2020/03/25

宣伝チラシ投函お断りシール

宣伝チラシ投函お断りシール丸型
宣伝チラシ不要シール丸型


知人と雑談していたら、「ポスティングって、ホント迷惑よね」という話になった。

彼女は、宣伝チラシを読まないし、チラシはそのままゴミ袋に直行ということだった。
なので、彼女にとって宣伝チラシはゴミなのである。
そのゴミを置いていかれるのだから迷惑なことだという。

もちろん、宣伝チラシには貴重な情報がたくさんあって、それを生活の役にたてている方も多い。
しかし、限られた年金で暮らしていて、消費意欲も余裕もないひとり暮らしの老人には、宣伝チラシは不要のゴミなのである。
特に不動産関係の広告は、まったく縁のない世界だから、ゴミ以外の何物でもないと嘆いていた。

私は、そのポスティング事業を行っている会社を知っている。
その会社では、受け取りを拒否した個人宅や集合住宅には配布しないように配布スタッフに指導しているとのこと。

そこで、アドバイス。
チラシを配布している方に不要である旨を伝えたらどうかと彼女に言ったら、それも申し訳ないように思えて、なかなか言い出せないということだった。

それを仕事にして、一生懸命に歩き回っているのだから、面と向かっては何も言えないとのこと。
優しい心の持ち主である知人は、チラシ配布スタッフのお仕事を奪うようで申し訳ないと言うのだった。

口で言えないのなら、貼紙という手もある。
「投函お断りシール」というキーワードで、インターネット検索してみたら、この手のシールには、やや強い口調の文言で書かれたものが多いことがわかった。

「無断投函一切お断り!」とか「ポスティング厳禁!」とかは、まだやわらかい方。
「ポスティング目的で敷地内に侵入した場合は警察に通報する」なんて攻撃的な内容のシールもある。

たとえば、ご主人が脱サラしてベーカリーを始め、その新規開店の手作りチラシを町内に配布して回っている奥様の姿を見ると、多くの人たちは健気であるなあと感じる。
そういうチラシは、なかなか断れないもの。

むしろ、どういうパンがあるのかなと読みたくなってしまう。
パン好きな方にとっては、チラシは貴重な情報源である。
しかし、受け取る側はチラシを選べないのが実状。

郵便受けに大量のチラシを入れられると、チラシに紛れ込んでしまった大事な郵便物も一緒に捨ててしまいかねない。
不要のチラシは、ほんとうに困りものなのだ。

それじゃ私が、やんわりお断りできるシールを考えてみよう。
ということで、できたのがこのページに掲載した2種類のシール。

配布している方の労をねぎらいながら、「でもウチは要らないんですよ」というコンセプトでレイアウト。

愛用のグラフィックソフトCorelDRAWでチャッチャッと作ったもの。
使った効果は「等高線効果」と「ブロック影」。
このレイアウト見本程度の寸法線は、CorelDRAWで簡単に描けるから便利である。

シンプルだが、小さくても目立つような色使いで作った。
これを「糊付き塩ビフィルム」にプリントして「ラミネート加工」する予定である。
ラミネート加工すれば、かなりの耐候性アップが期待できる。

効き目のほどは、どうか。
まずは、心優しき知人に試作品を提供して、様子をみることにしよう。

もし、この「宣伝チラシ投函お断りシール」の効果があって評判が良ければ、商品化してみるのも面白い。
その場合はフォント(このデザインでは「HG創英角ポップ体」など)の商用利用について調べてみなければなるまい。

リコー製のフォント(HG系)を商用利用する場合は、商用利用ライセンスを購入しなければならないとか。

なるほど。
こんなシールでも、簡単には商品化できない。
「著作権」は尊重すべき権利なのです。


宣伝チラシ投函お断りシール細横型
宣伝チラシ不要シール細横型

2020/03/02

裏庭の縄文人

街外れの丘陵地に建っている借家を借りたときのことだった。

私はその借家に独りで住みながら、事業を営んでいこうとしていた。
チラシやポスターや看板などをレイアウトする仕事である。

古い和風の平屋には南向きの縁側がついていた。
陽当りの良い縁側から、広い原っぱが見渡せた。

原っぱには背丈が50センチ前後のチガヤが一面に繁茂している。
風が吹くと、細い葉を立てたチガヤの群落が海のように波打った。
それを見ていると目眩が起こりそうになるほどだった。

その原っぱの奥に雑木林が広がっていて、雑木林の向こうには高い山並みが連なっている。
そんな景色が気に入って、その住宅を借りたのだった。

夜に部屋の灯りを消して布団に入ると、野原や遠くの雑木林を吹き抜ける風の音が家の中に舞い込んでくる。
それは、この家が丘の原っぱの隅に建っている一軒家であることを私に実感させた。

引っ越してから3日ぐらい経った夜のことである。
その日はめずらしく風の無い日だったが、縁側からカサコソと音がした。
静まり返った寝室では、その音が微妙に気になる。

裏庭で野ネズミでもうろつき回っているのだろう。
そう決め込んで、うつらうつら眠りだした私の耳に、ヒソヒソと音が聞こえた。
それは話し声かと思われるような、かすかなざわめきだった。

