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8月, 2012の投稿を表示しています

長期間の高温少雨

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この夏、記録的な猛暑に襲われているアメリカでは、雨不足による干ばつで農産物の被害が拡大している。
56年ぶりだという大干ばつで、大きな打撃を受けているのはトウモロコシ畑。
トウモロコシに続いて、大豆や小麦の生産量が大幅に落ち込んでいるらしい。
このアメリカの大干ばつが日本にもたらす影響として、日本国内の牛肉や乳製品の価格の上昇が懸念されている。

さて、私が住んでいるこの地方でも、7月の中頃から高温の晴れ続きで、降水はわずかしか無い。ことに津軽地方では、8月後半の高温少雨の影響で水不足の心配が高まりつつある。
津軽地方の岩木川水系が少雨で水量不足状態だから、稲を中心とした農作物への影響が心配されている。

青森市の水源は膨大な保水力を誇る北八甲田連峰であるから、水不足の問題はそれほど深刻では無い。

ラーメンチャーハン

お腹が空いていてお腹の調子が良いときは、昼食にラーメンチャーハンを食べる。

私が時々食べに行くラーメン屋さんのメニューに、ラーメンと半チャーハンのようなラーメンチャーハンセットは無い。

普通盛りのラーメンと普通盛りのチャーハンを、それぞれ単品で注文するのである。

こういう食べ方をしているお客さんを時々ここの店で見かける。
比較的太ったお客さんが多い。

それはそうである。
チャーハンのご飯部分は炭水化物。
ラーメンの麺部分も炭水化物。

普通ラーメンプラス普通チャーハンでは、炭水化物の摂り過ぎで体脂肪がどんどん増えてしまう。

だから、チャーハンだけでは物足りないなら、チャーハンプラス野菜スープなどにすれば良いのであるが、そうはいかない。

私はラーメンが食べたいのだ。
で、ラーメンだけでは物足りないので、ついついチャーハンを注文してしまう。

それほど、ここのラーメンは美味しいのか。
いや、不味い。
不味いけど、安い・・・300円。

今時、一杯300円という値段のラーメンは、ここでしか食べられない。
しかし、不味い。

不味いけど、食べられないほどの不味さでは無い。

昔々の、懐かしい、郷愁的な不味さが漂っている。
昔々の、貧しさに近い不味さと言っても良いであろう。

チャーハンも同様である。

チャーハンは400円。
合計で700円。
ランチで700円とは、ここらではちょっと贅沢。
不味いプラス不味いが贅沢になる食生活の方法が、ラーメンチャーハンを食べること。

ラーメンチャーハンは炭水化物の集合体だが、野菜部分も微かにある。

ラーメンスープの中を泳いでいるネギと、チャーハンのなかに混ざっているピーマンと人参とタマネギと・・・・。

ラーメンのスープを飲みながらチャーハンの飯を食べ、チャーハンの具(玉子・野菜・魚肉ソーセージ)を副食にしてラーメンの麺を飲み込む。

「主」と「副(従)」が交互に入れ替わるパラドックス。

ラーメンチャーハンはチャーハンラーメンでもある。

昔、関西地方のラーメン屋さんで、チャーハンとラーメンをたのんだら、注文聞きのお姉さんが調理場に向かって「チャーランいっちょう!」と元気よく叫んでいた。

「チャーラン」今は死語か。

そういえば、ラーメン300円のこの店では、お客がくるとラーメン屋の若いマスターが「イラセー」と言う。

別に方言では無い。

おそらく、「いらっし…

年をとると身長が縮む

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身長測定 若い頃は、身体の肉が増えたり減ったりして体重が増減する事はあっても、身長が縮むことは無いと思っていた。
しかし、老齢とともに身長は縮むのである。
46歳の頃、ちょっとした手術で入院することになり、10年ぶりぐらいに身長を測ってもらった。
そのとき、看護婦さんから告げられた数字が165センチだった。

測り間違えだろうとと思い、もう一度看護婦さんに測定をお願いしたら、その看護婦さんは怪訝な表情で、「やっぱり165センチですよ。」と言った。

不親切な看護婦 私は私の身長が小柄ながらも167センチあると思っていたので、不思議な感じがしたのだった。
2回目の測定では、背筋をきちんと伸ばして最良の姿勢で測ってもらった結果が165センチだったので、その数字で納得せざるを得なかった。
私の最終の記憶では、30代の半ば頃まで、私の身長は167センチと決まっていたのだから・・・。

そのときの看護婦さんも看護婦さんである。
看護婦の職業的な知識として、老齢化とともに身長が縮む事があると患者にアドバイスしてくれても良さそうなものだが・・・。
何も専門的な話でなく、雑談程度にさらりと、身長が縮む事を教えてくれても良さそうなものだが。
そんなに看護婦さんの仕事は余裕がないのだろうか。
それは、さておき・・・・。

身長が5センチ減少 去年の1月に、内視鏡による大腸ポリープの摘出手術を日帰りで受けた時も身長の測定を受けた。
この時の測定身長が162センチであった。
なんと、若い頃から5センチも背丈が減っているじゃないか。
しかし、このときは平然としていた。
「あら、そうなの。」という感じである。

心のなかでは「また減ったのか!5センチも縮んだのか!」とショックだった。
最近腰痛が頻繁に起こるのも、この身長の減少と関係があるのかも思った。
が、そんなことを看護婦さんに訊ねても、ここは整形外科ではなく胃腸科であるから、その若くて可愛い看護婦さんは何とも返答出来ないだろう。

