投稿

2月, 2014の投稿を表示しています

冬、終わる(4枚の組み写真)

イメージ

「葱買て枯木の中を帰りけり(蕪村)」の本歌取り遊び

葱買て枯木の中を帰りけり
与謝蕪村

数多い与謝蕪村の句のなかで、私は、冬の景色や雪の情景を詠んだ句が好きである。
冒頭のものも、好きな句で、冬枯れの荒漠とした自然が感じられ、その中を歩む蕪村の存在が感じられる。
葱は「ねぶか」 と読むらしい。
蕪村62歳の句であるとか。

冬の日数が足りないと、何が少なくなるの?

イメージ
冬の日数が足りない カレンダー的には、あさっての3月1日から春。
が、実感としては、春はかなり前から始まっていたような気がしている。
青森の今年の冬は、雪が少なかったし、冬らしい寒さの日も少なかった。
そういう冬の日数が、足りないと言えるほど、私的には短い冬だった。
働いている日数が足りないと、稼ぎが少ない。

青森市から北八甲田連峰がきれいに見えた

イメージ
日中、好天が続いた。

上の写真は、午後3時頃、青森市内から北八甲田連峰を撮ったもの。

望遠カメラを持参してなかったので、小さめの写真しか撮れなかった。

お天気が良いと気分が良い。

イベントと季節感(雛祭りと雪祭り)

イメージ
新年を迎えての大きなイベントは、もちろん正月に関わる様々な行事である。

新春イベントと銘打たれて、いろいろな行事が執り行われる。

正月を新春と呼ぶには、時期的に旧正月の方がふさわしい。

旧正月がくれば、春はもうすぐという期待感がわく。

新春の到来だ。

西暦の1月では、北国にとって新春はまだ遠い。

老いと、雪と、あるがままに

イメージ
高齢者の覚悟 晴れた暖かい日が続いて、冬が終わっていくことが実感できるこの頃。
青森市内について言えば、今年の冬は雪が少なかった。
雪片付けの苦労が少なかったから、楽な冬だったという感想をあちこちで聞く。
確かに。
体力の無いお年寄りにとっては楽な冬だったに違いない。
しかし。

