2013/11/30

雪囲いされた気分の晩秋の空

雪囲いの板
雪囲いの板越しに空を見上げる。
今日で11月も終わり。

明日からは、秋が退いて冬がやってくる。

公園の、雪囲いが済んだツツジの脇から雪囲いの板天井を眺める。

まるで、ツツジと一緒に雪囲いされた気分。

板材の質感のせいか、この中から見上げる空は、優しい光を放っている。

寒い朝、クルマのエンジンの掛かりが悪い原因(グロープラグ・予熱プラグの劣化)

カーバッテリー
新品のバッテリー。
バッテリー交換
秋口に入ってから、朝の出勤時の、クルマのエンジンの掛かりが悪くなった。
ディーゼルエンジンの「与熱」を念入りにかけても、セルモーターの回転音がしばらく続いてから、やっと始動する有り様。
クルマの後を見ると、排気筒から白煙がモコモコ。
自宅から事務所まで7〜8キロ走って、駐車場にしばらくクルマを停め、後に用事で出かけるときなどには、エンジンは一発で始動。

2013/11/29

納豆とネギの組み合わせが、なぜ良いのか

朝食の納豆
朝食のネギ入り納豆。

一般に日本人は、粘り気のある食物を好むと言われている。

ご飯には、モチモチした食感のお米の方が美味しいとか。

価格の高い高級米 と言われている米(コシヒカリなど)は、柔らかくて、粘りのなかに甘みが潜んでいて、そういう食感に人気があるようだ。

ナメコ(キノコ)の粘り、ナガイモの粘り、昆布の粘り、山菜のミズ(ウワバミソウ)のトロリとした食感と、日本には粘り系で愛食されている食物が多い。

もっとも、食の好みは人それぞれだから、日本人だから粘り系を好むとは断定できないが。

粘り系食物の代表格は、納豆だ。

関西地方出身者は、納豆が苦手な方が多いと言われているが、現在では関西地方でも納豆の可食率は上がっているらしい。

 さて、いくら粘り気のある納豆が好きだからと言っても、やたらにネバネバしたものには閉口してしまう。

過度なネバネバを抑えて、好みの粘り気で納豆を愛食するために、色々な納豆の薬味が登場する。

たまごとか、青じそとか、からしとか、大根おろしとか。

私が最も好むのは、長ネギの刻み。

納豆にはこれしかないと思っている。


納豆にネギはなぜ合うのか。

もっとも、ネギには、納豆どころか、いろんな食材に合う「調味料」的なところがある。

ラーメンやそばつゆ、みそ汁に冷や奴と、ネギ無くしては、味が引き立たない料理が多い。

なかでも、納豆には欠かせない薬味だと、私は思っている。


(1)納豆のトロリとした粘りに、長ネギのピリッとした辛みが良く合っていて美味しい。

(2)長ネギのサクサクした歯触りが、納豆の過剰なネバネバを抑えてくれる。

(3)長ネギ自身の粘りが、納豆のネバネバと混ざり合って、食べやすい適度な粘り気を 実現している。

(4)長ネギの香りが、納豆の強い匂い(刺激臭)を和らげてくれる。

(5)納豆の茶系の色に、長ネギが、緑の色合いを添えて、見た目としても食欲が湧く色合いになっている。

以上5点が、私が思いついた、納豆にネギが合う理由。


また、ネギにはビタミンA、C、β-カロティンが含まれていて、栄養的にも納豆とベストマッチだとか。

体に良いものは美味しい。

だから、納豆とネギの組み合わせは、 私にとってベストマッチなのだ。

2013/11/28

雪降る前の街の色彩

ドウダンツツジの赤と除雪ドーザの黄
黄色いボディーの除雪ドーザとドウダンツツジの赤い紅葉。
美術展示場の駐車場に除雪ドーザが配置された。

真新しい除雪ドーザは、「何時でも来い」 と雪待ち顔に黄色く光っている。

その向こうの、隣接する公園を囲んでいる生け垣の、ドウダンツツジの赤が鮮やかだ。

除雪ドーザの黄色とドウダンツツジの紅葉の赤との対比が、何やら晩秋的で面白い。

2013/11/25

アケボノスギ(メタセコイア)の冬芽と落葉と新しい言葉

アケボノスギの冬芽
アケボノスギ(メタセコイア)の冬芽。
 近所の公園のアケボノスギ(メタセコイア)の黄葉が散りつつある。

羽状に対生している葉の側枝の根元に、可愛らしい冬芽。

冬を前に散り滅びていくものと、果敢に冬を乗り越えていくものが混在している。

まるで、人の気持ちのようだ。