背骨の椎間板の減少 人間の身長は、中年期ぐらいから加齢に従って少しずつ縮んでいく傾向があるらしい。
加齢とともに身長が縮む原因の中で、特に大きなものが背骨の椎間板の厚みの減少であるとか。
大半が水分で出来ている椎間板の水分量が、加齢とともに減少していく傾向があり、椎間板から水分が失われると椎間板が縦方向に潰れ、その厚みが減り、…

森田童子の「ぼくたちの失敗」

もし自分の人生の一時期を、映画を見るように思い返すことがあるとしたら、その一時期とは18歳から28歳ぐらいまでの10年間のことであるように思う。

私に関して言えば、そのころが一番、心と身体が激しく動いた時期だったような気がする。

なぜ、こんな感慨が湧いたかと言うと、久しぶりに森田童子の歌を聴いたからだ。

あるブログ記事から、YouTubeのサイトに導かれて、「ぼくたちの失敗」を聴いたのだった。

「春のこもれ陽の中で・・・・・」で始まる歌声に聞き入ってしまう、私と同年代の人たちが大勢いる事だろう。

森田童子は1952年生まれだと言うから、1970年代に青春を過ごした私(たち)とは、まったくの同年代と言える。

私がその時代に森田童子の歌を聴いたのは、学生寮の自室のラジオからだったと思う。

「さよなら ぼくの ともだち」という歌声が印象的だった。

何度も繰り返されるこのフレーズのように、この頃は多くの若者が出会いと別れを繰り返した。

「君のやさしさに うもれていたぼくは 弱虫だったんだよね」

当時の若者のなかには、こういう気分を抱きながら青春の日々を過ごしていた人たちが少なからずいた事だろう。

だが、森田童子の歌の詩が、当時の若者の心情を表現していたとは思わない。

荒々しい心情から解かれたときの、静かな隠れ家のような空間性が、森田童子の歌を被っていたように思える。

その被いの下に、彼女の歌を聴く若者たちが身を潜めたように思う。

森田童子の歌っている世界は、現実の生活に寄り添っている牧歌的な物語のようである。

歌のムードと彼女の容姿の雰囲気が、その物語を過去に疑似体験したような懐かしさを醸し出している。

私が森田童子の歌から感じるのは、「時代の現実からの放浪」というような漠然とした想いだ。

現実の世界の進行と同時に、当時の若者の脳裏では牧歌的な放浪生活も進行していたように思う。

そして、ため息を吐くように歌う彼女の歌い方が、現実の世界と牧歌的な放浪生活の境目をぼかしていたのだ。

ビールを飲むと翌朝下痢をする

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アルコール類を飲んだ翌朝下痢をする 昨夜は、テレビを見ながら缶ビール500mlを3本飲んだ。
で、今朝は朝食後お決まりの下痢。
ネットで調べると、ビールやお酒を飲んだ翌朝に下痢をする人が多い。
ネットの質問コーナーには、その対処方法を求める質問者も多い。

下痢が気になるなら、ビールを飲まなければ良いのだ。
とも、言ってられない。
真夏日が続き、熱帯夜が続くと、ビールでも飲んで寝てしまおうということになるからだ。

ビールと下痢 ビールを飲むとどうして下痢になるのか。
ネットには諸説様々である。
ビールを飲むとどうして下痢になるのか、その医学的な根拠を知りたい方は、ネットで納得するまでお調べ下さい。

全ての人がビールを飲んだ翌朝下痢をする訳ではない。
また、缶ビール350ml1本でもお腹が痛くなる人もいるらしい。
ビールを飲んだ後、一週間も一ヶ月も下痢が続くようなら、医師の診断を受けるべきである。
ビールを飲んだことがきっかけになって、何処かの内蔵が故障したのかも知れない。

ビールを飲んだ翌朝や翌々日ぐらいまでの下痢なら、自分はそういう体質なのだと自己管理の項目を増やさなければならない。
あるいは、身体や、特に消化器官が疲労気味であるのかも知れない。
養生のサインが出ているのだと思う。
飯を食い過ぎたり、コーラを飲み過ぎたり、餃子を食い過ぎたりしても下痢をする。
そういうことで、お医者様に苦痛を訴える人はいないと思う。

過剰は禁物 何事も過剰がいけないのだ。
だが、ビールとかお酒類は、得てして過剰になりがち。
胃や腸や肝臓や膵臓の許容量をオーバーしたら、何らかの反応が生じるのは当然のこと。
その許容量に個人差があるのも当然の事。
欲望や食べ物の好き嫌いにも個人差は存在する。

他人が下痢をしないのに、自分がビールを飲むと翌朝下痢をするのはおかしいと考える方がおかしい。
その他人は、自身の適量を心得ている人かも知れない。

で、私の場合はと言うと、適量であるときもあり適量を過ぎるときもある。
居酒屋での雑談が弾んで、調子良く飲んでいるときは、翌朝の下痢を予感しつつ、快楽に身を委ねているという感じかな。

習慣を変える かなりの量を飲んでも翌朝下痢をしないから、下痢をしなければどんなに飲んでも大丈夫ということにもならない。
ビールを飲むと翌朝下痢をするのが習慣になっている、という健康…