いつものように寝入りばなに夢をみているのだと思った。
そうやって眠りに就くのが私の癖なのだ。
寝入りばなのぼんやりとした夢が、私を深い眠りへと導いてくれる。

そんな朦朧とした夢から私を醒ましたのは、薄いガラスが壊れるようなカシャカシャとい
う音だった。
夢から、暗い寝室の現へとひきもどされた。

私は布団を抜け出て障子を静かに開けた。
そろりと板敷きに這い出し、縁側のカーテンを少しめくって外の様子をうかがった。

遠くの山並みの上に、半月があがっていた。
月のまわりには、切れ切れに雲が浮かんでいる。
半月に照らされて黒々とした深い森に見えるのは、原っぱの奥の雑木林だ。

チガヤの原っぱとこの家の敷地は、三段の低いブロック塀で区切られている。
ブロック塀から縁側までの距離は、4メートルぐらいだった。
奥行きが4メートルで幅が10メートルぐらいの裏庭には、アカメガシやドウダンツツジやイヌツゲなどが雑然と植えられていた。

私は縁側の板敷きに腹ばいになって、月明かりに照らされた裏庭を覗き見しながら音の出どころを探った。
しばらくして、ブロック塀に沿って植えられたイヌツゲの根本あたりがぼんやりと明るいのに気がついた。
よく見ると、イヌツゲの繁みの下に、すり鉢を逆さにしたような土の突起が4つあった。

円錐形の小さな蟻塚のようにも見えるが、4つの土の突起の東側から、それぞれにぼんやりとした灯りが漏れているのである。

不思議な突起物に、私の目は釘付けになった。
じっと見ていると、一つの突起物の灯りが揺れ動いて、土の内側から出てくる人形の形をした小動物が目に入った。

夢を見ているに違いない。
と、私は思った。
しかし、腹ばいになった板敷きの冷たさは現実のものだった。
鳥肌がたっている両腕の感じも現実のものだった。

人形の形をした小動物は、歩いて隣の突起物の中に入った。
耳を澄ますと、土の突起の内側から鳴き声が聞こえた。
その鳴き声には、明瞭に聞こえる音もあったが、不明瞭な音も混じっていた。

文字で書くと「もXXXぎゃ、XXXこうXXXXじゃ」みたいな音の集まりの鳴き声なのである。
その鳴き声の合間に、カシャカシャと何かが壊れる音が聞こえる。

私は、もっとよく鳴き声を聞こうと、縁側のガラス戸を静かに開けて、パジャマ姿の半身を裏庭に乗り出した。
その気配を察してか、突起物の内側から漏れていた淡い灯りが一斉に消えた。

と同時に、土の内側から呼応するような鳴き声が聞こえた。

「でえXXXじゃ、くXXX」
「くXXX、けえXXXでぃ、けえXXXでぃ」
「けえXXXでぃっっっっっっっっっっ、もうXXXあXXXけぞ!」

これはもう小動物の鳴き声ではない。
あきらかに人の話し声である。

私は立ち上がり、寝室の棚にある懐中電灯をつかんで縁側の踏み石の上に立った。
そこから一歩庭に降りて、かがんで懐中電灯の光を土の突起にあてた。
それぞれの突起物の東側に開いている穴は、土塊の内側に通じている入口のように思われた。

その入口を塞いでいる戸のようなものが内側から取り払われ、中から小さな人間がぞろぞろと出てきた。
手に棒を持って、それを槍のように使って私を威嚇しているようだった。
ひとつの突起物から大人の男女二人が出てきた。

その男女の顔を見た私の仰天ぶりは、今までの驚きの比ではなかった。
「目を疑うような光景」とはこういうことを言うのだろう。

二人は、とうに亡くなった父と母だったのだ。
他の人達と同じように、作務衣のような布製らしい衣服を着てクツをはいている。
長い髪の毛を後ろで束ねているのも同様である。

ふたりはまぎれもない父と母だった。
いつも何かに怯えているような小心者の父の顔。
ときどき、ふてくされたような薄笑いを浮かべる母の顔。
忘れることのないふたりの特徴だった。

私は懐中電灯をあてながら、四つん這いのまま父と母に近づいた。
二人は警戒するような表情を一層強めながら、土の突起の中へ潜り込んだ。

入口を懐中電灯の光で照らして、私はおそるおそる中を覗き込んだ。
父は入口から下がったところで、恐怖に引きつった顔で棒を構えていた。
母は奥の方で、カシャカシャとなにかを壊している。

土の突起の内側は、小枝を張り巡らした壁に囲まれていた。
一段下がった土間の中央に、炉のようなものが見えた。
屋根を支えているらしい柱も数本建っている。

私の脳裏に「竪穴式住居」という言葉が浮かんだ。
土で屋根を葺いた土の住宅。
土の突起は、縄文時代を連想させる竪穴式住居だった。

そうすると、小さな人間の彼らは縄文人なのか。
もう私の頭は、理解するとか解釈するとかのために働いていなかった。
ただ目の前で展開している光景を、記憶のスクリーンに写し込んでいるだけだった。

他の竪穴住居からもカシャカシャと音が聞こえている。
住居の土間は、何かの破片で散乱していた。
母はその土間へ、瓶の中の水を撒いて松明を手にとった。

二人は私を威嚇しながら外に飛び出し、松明を住居の土間へ投げ入れた。
たちまち竪穴住居の内部は、竈のように炎が充満した。
瓶の中の水は、油だったのだろう。

他の住居も同様だった。
彼らはそろって駆け出し、ブロック塀に開いた穴からチガヤの原っぱへ消えていく。
母はブロック塀をくぐる前に私の方を振り返って、ちょっと立ち止まり、微笑んだようだった。
しかしそれは暗がりでのことだったので、私の思い込みかもしれない。

