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春のカツラの花芽

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近所の公園で、カツラの木の赤い花芽を見つけた。 カツラの木は、雌雄異株。

上の写真のように、雌木には果実の殻である果殻が越冬して春まで残っている。
果殻の無い、下の写真の雄木の花芽の方が芽がほころびかけて、今にも花が咲きそうだ。

果殻の付いた雌木の花芽は、まだ硬い。
でも、先に咲くのは雌木の花。

Bloggerで写真をクリックしたときの不具合について

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このブログは、GoogleのBloggerという無料ブログサービスを利用している。     
そのBloggerで、今年の3月の中頃から、ブログ中の写真をクリックすると、大きな(原寸?)写真だけのURLへ、ページが移動してしまうという「不具合」が発生中だ。
試しに、上のワンちゃんの写真をクリックしてみると、このページがhttp://3.bp.blogspot.com/-alOaoQBfxkc/UVaUHBT_6-I/AAAAAAAAIZI/g6JYOePVlkg/s1600/inuwarau.JPGというURLのページに移動して、笑い顔のワンちゃんの大きい写真だけがあらわれるはず。
でも、これを「不具合」と呼ぶのは正確ではないかも知れない。
2011年頃までは、Blogger上の写真をクリックすると、今の「不具合」のように、写真ページへ移動していたからだ。
それから、「LightBox」という機能がBloggerに加わるようになった。
「LightBox」とは、ブログの写真(画像)をクリックすると、ページの移動無しに、ページ全体が暗転して中央に写真(画像)が表示される仕組みだ。
ページが暗転した状態で、写真をクリックすると、ページ上の次の写真がスライドショーみたいな展開を見せたりして、なかなか「見せる」機能だったのだが。
やはり、定着していた便利な新機能が働かなくなったのは「不具合」と言って良いだろう。

この「不具合」に対する対処方法が、「クリボウのBlogger Tips」に記載されている。

気になる方は、「Blogger で写真をクリックしたときに LightBox が動かない不具合が発生中」というタイトルを検索してみると良いかも。
クリボウさんの「クリボウのBlogger Tips」というサイトは、Bloggerのブログを運営する上で役に立つ記事がたくさんあり、私は多いに助かっている。
そのサイトによると、使っているテンプレートのHTMLの編集で、特定のコードを、ある位置に貼付けると「LightBox」の機能が回復するということなのだ。
全てのブログで「LightBox」の機能が回復する訳では無いらしい。

しかし、Googleのことだから、Bloggerのサービスで「LightBox」の機能を復活させてくれるのでは、と期待している。
それまで気長に待つこと…

桜の花の輪郭切抜き写真(ダウンロードフリー)

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東京の桜は、ここ2〜3日でほぼ満開状態だというニュースが流れている。
東京地方のあちこちでは、花の宴が「たけなわ」らしい。
桜前線の北上に伴って、花の宴も北上する。
一斉に咲き一斉に散る桜の花。
その花に集う酔客達は、刹那の祝宴に身を捧げようとしている感がある。
日本の、桜の花の宴会の歴史が、刹那の祝宴を盛り上げているようだ。

マレット指のリハビリ

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怪我の後遺症 私のマレット指の、その後の経過を辿るためには、きたない指の写真をあえて掲載しなければならない。
マレット指は小さな怪我ではあるが、断裂した腱がくっついた後も、怪我の「後遺症」が日常生活についてまわる。 そういうささやかな不便さが、ささやかな奇形となって指に残る。
指の機能障害 若干の指の曲がりが残るという、小さな機能障害が普段の生活に付いてまわる。 担当の医師は、「指が元通りに伸びなくても、たいした不便はないからね」とおっしゃったが、「わずかな不便」の存在感は意外と大きい。 手や指は生活の動作のなかで、始終使うものだから、「わずかな不便」でも目立って気になるものだ。 上の写真は、左手の指を揃えて伸ばしたところのもの。 中指の「背曲がり」状態がよくわかる。 この程度の曲がりでも、いろんなものに引っ掛かるから気を付けなくてはいけない。
指の屈伸運動 昨日から指のテーピングを外して、指の屈伸運動を始めたのだが、中指の第一関節の辺りが腫れてきた。 左手を握ったり指先を伸ばしたりする屈伸運動は、リハビリとして医師にすすめられたわけでは無い。 私が勝手にマレット指のリハビリとして試みているに過ぎない。 なんとなく指の屈伸運動が効きそうな気がして、その効果を自身で実験している。 初っ端から熱が入り過ぎて、患部が内出血をおこしたようだ。 腱を伸ばしたり縮めたりしたら内出血が生じるぐらいだから、まだ完治とは言えない。 マレット指のリハビリは、小さな運動を焦らず気長に続けるのが良さそうである。




