2016/04/30

新雪が降った北八甲田「鳴沢台地」方面へスキーハイキング

導入部。


昨日、八甲田山一帯に雪が降った。
降雪量は10~15センチ。
黄砂で汚れかけていた山の残雪が、白く雪化粧。
山は、冬景色にもどったような有様に。
大型連休の始まりに雪が降ったことで、なにやら活気づいたような山の印象。

青森市内は、昨日も今日も寒い日。
寒い日の春スキーも良い。
ということで、今日は北八甲田「鳴沢台地(標高1232メートル)」を目指した。
青森市から、青森県道40号線(青森田代十和田線)を箒場岱方面に向かう。
大崩沢の橋を越えた左側に乗用車3台分ぐらいの駐車スペースがある。
そこにクルマを止めて身支度を整えた。


すっかり冬景色。


駐車地点の標高は685メートルぐらい。
鳴沢台地山頂までの標高差は約550メートル。
お手頃なスキーハイキングが楽しめそうなコースである。
鳴沢台地を県道40号線から見上げると、前岳の左手にちょこんとそびえている三角形の山に見える。
ところが、田茂萢岳(標高1324メートル)にある八甲田ロープウェイの山頂駅から八甲田温泉コースを滑るときに見える鳴沢台地は文字通り台地状に見える。
その緩い丘の頂点が鳴沢台地の山頂である。


アオモリトドマツがなかば樹氷化。


まずは、駐車地点からコンパス200度方向に進む。
赤倉岳山頂から田代方向に延びている東尾根を目指して登った。
登りは、やや急斜面とやや緩斜面の繰り返し。
これが面白い。
森は、木が混んでなくて、開けている。
森の景色も変化があっていい感じ。
なによりも、静かである。

歩きはじめからチラチラ降っていた雪が、ちょっと強く降ってきた。
空の様子も晴れそうに見えない。
そこで、今日は標高950メートル付近で引き返す。
春山の新雪散歩が楽しいスキーハイキングであった。

滑りはこの時期の新雪だけに、重くてやっかいなひっかかり雪。
斜滑降を繰り返しながら、安全第一で下りてきたしだい。

地形図を眺めながらルートを決めたコースなのだが、手頃で楽しめそうなコースに思える。
結果的に今日は、その偵察山行となった。

早めの下山だったので、深沢温泉でゆっくりできた。
帰り道の八甲田は、青空が大きく顔を出している。
天気は崩れなかったのだ。
まあ、こんな日もあるさ。


空はなかなか晴れない。

森が開けてきた。

木々の枝に着雪していて、とてもきれい。

到達最終地点。

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2016/04/29

地方都市の「小悪な居酒屋」

ネットで「最悪の居酒屋」とか「最悪な居酒屋」というキーワードで検索すると、いろいろ出てくる。
最悪の舞台は、東京近辺の大型居酒屋が多い。
ぼったくられたとか。
料理が酷かったとか。
アルバイト店員の接客が最悪とか。
入店して40分経っても店員がオーダーをとりにこないとか。
様々。

2016/04/27

濃霧のなかを滑降、北八甲田高田大岳

スタート地点
落枝が多い導入部。


下の行程図にある国道394号線の駐車ポイントからスタート。
スタート地点の標高は、778メートルぐらい。

まだ4月後半なのに残雪が浅い。
歩きはじめの雪の少なさは、この冬の降雪の少なさを物語っている。
ブナの木からの落枝が散乱して、そろそろこのコースもクローズかなという雰囲気。

森の中は静かで、スキー散歩が気持ちいい。
このコースは緩急がはっきりしている。

緩慢な日常から、険しい高みへと歩みを進める八甲田山スキー生活。
しかし、両者は同じこと。
緩慢に見える日常は、険しくて苦労が多かったり。

険しい急斜面は、意外とたいくつだったり。
てなことを頭に思い浮かべながら、恒例の高田大岳詣で
てなことでも頭に思い浮かべなければ、あの急斜面は登れない。

緩い傾斜地の森をゆっくり進むと、広場に出る。
いつもなら残雪をたっぷりと抱えた高田大岳が、前方に雄々しい姿を現すのだが、今日はガスのなか。
晴れた日は、この広場と、ここから見える高田大岳の景観が素晴らしいのだが。
北八甲田山のなかでは、かなりいい景観のひとつと言ってもいい。