そうして彼らはチガヤの大海原へ消えていった。
残された竪穴住居は、次々と土の屋根が崩れ落ちた。

このとき、裏庭が赤い光に浮き上がった。
振り返ると、家の障子がメラメラと炎に包まれて燃え上がっている。
轟音とともに、家の屋根から火炎が噴き出した。

「大変だ、大変だ」という思いが、目まぐるしく頭の中を駆け回った。
あとは、どこをどう逃げたのか記憶にない。

気がつくと、道路に座り込んで、呆然と借家が焼け落ちるのを見ていた。
街のほうから消防車のサイレンの音が、だんだん近づいてくるのを聞いていた。


私が借りた借家は野中の一軒家だったので、幸い延焼はなかった。
消防官の火災調査結果は、「漏電による火災」だった。

屋根裏の配線が経年劣化していたのだ。
電線の絶縁被覆が損傷し、漏電火災が起きたということだった。

長い間空き家で電気の使用がなかったところへ、私が引っ越してきて急に電気が通った。それが漏電火災のきっかけになったのだという。

年老いた大家さんは、貸家の点検に不備があったと私に謝った。
まだパソコンとかプリンターとかの機器を運び入れる前だったので、私の被害は少なくて済んだ。

私は、数日経ってから火災現場を訪れてみた。
裏庭は、植え込みが焼失してしまったらしく、私が引っ越して来た頃の面影はなかった。

それにしても、あの半月の夜の光景は何だったのだろう。
竪穴式住居の跡は消防署員の硬い靴底に踏み荒らされて、付近の泥濘と見分けがつかなかった。
私は記憶をたどりながら、竪穴住居が建っていたと思われる場所を棒切れで探ってみた。
しかし、縄文人がカシャカシャと壊していたものの破片は見当たらなかった。

母が壊していたのは、土偶や瓶や注口土器ではなかったろうか。
縄文遺構から発掘された土器は、故意に壊されたものが多いと聞いたことがある。

私が津軽半島のある村で暮らしていた子どもの頃、母は不用になった皿や茶碗を石の上に落として壊していた。
「自分達の生活臭の染み込んだものを、他所の人の手にさわらせたくないから」というような意味のことを、母は口にしていたのだった。

私は、母の言葉を思い出して、しばらく焼け跡に佇んだ。
たった一晩の短い時間だったが、私の中では縄文人の父や母やその他の住民が懐かしい存在になっていた。

私は、彼らが消えていったブロック塀の穴をぼんやりと眺めた。
ひょっとしたら、彼らがあの穴から顔を覗かせるのではないかというあてのない期待感があった。
しかし穴からは、節のあるチガヤの茎が見えるだけだった。

かれらが住居に火を放って逃げたのは、私がここに引っ越してきたからに違いない。
平穏な生活を乱す者から避難したのである。
「自分達の生活臭の染み込んだものを他所の人に見せたくない」という思いで住居を焼き払ったのだろう。

火事にあった竪穴式住居跡も縄文遺構から発見されている。
それが故意の火事であるかどうかは、研究者の意見の分かれるところらしい。

痕跡を残さないというのが縄文人の生き方なのか。
もしそうであるなら、縄文人は現代でも痕跡を残さずに姿かたちを変えて、脈々と生きながらえているのかもしれない。
そういう感傷が湧いて出た。

なぜ亡くなった父と母が、縄文人としてここで暮らしていたのだろう。
それは、不思議な巡り合わせとしか言いようがない。
彼らはどこからやってきて、どこへ去っていったのか。

ただあの光景を目撃して以来、私の中にある考えが生じている。
それは、私もいずれは裏庭の縄文人として古代を生きるのかもしれないという漠然とした予感である。
それが縄文人を目撃した者の宿命なのではないだろうか。


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2020/02/09

北の旅人

町外れの飲食店街の奥に小高い丘があった。
その丘に、居酒屋が一軒。
赤ちょうちんが風に揺れているのが見えた。

飲食店街の小路から細い石段が、丘の上へ通じている。
その石段を上がると、潮の香りが一層濃くなった。
居酒屋の背後にある黒松の林の向こうには、暗い海が広がっている。

岬の町は、暗い海とは対象的に、小さな灯りが寄り集まっていた。
丘の上からは、その様子が、平穏で慎ましい物語のように見えた。
人の温もりが軒を連ねている町と、暗くて荒々しい海との境目。
平穏な物語と不穏な物語の間で赤提灯が風に揺れていたのである。


暖簾をくぐってガラス戸を開けると、目の前に和服姿のマグロが立っていた。

珊瑚色の単色の袷に、花柄の袋帯を締めている。
珊瑚色の明るさが、顔の黒さを際立たせていた。

「いらっしゃい、あら、この辺のお方じゃないわね」

マグロの女将はそう言って、ポンと破ったポリ袋からおしぼりを取り出して私に差し出した。
白っぽい襦袢の半襟から伸びている頭部はマグロだが、腕や腰は年増女のもののように見えた。

「そう、この土地は初めてだよ」と私は女将の挨拶に応えて、ビールを注文した。

ここは本州北端の地。
マグロの女将がいても不思議ではない。


私の脳裏に、南島の町へ捜査に行ったときの記憶が蘇った。
泊まったホテルの支配人は、スーツを着たハブだった。
そのハブ支配人に左の手のひらを咬まれ、私は瀕死の重症を負ったのだった。
あのハブに比べればマグロの方がまだいい。
マグロは毒を持っていない。

「お客さんは人を探していらしたんじゃないの」
女将はビールの栓を抜きながら、大きなマグロの目で私をジロジロ見ている。

「こんな北の果てに他所からおみえになる方は、男から逃げている女か、女を追ってきた男ぐらいですわ」
マグロ女将は、私から目を離さずに、奥へ声をかけた。
「ちょっとあんた、また人探しのお客さんがいらしたわよ」