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夏椿の冬芽と果殻(かかく)

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犬の散歩途中の公園でナツツバキの冬芽を見つけたので、カメラでマクロ撮影を試みたがピンボケになってしまった。

冬芽のそばには、ナツツバキの果実の殻である果殻(かかく)が越冬して残っていた。
初夏に白い花が咲き、秋には葉の紅葉が鮮やかなナツツバキだが、その果実はまだ目撃していない。

ナツツバキの花や葉は、冬に花を咲かせるツバキほど分厚くはない。
常緑樹のツバキの葉は厚くてツヤが目立つが、ナツツバキの葉にはツヤがほとんど無い。
球形のツバキの実からは、有名なツバキ油が採れるらしいが、ナツツバキの実からも油のようなものが出るのかどうか・・・・。
手持ちの図鑑には、その記載が無い。
同じツバキ科の樹木なので、共通な要素がありそうだがと思ってネットで調べたら、中国ではその種を酒に浸して薬用酒をつくっているとか。
これも判然としない。
ツバキの影に隠れてあまり存在感の無い木なのかなと思ったが、庭木としての人気は高いらしい。

比較するのがいけないのだ。

ツバキもナツツバキも、人間の都合で同じ仲間に分類されているが、違う存在だぞと自己主張している。

ナツツバキの特徴ある樹皮も、その一端だ。

樹皮が剥げ落ちて、下の写真のような模様になっている。

だがこれも、幹の外観がサルスベリに似ているので、ナツツバキをサルスベリと呼ぶ地方もあるとか。

植物には色鮮やかで目立つものがある。

私たちはそれらにだけ目を向けてしまいがちだ。

他は意識的に注目しなければ見落としてしまうものが多い。

植物自身は、しっかりとそれなりに自己主張しているのだが、それが人間には届かない。

人の目は、目立つものを追いかけてばかりである。

年老いてから、人々は、自身がいろいろな事物を見過ごしてきたことに気付く。

身近な植物に、こまごまと目をやるようになるのは、それらに対する罪滅ぼしかも知れない。




春の八甲田スキー場

八甲田ロープウェイの無料券が4回分あったので、それを消化するために知り合いと一緒に八甲田スキー場へ。

カメラを忘れたので、写真は無し。

天候は曇りだが、まあまあの空模様。

昨夜は、降雪が無かったのか、リフトのスキー場はアイスバーンでガリガリの状態。

ロープウェイのコースも、上部はガリガリのアイスバーンだった。

お気軽な春のザラメ雪にはまだ程遠い。

八甲田ロープウェイの山頂駅がある田茂萢岳の標高は1,324メートルあると言われている。

標高1,000前後から山頂まで、樹氷で有名なアオモリトドマツの森になっているのだが、そのアオモリトドマツ帯のアイスバーンが厳しかった。

そのアイスバーンの上をガンガン飛ばしている強者のアルペンスキーヤーもいらっしゃったが、軟弱テレマーカーである私は怖々滑り。

アオモリトドマツ帯を過ぎて、ブナ帯に入るとコースの傾斜も緩くなり、アイスバーンもさほど気にならなくなる。

コースに沿ったブナの林間を滑ってみたが、やや重めのパウダーだった。

やや重めではあったが、この時期の折紙山よりは、はるかに良い雪質。

おまけに、ブナの林間は空いていて滑りやすい。

さすが八甲田。

だが、ゆっくり歩いて散策するには、私にとって八甲田は茫漠として広すぎる。

折紙山は尾根筋がはっきりしていて解りやすい。

