れない。
が、公園の木立の生活感は、なんとなく感じとれる。

犬の公園散歩で、観察眼が、多少は鍛えられているのだろうか。
何度も行き会って、公園の木々と馴染みになっているからだろうか。

 斧入れて香におどろくや冬木立  与謝蕪村



ケヤキの木の上で鳴きながらケヤキの実を食べるスズメ

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右の写真には、ピンぼけとブレで不鮮明だが、ケヤキの小枝にとまっているスズメが写っている。

おそらく、枯葉の付け根にあるケヤキの実を食べているのだろう。

比較的大きなケヤキの木に、スズメが十数羽集まっているのが確認できる。

チュンチュンとさえずりながら、枝から枝へと飛び回っている様子は、まるでお祭り騒ぎ。

雪が降ってもまだ飛ばない風散布の種子

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右の写真は、イロハモミジの羽根が付いた種子。

カエデ科の種子は、ほとんど、この「翼果」の形をしている。

この果実に付いた翼が 、風に乗って、イロハモミジの種子を遠方へ運ぶ。

写真のように、果実は、もうすっかり熟しているのに、まだ枝先を離れない。

食堂街の、延々と続く偶然

そのショッピングモールの2階には、しゃれた店舗が並ぶ食堂街があった。

食堂街の端の方にある、パスタ料理専門店の店内で、女性店員が 「あっ!」と声をあげる。

何か、バランスを崩した様子。

そのとたんに、数枚の皿の割れる音。

「申し訳ありません。」と、皿の破片を片付けながら、困惑げな表情の店員。

その様子を見ていた男性客が、テーブルをたたいて、大声で激しく笑った。

スズメやハトの冬の朝の食事と、生き物の共存共栄

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朝早く公園に出かけると、食事中のスズメ達を見かけた。

彼らは、ケヤキの木の下の、タイル敷きの歩道の上に落ちたケヤキの実を食べているようだ。

雪の上よりも、タイル敷きの方へ集まっているのは、タイルが食卓として雪の上よりも安定しているせいだろう。

雪の上に落ちたケヤキの実を食べるスズメやハト

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私が住んでいる家の周辺の、数カ所の公園や小学校の裏庭には、ケヤキの木が植えられていることが多い。

そのケヤキの中に、前回の記事で書いたように、枯葉が枝先に付いたまま落葉していないものを、ずいぶん見かける。
枯葉が落葉しないのは、ひょっとしたら、この春に見た、ケヤキの葉に寄生する「ケヤキフシアブラムシ」 のためか。

葉が病気だから、「離層」が作られずに落葉しない?
とも、思ったりしたが、どうやら違うようである。

雪の上に落ちたケヤキの枯葉には、ケヤキフシアブラムシに寄生された痕跡が無い。
上の写真のように、落下した小枝の葉の付け根には、小さなケヤキの実が付いている。

そんな小枝がたくさん落ちている場所に、スズメやハトが群がっている。
誰か、この場所に、餌を撒いているのだろうか。

小鳥が群がっている場所の、落下したケヤキの小枝をよく見ると、写真のように、葉の付け根に実が付いていない。
もしかしたら、スズメやハトたちは、ケヤキの実を食べていたのかも知れない。
そう思って、小鳥の足跡が入り乱れている雪の上をよく見ると、砂粒のようなものが、ちらほら見える。

ケヤキの実だ。

やっぱり、スズメやハトは、雪の上に落ちたケヤキの実を食べていた。
白い雪の上に落ちたケヤキの黒っぽい実は、 小鳥にとって見つけやすい。

だから、小鳥たちに実を食べてもらうために、実の付いた枯葉は、雪が降るまで落葉しないのか。
なんてことは無い?。

ケヤキの実はケヤキ自身の子孫繁栄のためにあるのだから・・・。
と決めつけるのが、人間だけの発想?。

ケヤキの大木は、人間の感覚には無い、サービス精神の持ち主かも知れない。
人間の摂理と自然界の摂理が同一だとは限らないからね。






トラックの荷台の雪囲い効果

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今朝、12月に入ってから初めて、まとまった積雪があった。