奥から出てきた板前風の男は、カラフトマスだった。

小柄ながらも盛り上がった背中の筋肉。
鋭い目つきが、ただの板前ではないことを示している。

カラフトマスは長い刺身包丁を手にして出てきた。
「お客さんも女を追ってきたのかね?」
愛想のいい顔で話しかけてきたが、目は笑っていなかった。

「すると以前にもどなたか、人を探してここにやってきたのですか?」
私はビールを飲みながら、慎重に尋ねた。
某国の女スパイを追ってきた男が、この町で消息を絶っていた。

一瞬、板前は息を止めて全身の筋肉をバネのように縮め、それからゆっくりと息を吐きながら筋肉を緩めた。
私の筋肉も同じような反応をしたので、それがよくわかった。

消息を絶った男は、私の前任の捜査官だった。

場の緊張をほぐそうとしてか、女将が朗らかに言った。
「お客さん、何かお召し上がりになりません?いろいろと美味しい料理ができますわよ」

私は美味しい刺身が食べたかった。
この北の町は、魚の美味しいところと聞いている。
だが、マグロ女将とカラフトマス板前がいる店で、魚の刺身を注文するのは気がひけた。

それよりも、私は重大な間違いを犯していたことに気がついた。
拳銃のホルスターを左側の腰につけていたのだ。
左利きだった私は、ハブに左手を咬まれてから左手では銃を扱えなくなっていた。

銃を撃つ手を右手に替えていた今、ホルスターは右の腰につけるべきなのだ。
そうでないと動作がスムーズに行えない。
うっかりして、昔の習慣から左の腰にホルスターを装着してしまったのだった。

私は静かに左手でホルスターからリボルバーを抜き、それを左の太腿の上に置いた。
リボルバーを右手で握るには、右手を左側にクロスさせなければならない。

カウンターの陰になっていても、そんな下手な動きをしたら、カラフトマスに悟られてしまう。
すぐさま柳刃包丁が私の首めがけて飛んで来るに違いない。

平穏な町と、原子力潜水艦が航行する海峡。
この居酒屋は、そのどちらにも赤提灯を揺らしているレッドゾーンなのだ。

私は息をのんでカラフトマスの動きに備えた。
それに気がついたマグロ女将が、カウンターの下からショットガンを取り出し、銃口を私に向けた。
世界屈指の軍用ショットガンと言われているロシアのヴェープル12だ。

「お客さんもあの男のお仲間だったのだねえ」

私が右腕を動かせば、柳刃包丁が私の首を刺し、ショットガンが私を吹き飛ばすことだろう。

これで終わりかと腹を決めたとき、思いがけなく私の口から歌が洩れた。

「たどりついたら 岬のはずれ 赤い灯が点く ぽつりとひとつ・・・・・」

石原裕次郎の「北の旅人」だった。
それはこの北の地で滅んでいくであろう自分自身への鎮魂歌だった。


すると何を勘違いしたのか、カラフトマスが言った。
「ボス、こいつはマイトガイですぜ」
「えっ、マイトガイって、あのギターを持った渡り鳥のマイトガイなのかい」
マグロ女将がカラフトマスのほうへ目を向けた。

私は、その一瞬を見逃さなかった。
クロマグロとカラフトマス目掛けて、素早くリボルバーの引き金を引いたのだった。

さらば異国のスパイたちよ。
ギターを持った渡り鳥は、小林旭だよ。


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2020/02/05

人面瘡

【ご注意!ホラーです。この読物には、残虐な描写があります。】


父が人面瘡(じんめんそう)に喰われて消えたのは、私が中学三年のときだった。

自分の足にできた人面瘡を見て、呆然としていた父の姿が今でも目に浮かぶ。

数日後、落ち着きを取り戻した父は、気休めに病院へ行った。
しかし診察をした若い医師は目をそらして、カタカタと体を震わせているだけだったという。

年配の外科医は、「うーんうーん」と唸る他一言も発しなかった。
中年の看護婦が「ここでは治せませんから、神主さんかお坊様にお願いしてみてはどうでしょう」と言って、手を合わせて父を見送ったという。

「気休めに病院に行った」と書いたのは、私の家系では代々人面瘡が出る親類縁者が後を絶たず、過去に医療で治ったことがなかったからである。
もちろん、神社とかお寺で祈祷を頼んだこともあったが、治った例はなかった。

昔よりは医学も進歩しているだろうと、父は町の総合病院を訪れたのだったが、案の定それは気休めに終わった。
以来父は仕事にも出ずに、足の人面瘡を睨みながら酒浸りの日々が続いたのだった。

私の母は、私を産んでしばらくしてから、呪われた家系に気づき失踪したという。
なので私は男手ひとつで育てられた。
その父もまた人面瘡に取り憑かれてしまった。

足の人面瘡は、真っ赤な口を開けて父の手が近づくのを待ち構えていた。
というのは、父は酷い水虫を患っていて、いつも足の指の間を手でかきむしっていたからである。

その足の指に人面瘡が顔を出した。
第1趾(親指)と第2趾(人差指)の付け根がぱっくりと口を開け、第1趾と第2趾の指の先にキョロキョロとよく動く目のようなデキモノが出来た。
口の中には尖った歯が生えていて、カチカチと不気味な音を立てることもあった。