ひな祭りの「大事の前の小事」販促戦略

イメージ
3月が近いからか、陽気があたたかくなった。

家の周りに積もった雪が、どんどん融け出している。

今日の予想最高気温は6℃だから、あたたかい訳だ。

昼飯を買いにスーパーへ行ったら、総菜売り場横のワゴンの中に、ひな祭りのお菓子が並んでいた。

菱餅やら雛あられやら。

桜餅やら苺大福やら。

三色団子やら。

これがけっこう売れている。

目の前で若い奥さんが、澄んだ色合いの菱餅をひょいと買い物かごに。

3月3日の桃の節句にはまだ間があるが、ひな祭り関連のお菓子を店頭に出せば売れるようだ。

別に3月3日でなくても、そのだいぶ前から、雛人形を飾っている家庭はたくさんある。

ひな祭りを待ち遠しく思う気持ちと、お祭りを長く楽しみたいという気持ちのあらわれなのだろう。

ひな祭りを待ち遠しく思う気持ちは、雪国の人の、あたたかい春の到来を待ちこがれる気持ちに通じる。

そういう消費者の気持ちを購買意欲に転化させる。

ひな祭りの前に、関連商品を並べている期間が長ければ長いほど売り上げが上がる。

この、期間の設定が勝負どころだ。

そういう販促戦略を何と言うのだろう。

早い者勝ちとか。

先手必勝とか。





スーパーのカラフルな総菜の前で、「大事の前の小事」という慣用句が頭の中にポンと思い浮かんだ。

「大事の前の小事」には 、ふたつの意味がある。

小さな犠牲にかまってはいられないという意味。

大きな事(重要な事)を前にしたら、取るに足りない小さな事(些細な事)などどうでもよいというような。


そうして、もうひとつの意味。

小さな事の積み重ねが重要であるという意味。

大きな事を成す前には必ず小さな事があるから、その小さな事を軽んじていては、大きな事を成しとげることは出来ないというような。

ひな祭り本番の前から、ひな祭りの雰囲気作りをこまめに積み重ね、桃の節句関連の商品を展示してこつこつと販売する。

その「小事」の実績が「大事(ひな祭り本番)」の売り上げに大きく影響するという販促戦略 。

大事の前の小事に抜かり無く、万事よろしく。

ことわざも、販売戦略も、意味や方法を取り違えれば、逆の結果を産む事になる。

なんて、単なる「こじつけ」だろうか。

大事の前の小事。

発想としては、好みなのだが。

頬が腫れて痛む(昔の蓄膿症手術の合併症:術後性頬部嚢腫)

慢性副鼻腔炎の手術 私は17才の夏に慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の根治手術を耳鼻科で受けた。
左右両方の上顎洞が根治手術の対象だった。
局部麻酔をかけられ、
上唇の裏を歯茎に沿って切開され、
ビリビリとした電撃ショックのような痛みとともに、頬部の骨から顔の肉を内側で剥がされ、

その隙間に工具のノミのようなものを突っ込まれ、
ガンガンと金槌で叩かれて、頬部の骨を削られ、
上顎洞の膿を出され、
その部分の粘膜を取り除かれ・・・・・。

局部麻酔 頬部の局部麻酔は、その部分の麻痺は生じるが、意識ははっきりとしている。
おまけに、手術による強い痛みを感じることが多かった。
この手術を局部麻酔で受けた人はみな口をそろえて訴える。
それはそれは、拷問のような手術だったと・・・。
もう、こんな手術は二度とごめんだと・・・。
手術が終わって退院できたときは、ほっとしたものだった。
なにしろセブンティーンの少年だったのだから。

術後性頬部嚢腫 それから8年後の25才のとき、悪夢は再び訪れた。
頬が腫れて痛んだ。
最初は違和感程度だったが、しだいに歯茎上部の頬の痛みが強くなり、頬が目に見えて腫れてきた。
頬部の骨を突き刺すような痛みが続いたのだった。
病院の耳鼻科へ行ったら、術後性頬部嚢腫(じゅつごせいきょうぶのうしゅ)という病名を言い渡された。
これは病名の文字が示す通り、過去に手術を受けた部位に液体の袋(嚢胞)ができてしまい、さまざまの症状を起こす病気とのこと。
過去に慢性副鼻腔炎の手術を受けてから早くて数年、通常は10~20年後に、頬が腫れたり、痛くなったりといった症状が出てくる病気。
過去の手術の合併症 いわば、過去の蓄膿症手術の合併症であるらしい。
病院の担当医師におそるおそるたずねたら、その治療法は、悪夢の再現、ノミで頬部の骨を削る根治手術しかないとのこと。 25歳のときは、片方の右頬部だけの根治手術であったが、たまらない苦痛だった。 こんなことは、もう嫌だと心の中で叫んだのだが・・・。
それから18年、43歳のとき、また頬が腫れて痛み出した。 今度は左側である。 耳鼻科の医師に「運が悪いね」と言われた。 症状がひどくなるたびに、上唇をめくり、頬部粘膜から注射針を刺して排膿を処置してもらい3年ぐらいごまかした。 3年間に5度ほど、この対症治療を行ったが、頬はどんどん腫れだし、痛みは強く…

雪山についての会話力

イメージ
会話力と好奇心 質問をしたり、質問を受けたりすることで、子ども達の「会話力」を育てるという方法があるらしい。
子ども達の好奇心は「訊く」ことが大好きだから、 子ども達の「質疑応答」は好奇心を満たすために盛り上がる。
好奇心は探究心につながる。
「会話」が何かを発見し、何かを創造するまでに盛り上がれば「会話力」育成方法は成果を得たということになる。