この間作った、トラックの荷台の雪囲いの具合はどうかと覗いてみると、写真の通り。

この調子だと、降雪した後の、トラックの雪かきも楽に出来る。

トラックの「後あおり」を開けて、内部の様子を見ると、雪の侵入は無い。

雪が降っても落葉しないケヤキの枯葉

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去年、ケヤキの落葉のことを書いた時は気づかなかったが。

このケヤキ広場のケヤキには、早々と落葉してしまう木と、枯葉になっても、なかなか 落葉しない木がある。

ケヤキは雌雄同株だから、どの木にも実が出来るはずで、落葉する木としない木の違いを探すのは、素人の私には容易ではない。

そういえば、同じ平和公園内で、落葉しないモミジの木を去年見つけたのだった。

拡大内視鏡による大腸検査と検査後の腹痛

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予定通り、昨日、大腸の内視鏡検査を行った。

去年までの胃腸科医院は、検査に半日を要したが、今回は朝8時30分から午後5時までの一日仕事になった。

以下は、今回大腸内視鏡検査を受けることになった医院の検査スケジュール。

朝7時に自宅でプリンペランを2錠服用。
プリンペランとは、消化管のはたらきを良くする薬であるとか。

家の者にクルマで送られて、朝の8時30分に病院へ。

検査当日は、安全のため、クルマや自転車を運転しての来院は控えるように、というのが病院の方針であるらしい。

9時から個室で1.5リットルの経口腸管洗浄剤ムーベンを約2時間かけて服用。

検査当日の朝に、排便が無かったということで、ムーベンの中にラキソベロン内溶液0.75% を混入。

ラキソベロン内溶液0.75%とは、腸管内容物の排除のための薬。

広さにして6畳ぐらいの個室で、テレビを見ながらたんたんと、レモン風味の経口腸管洗浄剤1.5リットルを飲み干す。

ムーベンを飲んでいる途中や、飲み終わってから12時ぐらいまでに、 10回ほど排便。

便の状態は、泥状から淡黄色に変わり、回数を重ねるほどに透明になっていった。

排便するたびに、看護師さんに知らせ、便の状態をチェックしてもらう。

12時から検査室のベッドに横になって点滴を開始。

点滴の内容は、生理食塩液やらソルラクトD輸液やらドルミカム注射液やらフルマゼニル注射液やらブスコバン注20mgやら。

これらの点滴を、検査前、検査中、検査後に、「適物」を「適時」に使用したようだ。

生理食塩液は(細胞外の)体液補給のため。

ソルラクトD輸液とは、細胞外液の補給やエネルギーの補給のため。

ドルミカム注射液とは、鎮静作用をもたらす鎮静薬。

フルマゼニル注射液とは、鎮静の解除のための薬で検査終了後に用いるとか。

まるで、マッチポンプやね。

ブスコバン注20mgとは、消化管の筋肉のけいれんや過度の緊張による痛みを抑える薬。

検査開始までに、腹部の超音波検査と心電図。

これは安全のために行うのだという医師の話。

おそらく、ドルミカム注射液とかフルマゼニル注射液とかの薬を、安全に使用できるかどうかの検査かと思われる。

午後2時頃、腸の動きを抑える筋肉注射を右肩に。

そして、検査開始。

検査中、看護師さんが血圧をチェックするため、血圧計を右腕に巻きながらの検査。

検査…

雲の隙間の冬青空とショッピングセンターの賑わい

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写真は、まだ、雪雲が空を被う前の青空。

雲の隙間が広がって、冬の青空が顔を出している。

「冬」という言葉はいろいろな言葉と結びついて、歌謡曲の題名や、テレビドラマのタイトルになっていることが多い。

「冬のリビエラ」とか「冬のソナタ」とか。

小説の題名や、クラシック曲の題名にも採用されたり。

阿部知二の「冬の宿」とかシューベルトの「冬の旅」とか。

大腸内視鏡検査前日の検査食

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予約していた大腸内視鏡検査が明日(6日)に迫った。