折紙山は、歩いたルートごとに雰囲気が違うから、スキーで歩いていて楽しいのだ。

折紙山は、いろんな登山ルートが組めるから、興味深い。

もちろん八甲田も残雪期はいろんな登山ルートが組める。

北八甲田の雛岳や高田大岳の山麓、南八甲田も歩いていて楽しい。

しかし、いくら春の残雪期と言っても、八甲田には高山としての厳しさがある。

人間の思考や行動を阻む冷徹さを、垣間見せる時がある。

折紙山周辺は、昔は炭焼きが盛んなところであったらしく、方々に炭焼釜の跡がある。

特に大毛無山方面の平沢沿いに炭焼釜の跡が多くある。

折紙山周辺は、人の生活に密着した歴史を持っている山なのだと思う。

高山としての八甲田も魅力だが、いにしえの生活感が感じられる折紙山も魅力的だ。

山歩きの好奇心の尽きない場所である。

折紙山の尾根を歩いていて、妙に懐かしい気持ちが湧いてくるのはどうしてなのか。

遠い先祖が、山で炭を焼いていたからかも。

山を歩く事で、無意識に、そういう系譜を辿り歩いているのかもしれないな…

新しいスキールートを求めて上折紙沢源頭へ

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上天気の今日は、上折紙沢源頭部への偵察山行。

8時40分頃、野内川の橋を通過。
橋を渡って、野内川川原の雪原を歩いていたら、東北新幹線点検坑道入口付近に、入山ルートに良さそうな緩い傾斜を見つけたので、本日の登山ルートはここを始点にしようと決めた。
このルートの特徴は、遠くからだと緩く見えた傾斜が、登ってみると、とんでもない急斜面だったこと。

昔流行った「カタカナコトバ」ルサンチマン

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「ルサンチマン」という日本の「お笑いコンビ(漫才師)」がいるのを、つい最近知った。
つい最近知った程度であるから、私は「ルサンチマン」というお笑いコンビを、見たことも聞いたことも無い。

「ルサンチマン」という、その芸名の由来についても、全く知らない。
知っているのは、「ルサンチマン」という言葉は昔流行った言葉ではないかしら、ということ。
そして、当の私にも、よく意味を理解しないまま、その哲学用語っぽい「発音の響き」に新鮮味を感じて機会があればしゃべっていたような記憶がある。

春の桜の冬芽

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この時期の晴れた日の公園は、まだ残雪が積もっているものの、それなりに春の陽気に包まれている。
平和公園にあるソメイヨシノの木の冬芽の写真を撮ってみた。
ソメイヨシノの冬芽の特徴は、白い毛が生えていること。
下の拡大写真を見ると、よく解る。
赤茶色の冬芽の鱗(鱗芽)に、産毛のような白い毛が付いている。
これは、ほかの桜の冬芽には見られない、ソメイヨシノだけの特性らしい。
桜の冬芽には花芽(かが)と葉芽(ようが)の区別があるらしい。

その違いは、外観を眺めただけでは解らない。
花芽とは冬芽の中に花が入っているもの。
葉芽とは冬芽の中に葉が入っているもの。
椿の冬芽などは、花芽と葉芽の違いが解りやすい。
椿の花芽はふっくらと大きく太っていて、葉芽は細く痩せている。
下の写真の桜の冬芽を見ていると、ほとんどが花芽に見える。
みな、ふっくらと膨らんでいるからだ。
ソメイヨシノは、葉よりも花のほうが先に出るので、開花した時点でまだ残っている冬芽が葉芽ということになるのだろう。