本日の行程図(赤色点線:登り、水色線:滑降。行程線はブログ管理人の書き込み)。出典:国土地理院ホームページ。


広場を横切り、沢を渡って高田大岳の南東尾根に取りつく。
登りはだんだん急登になる。
濃いガスのために景色が楽しめないのが残念。
晴れていれば、登るほどに南八甲田の峰々の遠望が楽しめる斜面である。

山頂までは3時間半かかった。
残雪の終点から山頂までの高度差は約10メートル。
ハイマツを漕いで登山道を探し当て、ゆっくりと登頂。
山頂付近は青空だが、下界はガスの中。

祠の石積みの上にアイゼンが片方だけ置いてあった。
忘れたのか、祠への奉納か?
アイゼンをリュックに収納するときは、両方の刃を合わせて仕舞い込むのが一般的。
片方だけ仕舞い忘れるということは考えにくい。

謎のアイゼンを後にして山頂から下りる。
残雪終点でランチしながら霧が晴れるのを待ったが、一向に晴れそうにない。


前方に高田大岳の山麓が見え出した。山頂部にガスがかかっている。


雪の具合は、まあまあのザラメ。
濃霧の尾根から濃霧の沢へ滑り込む。
南八甲田山の展望を楽しみながらの急斜面滑降がいいのだが、霧中遊泳。

周囲の視界が開けてきた頃は、もうだいぶ下に降りていた。
ブナの森で落枝を避けながらボーゲンで下り、あっという間にゴール。
ついさっきまでの、山頂へ続く斜面の、長く急な登りの懐かしさが残るセンチメンタルコース。
一年に一度はここを滑らないと、今の自分を確認できない。
今日は濃霧だった高田大岳南東尾根。


ガスは濃くなったり、薄くなったり。

上方はガスに隠れて見えない。

残雪終点から登ってきた方を振り返る。

山頂方向。

山頂の祠は古くなって壊れかけている。

なぜか片方分のアイゼンが置いてある。

山頂部の上空は青空。

山頂部から尾根を滑降。

ガスが濃厚な沢へ。

ようやく下が見えてきた。

下がるほどに下方の見晴らしが広がる。

斜面上部のガスは晴れない。

山麓の広場から濃霧の高田大岳を振り返る。


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2016/04/26

青森市桜川通りの桜並木

桜川通りの桜並木。
春の大型連休も間近な今日、桜川通りを通ったら、桜並木の桜が満開だった。

2016/04/25

靴底がはがれたテレマークブーツを接着剤で修復

テレマークブーツ
15年近く使用しているテレマークブーツ。


昨日の雛岳スキーハイキングで、右用のテレマークブーツの靴底が剥がれかけているのに気がついた。
滑りには影響のない破損だったので、通常通りスキーを楽しむことができたが、これは放ってはおけない。
15年間ぐらい使っていて初めての破損。
経年劣化もなく、今までよく酷使に耐えていたものだ。

プラスチックスキーブーツが吸水劣化して突然破損するとか、経年劣化して突然破損するとかが騒がれたのは2000年ごろだったか。
そのころ、プラスチックスキーブーツの寿命の目安は5年だと言われたりしていた。

私のスキー靴はスカルパのテレマークスキー用プラスチックブーツ。
15年間ぐらい使っているが、靴にヒビやキレツは入っていない。
プラスチックってこんなに丈夫なものかと思うほどだ。

たしか15年前はT2と呼ばれていたもの。
その時代のスカルパのテレマークプラブーツは、T1が滑降重視で、T3が歩行重視。
私が購入したT2は、滑って良し歩いて良しの設定で作られたテレマークスキー用プラスチックブーツという触れ込みだった。