今日は、与えられた検査食以外は、水分しか摂れない。

検査食とは、食物繊維含有量を少なくした大腸内視鏡検査のための食事のこと。

当然のことだが、 病院は違っても、検査食の内容は似たようなもの。

写真にある今回の検査食の費用は、980円。

この検査食の一日分の熱量は、1058kcalと箱に印刷されてあった。

検査食の支払いは、医療費とは別になっている。


検査食を食べながら水分を多めに摂って、大腸の中を空っぽにするイメージトレーニング。

夕食後に、プルセニドという名前の下剤を2錠服用。

プルセニドについて調べてみると、「プルセニド」 という呼び方は通称で、正式名称は「プルゼニド」なのだそうだ。

通称と正式名称にたいした違いはないようだけど。

どんな下剤かというと、「大腸を刺激してその運動を促し、飲食物からの水分の吸収を抑えて、自然な排便に近い効果を現す薬。」

そのプルセニド(通称)を服用したら、20分後に効果が現れた。

後は、静かに眠って、明日に備えるだけ。








私の大腸ポリープ体験記事のまとめページです。関心のある方は、こちらの閲覧もどうぞ。

自由奔放な娘と箱入り娘の、ドウダンツツジの雪囲い姿態

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近所の公園のドウダンツツジは、きれいに刈り込まれた上品な姿のものが多い。
まるで箱入り娘。

上の写真のドウダンツツジは 、それらとは対照的に、のびのびと生い茂っている。
自生しているような姿だ。
この公園では、ドウダンツツジはここだけ。

まるで、自由奔放な娘のように、鮮やかな色合いで成育している。
落葉広葉樹のドウダンツツジは低木で、樹高は3メートル程度 にしか育たないらしい。
写真のドウダンツツジは、精一杯おおらかに伸びた姿だと言える。

真っ赤に紅葉して、四方に枝を広げた様は、自由奔放な娘を連想させる。
と言うのも、この樹木は、大きさや高さをコントロールしたものを多く見かけるからだ。
枝が細かく分かれていて、葉が密生する性質なので、造形的に刈り込まれたものが多い。
そういう姿を歓迎する人々も多い。

そんな箱入り娘的な植栽と比べて、写真のドウダンツツジは自由奔放に伸びた艶やかな娘であると例えることができる。
この近所の公園では、ここでしか見られない少数派。




上の写真は、そんな娘達の冬支度の様子。
腰を荒縄でキュッと縛られただけの簡素な冬支度。
紅葉は枯れかかっているが、なんとなく艶っぽくて躍動感がある姿だ。
高い背が堂々としていて、自由奔放な娘の覚悟を思わせる。




一方、こちらの上の写真は、箱入り娘のドウダンツツジ。
別の公園の植栽。
板で箱囲いされて、お嬢様は冬支度中。
充分な雪囲いに固く守られて、ひっそりと静かな佇まい。

自由奔放な娘は、自身の方法で冬に立ち向かう。
箱入り娘は、箱の中で、厳しい冬を過ごす。

それぞれの公園での管理の仕方の違いで、ドウダンツツジの生き方が違ってくる。
そこが面白い。

冬枯れ池の蒲(ガマ)の穂とフランクフルトソーセージ

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平和公園の池の中に生えている蒲(ガマ)の穂が、すっかり枯れて、白い綿毛を出していた。

ガマの穂はちょっとフランクフルトソーセージに似ている。

糸状の白いカビの生えたフランクフルトソーセージ。

ガマは、北半球の温暖な地域に自生しているとあるが、ドイツのフランクフルトではどうだろうか。

ドイツのフランクフルトは、北緯50度にある。

大腸検査のための検便容器

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12月6日の大腸内視鏡検査のために、検便をしなければならない。

便潜血検査のための検便なら、内視鏡検査を受けるのだから二重手間になる、と思うのだが。

ネットで調べたら、便潜血検査による大腸がんの(発見)的中率は3%だという。

現在では、もっとも大腸がんの発見率が高いのは、大腸内視鏡による検査方法であるらしい。

では、なんのための検便なのだろう。

腸内細菌検査?