身体に白い斑点が出る

原因不明の皮膚病 前回の記事で「老人性白斑」のことに触れた。
「老人性白斑」の他に、症状として似た皮膚病に「尋常性白斑」がある。
「尋常性白斑」は皮膚の一部の色が白く抜け落ちる、原因不明の皮膚病であると言われている。

日に焼けたら老人性白斑が目立ってきた

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昨日の日曜日は、また海水浴だった。
Tシャツを着て泳いだので、先週のような、日焼けによる肩と背中のヒリヒリは全く無い。 直射日光の下では、それなりの対処方法が必要なのだ。 大きめのポール付きタープも持参したので、休憩時は日よけが出来て快適だった。 脚のほうは、先週と昨日の海の日焼けで褐色さが増してきた。

陽にやけて目立つ白斑
脚が褐色になると、目立つのが「老人性白斑」だ。
私の場合、50代の中頃からポツポツと白いものが目立ち始めた。 最初、これを脚部の太腿に発見した時は、あのマイケル・ジャクソンも罹患したという白ナマズ病(尋常性白斑)ではないかと心配した。


老化現象
しかし、白斑の斑点は米粒大で小さく、斑点同士が融合したり、小さな白斑が拡大したりしないので、「尋常性白斑」では無いと自己診断した。
白斑のできる場所が下肢に止まっているのも、「老人性白斑」と判断した理由だ。 「尋常性白斑」は治りにくい皮膚病と言われていて、白斑が発生する場所が、人の目につきやすい顔や腕や手であることも少なくない。 年頃のお嬢さんの顔に「尋常性白斑」が出たら、気の毒なことである。
「老人性白斑」は、高齢者の四肢や体幹に出ることが多いらしい。 特徴は、直径が10ミリ以下の境界のやや不明瞭な円形や不整形の、脱色したような白い斑点であること。 特別な治療も無く、放置しておいても健康上は差し支えが無いということだ。 「老人性白斑」が、皮膚がんに移転しやすいということも無いらしい。 「老人性白斑」は20代の若者でも出ることがあるということだが、その例は極めて少ないと言われている。 高齢者に多いのだから、皮膚の老化現象のひとつだということか。

老人性は寂しい
いくら高齢になったからと言っても、山に登ったり、スキーをしたり、海で泳いだりできるのだから、「老人性ナントカ」という名前は寂しい感じだ。 「老人性白斑」は寂しくもあり腹立たしくもある、高齢者の目印になっているだ。 だが、老人は海で泳がない。 だから、海で泳ぐ人は老人では無い、ってか。

美脚美女の貧乏揺すりの原因

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昨夜行った居酒屋で、偶然カウンター席に隣り合わせた若い女性が、すばらしくスタイルの良い美人だった。
おまけにミニスカート。

黒色のワンピースのミニスカートなのである。
おじさんの目は、ついつい彼女の美脚に吸い寄せられる。

おじさんばかりでは無い。
後ろのテーブル席のオバさんグループも、若いお姉さんの美脚を吟味している様子だ。

その若い女性客は、同年代風の女性と二人連れだったが、私の隣の席に座ってしばらくしてから、美脚が貧乏揺すりを始めた。

すらりと伸びた美しい右脚の膝が、カクカクと上下動を繰り返している。
なるほど、オバさん連中はこれを横目で眺めていたのだ。

どんなに美人でも、女性の貧乏ゆすりはカッコ悪い。
貧乏揺すりは無意識で行っていることが多いので、この美脚の持ち主自身は、自分の右脚の動きに気付いていないのだろう。
連れとのおしゃべりに夢中である。

その口調が、せっかちなほど早口なのが特徴的だった。

ところで、貧乏揺すりをする原因はまだ完全には解明されていないらしい。
だから、この美脚美女が貧乏揺すりをするのは謎だ。

では、あまり奇麗でない婆さんが貧乏揺すりをするのは謎ではないのか。
まあ、それは神経痛から来てるんでしょうねぇ。

店の中は冷房が効き過ぎるぐらい効いている。
彼女の貧乏揺すりは、美脚の冷えを解消するための無意識の運動なのだろうか。
だとすれば、これは悪癖ではなくて自然の防衛行動なのかも知れない。

女性が、このぐらいのスタイルを維持するには大変な努力を要するのだろう。
彼女は、激しい貧乏揺すりで、無意識のうちにカロリーを消費しようとしているとも思える。
貧乏揺すりがダイエット効果につながっているのだ。

やがて彼女の脚の動きが、何かに苛立っているように一段と激しくなった。

こんな美人でも心にストレスを抱えているのか。
あるいは単に小便を我慢しているのか。

私の目は、彼女の美脚の、筋肉の収縮伸張の動きに釘付けになった。

すると彼女は、隣の私を睨みつけて、
「ちょっとおっさん!ジロジロ見るのやめてんか!気色悪いやんか!」

彼女の貧乏揺すりの原因は、私の視線だった。

日焼け後の皮膚(肌)のケアについて

先週の日曜日に海に行って日焼けした肩や背中の皮が、今頃になってようやく剥けてきた。
剥け始めたのは昨日あたりからだから、日焼け後5日目から「皮剥け」が始まったことになる。