トンネル工事と雪洞づくりと雲谷沢偵察

イメージ
みちのくトンネルの工事 

お天気が良さそうなので、折紙山をめざした。

いつものように、みちのく有料道路料金所手前の駐車帯へ。

ところがここは、トンネル工事車両専用駐車場になっていた。

一般車両は駐車してはならないとのこと。

2014年関東甲信地方の大雪がもたらしたもの

イメージ
大量の雪が滅多に降る事の無い地域に暮らす人々は、「自分たちは雪害に遭う事は無い」という思いを抱いている方がほとんどではあるまいか。

そんな地域に、思いもよらない大雪が降った。

それに伴って、多くの被害が発生。

この一週間の、関東甲信を中心とした記録的な大雪は、大雪に無縁だった各地に多くの雪害をもたらした。

冬の口角炎(唇の端が荒れて痛くなる)

イメージ
ビタミンB群の欠乏 2〜3年前の冬に口角炎を発症し、それが治ってから、しばらく口角炎には縁がなかったが、4日ぐらい前から、唇の端に軽い炎症が起こっている。
まだ目立たないが、独特の痛みや、罹患部の様子から口角炎に違いないだろう。
口角炎発症の原因のひとつに、ビタミンB群の欠乏があると言われている。
子どもの頃は、よく 口角炎に悩まされた。

カッコいい女

自分にとって1970年代のカッコいい女と言えば、そのひとりに歌手のりりィが思い浮かぶ。

ギターを抱えて、「わたしは泣いてます・・・・」と独特のかすれ声で淡々と歌うりりィの姿は、当時の私には印象深いものだった。

金色に染めた長い髪と、ちょっと気怠そうな歌いっぷり。

謎めいた存在感。

アオモリトドマツ(オオシラビソ)の運命的植樹

イメージ
平和公園のアオモリトドマツ

右の写真は青森市の平和公園に植えられたアオモリトドマツ。

大きなケヤキのそばに、縮まって立っている。

このアオモリトドマツの根元に角柱の看板があって、どこかの労働組合が記念に植樹したと記されている。

雲谷峠のバックカントリーで雪山用スコップの試運転

イメージ
早朝の雪かき 

首都圏に記録的な大雪をもたらした南岸低気圧の影響か、青森市内にも、昨夜から今朝にかけて30センチ近くの降雪があった。

おまけに、夜中に「除雪ドーザ」が入り、道路上に積もった雪を削って、どっさり駐車場の前に置いて行ってくれたのだった。

公園のゴミ箱と「ブログという箱」

イメージ
現在では、都市公園にゴミ箱を設置しない自治体が増えているらしい。

もともとは公園の美化目的で、各公園にゴミ箱が設置されたようだ。

それが、以下の理由で、ゴミ箱を設置しないことになった。

雪かき用スコップを雪山携行スコップ(ショベル)に改造

イメージ
シュイナード・ショベル 右の写真は、20年ぐらい前に買ったシュイナード・ショベル。
バックカントリースキーでいつも携行しているスノースコップ(ショベル)である。
とにかく頑丈さが評判のスノースコップで、コンクリートを砕く強度を持つと言われていた。

腕力があればの話だが・・・。
このスノースコップの材質は、シュイナード製のカラビナと同じものだという。
頭部(すくい部)と柄が分かれていて、コンパクトにザックに収納できるようになっている。
重さは、561グラムと軽量。
使用するときは、柄部を頭部下の受けに差し込んで、頭部下の受けに付いているリングを握り部の方へスライドさせて固定する仕組み。

この頃の主流は 組み立てると全長が67.5センチ。
バックカントリースキーを始めた頃、必要な雪山用のギアとして、9,000円ちょっとで買った記憶がある。
今は、この製品は作られていない。
この頃の雪山携行ギアとしてのスコップは、もっと頭部(すくい部)に幅のあるものが主流のようだ。

このあいだ雲谷峠にスキーハイキングした際に、山頂でこのスコップを使って雪洞を作ってみたのだが、新雪には効率が良く無かった。
スプーンが小さ過ぎて、雪をわずかしかすくい取ることが出来ない。
その結果、作業がはかどらない。
これでは、非常時にあまり役立たないのでは、と感じたのだった。