まさにその通りで、私のスキーハイキング生活を支えてくれている大切な道具。
あるいは、これが私の生活の姿かもしれない。
かすかな生活臭を放ちつつ、足によくなじんでいる。
こうまで長く使いこんで良いのだろうか・・・・・?と思いつつ修理作業を進める。
古いテレマークブーツを直す古いテレマーカー。
こんなに古くて良いのだろうか・・・・・?と思いつつ修理作業を進める。
それを家の者が傍らでながめつつ、「普通は新しいものを買うんじゃない?」とつぶやく。
「普通じゃ面白くないんだよ」とうそぶく古い人間。

これは道具へのこだわりだろうか、愛着だろうか。
それとも単なるケチなのか。
混沌としたなかで修理作業がスタートする。


靴底がパックリ口を開けたテレマークブーツ。


破損とはいっても、製造当時の接着剤の劣化によって接合部が剥がれた程度。
割れたとか裂けたとかではない。
これくらいの破損なら私でも修復可能である。
接着剤の扱いは、仕事で慣れているから、楽勝気分。

まず、破損部分の延長で、接合が弱くなっている部分をあらかじめ剥いでおく。
次に、クリーナーで接合部分をきれいにする。
これがもっとも大切な作業。
泥や埃、油分などをきれいに除去しなければ良好な接着力は得られない。
もちろん古い接着剤の残りカスも取り除かなければならない。
3Mの「クリーナー30」で油汚れや接着剤の残りカスを拭き取る。

次に、紙やすりを丹念にかけて、接合部分に残っている古い接着剤のカスをこすり落とす。
紙やすりは、最初180番の粗い目で研ぎ、仕上げは320番の細かい目のものを使った。
紙やすりで接合部分に細かい傷をつけることは、より強度な接着力を得るために必要なことであると思う。
そのあとコートロン(帯電防止剤)で、紙やすりをかけたことによって生じた汚れを拭き取った。
コートロンは、硬質塩化ビニールのホコリの付着性を解消して、表面をクリアな状態に保ってくれる。


のり落としクリーナーで古くなった接着剤を落とす。


接着剤はセメダイン社の「スーパーXクリア」を採用。
靴底の合成ゴムとプラスチックの接着に対応しているので、「スーパーXクリア」を選んだ。
この接着剤は仕事で使用しているものなので、その強度には信頼をおいている。

接着面両面に接着剤を塗り、ヘラで接着面全面に薄く延ばす。
そのまま、しばらく放置する。
塗った接着剤がべたつかなくなり、触れてみて両面テープの糊のような状態になったら、接合部を貼り合わせ、しっかりと固定する。

私は、一番下の写真のように、ポリヒモで靴をグルグル巻きにして固定。
まるでミイラ男。
これから24時間後に完全接着になるはず。

さて、うまく修復できたかどうか。
それは今後のお楽しみ、である。


紙やすりで古い接着剤の残りカスをそぎ落とす。

クリーナーと接着剤。

320番の紙やすり。

接着面両面に接着剤を塗って、しばらくそのままに。

接着剤が完全に硬化するまで、24時間ヒモで縛っておく。

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2016/04/24

緩い斜面を登って急斜面を滑る北八甲田雛岳

先週雨模様のために途中で引き返した雛岳に再挑戦。
今日は、終日降水確率0パーセントの青天を約束された日。
時間に余裕があるので、駒込川の沢に沿った緩斜面をゆっくりと登った。
どこまでも続くブナの森に、ちょっと息苦しくなったころ、ブナの森が途切れて白い大斜面があらわれる。
天空が開けて、解放感に心が躍る。

2016/04/23

こんなところにカツラの幼木が

カツラの苗木。
家の西側の、砂利敷きの狭い通路に、カツラの幼木が育っていた。
幼木は1メートルぐらいの高さになっているから、去年発芽したものかもしれない。
家の者がほとんど通らない場所なので、今まで気がつかなかったのだ。

家から北西の方角に公園があって、その中ほどにカツラ並木がある。
家とカツラ並木との離れは100メートルぐらい。

2016/04/22

青森市で桜が満開

青森市内で桜が満開。
愛犬の散歩の道すがら、あちこちで桜の花を見物した。
公園から公園へ桜を見て回る。
刻々と変化する桜の花の様子。
今このときだけの「さくらまつり」。