ソメイヨシノの花芽と葉芽を見分ける方法は、私には、いまのところ、これしか無い。
ヤマザクラや、「岩木山ネックレスロード」と呼ばれている岩木山の裾野を一周する道路の並木で有名なオオヤマザクラなどは、花と葉が同時に出るから、開花以前の花芽と葉芽の識別が難しい。
冬芽をナイフでカットして断面を見れば解るかも知れないが、それは無益な殺生ということになる。

これも、ひとつの判別の方法になるのだろうが、せっかくのかわいい冬芽がだいなしになる。

春になって桜の冬芽の膨らみも、厳冬期から比べるとちょっと増したような気がする。
桜の花が開くのも、もうすぐだ。

雪は、あっという間に積もって、あっという間に消えていく。

厳しい冬の寒さと、大雪に耐えた身には、気温が上がってどんどん消えていく雪の姿を見るのは、ちょっと寂しい気がする。
春の桜の冬芽は、冬と春の間にあって、それを眺める人々に様々な感傷を思い起こさせる。


夢の中の白い犬

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ごそごそという音で目が覚めた。 部屋の中は、まだ暗い。

ベッドの脇で、大きな白い犬が寝室のドアの方へ去ろうとしていた。

「おい、どこへ行く?」
私は、白い犬に話しかけた。
白い犬は、身体の向きを変えずに首を回して私の方をじっと見た。
暗い部屋のなかでも、犬の大きな黒い瞳がはっきりとよく見えた。

そうして私は眠りから覚めた。
だが、この夢の中の白い犬の出現で、夢の中へ目覚めたのかも知れない。

またしても部屋を出て行こうとする犬を呼び止めると、犬はまた、首だけを回して振り返り、何か物言いたげに私を見つめた。
動物の多くは、何か物言いたげな目で、人間をじっと見るときがある。

そういう目で、白い犬が私を見つめた。
夢といっても、犬は言葉をしゃべらない。
賢そうな印象の黒い瞳で、静かに私を見つめるだけ。

そして時々、これが夢の始まりになる。

夢の中の白い犬は、「さあ、見なさい」とでも言うように、寝室のドアの向こうへ出て行く。
私は犬の後を追い、夢の世界に落ちる。
これが夢の始まり。
奇妙でリアルな物語の街の、事件に巻き込まれていく。

この夢の中では、白い犬に従うのが私の行動の方法なのだ。
街の事件は、矮小猥雑で、誇大で、しかも現実以上に愛情にあふれていた。

騙りと裏切りと争いと慈愛の渦巻く光景を見ているのは、私なのか、夢の中の白い犬なのか・・・・・。

もしかしたら、白い犬の夢の中に、私が時々出演していたのかもしれない。

夢を見せる白い犬の夢。 さまざまな夢が重なるから、夢の世界は奇妙なのだ。
物語の街は事件で溢れている。 ネオンサインのようにごった返し。 その事件が、夢を脚色し。 その夢が事件を脚色し。
まるで雑談のような、ごった返しの街の通りを、夢の中の白い犬が私を連れて散歩する。