シュイナード・ショベルは、春の固い雪質を砕くのには適していて、その用途では良いスノースコップなのだが。

スノースコップの必要性 (1)雪崩による埋没者の救出。
(2)ビバーク時の雪洞づくり。
(3)食事のときに、強風を避けて暖を得るための風除場所の設営。

などなどの理由で、バックカントリースキーにスノースコップは必携である。
そのため、大きいスプーンの雪山携行スコップが必要だな感じていたとき、日常使っている雪かき用スコップが目に入った。
下の写真のスコップがそれである。
これを雪山携行スコップ(ショベル)に改造したらどうだろう。



改造の条件 このスノースコップ(銀象印アルミスコップ)の着目点は以下の通り。
(1)比較的軽い(重量1.1キログラム)。
(2) すくい部が広くて、雪のすくい出しに効率的(先幅29.5センチ、長さ40センチ)。
(3)すくい部が丈夫そう(板厚2ミリのアルミ合金)
(4)雪山携行スコップへの改造が簡単そう…

枯葉が散らない雲谷峠山頂のカシワの木

イメージ
昨日の山行で見かけたカシワの木。
雲谷峠の山頂付近に一本、ぽつんと立っていた。
山頂の南東方向に 大きな雪庇が出来ていたので、このあたりは強風地帯なのだろう。

それにも関わらず、カシワの枯葉が散っていない。

カシワの木の強靭な生命力
もともとカシワの枯葉は、冬を越えて、春の新芽の芽吹きまで散らないものだという。
そうは言っても、この強風の山頂で、葉を散らさないのは強靭な生命力故なのだろう。
そう言えば、里のカシワの枯葉は、もっと密集して枝に付いている。
そういう姿で冬を越す。

雲谷峠山頂のカシワは、それに比べると寂しい「残り葉」だ。
強風に耐えているギリギリの姿なのだろう。

カシワは、痩せた乾燥地でも成育するというから、 やはり生命力の強い樹木。
津軽半島の西側の屏風山砂丘にも、クロマツとともにカシワの木が植林されている。
冬の厳しい季節風から津軽半島の集落を守る防風林を形成しているのだ。

カシワの木に近づいて、葉の匂いを嗅ぐと、微かな香り。
懐かしい柏餅の香りがした。
でも、それは・・・。
柏餅の香りはカシワの葉の香りなのだったね。


「爺の日」の御神木
柏餅は、5月5日の「端午の節句」の供え物として作られる。
「こどもの日」のお菓子である。

だが、強風に耐えて、枯れても枝先にしがみついているカシワの枯葉の姿は、したたかな爺を連想させる。
しぶとい老いの姿。
これは、悪環境にめげずに生きている爺の姿だ。
もしかしたら、私が目指すべき姿なのかもしれない。
だから、柏餅は「こどもの日」ではなく、「爺の日」にこそ似つかわしいお菓子なのではあるまいか。

ところで「爺の日」っていつ?
「敬老の日」で無いことは確か。
爺が一日をしたたかに生きれば、その日が「爺の日」
カシワは落葉樹のくせに、一年中、枝に葉を付けているから、一年中が「爺の日」であると言えなくも無い。

そうであれば、この、枯葉が散らない雲谷峠山頂のカシワの木を「爺の日」の御神木として崇めねばなるまい。
厳冬期の暴風雪の雲谷峠山頂で「爺祭り」なんてことも有りかもしれない。

なお、冬になっても落葉しない柏の葉を「本柏(もとかしわ)」と昔の人は呼んでいたという。
そんな柏の木には「葉守りの神」が宿っていると考えられていたらしい。
「葉守りの神」は、葉を絶やさずに樹木を守護する神。
「爺の日」は、そんなありがたい神に守られてい…

モヤヒルズのバックカントリーで冬山トレーニング

イメージ
モヤヒルズのある雲谷峠 
空が曇っていて、青森市内から八甲田山が見えない。
悪天候の予報も出ていたので、今日は近場の雲谷峠(もやとうげ)で冬山トレーニングと決めた。
「雲谷峠」という、「峠」の文字が付く地名(山名)だが、このピークの直近を通っている峠道は無い。