足の痒さを堪えることが出来ずに、足に手を伸ばして人面瘡に噛みつかれ、そのまま喰われて多くの親類縁者がこの世から消えていた。


そんなことが、私の父にも起こった。
あるとき、私がテレビを見ていたら、後ろの方で父の罵声が聞こえた。

「コノヤロウ!コンチクショウメ!」

振り返ると、足の人面瘡がものすごい形相で、父の手に襲いかかっていた。
父の足がバネ仕掛けのように跳ね上がって、手を噛もうとしていた。

父は傍らの一升瓶を握って、自分の足の人面瘡を叩き潰そうとしていたが、酒の酔がまわっている父は人面瘡の動きに追いつけない。
人面瘡の足はムチのようにしなって、何度も父の手に襲いかかっていた。

大きく口をあけた人面瘡は右手の一升瓶をかわして、背中に回していた父の左手に喰いついた。
悲鳴とともに父の背中のあたりからゴキッという背骨の折れる音がした。

中学生だった私は金縛りにかかったように身動きが出来ずに、この恐ろしい光景を見ているしかなかった。
足の人面瘡に手を喰われた父の体は円になって、腕を喰われ肩と頭を喰われ胴体を喰われて、その円がだんだんと小さくなっていった。

太腿が喰われスネが喰われた後、とうとう残った足も人面瘡に喰われてしまった。
そうして父の姿が目の前から消えた。
そのとき私には人面瘡も消えたように見えたのだが、何かが走り去る気配を感じてもいた。


私は中学を卒業したあと、実家に住みながら道路工事作業員の仕事についた。
山の中の村から町へ通じる狭い旧道の脇に、片側二車線の広くて快適なバイパスを建設する工事である。
山を切り開いて作る道路は、明るい陽光で村の隅々を照らしてくれそうな気がした。
私の幼少期は暗い思い出ばかりであったから、明るいものに憧れていた。

私は希望のようなものを感じながら仕事に励んだ。
仕事こそが、過去の恐ろしい思い出を忘れさせてくれる数少ない手段だった。

それともうひとつ。
私はテレビをよく見た。
町のビデオレンタル店で海外ドラマのビデオを借りて、仕事が終わってから眠りにつくまで、ドラマの世界に没頭した。
テレビドラマは、麻薬のように私を虜にした。

1話から2話へ。
2話から3話へ。
シーズン1からシーズン2へ。

次はどうなるのか、次に何が起きるのかと、見る者を捕らえて離さないドラマの仕掛け。
次々と繰り広げられる展開に、私は夢中になった。

テンポの早いドラマのストーリーに目を奪われて、一晩で10話ほど見てしまうこともあった。
そんなときの翌朝は、きまって目の前にギザギザの光の波が現れた。
それが閃輝暗点(せんきあんてん)という視覚の異常であると知ったのは、町の眼科医院へ行って診てもらったからである。
ギザギザの光の波は、四方に広がったり、視界の周囲を回ったりすることもあった。
老齢の眼医者は、「テレビの見過ぎが原因かもしれんね」と言った。

この頃、その閃輝暗点の出る回数がだんだん多くなってきた。
ときどき、黒っぽい影のようなものが視界の端に現れたりした。

その影は見覚えのある影だった。
テレビを消したとき、暗くなった画面にうっすらと現れる影に似ていた。

どんどん酷くなる閃輝暗点にも関わらず、私はドラマシリーズを見続けた。
そして、テレビを消すたびにその影が、だんだん顔のような形になってくるのに気がついた。

私は、閃輝暗点の症状が強くなったのだろうと思った。
テレビを見るのを、もうちょっと控えねばなるまい思った。

そう思いながらも、ドラマを見続けた深夜。
やっと踏ん切りをつけてテレビを消したら、いつものテレビ画面の影がより鮮明な顔の形になったような気がした。

私は、いったいなんだろうと、暗くなったテレビ画面を覗き込んだ。
するとその顔は、父を喰った人面瘡の顔になった。

私は、急いで身を引いた。
しかし遅かった。

人面瘡の大きな口が、私の頭を喰らい、胴体を喰らい、足の先を呑み込んでいく。
私は、その一部始終を暗闇の中で目撃していた。
暗いテレビ画面のなかに呑み込まれていく人体。

一族の最後の末裔である私が消えることで、呪われた血脈は途絶えることだろう。
そんな考えが、暗い心中に浮かんだ。


小鳥の鳴き声で私は目覚めた。
縁側のガラス戸から朝の光が居間の奥へ射し込んでいる。
「あれは夢だったのか」
私はあたりを見回した。

いつもの家の中だった。
私の生活が染み込んだ家の中である。
とても静かで、人の気配がなかった。
そして、私自身の身体もなかった。

この古い家の光景の中で、私は閃輝暗点の黒っぽい影だった。
テレビの画面に一瞬現れる人面瘡の影だった。
血脈は滅んでも、人面瘡は途絶えてはいないのだ。

バイパスが完成すれば、町からの人の行き来が多くなる。
今流行の、都会からの山村移住者も来ることだろう。
この村には、都会者を惹きつける古風な雰囲気があった。

私は、その道筋をつけるために道路工事作業員として働いていたのかもしれない。
都会からの移住者を人面瘡として待つために、私は父の残したこの古い家に住み続けていたのかもしれない。

住人がいなくなった古い家の中は、キラキラして妙に明るかった。


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2020/01/21

青森市内に久しぶりに雪が降った

雪が積もった自動車たち
久しぶりに雪をかぶったクルマ


朝起きたらご覧のような雪具合。
青森市内に久しぶりの降雪があった。
積雪深は20センチ弱ぐらい。

スキーヤーにとってはうれしい降雪である。
でも明日からは、雪が降る予報ではない。
なので家の駐車場の雪かきはしない。

現時点での予報は以下の通り。
22日/水:くもり夜遅く雨か雪
23日/木:明け方まで雨のちくもり
24日/金:くもり一時晴れ
25日/土~28日/火:くもり時々晴れ