2016/04/19

桜の花が咲き始めて、公園での散歩が彩りゆたかに

蕾
公園の桜の花が咲き始めている。
春がきて、あたたかくなって桜が咲く。
決して画期的な出来事ではないが、なにか新時代がやってくるような。
そんな気分にさせる桜の開花。

2016/04/17

曇天だが明るかった北八甲田「雛岳(ひなだけ)」をスキーハイキング

ブナの森。
導入部。


お天気は昼前から雨という予報。
外れることを願って雛岳(標高1240メートル)へ。
曇り空のなか、青森市内から北八甲田の各山頂が見えていた。
曇ってはいるが山は明るい。
天気は、午前中はもつだろうと期待。

萱野高原手前の岩木山展望所からは、岩木山の山頂もきれいに見えている。
7時50分に、登山口と予定していた箒場の「除雪ステーション(標高600メートル)」に到着。

平坦なブナの森をゆっくりと進む。
上空を見上げると、うす雲を通して太陽が弱い光を放っている。
予想していたよりも、明るくてよい天気。
曇り空ながら空が明るいと天候に対する不安が薄れる。
風もそんなに強くない。


行程図
本日の行程図(赤色点線:登り、水色線:滑降。行程線はブログ管理人の書き込み)。出典:国土地理院ホームページ。


おだやかなブナの森は、強風にあおられると落枝が発生する危険地帯に変わる。
今日は強風注意報も出ていたのだが、風の音は聞こえない。
「除雪ステーション」のログハウスの裏で、コンパスを245度に合わせた。
この方角にある尾根は、登るのも滑るのも初めて。

平坦だったブナの森が徐々に斜度をあげる。
雪は、黒っぽいザラメ雪と、斜面にまだらに残っている白い新雪。
尾根は、標高900メートルあたりから急傾斜に。
でも、田代高原の「茶屋」裏の北東尾根に比べたら、まだ緩いほうだろう。
標高1000メートルまで登っても、アオモリトドマツの姿はない。
1100メートルぐらいまでブナの純林が続いている。
その上は、ダケカンバの疎林と白い大斜面。
ここは八甲田山でアオモリトドマツの森が無い唯一の場所かもしれない。
そこがこのエリアの見どころ。


高度を上げると東南方向に十和田三山が見えた。


ゆっくり登って、11時頃に標高1150メートル地点に到着。
ブナの森が途切れて、白い斜面が広がっている。
天上のスキー散歩という感じで、開放的で気分が良い。

頂上は間近だが天候が気になる。
登り始めたころよりも、空が暗くなって風も出てきた。
やはり、予報通り昼前から雨か。

ダケカンバの木陰で、行動食を摂りながらゆっくり休憩。
風は山の麓よりも強いが、寒くはなかった。
雨が落ちる前にスキー滑降を楽しみたかったので、ここでスキーシールを外す。

まずは大斜面で快適なターンを決める。
雪はやや湿り気を含んだザラメ雪だが、もたついてはいない。
白い新雪部分も「板つかみ」になっていない。

大斜面からブナの森へ突入。
まだ落枝が少ないので、心地よいツリーランが楽しめた。
去年の雛岳の春スキーは落枝が散乱していて快適ではなかった。

急斜面を過ぎたあたりで雨が落ち始める。
山頂に行かずに下りを決めたのは良い判断だった。
おかげで土砂降りにあわずに済んだ。

雨はだんだんひどくなって、クルマに乗って帰る頃には本降り。
自動車道路から眺めると、雛岳や赤倉岳の山頂に雲がかかり始めている。

今季の冬は降雪が少なかったので、残雪も相当減っているだろうと思っていたが、それほどでもなかった。
この分だと、5月の連休もそれなりに春スキーが楽しめるだけの雪が残っていそうである。
だが、南からの温風が吹き続けば、その夢も消える・・・・・。