若い頃は、3日目頃から皮が剥け始めたのに、今回はずいぶん遅い。

高年齢になると「日焼け後の皮剥け」が遅くなるのだろうか。

日焼けして皮が剥けるのも久しぶりだ。
それほど今年の夏の紫外線は強烈なのだろう。

去年も一昨年も、海に行って日焼けはしたが、皮が剥けるほどではなかった。

海に行った当日の夜は、日に当たった部分の肌が赤くなっていた。
日焼けはヤケドと同じだから、その処置は、日焼けした部分を水などで冷やすことである。
しかし、久しぶりの日焼けだったので、日焼けした後のケアの方法として冷やさなければならない事をすっかり忘れていた。
皮が剥けるほどの日焼けになるとは思っていなかったのだ。

海に行って1日目から4日目ぐらいまで、肩や背中が火照っている感じでチリチリした痛がゆさがあった。
これが治まったころから、肩や背中の肌がガサガサしてきて、何だろうと鏡に映して見たら「皮剥け」の始まりだった。
「日焼けヤケド」が発展して水泡にならなかったのが、せめてもの救いだった。

ここで日焼け後のケアの方法をおさらいをしよう。

(1)、海水浴場にシャワー施設があれば、冷水シャワーを浴びて、日焼け部分の火照りを鎮めること。シャワー施設が無ければ、タオルなどに冷水を湿らせて、それで日焼け部分を冷ますこと。もちろん帰宅してからも冷水シャワー。

(2)、日に焼けた肌は乾燥しやすいので、水分補給と保湿が大切。水道水を霧吹きで日焼け部分に、マメにシュッシュッすること。もちろん口から飲む水分補給も大切。

(3)、ある程度火照りが治まったら、サンケア軟膏を塗って、かゆみや痛みを抑え、手で掻かないような処置をすること。

水泡ができるほどのひどい「日焼けヤケド」だったら、皮膚科の診察を受けた方が良いだろう。

日焼けの原因になる紫外線は、シミやシワをつくるなど身体に対して有害な影響力を持っている。
白内障や皮膚がんの発生の原因になるとも言われている。

海水浴を健康的に有意義なものとするためには、出来る限りの紫外線カットを心がけた方が良いだろう。

暑い夏の避暑の方法

昨日の23日が暦では「処暑」であったから、これからは暑さも収まりはじめ、朝夕は涼風が肌に心地良くなる頃である。

だが、北国のこの地方でも、9月の中頃まで残暑が続く事もあるので、暑さに弱い人は注意が必要だ。

夏の暑い時期に、ただ「暑い暑い」と不平を言って、冷たい飲食物を求め、冷たい居場所を求めてばかりでは、夏は乗り切れない。

たとえそれで乗り切ったとしても、秋風の吹く頃に、そのお返しがくる事が多い。
夏から秋へと移る不安定な季節の変わり目に、夏の身体の疲れが一気に出てしまうということも多いとか。

暑さに弱く、冷房に対しての依存度が高い人。
暑さに負けて食欲不振になり、冷たい飲食物ばかり摂取している人。

こういう方が、秋口に体調を崩しやすいと言われている。

暑さに弱い人や、暑さに負けてしまう人は、自然と夏の季節に対して逃げ腰になりがちである。
それはそれで仕方の無いことではあるが、ここは一発「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。」という方法はどうだろうか。

夏と言う流れのなかでみだりにもがくよりも、夏に身を任せていれば、季節は涼しい秋へと運んでくれる。

と言うようにはうまく行かなくとも、それなりのやり甲斐はあると思う。

自然の事は自然に任せるという方法である。

(1)、夏には、旬の夏野菜を積極的に食べる。
(2)、冷房から離れて、たまには夏の木陰の快適さにひたる。
(3)、夏に熱いものを食べて、汗をかいて暑気払いをする。
(4)、夏には夏のレジャーと保養である海水浴を楽しむ。
(5)、冷房で冷えてしまった身体を自然の温泉で温め、冷房疲労から回復する。

などなど、思いつくままに。
ただこれは、自然の豊かな地方で楽しめる方法ではあるが、大都会で暮らす人たちには難がある。

私は北国の、自然環境(海・山・森・温泉)が豊かな地方都市に暮らしているので、これはその土地に限られた発想でしか無いだろう。

あの大都会のコンクリートジャングルの熱帯夜に対する最善の対処方法は・・・。
猛暑から身を守る方法の軸は、冷房しか無いのだろうか・・・。
猛暑から冷房で身を守りつつ、同時進行で冷房からも身を守らなければならない。

継続は力なり

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「継続は力なり」は広く知られた「格言」のような文句である。
だが、この言葉は生活の中から、生活の方法として、なかば自然発生的に生まれた諺では無いようだ。
調べてみると、1人物の「詩」の言葉が、格言のように広く世の中に行き渡ったものらしい。
大正時代から昭和初期にかけて広島で活動した住岡夜晃(すみおかやこう)という宗教家の詩の言葉だと言われている。

ビールと大腸がん

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私は大のビール好きだ。
この頃の暑い時期は、家で毎日のように缶ビールを飲んでいる。
一日あたりに平均すると、350mlの缶が3本ぐらいになる。

ビール好きにとって気になるのは、ビールと大腸がんの関係。
もともとアルコール飲料の大量摂取は大腸がんのリスクを増大させると言われているが、特にビールは大腸がんのリスクを高めるそうだ。