たしか今年の1月25日は旧正月の元日。
いちばん雪が降る頃なのだが、「くもり時々晴れ」とは残念なこってす。


自動車道の積雪具合
道路の雪具合


八甲田山の酸ヶ湯温泉の積雪深は、今季初めての2メートル越とのこと。
お山の雪は減ることなく積もり続けてほしいもんです。


雪の花が咲いた木
雪の花が咲いた公園樹

雪囲いにも雪が積もった
雪囲いの上にも雪が積もった

雪の積もった公園を散歩する愛犬
雪の積もった公園を散歩する愛犬

公園のケヤキ広場の雪
公園のケヤキ広場の雪景色

2020/01/20

タワシの私

眠りからさめたら、私はタワシだった。

腕の太い農婦の大きな手に握られて桶の内側をこすっていた。

ザザザと慣れた手つきで桶の汚れを落としている。
熟練した仕事ぶりは、見ていて気持ちがいい。

そう思ったとき、私はタワシであることを実感した。
下手な手つきの人には握られたくないものだと思った。

桶の中を無駄なく動き回る。
それは舞踏のようでもあった。
その動きが繰り返されるうちに、私の脳裏にあるイメージが浮かんだ。

それは死のイメージである。
私は子どもの頃から「繰り返す」ものに「死のイメージ」を感じていたものだった。
「死のイメージ」というよりも、「死を招いているイメージ」というほうが正確である。

たとえば櫓をギッチラギッチラ漕ぎながら岸を離れていく川船。
編笠を目深にかぶった船頭。
川面からあがる白い靄。
そんな光景のなか、繰り返される櫓の動きに私は「死を招いている」ような印象をもったものだった。

通夜で坊さんがポクポクと木魚を叩く。
永遠に続くようなその繰り返しに、「死を招いている」イメージは拭い得ない。
オイデオイデと手招きしながら私を呼んでいる。
私の死を招いているのだ。

すると、私は死んだのか。
死んで私のタマシイがタワシになったのか。

この桶は、私の亡骸がおさまる棺桶なのか。
座棺で土葬。
私が育った村では、私が子どもの頃はみんなそうだった。

座棺で土葬。
私の人生もザ・完なのか。

いやおかしい。
棺桶は、一生に一度のものだからマイ・桶のはずである。

ところがこの桶は汚れている。
底のほうには黒いシミのようなものがついている。
よっぽど使い込まれている桶なのだ。
使い回しの棺桶なんてありえない。

桶を洗い終えた農婦は、私を井戸のそばに敷かれた板の隅に置いた。
その板の上には、無数の立派な大根が泥付きのまま積まれていた。

ははん、次は大根の泥落としだな。
してみると、この桶は棺桶ではない。
漬物用の大きな樽なのだ。

今の時代は火葬である。
私の亡骸は白木の箱に収まって、今頃は市営の火葬場で焼かれているころではあるまいか。
そんなことを思いながら、私は大根の泥を落とした。
土で汚れた大根がみるみる白くなっていく。
この仕事は、タワシとして気分がいい。

肉を焼かれて骨になっていく私と、大根を生き生きと洗っているタワシ。
肉体は滅んでいくが、霊魂は仕事を楽しんでいる。

ああ、死とはこんなものだったのか。
死んでみなければわからないものだ。

無数の大根を手際よく洗い終えた農婦は、私に付いた泥をきれいに洗い落として、私を流しの棚の上に置いた。
晩秋の穏やかな陽が、濡れた私を包んでいる。

タワシの毛が陽に輝いてみずみずしい。
私がこんなにもみずみずしかったことがあっただろうか。

などと感慨にふけっているとサクサクと音がした。
私の目の前で農婦が大根を切っている。
大根を上手に薄く切るそのスピードが素晴らしい。
それにしても切れ味のいい包丁である。
こんな包丁なら、きっとおいしい千枚漬けができるにちがいない。

サは、大根の肉を切る音。
クは、包丁がまな板に軽く触れる音。
サクサクと規則正しい動きを繰り返す包丁。

この包丁もまた、どなたかのタマシイなのか。
なんとシャープでスマートなタマシイであることか。
このタマシイも腕の良い農婦に使われて気分がいいことだろう。

輪切りにされた大根の切り口が艷やかである。
この包丁は美しい仕事をしている。

きっとこのタマシイの持ち主は頭の良い美しい人だったに違いない。
私の人生は、ジャガイモのような泥臭い人生だった。
だから私のタマシイはカメノコタワシなのだろう。

それはそれで悔いはない。
泥落としのカメノコタワシに満足している。
いいタマシイである。

などと思っていたら、少しづつわかってきた。
死ぬということは肯定することなのだ。
すべてを肯定しなければ、死んでなんかいられない。

死んでも尚否定する者が、化けて出るのだろう。
そう空想しながら包丁の繰り返しを眺めていたら、眠くなってきた。

秋の陽だまりは心地よい。
暑くなく寒くなく。
サクサクサクという音に誘い込まれて私は眠った。

繰り返しは「死を招いている」イメージ。
死んでもなお、死に招かれているのか。
永遠に続く繰り返し。


川岸で誰かが呼んでいる。
編笠の船頭は、顎をあげて岸を振り返った。
あたりには視界を遮る白い靄が立ちこめている。

川岸の林がぼんやりと黒く見える。
船頭が手を止めたので、川船は流れに押されてゆっくりと弧を描いた。

「いくもよし、もどるもよし」
乗り合わせた川船の客がつぶやいた。

すべてを肯定しなければ、死んでなんかいられない。
タワシの私が、船頭に首肯いた。


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2020/01/19

八甲田スキー場で新テレマークスキーセットの初乗り

リフトの上から北八甲田連峰の田茂萢岳を眺める
リフトの上から北八甲田連峰の田茂萢岳を眺める


今日の八甲田スキー場は快晴。
積雪もそこそこ。
ここしばらく降雪がないらしく、ゲレンデの雪質は硬くてガリガリだった。

今日は購入したばかりの新テレマークスキーセットの初乗りである。

で、滑りの方はどうかというと予想通り、振るわなかった。
購入したビンディングであるG3 ENZO Rのバネが強くて調子が出ない。
踵を上げるのが怖いくらいバネの引きが強い。