今日は、低気圧がはりだしていたにもかかわらず、明るい曇り空の下で雛岳のスキーハイキングを楽しむことができた。
九州地方、熊本県や大分県では巨大地震の被害が続いている。
大事な生命も瞬時に奪われている。

被災地の苦労を思い浮かべつつ、一心に山を登った。
無事な人は、できることをする。
こういう大災害が発生すると、楽しみを自粛する方もいらっしゃるが。
私は、一瞬一瞬をそれなりに精一杯生きればいいのだと思う。
そうすることが、それぞれ、自身の生命を未来につないでいく方法である。


南八甲田連峰の赤倉岳(中央)と乗鞍岳(右端)。


標高1150メートル付近、適度な斜度の東南斜面。

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2016/04/16

5枚の桜の蕾の写真

桜の蕾。
桜の蕾が膨らんでいる。
開花に向けての準備が、急速に進められているようだ。
濃いめのピンクの蕾と、黒っぽい幹がよく似合う。
黒っぽいザラザラとした肌から、やわらかい花芽が膨らむ。

2016/04/15

未来か現在か、前向きか後ろ向きか

将来のことを気にする人は多い。
私も、将来のことについては、いろいろ考えることが少なく無い。
その一方で私は、今のこの瞬間を、それなりに生きれば良いとも思っている。
そうして生きていれば、それが未来(将来)につながる。

そういう未来からしか、現在(今)を考えられない。
現在できることを精一杯行う。
そのことによって出現する未来。
その未来によって決定された現在を生きる。

極端な話、人はいつか死ぬ。
そういう将来から決定された現在というものがある。
命があるうちは、将来のことなど気にせずに、現在を生きなければならない。

2016/04/13

夢の時間は騒然と流れていく、井上陽水「東へ西へ」

東奔西走。
井上陽水の「東へ西へ」を聴いていたら、「東奔西走」という四字熟語が頭に浮かんだ。
だが、「東へ西へ」は、仕事や用事のためにあちこち忙しく走り回るという歌ではない。
恋人と駅で待ち合わせて花見へ行くという歌なのだ。
その花見会場に着くまでの断片的な出来事。
花見会場に着いてからの断片的な出来事。
そんないくつかの出来事が、くっついて「物語」となっている。

この「物語」は、東奔西走ではなく、一路「主人公」が花見に行くという設定。
しかし、そのドタバタした慌ただしい様子が「東奔西走」という雰囲気を漂わせている。
「東へ西へ」という曲のタイトルが、「東奔西走」という四字熟語へと誘導する。
「主人公」は睡眠不足の頭を慌ただしく東奔西走させながら、一路花見に向かう。

私達は、この意味的なつながりの無い、断片の寄せ集めのような歌を、どう聴けば良いのだろう。
たとえば「津軽海峡冬景色」を聴くみたいに、物語の筋を追いながら、「ああ」と感動すれば良いのだろうか。
おそらく、そんな聴き方はできない。
なぜなら「東へ西へ」の物語は、「夢」の再現であるからだ。
この物語が、意味のある現実ではないことは言うまでもない。

そのように、「東へ西へ」は、詩に写された不思議な映像を空想させる歌である。
一般に、映像記憶は、大脳の視覚皮質に記憶として蓄積されるといわれている。
とすれば、「東へ西へ」は、聴く歌ではなく、大脳の視覚皮質で感じる歌なのではあるまいか。
私達は、井上陽水によって手渡された花見の万華鏡を覗き込む。


昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういう訳だ
満月 空に満月 明日はいとしいあの娘に逢える
目覚まし時計は母親みたいで心がかよわず
たよりの自分は睡眠不足で だから
ガンバレみんなガンバレ月が流れて東へ西へ

電車は今日もスシヅメのびる線路が拍車をかける
満員 いつも満員 床にたおれた老婆が笑う
お情無用のお祭り電車に呼吸も止められ
身動き出来ずに夢見る旅路へ だから
ガンバレみんなガンバレ夢の電車は東へ西へ

花見の駅で待ってる君にやっとの思いで逢えた
満開 花は満開 君はうれしさあまって気がふれる
空ではカラスも敗けないくらいによろこんでいるよ
とまどう僕にはなんにも出来ない だから
ガンバレみんなガンバレ黒いカラスは東へ西へ