それは、今のところ素人の私には不明。

検便結果の通知があれば、何のための検便だったかが解るはず。


さて、検便と言えば、小学校や中学校で受けた、寄生虫卵発見のための検便を思い出す。

あのときの容器は、家庭に普通に置いてあるマッチ箱だった。

今でも、寄生虫卵発見のための検便容器は、箱状のものであるらしい。


上の写真は、検便容器の「キャップ」から便採取棒を抜いたもの。

この棒の先に螺旋状の溝があり、その溝の部分で便を採取すること、と使用説明書に書いてある。

この容器を2本渡されたから、どうやら「便潜血2回法検査」ということになる。

潜血は大腸ばかりではなく、胃に問題がある場合も発生するらしいので、検査を受けるに越したことはないのだろう。

なによりも、害の無い検査であるから。

「便潜血2回法検査」で注意しなければならないのは、異なる日の便を2回採取しなければならない、ということ。

同日、朝と晩の排便の採取では、ダメ。

私はうっかり屋の面倒くさがり屋だから、ろくに使用説明書を読みもせずに、同日朝晩のものを病院に持参して、やり直しを言い渡された。

写真の検便容器を、もう一本渡されたのだ。

この大腸検査のための検便容器は、便採取後キャップに差し込むと密封状態になり、とても衛生的に出来ている。

私の大腸ポリープ体験記事のまとめページです。関心のある方は、こちらの閲覧もどうぞ。

初冬の枯葉と、緑の草と、ホウレンソウのおひたし

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冬になって、公園の樹木はすっかり葉を落としたが、地面の草は、まだ緑色を保っている。
右の写真からは、枯葉の傍らに、シバとシロツメクサが確認できる。
シバはイネ科の多年草で、寒さに強い種類は、冬でも緑色をしている。
シロツメクサも多年草で、雪の積もらない地方では、年中緑色。
地方によっては、シロツメクサは、一年を通して見ることが出来る野草である。

リンゴ倉庫の歳末セールの看板

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12月に入ったと思ったら、もう、歳末セールの看板があがっている。
近所のリンゴ倉庫で、今年収穫されたリンゴの売り出しが始まったのだ。
倉庫の入口には、紅白の幕が張られていて、歳末セールの雰囲気が演出されている。
この赤と青の文字の歳末セールの看板は、どうやらこのリンゴ倉庫 の会社の手作りのようである。

トラック(ピックアップ)の荷台を雪囲いする方法

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冬になると、雪囲いが必要になるのは、庭木や窓ガラスだけではない。