潔く何かを捨てながら、生きる力を蓄える。

2013/11/24

平沢林道の隠れ家的風景

カラマツが黄葉した山に陽が差し込む。
 今日の午後遅く、滝沢地区の 平沢林道を散歩。

平沢林道のある谷は、文字通り沢筋の谷が開けていて平地部分が広い。


仕事が詰まっていて、日曜日だが仕事。

そんな時の気分転換の散歩に、平沢林道は、私にとって最適。

クルマで20分ぐらいの距離だから、近いので来やすい。

2013/11/22

蝉の死骸と駄菓子

駄菓子
【駄菓子の詰まった木箱。】


山形県の長井市というところで、木の幹に止まったまま死んでいるアブラゼミが見つかり話題になっている。
そういう記事を「YAHOO!ニュース」で読んだ。

「YAHOO!ニュース」が、山形新聞のウェブサイトにある「アブラゼミの記事」を転用。
その記事を要約すると。
長井市平山で造園業を営んでいる男性が、木の幹に止まったまま死んでいるアブラゼミを発見したとのこと。

山形新聞のウェブサイトの記事を読んだ多くのユーザーが、死んでいながらも風雨に耐えて、木の幹にしっかりとつかまっているセミの姿に感動。
その評判が、山形県内に広がったという。
とってもローカルな出来事。

その山形新聞のウェブサイトの記事を、「YAHOO! ニュース」 で取り上げたら、今度はネットで全国的に話題になっているようなのだ。

見つかったアブラゼミの写真がある「写真付きの記事」(山形新聞11月22日)のリンクにアクセスが集中して、山形新聞のウェブサイトの該当ページが、いっとき閲覧できなくなったという。

同時刻にアクセスが集中するほど、この記事が注目を集めたのだから、こういうのも「ネット用語」で言う「炎上」に当たるのだろう。

しかし、アブラゼミの死骸はそんなに珍しいものではない。
秋口に林の中で蟻に喰われかけたものをよく見かける。
それこそ、木の幹につかまったままの死骸も、私はときたま見かけている。

セミの脚の爪が樹皮にひっかかったままになって、それで死骸が落下しないのだ。

アブラゼミの死骸を話題にした人達は、そんなアブラゼミの姿に何を見たのだろう。
死んでもラッパを放さなかった兵士のことが話題になったのは、何時の時代だったか。

アブラゼミながらも、死んでも生きる姿勢を崩していないという姿に「生きることの意味」を感じて、多くの人達が勇気づけられているということなのだろうか。

一種の美談?

一方、この記事を読んだ私は、何を感じたか。
それは、駄菓子。

子どもの頃、拾ったセミの死骸を糸に結んで振り回しながら駄菓子をかじっていた。
なんというバカガキ。
その事を思い出して、アブラゼミの死骸から駄菓子を連想してしまった。

この連想は、「生きることの意味」からは、かけ離れたものだ。
駄菓子の「駄」は、「馬」と「太」という部分で出来ている。
太った馬は役に立たない。
でも駄馬は、荷役という労働で充分役に立っている。

それはさておき。
駄菓子とは、高級菓子と比較して安価な菓子のこと。
庶民の子どもの間食となっている菓子である。

「生きる意味」について考えることは、真摯な心情と言える。
心情としては、ハイクラス。
高級な心情。

それに対して、蝉の死骸に駄菓子を連想するなんて、私の連想は低級なのだろうか。
少なくとも、高級な美談からはかけ離れたものである。

蝉の死骸と駄菓子。
ちょっとシュールな関係。
世間的には、認め難い発想である。

だが、私の思い出のなかでは、シュールでもなんでもない。
過去にあった現実なのである。
その現実も、今考えるとちょっと不思議な世界のような気もするが・・・

「セミの死骸を糸に結んで振り回しながら駄菓子をかじっている子ども」

いやいや、私が育った津軽半島の村には、周囲にそんな子どもが大勢いたような記憶がある。

小生物の生や死が、玩具だった子ども時代。
そういう風に「死」と触れ合っていた思い出が、私に連想させたのだ。
蝉の死骸と駄菓子。
リアルな発想が、一方ではシュールな発想に受け取られる。

木の幹に絡みついているアブラゼミの死骸を「美談」とは思わないのが私のリアルな発想。
アブラゼミの死骸に「夢」や「希望」も感じない。
勇気づけられもしない。
「生きる姿」の偶像だとも思わない。