ガンバレみんなガンバレ月は流れて東へ西へ
ガンバレみんなガンバレ夢の電車は東へ西へ
ガンバレみんなガンバレ黒いカラスは東へ西へ


「夢」のストーリーを繋げているものは、「ガンバレ」に象徴される「騒然さ」である。
その「騒然さ」は、「満月」「目覚まし時計」「満員」「お祭り電車」「花見」「満開」「カラス」というキーワードでエスカレートする。
リズミカルで陽気な曲調が「騒然さ」を囃し立てる。

私達は、人混みでごったがえした花見の「夢」を見て、その「夢」のなかでミステリアスな出来事に遭遇する。
満員電車の床に倒れた老婆が笑ったり。
お祭り電車に呼吸を止められたり。
満開の花にうれしくなって気がふれたり。
空でカラスがよろこんだり。

私達の記憶は、そんな風景にかすかな見覚えがあると反応する。
お化け屋敷の中を通りながら、かすかな既視感を抱くように。
桜の花に幻想性を感じるように。
そうして、「東へ西へ」の楽しい「花見の夢」のなかへと誘い込まれるのだ。

花見の時期は、なにかと忙しい。
その忙しさの中で、新しい生活が始まる。
慌ただしく断片的な生活を繋いで、この時期を過ごす。
「ガンバレみんなガンバレ」は、そんな慌ただしい実生活への応援歌でもあるようだ。
「夢」は現実を含んではじめて「夢」となる。
慌ただしい「夢」の物語が、慌ただしい現実に流れ込む。
「ガンバレみんなガンバレ」は、みんなこの「夢」で連帯しようというふうにも聞こえる。

「色文字部分」:井上陽水作詞「東へ西へ」より引用。)】

2016/04/12

想い出のあとさき、井上陽水の「少年時代」

井上陽水の歌に、独特のムーブメントを感じる。
そういうファンが少なくないのではと思う。
そのムーブメントは、詩の言葉の躍動感である。
それが、世の中の動きや流れにうまく乗って、多くのファンを獲得している。
その軽快で陽気なメロディと独特の歌声で。

「政治」の言葉で時代を表現しなかった井上陽水。
彼は、独自のムーブメントで「政治的な時代」に迫ろうとしたのではあるまいか。

2016/04/10

南八甲田逆川岳(さかさがわだけ)山麓をスキー散歩

九重の滝。
晴れマークの今日は、南八甲田逆川岳の山麓をスキー散歩。

この山域は、逆川岳山頂(標高1183.6メートル)と横岳山頂(標高1339.6メートル)を結ぶ東西の長い稜線が特徴的である。
その横岳寄りの稜線から北方向の七沢に下っている大きな尾根筋がある。
そこを横岳山頂からのスキー滑降コースに出来ないものかと七沢に沿って歩いてみた。
七沢と、七沢に流れ込む大きな枝沢の合流点が尾根の終点。
そこまでのんびり歩いた。

想定したスキーコースは、実際に見た感じではあまり芳しくない。
木が混んでいる。
尾根終点の、V字状になっている沢を越えるのが難関。
二万五千分の一の地形図では、良さそうなのだが、現場を見ると、あまり快適ではなさそうである。
去年の横岳山行で見かけ、気になっていた「尾根コース」だったが、あれは幻だったのか・・・・・。

2016/04/06

探し物を探している夢、井上陽水「夢の中へ」

白い岩

探し物をしている夢を、たまに見る。

たいていは、自分が小学生だった頃が、夢に現れる。
教科書を探したり、消しゴムを探したり、ズックの上履きを探したり。

あるいは小学生らしく、なんとなく不確かな儚いものを探したり。
あるかないかわからないものに夢中になったり。

探し物は、とんでもない場所で見つかったりする。
まったく見つからないときもある。
夢の中で探し物をしている自分は、いつも小学生なのである。

しかし、夕べ見た探し物の夢はちょっと違っていた。
現在の自分が、探し物をしている夢なのだ。
しかも、探し物が何であるか分からない。
わからない探し物を、探している夢。