山足の膝を思い切り折って、踵をあげた山足の拇指球でスキーをグッと押さえ込んでようやくテレマークターンができるような塩梅である。
これには力が要る。
おまけに今日のゲレンデは雪が硬いので、なおさらふんばらないとスキーのエッジがきかない。

すごく疲れてしまった。
これはビンディングのせいというよりも年齢のせいなのか。


ENZOの取扱説明書
ピンの設定についての説明


ある程度ビンディングの調整が必要だと思っていたので、ラジオペンチとドライバーを持参していた。
まず、ケーブルエンドを止めているピンの位置を変えた。

上の取扱説明書の写真にある通りG3 ENZO Rにはピンを差し込む穴が4つ用意されている。
これは、四段階のアクティビティ設定を意味している。
ビンディングの後方【写真の(4)の方】に向かうほどビンディングが強力(MORE ACTIVE)になる。
私の理解は、スキー靴を固定するバネの力がより強力になるということ。

購入したときは(3)の位置にピンがセットされていた。
その結果、ビンディングが固すぎて手に負えなかったので、よりニュートラルな(1)の穴にピンを差し込んだ。



ケーブルの張力を調整する説明書き
ケーブルの張力を調整する


次に上の図のようにアジャスターをドライバーで回してケーブルの張力を若干弱めた。

この調整の結果、ビンディングが少し柔らかい感じになり、どうにか以前のように滑れるようになったのだが・・・
情けないことに、滑れるようになったころには疲れで脚がガタガタになっていた。
まだまだ「慣らし滑り」をしないと、山へは行けないなと感じた次第である。

尚、このビンディングでのアルペン滑りは良好だった。
スキー場の横の林(ホントは立入禁止区域)の深雪を滑ってみたのだが、アルペンのクイックターンのようなことが出来て、緩斜面ではあったが、混んだ木々の間を容易に滑り降りることができた。

幅広のスキー板(K2 WAYBACK 84)が良かったのだね。


田茂萢岳のロープウェイ山頂駅をアップ
田茂萢岳のロープウェイ山頂駅をアップ

ガランとした様子の八甲田スキー場ゲレンデ
ガランとしたスキー場のゲレンデ

2020/01/12

「K2ウェイバック84」と「スカルパT2エコ」と「G3エンツォR」

K2のWAYBACK84
K2のWAYBACK84


前回(だいぶ傷んできたテレマークスキー用具)の続き

スキー板は、K2のWAYBACK 84を買った。
ちょっと幅広の板である。
セミファットとかいうやつ。

K2のWAYBACKシリーズはバックカントリー向きに開発された板であるらしい。
ショップで持ってみたら、ものすごく軽かった。
すでに重いビンディングを買ってしまっていたので、脚にかかる重量を少しでも下げようと思い、この軽い板を選んだ。

WAYBACK84は、テレマークでも良しアルペンでも良しとのこと。
パウダーでの浮きが良さそうで、パウダーを楽しめそうな板に感じた。


SCARPAのT2
SCARPAのT2


テレマークブーツは、今使っているSCARPA T2のバージョンアップ版である。
下の写真は新旧を並べたもの。
新モデルの方がカラフルで、バックルが3箇所で、ちょっとハイカットぎみ。
旧モデルと違って、歩きよりも滑りのほうを重視している感じである。

靴の後ろに付いているスキーモードとウオークモードの切替レバーは新モデルのほうが断然扱いやすくなっている。


新旧のSCARPA T2
新旧のSCARPA T2(手前が旧モデル)

G3 ENZO R
G3 ENZO R


ビンディングはG3のENZO(エンツォ) Rを買った。
かなりバネが強そうなケーブルビンディングである。
しかも重い。
ショップで半額で売っていたので、ついつい買ってしまった。

ホントはG3のタルガがほしかったのだが、売り切れていた。
Voileのスイッチバックもいいなと思っていたのだが・・・・
ショップの低価格誘惑の在庫セールにまけてしまったのだった。


以下の写真はビンディング取付の様子。

以前、仕事用に購入した「ドリルガイド13F」が役にたった。
垂直に穴あけができるし、穴の深さを9ミリに設定できる。

テレマークビンディングの取付位置は、人によって様々である。
  1. スリーピンの位置とスキーセンターを合わせる。
  2. 足の拇指球の位置にスキーセンターを合わせる。
  3. ブーツセンターとスキーセンターを合わせる。
この三つが代表的な取り付け方。
私がテレマークスキーを始めた28年ぐらい前は紐締めの革靴が多く、そのせいかスリーピンビンディングの取付位置は(1)の方が多かったように思う。

今はプラスチックブーツが主流になっているということで、ショップのニイチャンは(3)の取り付け位置を推奨。

私はいろいろ悩んだあげく、(3)の位置よりもブーツセンターを15ミリ下げたところにセットした。
(2)の意見も考慮しつつ(3)寄りな位置に取り付けた次第である。
なお、SCARPA T2 ECOにはブーツセンターが記されている。