子どもにとって甘美だった駄菓子が、決して甘美ではなかったものとたまたま同居していた。
そんな不思議な世界を、「木の幹に止まったまま死んでいるアブラゼミ」の話題で思い出したのだった。
それだけのこと。

嫁との張り合いでスマホを買った姑

姑仲間のK子さんから、B子さんの携帯に電話があった。

「どう?」とK子。
「どうって、何?」とB子。
いつもの雑談とは違うような感じのK子さん。
「音!いいでっしょっ!」
いつもながら、K子さんはテンションが高い。
「音って、通話音のこと?別に普通じゃないの。どうしたのよ」とB子。
「スマホにしたのよ!」とK子。
「何、それ?フスマがどうしたって?」とB子。
「違うわよ、スマホよ、スマホ、携帯をスマホにしたのよ。」とK子。

大腸内視鏡検査の予約

昨夜から軽い腹痛と下痢。

夕飯のキムチ鍋が、多忙によるストレスで弱っている胃腸に影響したのか。

今年はまだ大腸ポリープの定期検診を受けていない。

7月がその予定月だったが、仕事に追われて、予定を組めなかったのだ。

そのことも気になっていたので、今回の腹痛・下痢に関して、胃腸科医院の医師に診てもらった 。

今まで大腸の検査を受けていた医院は、検査の度に検査の医師が変わるので、ちょっと不安だった。

そのことは、以前の大腸ポリープ検査の記事にも書いた。

不安に思っていたから、今回は、医院を替えることにしたのだ。

今日診察を受けた医院は、拡大内視鏡の設備があるという。

拡大内視鏡とは、通常倍率(5倍程度)から100倍までの拡大観察ができる装置のこと。

この拡大内視鏡によって、大腸壁の表面構造の詳細な観察が出来、より確実な診察が可能であるという。

それが、この医院を選んだ大きな理由。

また、知り合いが通っているという話も、参考になった。

全く知らない病院よりは、多少でも情報のある病院の方が安心感が湧く。

それに、この医院のウェブサイトには、自医院での内視鏡検査についての説明のページがある。

ホームページを開設している病院の方が、まったく情報の無い病院よりは、信頼感を抱きやすい。

今は、一般的にそうなのだ。

これらも含めて、私の病院を選択する基準は以下の通り。

(1)医師の評判。

(2)医院の設備。

(3)病院職員の人柄や医院全体の雰囲気。


さて、今日の診察の結果は、問題点は見当たらないという。

尿検査と問診と超音波検査が主な診察内容。

その結果、早急にどうということは無いという結論だった。

で、詳しいことは次回の大腸内視鏡検査で、ということになった。

11月いっぱいは多忙なので、検査は12月6日と予約した。

(1)それまでに、検便用の便の提出。

(2)検査日前日と検査日は検査食を摂ること。

(3)検査当日は、自動車を運転しての来院、自転車での来院は避けること。

以上が、この医院での注意事項だった。

私の大腸ポリープ体験記事のまとめページです。関心のある方は、こちらの閲覧もどうぞ。

2013/11/21

グレーチングの盗難と廃品回収の老人の怪我

グレーチング
道路の側溝にかけられたグレーチング。
今朝のテレビニュースで、グレーチングの盗難事件の報道があった。
盗難品の転売容疑で、奈良県在住の男が逮捕されたという。
グレーチングの転売先から、容疑者の関与が浮上したらしい。
グレーチングといえば、以前書いた「側溝蓋の様々な方法」で取り上げたことがある。
グレーチングとは、鋼材を格子状に組んだ溝蓋のこと。
道路の排水路(側溝)にかける蓋としておなじみだ。

2013/11/20

スナックはストレス解消に最高!

久しぶりに、姑連中が集まって、日頃の憂さ晴らしにカラオケスナックへ行ったとさ。
以下は、そのお話。

2013/11/18

雪囲いの板と除雪車

公園の隅に積まれた雪囲いの板。
この間の大雪は、公園の雪囲いがまだ終了していない状態で降り積もった。
突然の降雪・積雪に雪囲いの作業が遅れがち。
右の写真のように、雪囲い用の板が、まだ積まれたままになっている。
それとは対照的に、公園の脇の駐車場には除雪車が勢揃いした。
こちらは、いつ雪が降っても、準備OKという様子。