2016/04/05

なぜ散歩が流行っているのか

愛犬

散歩ブームが続いている。
それは、テレビの「散歩番組」の影響もあるのでは、と私は感じている。
たとえば、NHKの「お散歩系テレビ番組」では、笑福亭鶴瓶の「家族に乾杯」や、タモリの「ブラタモリ」。
「お散歩系テレビ番組」の走りと言われているテレビ朝日の地井武男出演「ちい散歩」。

「お散歩系テレビ番組」の存在
これらの番組は、日本の各地方を回り、人々の日々の暮らしを話題にしている。
地方の人々と、その普段着の暮らしぶりが番組で紹介される。
それが、その地方では日常のことなのに、テレビを見る人は新鮮な感じを覚える。
また、登場人物も、その地方の生活者で、いろいろと楽しい話を聞かせてくれる。
そこが番組の「売り」となっている。

2016/04/04

散歩とは何か

愛犬
【愛犬と山の公園を散歩。】


散歩とは何かについて考えてみる。

たとえば私が愛犬と散歩に出る。
家の近所の公園から公園へ、30分から50分ぐらいかけて歩く。
はたしてこれは、私の散歩にもなっているのであろうか?

愛犬の散歩コースには、交通量の多い道路や、小学生の通学路がある。
愛犬は、わがままな大型犬なので、リードを握っている身としてはけっこう気をつかう。
他人の家の玄関先でオシッコをしないようにしたり。
ウンチの始末をしたり、大きな口からはみ出た涎を拭いてあげたり。
他の散歩している犬とのトラブルを避けたり。

こうしてみると。
愛犬の散歩は、私にとっては仕事となっている。
仕事で歩いているのを散歩とは言い難い。

散歩とは何か。
辞書で調べてみると、「気分転換や健康のための運動としてブラブラ歩くこと」というような意味合いのことが記されてある。
とすれば、散歩には目的があって、それは「気分転換」であったり「健康維持」であったりするのだろう。
そして、散歩の最低の条件は「歩く」ことである。

自宅のバルコニーで揺り椅子に座って、双眼鏡で遠くの景色を眺める。
これは気分転換にはなるが、歩くという動作が加わらないので散歩とは言えない。

愛犬の散歩は、仕事となってはいるが、「気分転換」や「健康のための運動」にもなっている。
歩く動作もしっかりと加わっている。

営業マンが次の目的地までオフィス街を歩いて移動する。
通り道に小公園があって、そこの桜が満開状態。
急ぎ足の営業マンは、その風景に心を癒される。
歩く速度がゆっくりとなり、気が晴れたような気分になる。
ストレスがほんの少し軽減する。
こんな情況は、とても「散歩」的なのではあるまいか。

とすれば、散歩とは目的をもった行動なのではなくて、行動の結果としてたまたま成立するものなのではと思えてくる。
「気分転換や健康のための運動」という目的を持っていても、それが必ずそうなるとは限らない。
もちろん、目的が達成されることも多いのだが。


愛犬
【愛犬は、散歩が大好き。】



なかには、小公園の桜などには見向きもせずに、一心に次の目的地に向かって突進する営業マンもいることだろう。
実際、そういう方が多いかもしれない。
仕事に集中していればしているほどそうなるのかもしれない。

では、小公園の桜に目をとめた営業マンは、仕事に集中していないのだろうか。
程よいリラックスは、集中力を高める効果がある。
彼は、桜で心を和ませたことによって、集中する力をアップしたとも言える。

小公園の桜を眺める営業マンと見向きもしない営業マン。
この違いは何だろう。

私は、散歩好きかそうでないかの違いだと思う。
散歩好きなタイプの人間はリラックスするのが上手なのである。
そして、仕事中でも、歩くことを「散歩」に変えてしまう。

散歩とは何か。
それは、周囲の出来事に心を動かしながら歩くことを好む人が、そうして歩いて気持ち良くなること。
と私は思う。

だから、愛犬の散歩も、充分私の散歩になっている。