健康雑誌や専門ウェブサイトなどでは、そういう意見が多い。

県内各地の残暑

本日もまた残暑きびしい一日となった。

仕事場のパソコンのファンは大きな音をたてっぱなしである。
この地方の今年の夏は、7月が比較的冷涼であったにも関わらず、盆過ぎからの残暑がすごい。

残暑がこんなに続いては、山のキノコの生育にどんな影響が出るのだろうか。
それは、キノコの時期に山へ入ってみなければわからない。
今年も健康維持のために、天然のキノコをたくさん食べようと思っているから、キノコの生育情況が気になるのだ。

あちこちのキノコっぽいブログをのぞいてみても、キノコに関する記事はまだ無いようだ。

さて、アメダス実況では、午後3時の青森市の気温は30.0℃。
私の周囲は、体感的には、32度ぐらいありそうな暑さになっている。

青森県内で一番暑い所はというと、やはり弘前市。
午後3時の気温は34.3℃だ。
これは、かなり暑い。
弘前市内のコンクリートや鉄板は、高熱を帯びて放熱し、さらに体感温度を上げていることだろう。

では、青森県内で一番涼しいところは何処かというと、これも午後3時のアメダス実況では小田野沢となっている。
気温は26.3℃。

仕事がはかどりそうな気温だ。
小田野沢とはどこかというと、寒立馬(かんだちめ)で有名な下北半島尻屋崎から20kmほど太平洋沿いに南下した所にある。
住所としては、下北郡東通村に所属している。
近くには冷水峠(ひやみずとうげ)という名の山があって、いかにも涼しそうな感じである。

近くのむつ市は32.7℃という表示だから、同時刻の青森市よりも暑いことになる。
涼しい小田野沢は、暑いむつ市より東にむかって17〜18kmほどの距離だ。

小田野沢のアメダス観測地点は下北郡東通村小田野沢字中川目にある。 ここは、太平洋岸から西へ600〜700メートルほど入った場所だ。
観測地点の標高は6mと、決して標高の高い所ではないから、この涼しさは土地柄なのだろうか。
小田野沢の近くでは、日本原燃の再処理工場がある六ヶ所村で28.8℃である。 ここの観測地点の標高は80mであるから、やはり小田野沢は涼しい所だ。
今でこそ、小田野沢は涼しい所であると言っていられるが、夏でも冷涼な気候であるために、明治の中頃まで、この地に住む人々は「稗」を常食にしていたらしい。 下北半島において稲作が完全に軌道に乗るのは、昭和の時代に入ってからだと言われている。
盆過ぎの残暑が…

夏バテから夏風邪に、夏風邪から熱中症に

立秋(8月8日頃)を過ぎても残っている暑さを残暑と言うらしい。
とっくに立秋は過ぎたが、ずっと続いているこの暑さは残残暑といっても良いくらい。

例年だと、お盆を過ぎれば日中でも涼風が吹き、朝晩はめっきり涼しくなる。
だが、今年は違う。
今年の盆過ぎは去年同様真夏日が連続し、暑苦しく寝苦しい日々が絶えない。

こんな日が続いているからか、私の知り合いが熱中症になった。
彼は58歳で、電気工事店の社長をしている。
社長と言っても零細な会社なので、自身でも現場作業をしなければならない。

彼は夏の暑さが大の苦手。
会社の事務所にいる時や自動車の運転中は冷房に当たりっぱなしだ。
暑い時は毎日、かき氷や冷たい炭酸飲料を大量に摂取している。

身体を冷やしすぎているから、胃腸の機能が低下せざるを得ない。
暑さに負けて食欲が落ち、夏やせが進んでいる。

仕事が終わったら、冷たいビールをジョッキで3〜4杯。
夜はビールのつまみ程度で、ご飯は食べない。

「暑いなあ、暑いなあ」という悲鳴に似た愚痴をしょっちゅうこぼしている。
早く夏の暑さから逃げ出したいという思いでいっぱいという感じ。
私が思うに、彼は夏負けする典型的なタイプなのだ。

そんな彼だから、食欲不振と疲労蓄積で、この時期夏バテ状態だった。
体調を崩して、睡眠もうまくとれていない状態だったらしい。
きっと自律神経に不調をきたしていたのだろう。

夏バテで免疫力が低下すれば、絶好の夏風邪ウイルスの餌食となる。
彼は、夜は毎晩のように通っている酒場で夏風邪をうつされたようだ。

夏バテと夏風邪の、悪の相乗効果で、彼は疲労困憊。
だが、こういう時期に限って仕事が混んでいる。

昨日、彼は雑居ビルの天井裏の配線工事の仕事があって、会社の若い者と二人で現場へ出かけたのだった。

若い方に配電盤の作業を任せて、彼は狭くて暑い天井裏に潜った。
風邪気味なんだから止せば良かったものを、連れの若い者が肥満傾向で、狭い天井裏ではとても仕事のできるような体型ではなかった。

で、痩せて小柄な社長が、むしむし暑苦しい天井裏に潜らなければならなかった。
彼は現場作業は好きな方だから、身体を動かすことは厭わなかった。
ただ、夏の蒸し暑さだけは多いに厭った。

狭い天井裏で、無理な姿勢でしばらく作業していたら、腹筋がつった。
それをかばおうとしたら、太腿の筋肉がつった。

彼…

津軽弁のハクランは霍乱

夏の思い出 私のこどもの頃、この地方では日射病のことを「ハクラン」と言った。
日射病になると、「ハクランした」とか「ハクランおこした」と言ったものだった。
こどもの私は、真夏の直射日光の下で、帽子もかぶらずに遊び歩いていたので、よくこの「ハクラン」になった。
症状は、全身の力が抜けて頭痛がし、嘔吐を2〜3回繰り返すというもの。
木陰で横になっていれば、1〜2時間で回復した。