2013/11/16

池の底の落葉と屋根の雨樋詰まり

公園の池
紅葉に囲まれた公園の池。
平和公園の池の周囲の紅葉が終わりかけている。

池の底には、落葉がびっしり。

落ちたばかりの時は、水面に浮いていたのだろう。

今は、水を吸い込んで、池の底を埋めている。

池の底から空を見上げている。

2013/11/12

雪と紅葉の写真

雪と桜の紅葉
ソメイヨシノの紅葉に雪。
昨日、青森市に初雪が降った。
雪は夜中に降り続けて、今日の朝には、まとまった積雪となった。
例年だと、初雪は地上に落ちてすぐに消える。

今年の初雪は、ほぼドカ雪状態。
紅葉半ばの近所の公園の木々は、白い雪を被って、趣を変えている。

2013/11/09

お気に入りの作業靴を新品に

履き古した作業靴
履き古した作業靴。
作業ズボンの新しいのを買ったのに続いて、現場用の作業靴を新品に替えた。
上の写真の作業靴を、2年ぐらい履いたが、もう限界。
右足用の靴の折れ曲がる部分に出来た「シワ」が損傷に発展して、筋状の穴が開いている。

この靴は、安全靴仕様になっていて、靴の「先芯」に鋼板が入っている。

2013/11/04

この頃、味にうるさくなったダンナ

またまた、女友達とそのダンナの笑い話。

植栽の木枠梱包のような雪囲い

雪囲い01
公園事務所の前の雪囲い。
 平和公園の公園事務所前に植えられたドウダンツツジの雪囲いが仕上がっていた。
この公園で、もっとも早い雪囲いである。
去年の秋は、11月の24日頃 には、公園の雪囲いが終了していた。
ドウダンツツジの葉が、鮮やかな色に紅葉しつつある。

2013/11/03

土石流で破壊された堰堤

破壊された堰堤を上から見る。
毎年、秋の遅くにキノコ採りに訪れる沢の堰堤が壊れていた。
去年の秋は壊れていなかったので、今年の大雨で壊れたのだろう。
上の写真を見ると、コンクリート製の堰堤ではあるが、断面がボロボロで、相当古いものであることがわかる。

山で感じる「生活感」とは、山を歩くことで身につけた「死生観」のようなもの

森の紅葉
森の紅葉。
 キノコ採りに入った沢をハイキング。
ご覧の通り、特別な景色は何も無い。
山岳地帯なら、どこにでも有りそうな渓谷の風景。
こんな景色は無数にあることだろう。
唯一無二の絶景では無い。

沢のヤナギの木に付いた天然のエノキタケ

エノキタケの幼菌
エノキタケの幼菌。
毎年キノコ採りに訪れる金木町の山へ行った。

今年は遅い「金木の山参り」。

時期的にヌメリスギタケモドキはもう無いだろうと思っていたが、少々残っていた。

収穫の大半は、写真にある天然のエノキタケである。

先に、イワナ釣りのオジサンが沢に下りていて、ナイフで丁寧にエノキタケを採取していた。

2013/11/02

メルヘンチックなサクラの紅葉の落ち葉

サクラの落ち葉01
サクラの落ち葉。
サクラの紅葉のことは以前にも書いた。

サクラの紅葉の落ち葉も良いものだ、と書いた。

サクラの、色とりどりの落ち葉が地面に敷き詰めはじめると、ますます、良いものだという思いが募ってくる。

とてもメルヘンチック。

メルヘンチックとは、童話の世界に出てくるような愛らしさ、不思議さ、神秘さがある雰囲気や、そういう様子を意味する和製英語だという。

2013/11/01

作業着として動きやすいニッカズボン

ニッカズボン
色数に乏しいニッカズボン。
作業服としてニッカズボンを買った。
理由は、冬場に股引などで厚着しても、作業現場で動きやすいから。
ニッカズボンの動きやすさは、登山用のニッカポッカで実証済み。
近頃は、登山用のスラックスの普及で、山でニッカポッカを着用しているハイカーを見かけることが少なくなったが。

小路の奥の紅葉と青空

紅葉
小路の突き当たりに黄葉。
11月に入って街の紅葉が一段と進んでいる。

今年も、写真の小路から眺める紅葉(黄葉)がすばらしい。

山の「紅葉の名所」の紅葉も見事だが、住宅街の小さな公園の紅葉も光り輝いていて美しい。

生活の場に身近な紅葉は、どこか郷愁を誘うところがある。

それは、子どもの頃、家の周りで見た紅葉と共通する雰囲気を持っているからだろう。