眠る前の食べ過ぎは寝汗の元

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昨夜、久しぶりに寝汗をかいた。

冬の不快で冷たい寝汗を久しぶりに体感したのだった。

「冷え症対策にニンニク酒が効果的」と言う記事で、この冬はまだ不快な寝汗に襲われていないと書いていたのだが・・・・。

原因は、眠る前にビールの「つまみ」を食べ過ぎたこと。

仕事で夜遅くの帰宅となったので、夕食を食べずに、寝酒としてビールを飲んでいた。

夜の11時過ぎである。

つまみは、魚の乾物類。

消化が悪いだろうなぁ、と思いながらも止められずに、食べ過ぎた。

それと、缶ビール500mlを2本。

つまみの乾物は、調子にのって、ほぼ一袋近くたいらげた。

お腹がちょっときついな、と思いながら0時半頃に布団の中へ。



夜中の3時頃、両太腿が冷たいので目が覚めた。

冬の冷たい寝汗を久しぶりにかいたのだ。

やはり、就寝前の大食いは寝汗の元。

そして、冷たい冬の寝汗は、その晩の不眠の元。

また、眠る前の食べ過ぎは、翌朝の下痢の元。

大腸ポリープにも悪影響があるかもしれない。

冬の寝汗で体を冷やせば風邪の元。

眠る前の食べ過ぎは、諸悪の元である。

冬の不快な寝汗を防ぐ方法のひとつとして、就寝前は食べないことが重要。

冬の雀は、なぜ太って見えるのか

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用事で神社の駐車場にクルマを停めたとき、雀を見かけたので、その写真を撮ってみた。
冬に、雀を見かけることは、あまりない。
私にとって、めずらしいことだ。

マレットフィンガーの固定用装具(シーネ)治療終了

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シーネを外す 今日の整形外科での診察で、私の左手中指の、マレットフィンガーの治療用シーネを外しても良いことになった。 切れた腱の回復は順調であるようだ。 怪我発生の1月27日以来、37日ぶりに指をフリーにした。 普通は、6週間から8週間は固定するらしいが、私はちょっと早いほうらしい。
今後は無理をしないように、少しずつ指を動かせば良いとの、担当の医師の話。 また同じ箇所の腱が断裂する可能性もあるので、ここしばらくは慎重に手を使わなければならないらしい。 指の感じはまだ頼りないものの、ともかく、中指の腱が順調にくっついてくれたことは、嬉しい。
上の手の写真は、患部である左手の中指に力を入れて、精一杯伸ばした状態のもの。
ご覧の通り、元のように真っすぐには伸びない。
マレットフィンガーは、治癒しても、このくらいの「曲がり」が残るのがほとんどだという医師の話である。

治癒後の指のトレーニング 「このくらい残っても、生活に不便はないからね。」と医師が言う。
不便か不便でないかは、私が感じることなのになぁ。
私は不便だと思うから、もっと真っすぐになるように努力する。
私自身の指の運動で、いくらでも回復できそうな予感がある。
私は、そういうトレーニングが好きなのだ。




上の写真は、力をいれて、左手中指を折った状態のもの。 怪我発症時のマレットフィンガーと外見は同一である。 怪我発症時は、この状態のままで、自動伸展が出来なかった。 腱がつながった今は、以前ほどの可動域はないが、自動伸展はどうにか可能である。
今日でマレットフィンガーの固定用装具(シーネ)による治療は終わった。 今後は、私のトレーニングで、マレットフィンガーの「後遺症」をどの程度まで消失させて、指を元の形に回復できるかが課題として残っている。
指のテーピング まずは、下の写真のようにテーピングしながら指を動かすことに。
テープで、第一関節の腱を補助しているような具合に巻いた。
テーピングすると、「まだ指が危ういな」という不安要素が少なくなった。 これだと、指の腱に強い衝撃がかからないだろう。



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落とし物は置き忘れもの

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カメラを紛失した、と思った。
犬の散歩に持ち歩いていたので、何かのはずみで落としたのかも知れない。

カメラを防寒着のポケットに入れて持ち歩いていたのだが、犬のウンチを始末するために屈んだ拍子にポケットから転がり落ちたのか。
あるいは盗難にあったのか。
えてして人は、物をなくしたときに最悪の事態を空想してしまいがちだ。

被害者意識の強い人ほど、その傾向が強い。
被害者意識の強い人は、自身の行動を省みることもなく、すぐに他人のせいにしてしまう。
被害者意識という「意識」が盲点をつくってしまうのだろう。

私も、そうなのだが・・・・・。

探し物の探し方

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私は、身の回り品などの持ち物を見失う事が多い。

それは、モノを置いた場所を、よく忘れるということである。
その結果、探し物に多くの時間を費やしてしまう。
私が探し物の迷路に迷い込む一番のモノは鍵。
クルマと家の鍵は、一緒のホルダーにまとめている。
そのキーホルダーを部屋の中で見失うことが多い。