日射病  私の「ハクラン」は癖のようなものだったので、私がそういう症状に落ち入ると、友人達は私を木陰に寝かせて、その近くで遊んでいた。
遊びに夢中になりながらも、時々、私の様子を見に来てくれたことが、子ども心にもうれしかった。
私の「ハクラン癖」は小学校高学年になると止んだが、その頃でも「博覧会」とか「万国博覧会」という言葉を聞くと頭痛と吐き気が起こりそうだった。
「博覧会」という言葉の響きに、会場に集まった大勢の人々が一斉に「ハクラン」を起こして苦しんでいる様子が思い浮かび、自身の空想に「自家中毒」しそうになるのだ。

そのくらい子どもの頃は、真夏の「ハクラン」に悩まされた。

勘違い 鬼の霍乱(おにのかくらん)という言葉がある。
意味は、ふだんきわめて丈夫で健康な人が珍しく病気になることのたとえであるとか。

私はこの「鬼の霍乱」を、かなりの年齢まで「鬼の撹乱」と覚えていた。
その意味は、「気の強い者の代表選手のような鬼が、気が弱くなり、心が乱れること。」
つまり、どんな者でも思いがけなく弱点をさらすことが有るものだという例え。
と、このように勝手に意味を付けて覚えていたのだ。

意味的には、当たらずとも遠からずであった。
まったく、感心するような勘違いだった。

「鬼の撹乱」を、いつ「鬼の霍乱」に修正できたのか、記憶に無い。

霍乱がハクランに訛る 「霍乱(かくらん)」とは、日射病や暑気あたりの古い言い方だそうである。
とすれば、津軽弁の「ハクラン」は「霍乱(かくらん)」の訛った発音なのではないか。
津軽地方には、古典時代の都の古い言葉が方言として残っていたりするから、ほぼ間違いないような気がする。

残暑厳しいこの頃、「霍乱」には気をつけよう。
「霍乱」は熱中症のもとであるから。

蛇足だが、中国語では「霍乱」はコレラのことであるとか。

海水浴健康法

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私は高校時代、頑固な蓄膿症(慢性副鼻腔炎)に悩まされていた。

特に鼻詰まりがひどかった。

鼻呼吸が出来ずに、口で呼吸する事が多かったため、喉を乾燥させて風邪をひく事も多かった。

ある人から、蓄膿症の人は潮風にあたると良いという話を聞き、休日に自転車を1時間こいで海へ行ってみた。

浜辺に立って海の香りを嗅ぐと、鼻はスッキリ全開、すばらしい鼻呼吸ができたのを今でも覚えている。
海の潮の香りが、鼻の奥に心地良かった。

それ以来、海の持っている「治癒効果」みたいなものを「盲信」するようになった。

高校生の頃は、汗をかくぐらいの運動をしても、鼻の通りが良くなった。
閉じていた鼻の奥が、いつの間にか開いて空気が通るようになり、気分が良かった。

だから、海へ行くのに、自転車を1時間こいだのが運動になって、鼻の通りを良くしたのかも知れない、とも思える。
でも、海から帰って2〜3日は鼻の調子が良かったので、運動効果とともに、海の「治癒効果」もあったに違いないと思っている。

日本が長寿国なのは、四方を海に囲まれているせいかも知れない、と私は秘かに思っている。
これは、私の妄想で、何の根拠も無い話であるが・・・。

「夏場に海に入ると冬に風邪をひかない」なんて言う話がある。
つまり、海水浴に行くと風邪をひきにくい身体になるということだ。
これが本当だとすると、海水浴は身体の免疫機能を高めることになる。

私は、最低一年に一回は海に入っているが、風邪をひきやすい質である。
私はこれを、海に入る回数が少ないせいだと思っている。

7〜8年前に、ひと夏で6回ぐらい海水浴に行った年があった。
この年の冬は、鼻風邪ぐらいの小規模の風邪はひいたが、大きな風邪はひかなかった。
これは海水浴健康法のおかげだと思っている。
この年は、健康維持の方法として、意識的に海水浴に行ったのだった。

今年は、昨日が第1回の海水浴だった。
この夏は、いろいろと忙しかったし山も好きなので、海へはなかなか出かけられなかった。

昨日、海水浴に行ったせいか、今日はお腹の調子が良い。
ウンチの状態が良いのだ。
普段と違って、適度な固形感と少ない臭い。
消化機能がスムーズに働いている感じだ。

海水浴は、大腸ポリープにも良い働きをするかも知れない。

私の「海水浴健康法」はいたって簡単。
海水に肩まで漬かり、海水の中で筋肉を動かすこと。

馬鹿は風邪をひかない?