節分の料理としての恵方巻き

イメージ
今日は節分。

幼稚園や保育所で豆まき大会が催される日である。

そして近年、 全国に定着したのが、節分の「恵方巻き」

節分に「恵方巻き」を食べると縁起が良いという習慣は、昔は大阪地方の地域限定的なものであったらしい。

日曜日の建設工事現場

イメージ
広い空き地だった場所が、工事現場になっていた。

今日は日曜日なので、工事現場に作業員の人影はない。

雨が降ろうが、雪が降ろうが、築き上げなければならないもの。

その基礎が完成しつつあるようだ。

あおもり雪灯り(ゆきあかり)まつり

イメージ
青森駅周辺で、「あおもり雪灯り(ゆきあかり)まつり」というイベントをやっていたので、ちょっと覗いてみた。

青森駅前広場には、青森市民手製の「雪灯り」が雪の上に散らばっている。
昔、漁業で使われていた「ガラスの浮き玉 」の中へろうそくを灯してみたり。

バケツぐらいの大きさの、円筒形に作られた雪灯篭のなかにろうそくを灯してみたり。
ろうそくの灯と雪の組み合せで、幻想的な雰囲気を演出しようとしているようだが。
手作りの生活感は感じられたが、幻想性は見当たらなかった。

生活臭のなかに、ほのかな幻想性を感じる所は、この青森駅近くの「第三振興街」と呼ばれる飲食店街。
老朽木造家屋が密集する飲屋街は、空き店舗が目立つ。
辺りに夕闇がせまると、廃墟のような外観の飲食店街に、点々と灯がともる。

戦後闇市の活況が消えたまま、現在までその形骸を残している入り組んだ路地に、点々と飲み屋の灯がともり始める。
ぼんやりと眺めていると、そこに、かつての幻影を見る思いがした。
そういう、近付き難い時間のズレを感じてしまうのだ。
それも、幻想。

それはさておき、雪灯り会場に目を移すと。
こういう風景をどこかで見た事がある、と気づく。
そうだ、「小樽雪あかりの路」の写真で見た風景にちょっと似ている 。








「小樽雪あかりの路」にちょっと似ているが、これだけは青森独自のものなのだろうと思うものがあった 。
それは、下の写真。
こちらは、ワラッセ西の広場にあった。
リンゴ箱を積み上げて作った、「リンゴ箱ドーム」というか、「リンゴ箱小屋」というか。

そのなかの「カラフル張り子提灯」も、郷愁もの。
提灯とは張り子なのだが、あえて張り子提灯と言いたくなるほどのプリミティブ 加減。
これが雪原の中にあれば、かなり幻想的なのでは、と思った。
「リンゴ箱小屋」は 廃墟で、その中の「カラフル張り子提灯」は廃墟の内部を照らす原始的な灯り。
日常的に身近な素材で、こんな非日常的な幻想空間を作ったのはどなたの仕業か。

それは、青森の雪の夜の仕業さ。
青森の雪の夜があってこその、元闇市「第三振興街」。
青森の雪の夜があってこその、あおもり雪灯りまつり。






不眠の一因は、体力が無いと適度な疲れが得られないからか

イメージ
この頃、夜中に目が覚めることがちょくちょくある。

いったん目が覚めたら、なかなか寝つけない。

年配者のそういう体験話を、よく耳にするから、それは年齢のせいなのだろう。

若い頃は、というか、50代頃までは、こんなことはなかった。

スポンサードリンク

◆過去記事の閲覧(クリックすると展開します)

もっと見る

全期間を通しての人気記事10選

大腸ポリープを切除した後の注意点

大腸ポリープ切除手術

マレットフィンガーの発症から完治までの経過

自動車の鍵を全て紛失した場合

マレット指が元の状態に回復して完治

食後にお腹が鳴る(腹鳴)のを解消する方法として「腹式呼吸」を実行

植栽のいろいろな雪囲いの仕方

視界の一部がチラチラ(チカチカ)して、ものが見えにくい・閃輝暗点

私の雪かき道具とその使用方法

ビールを飲むと翌朝下痢をする