あるはずの物が消えてしまっている。

家の部屋に入ったら、鍵の置き場は決めてあるが、無意識のうちにどこかへ置いてしまう。

特定の場所に鍵を置くと言う習慣よりも、私は、無意識のうちにどこかに置いてしまう「習慣性」のほうが強い。

鍵束を部屋の何処かへポンと置いてしまう。

そして、置いた場所を忘れてしまう。


数時間を経て、また外出する時に、その忘失が発覚する。

あわてて、あちこちを探すが出てこない。

時間が迫っているから、ますますあわてて、そこにあるはずのその鍵束が眼に入らない。


探し物はたいてい、一番最初に探した場所にあることが多い。

これは、私が体験から得た教訓。

一番最初に探す場所は、もっとも心当たりのある場所だから、そこにある可能性が大きいと言える。

それなのに、なぜ見つからないのか。

それは時間が迫っていてあわてているから、探し方が半端になっているせいだ。

「ここにあるはずだ」という意識よりも「見つからない」という意識のほうが強いから、書類の下に隠れた鍵束が眼に入らない。

「見つけるぞ」という気持ちよりも「見つからない、どうしよう」という焦燥で気もそぞろに、浮ついた探し方をしているから、見つからない。

だから、探し物のイメージを濃厚にすること。

探し物が鍵束の場合、「鍵束、鍵束・・・・」と口に出しながら、鍵束の姿を頭に思い浮かべながら探し始める。

すると、無意識に置いた場所の記憶が幽かに甦り、心当たりのある場所が思い浮かぶ。

部屋の角の、書類を積んだ机の上だ。

そこで、一呼吸おいて、「まずは、ここで見つけるぞ」という意識で探し始める。

心当たりのある場所に意識を集中する。

その机の上と、机の周辺に意識を集中して探し始めると、鍵束が見当たらない可能性が見えてくる。

書類の下に隠れている可能性。書類の束の間に紛れ込んでしまっている可能性。書類を引っ張りだしたり引っ込めたりしているうちに、鍵束が机から落ちて床の段ボール箱の陰に隠れてしまった可能性。机から落ちた鍵束が、段ボール箱の中のガ…

冷え性を改善したら冬の寝汗がなくなった

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以前、冷え性対策が、私の「冬の寝汗対策」であるという記事を書いた。

そして、この間は「冷え性対策にニンニク酒が効果的」という体験的な記事を書いた。

私はこの冬期は、ほとんど不快な寝汗におそわれていない。

私が最後に不快で冷たい寝汗をかいたのは、去年の11月の初旬頃。

この頃は、ニンニク酒を飲み始めたばかりの時期である。

まだ、ニンニク酒の冷え症に対する効能は実現できていない頃だ。

ニンニク酒には確かな効能がある。

この頃から、毎晩少しずつニンニク酒を飲み続けた成果が、今あらわれているのだと思う。

11月の初旬頃は、就寝時、足先の冷たさを感じながら眠りに入るという状態だった。

今は布団のなかで、足先の冷たさをほとんど感じない。

夜中に足先が冷たくて眼が覚めるということも無くなった。

ニンニク酒には、薬用酒としての様々な効能があるようだが、私の場合、冷え症改善という効能が真っ先に実現したようである。


それからもうひとつ、ニンニク酒を飲み始めた頃に始まった生活の変化がある。

それは、その頃まで朝1回の犬の散歩を、朝夕2回担当する事になったということ。

毎日の私の運動量がちょっと増えた。

これが「冷え症を改善するための適度な運動習慣」になったのだろう。


さらにもうひとつ、暴飲暴食をしなくなった。

特に、私の悪癖であるアルコール飲料の過度な摂取を、控えるようになった。

このことも、体質改善につながっているように思われる。


こういった様々な理由や生活の方法で、私の冷え症体質が改善され、その結果、不快な冬の寝汗を予防することが出来たと思う。

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