トラックの荷台も、荷台の中に雪が積もらないように、雪囲いをしなければならない。

荷台に雪を載せて走ると、雪の重量のおかげで、トラックの燃費が悪くなる。

なによりも、積もった雪が邪魔で荷物が積めない。

サンシュユの花芽と赤い果実

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平和公園のサンシュユの花芽が膨らんでいる。

春になると、この公園で、 一番に開花する木だからか、まだ雪の降る前から、開花を待ち望んでいるみたいだ。

ぷくんとした花芽も可愛いが、赤い果実も可愛い。

下の写真では、サンシュユの花芽と果実が、まるで逆の方を見ているようだ。

お互いに、過去と未来に思いを馳せているのだろうか。

サンシュユは、秋に赤い実がなるので「アキサンゴ」と呼ばれ、春には黄色い花が咲くので「ハルコガネ」とも呼ばれている。

季節によって呼び名が違う。

アキサンゴの実とハルコガネの花芽が、この冬に、それぞれの季節を見つめているのだ。





このサンシュユの赤い実をジョウビタキという冬鳥が食べるらしいが、この渡り鳥をここでは見かけたことが無い。

ジョウビタキは、人間に対する警戒心がそれほど無くて、わずか3〜4メートルの近くまで降り立つこともあるという。

ネットの写真で見ると、雄はお腹の黄色い、愛らしい小鳥なので、平和公園のサンシュユの木のそばで、この冬にでも出会いたいものだ。

サンシュユの花芽と赤い果実。

花芽が春待ち顔であるなら、赤い果実はジョウビタキ待ち顔とでも言うのだろうか。


雪囲いされた気分の晩秋の空

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今日で11月も終わり。

明日からは、秋が退いて冬がやってくる。

公園の、雪囲いが済んだツツジの脇から雪囲いの板天井を眺める。

まるで、ツツジと一緒に雪囲いされた気分。

板材の質感のせいか、この中から見上げる空は、優しい光を放っている。

寒い朝、クルマのエンジンの掛かりが悪い原因(グロープラグ・予熱プラグの劣化)

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バッテリー交換 秋口に入ってから、朝の出勤時の、クルマのエンジンの掛かりが悪くなった。
ディーゼルエンジンの「与熱」を念入りにかけても、セルモーターの回転音がしばらく続いてから、やっと始動する有り様。
クルマの後を見ると、排気筒から白煙がモコモコ。
自宅から事務所まで7〜8キロ走って、駐車場にしばらくクルマを停め、後に用事で出かけるときなどには、エンジンは一発で始動。