昔からよく聞く慣用的な言い回しに、「馬鹿は風邪をひかない」というのがある。

鹿の事は知らないが、馬は風邪をひくらしい。 競争馬は風邪で出走取り消しになることがあるとか、競馬好きの知人が言っていた話だ。
犬が風邪をひくぐらいだから、馬も鹿も風邪をひくんじゃない。
特に競争馬は、レースによるストレスが大きそうだから風邪をひきやすいような気がする。 山の中の鹿も、臆病でストレスをためやすいような感じだから、たまに風邪をひいているかも知れない。

夏場の生産性の低下

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前日、「夏枯れ」について書いたが、「夏枯れ」を辞書で調べると次のような意味になる。

1、植物が、夏の暑さのために生気を失うこと。
2、 夏、特に商店・劇場・料亭などが、客足が減って不景気になること。
前日の記事は、この辞書の解釈に沿って書いた。
「夏枯れ」の意味の(1、)の項は、見たまんまの通り。 (2、)の項は、こういうこともあるかも知れないが、「夏枯れ」の意味をダイレクトに伝えていないような気がしてきた。
「夏枯れ」という言葉は、生産性の低下を表しているようにも思えるからだ。 いわば、夏のスランプ状態のことである。
夏になると、暑さのせいで仕事の生産性が20%ダウンすると言われている。 注意力も散漫になりがちだから、仕事を完成させるのに時間がかかってしまう。
室温が21度から22度ぐらいが、もっとも生産性が向上する環境と言われているが、節電を呼びかけている筋の、推奨している冷房の設定温度は28度であるらしい。
これは、昼寝をするには快適な温度かも知れない。
身体を動かして働かなければならない生産現場では、暑苦しい温度と言える。 よって、生産力が落ちる。
「夏枯れ」とは暑さで仕事の力が枯れることではあるまいか。
電力会社は節電を呼びかけているが、それは暑いときは働かないで昼寝しなさい、と言っているようなもの。 巨大企業である電力会社やお役所では、それで成り立つかもしれない。
しかし、真夏日でも日銭を稼がなくてはいけない中小企業は、成り立たない。
室温が30度以上になると生産性がかなりダウンする事が、感覚的にもわかるようになる。
注意力が落ちて、労働災害も発生しやすくなる。

冷房の効いた快適な環境で働く事に慣れてしまった身には、節電の夏は、いっそうの「夏枯れ感」が強いように思う。

と言っても、節電はいまや「国策」となっている。
「夏枯れ」の季節は昼寝して、夜は飲み歩いて英気を養うのもひとつの方法かも知れない。

だが、実りの秋が来た時に、国が滅んでいては何にもならない。
夏場の生産性の向上が、実りの秋をもたらすのだから・・・。

夏枯れという言い習わしの言葉のイメージ

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「夏枯れ」という言い方がある。
この言い方は、ずっと昔よりあったようだから、「夏枯れ」とは言い習わしのようなものかも知れない。

「言い習わし」とは、昔から世間一般においてはこういうものだと言い伝えられてきた「言葉(文句)」のことであり、その言葉によって習得する「事実」のことと、私は思っている。

「言い習わし」は、いつの間にか日常生活のお約束事のようになって、私たちの暮らしのなかに根付いているようだ。

例えば、カラスが異様な鳴き方をすると悪い事が起こるとか。
カラスがその家の屋根で、普段とは違う「声」で恐ろしげに鳴くと、その家に不幸が訪れる、とか。

カラスは、ただ自身の縄張りを主張して、あるいは自身の縄張りの守備に危機感を抱いて、周囲に対して威嚇しているだけかも知れないのに・・・。

真っ黒なカラスが異様な鳴き方をする図に私たち(私たちの祖先)は不吉なイメージを抱いた事から、そういう「言い習わし」が生じ、その「言い習わし」によって私たちの生活の行動がちょっと支配されているのだろう。

「夏枯れ」とは、草や畑の野菜などが夏の熱気のために生気の無い姿を見せることである。
活気が無くて枯れ死んでいくような不吉なイメージだから、商店や飲食店などの客足が減って不景気になるという「言い習わし」を成立させているように見える。

しかし、その土地の夏祭りやお盆の時期のスーパーや飲食店の混みようは相当なものだと感じられる。
繁盛しているところは繁盛しているのだ。

日常生活のなかから、いろいろなヒントを見つけ、方法を編み出し、商売の繁盛と言う結果に辿り着く。
工夫と方法こそが商売の原動力だから、商売に「夏枯れ」も「冬枯れ」も無いと思う。

植物の元気が無くなる「夏枯れ」は、人間の夏負けにもイメージ的につながるところがあるから、「夏枯れ」イコール不景気なのだろう。

どうやら、「言い習わし」を支えているのは、ちょっと極端なイメージのような気がする。

私たちの素朴な「お約束事」は、共通のイメージに支配された「言い習わし」に因るところが大きいのではないか。

夏枯れという言い習わしのイメージを反転させることに、夏の商売繁盛のヒントや方法がありそうだと言える。

という事は、「夏枯れ」という言い習わしこそが夏場の商売の重要なヒントになるということだ。

私たちのご先祖様は「言い習わし」の中に、その事態を切り抜…

夏の大毛無山方面を平沢林道より偵察

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今日は春スキー以来の久しぶりの山歩き。 目的は、滝沢の平沢林道から平内の大毛無山へ登るための偵察山行。
午前中は、お盆の墓参りだったので、遅い出発となった。
お昼に、みちのく有料道路料金所手前の駐車ポイントに到着。
身支度を整えて、駐車場を発ったのが12時12分。
小橋を渡って、有料道路事務所の建物の裏手にさしかかると、上の写真の「立入禁止」の看板があった。

今日はお盆休みらしく、伐採作業は行われていないと見てそのまま通過。
伐採作業中であれば、危険であるし、仕事の邪魔にもなるので「立入禁止」に従うべきだ。
でも今日は重機も運搬車も動いていないようだ。