それにしても気になるのはG3 ENZOのバネの強さ。
このバネで、踵をあげたテレマークフォームができるのだろうかと思うほど引っ張りが強い。

ENZOにはバネの強さが3種類あって、私が購入したものは一番ソフトなバネだったのだが。
Softにしてこの強さである。
いちばん強いStiffでは・・・・
などと考えるだに恐ろしい。

なにしろ欧米人の脚力を基準に作ったビンディングなのだから。
欧米人の脚力恐るべし。

このビンディングで、いきなり山は無理というもの。
スキー場でじっくり慣らさなければ、山へは行けない。
もう年も年だしね。

というわけで次回は八甲田スキー場で足慣らし滑りだ。


スコヤを使って板幅のセンターを出す
スコヤを使って板幅のセンターを出す

ビスの位置を記した型紙(自家製)を貼る
ビスの位置を記した型紙(自家製)を貼る

ドリルで穴あけ
ドリルでビス用穴をあける

6個のビスで止めてビンディング取付終了
6個のビスで止めてビンディング取付終了

ヒールパッド用のビス穴をあける
ヒールパッド用のビス穴をあける

ヒールパッドを付けて、取付完了
ヒールパッドを付けて、取付完了

2020/01/11

だいぶ傷んできたテレマークスキー用具

まったく古くなってしまったスキー板 FISHER eclipse connect
まったく古くなってしまったスキー板  フィッシャーのエクリプス


今まで使ってきたテレマークスキー用具がだいぶヘタってきた。
18年ぐらい経つものなので無理もない。
よくもったものだ。

スキー板は滑走面が傷だらけでワックスをかけても滑りが悪くなってきている。
この板はテレマーク用のものではなくてアルペン板である。
ツインチップがかっこいいなと思って買ったのだ。

この板で、カービング系の板のターンしやすさを初めて体験したのだった。
軽くてパウダーツーリングでは扱いやすい板だったが、そろそろオシャカが近い。

ビンディングは丈夫そうに見えるが、15年間の金属疲労は考慮すべきである。
チリケーブルのシンプルな造りと柔らかいバネが気に入っていた。

チリケーブルに別売りの専用プレートをつけて嵩上げした。
ビンディングは取付位置に悩みながらも自分でセットした。
ブーツのスリーピンをスキー板のセンターに合わせて取り付けたのだったが、はたしてそれで正解だったのかどうか・・・

見た目には、ビンディングがだいぶ後ろ側に付いている感じだが、パウダーでは後ろ側(セットバック)の方がトップが浮いて滑りやすい感じだった。
スキー場の硬いバーンでは横ズレが多かったように感じた。
すべては感じである。

スキーの腕前はあまりよろしくないので、感じでしかものが言えない。
この板とビンディングで楽しんできたのだから、まあこれでいいんじゃない。

靴はもうヨロヨロ状態で、2016年の春スキーのときに靴底が剥がれて接着剤で修理したこともあった。
インナーがヨレヨレで、蛇腹がキレキレとなっている。
ナンノコッチャ。

スカルパのT2は、テレマークスキーブーツとして歩き良し滑り良しのオールラウンドタイプ。
ロッテフェラーのチリケーブルと相性が良かったと自分では思っている。

いちばん緊急性のある用具はこのスキー靴であるが、この際みんな買い換えようときめた。

さて、何を買ったかは次回に「続く」ということで、いましばらくお待ちくだされよ。


ビンディングはシンプルなロッテフェラーのチリケーブル

スカルパのT2のテレマークブーツ
昔のスカルパT2のテレマークブーツ

2020/01/03

今シーズンの初滑りは少雪のモヤヘルズ

少雪のモヤヘルズ
曇り空

今年の青森県は雪が少ない。

青森市内では、年末の31日に15センチほどの降雪があったきり。
正月は、ほとんど降っていない。

正月3日の青森市内の最深積雪は22センチ。
年末31日の青森市内の最深積雪が24センチなので、積雪が年末から年始にかけて微妙に減っている

標高が麓で250メートルぐらいのモヤヒルズの積雪も、青森市内よりちょっと多いという程度だった。

少雪のため今日のリフトは4人乗りコスモスクワッドしか動いていない。
コスモスクワッド1基しか稼働していないので、リフト乗り場は長蛇の列だった。


リフト乗り場は大混雑
リフト乗り場は大混雑


シルバー料金で1,260円の7回券を買って遊んだ。
リフト待ちは5分ぐらい。

私のような単独者は、列の左側をスイスイ進めるのでちょっと早いのだ。
家族連れとかグループの、揃ってリフトに乗るお客さんは、もう少し待たなければならない。

全リフトが動いていれば、長い列ができるほど混まないスキー場なのだが、みんながコスモスクワッド1基に集中するので仕方がない。

てなリフト状態だったが、滑りはまあまあ。
そんなに衰えてはいないと自己満足。

ゲレンデは硬めだが、コスモススクワッドのすぐ西側が深雪になっていて、ここは楽しめた。
深雪の滑りもまあまあと自己満足。

滑りはまあまあだが、脚がすぐに疲れてしまうのが気になるところ。
硬い雪にテレマークなので、ジジイにはこたえる。

コスモススクワッドの東側のワラビゲレンデはテープが張られていて進入禁止。
青森市の中心街から近くて、上級者向きの急斜面もある楽しいスキー場なのだが、雪が少ないので、今日は寂しい正月スキーとなっていた。


リフト脇の深雪はまあまあ滑りやすかった
リフト脇の深雪