納豆とネギの組み合わせが、なぜ良いのか

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一般に日本人は、粘り気のある食物を好むと言われている。

ご飯には、モチモチした食感のお米の方が美味しいとか。

価格の高い高級米 と言われている米(コシヒカリなど)は、柔らかくて、粘りのなかに甘みが潜んでいて、そういう食感に人気があるようだ。

ナメコ(キノコ)の粘り、ナガイモの粘り、昆布の粘り、山菜のミズ(ウワバミソウ)のトロリとした食感と、日本には粘り系で愛食されている食物が多い。

もっとも、食の好みは人それぞれだから、日本人だから粘り系を好むとは断定できないが。

粘り系食物の代表格は、納豆だ。

関西地方出身者は、納豆が苦手な方が多いと言われているが、現在では関西地方でも納豆の可食率は上がっているらしい。

 さて、いくら粘り気のある納豆が好きだからと言っても、やたらにネバネバしたものには閉口してしまう。

過度なネバネバを抑えて、好みの粘り気で納豆を愛食するために、色々な納豆の薬味が登場する。

たまごとか、青じそとか、からしとか、大根おろしとか。

私が最も好むのは、長ネギの刻み。

納豆にはこれしかないと思っている。


納豆にネギはなぜ合うのか。

もっとも、ネギには、納豆どころか、いろんな食材に合う「調味料」的なところがある。

ラーメンやそばつゆ、みそ汁に冷や奴と、ネギ無くしては、味が引き立たない料理が多い。

なかでも、納豆には欠かせない薬味だと、私は思っている。


(1)納豆のトロリとした粘りに、長ネギのピリッとした辛みが良く合っていて美味しい。

(2)長ネギのサクサクした歯触りが、納豆の過剰なネバネバを抑えてくれる。

(3)長ネギ自身の粘りが、納豆のネバネバと混ざり合って、食べやすい適度な粘り気を 実現している。

(4)長ネギの香りが、納豆の強い匂い(刺激臭)を和らげてくれる。

(5)納豆の茶系の色に、長ネギが、緑の色合いを添えて、見た目としても食欲が湧く色合いになっている。

以上5点が、私が思いついた、納豆にネギが合う理由。


また、ネギにはビタミンA、C、β-カロティンが含まれていて、栄養的にも納豆とベストマッチだとか。

体に良いものは美味しい。

だから、納豆とネギの組み合わせは、 私にとってベストマッチなのだ。

雪降る前の街の色彩

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美術展示場の駐車場に除雪ドーザが配置された。

真新しい除雪ドーザは、「何時でも来い」 と雪待ち顔に黄色く光っている。

その向こうの、隣接する公園を囲んでいる生け垣の、ドウダンツツジの赤が鮮やかだ。

除雪ドーザの黄色とドウダンツツジの紅葉の赤との対比が、何やら晩秋的で面白い。

アケボノスギ(メタセコイア)の冬芽と落葉と新しい言葉

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近所の公園のアケボノスギ(メタセコイア)の黄葉が散りつつある。

羽状に対生している葉の側枝の根元に、可愛らしい冬芽。

冬を前に散り滅びていくものと、果敢に冬を乗り越えていくものが混在している。

まるで、人の気持ちのようだ。

潔く何かを捨てながら、生きる力を蓄える。

平沢林道の隠れ家的風景

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今日の午後遅く、滝沢地区の 平沢林道を散歩。

平沢林道のある谷は、文字通り沢筋の谷が開けていて平地部分が広い。


仕事が詰まっていて、日曜日だが仕事。

そんな時の気分転換の散歩に、平沢林道は、私にとって最適。

クルマで20分ぐらいの距離だから、近いので来やすい。

蝉の死骸と駄菓子

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山形県の長井市というところで、木の幹に止まったまま死んでいるアブラゼミが見つかり話題になっている。
そういう記事を「YAHOO!ニュース」で読んだ。

「YAHOO!ニュース」が、山形新聞のウェブサイトにある「アブラゼミの記事」を転用。
その記事を要約すると。
長井市平山で造園業を営んでいる男性が、木の幹に止まったまま死んでいるアブラゼミを発見したとのこと。

山形新聞のウェブサイトの記事を読んだ多くのユーザーが、死んでいながらも風雨に耐えて、木の幹にしっかりとつかまっているセミの姿に感動。
その評判が、山形県内に広がったという。
とってもローカルな出来事。

その山形新聞のウェブサイトの記事を、「YAHOO! ニュース」 で取り上げたら、今度はネットで全国的に話題になっているようなのだ。

見つかったアブラゼミの写真がある「写真付きの記事」(山形新聞11月22日)のリンクにアクセスが集中して、山形新聞のウェブサイトの該当ページが、いっとき閲覧できなくなったという。

同時刻にアクセスが集中するほど、この記事が注目を集めたのだから、こういうのも「ネット用語」で言う「炎上」に当たるのだろう。

しかし、アブラゼミの死骸はそんなに珍しいものではない。
秋口に林の中で蟻に喰われかけたものをよく見かける。
それこそ、木の幹につかまったままの死骸も、私はときたま見かけている。

セミの脚の爪が樹皮にひっかかったままになって、それで死骸が落下しないのだ。

アブラゼミの死骸を話題にした人達は、そんなアブラゼミの姿に何を見たのだろう。
死んでもラッパを放さなかった兵士のことが話題になったのは、何時の時代だったか。

アブラゼミながらも、死んでも生きる姿勢を崩していないという姿に「生きることの意味」を感じて、多くの人達が勇気づけられているということなのだろうか。

一種の美談?

一方、この記事を読んだ私は、何を感じたか。
それは、駄菓子。

子どもの頃、拾ったセミの死骸を糸に結んで振り回しながら駄菓子をかじっていた。
なんというバカガキ。
その事を思い出して、アブラゼミの死骸から駄菓子を連想してしまった。

この連想は、「生きることの意味」からは、かけ離れたものだ。
駄菓子の「駄」は、「馬」と「太」という部分で出来ている。
太った馬は役に立たない。
でも駄馬は、荷役という労働で充分役に立っている。

そ…

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