このまま進んでもかまわないだろうと思い、山歩きを続ける。




平坦な林道をしばらく進むと、上の写真のように、伐採されて皮を剥がれた杉の丸太が山積みされていた。






上の写真のように、平沢林道終点付近に、伐採用の道が方々に出来ている。
杉林は、山の斜面の下部にあるので、この道は山の斜面の下の方を幾筋にも這い巡っているような有様。




平沢林道終点に、12時57分到着。 ここから、春スキーでたどった尾根を登る。 尾根の斜面の林床は思いのほか開けていて、ありがたいことにネマガリダケの薮になっていない。




薮は無いので、足元はすっきりしているのだが、難儀な急斜面が続いている。
スパイク地下足袋で足場を確保しつつ、スキーのストックを斜面に刺して転落を防ぎながら登った。 上の写真からは、その急斜面ぶりは見て取れない。






登り進むほどに、灌木の小枝が茂ってくる。 まだこの程度では「薮こぎ」とは言えない。



残雪のスキーハイキングのときに見つけた展望所に着いた。 13時58分の到着。 この太いブナの木のある展望所は、北向きの崖のような急斜面沿いにあるので、比較的わかりやすい場所になっている。 下に、参考までに、残雪の頃の展望所の写真を添えた。








展望所を越えてちょっと登ると、斜面がだんだん緩くなって稜線に到着。 617のピークに14時15分到着。
617のピークはブナの森になっていて、無雪期は展望がほとんど無い。
残雪時のスキーハイキングではここまで1時間かかった。 今日は、1時間20分を要してやっと到着だった。

次回は617のピークから稜線を伝って734のピークを越え、大毛無山に辿り着こうという計画だが、稜線上には笹薮や灌木類が覆うように茂っている。
難儀な山…

ハゲと前立腺肥大症

私の頭皮は「乾燥肌」ぎみで、引っ掻き傷が付きやすかったりして、30代後半ぐらいから荒れていることが多かった。
40代後半からは、頭頂部の抜け毛が始まったように思う。

この頃は、「天然青森ヒバ油」を水で薄めて頭部にスプレーして、頭皮の保湿に努めているから、頑固な「荒れ状態」から回復しつつある。

頭頂部の抜け毛もあまり進んでないような気がしているのは、「天然青森ヒバ油」に対して期待し過ぎだろうか。
ひょっとしたら、また生え始めているのでは、なんてね。

私は、こういう「自然物」に対して、文句無しに信頼してしまう傾向がある。
自然のものは、害が無いから良いじゃないかという感覚だ。

しかし、自然だから害が無いなんてことは無い。
自然界には、人間にとって有毒なものが、いくらでも存在する。

だが、今のところ、「天然青森ヒバ油」に対しては盲信状態だ。

この間床屋に行った際に、理髪館の女主人に、私が「天然青森ヒバ油」を使っていることを話したのは、以前にも書いた話だが・・・。

「へー、そう言えば、頭の地肌が良くなってるわね、髪の毛の質も変わってきてる感じがする。」というマダムの話だったのだ。

ここからが、前回書かなかった話。

「ところで、あんたは、まだあそこが大丈夫でしょう。」
理髪館の中年マダムが続けた。
ちょっと口調がいたずらっぽい感じである。
マダムの唇の肉厚感が、発する言葉に伝わって、耳元に響いてくる。

「え、あそこって何だい?あそこってエッチなあそこのことかい。」と私。

「ひゅははっは、違うわよ、前立腺のことよ。前立腺肥大症は大丈夫でしょうってことよ、きゃはははは・・・。」
毎度の事ながら、奇妙な声を出して笑うご婦人である。
これが良いと言って、この店に通っているハゲが何人かいるらしい。

「頭がハゲている人って、前立腺肥大症になりやすいんだって、ふふふふ。」と自前の頭髪医学論を展開する。

「きっと、ハゲと男性ホルモンの関係ね。」

理髪館のマダムは俗説が好きである。

「競輪選手に前立腺の病気が多いって聞いた事もあるよ。」と私。

「まあ、それは、あそこが圧迫されるからだわ。」とマダム。

こうして、下ネタ混じりの俗説のかけ合いが始まる。

そういえば、この頃、ビールを飲んだ翌日のオシッコの出に異常は無いようだ。
私にとって前立腺肥大症もハゲももうちょっと先のことだろうと、安易に自己…

つけ麺を食べて下痢をする

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以前、ラーメンを食べて下痢をする記事を書いたが、私はつけ麺を食べても下痢になることが多い。

私と同じく、ラーメンを食べて下痢をしている人はかなりいるみたいだ。
つけ麺を食べて、そうなる人も多いらしい。
みんな、そうなる事がわかっていてもやめられない人たちばかりである。

ラーメン全てに下痢反応が起こる訳では無いのと同様に、全てのつけ麺に対してそうなる訳でも無い。

特定の店のつけ麺に対してそういう風に反応してしまうのだ。
その特定の店のつけ麺がまた美味しいのである。

その店に連れ合いと一緒に行って、おんなじものを食べても、連れ合いは無事である。
私だけがそうなるのは、やはり体質なのだろう。

私はその店のスープに原因があると思っている。
ちょっと脂分の多いスープに、独特の酢の味が濃くて、適度に辛い。
そのスープの味が好みなのだが、食べると決まって下痢になる。

その店であっさり味の普通のラーメンを食べても平気なのだが、美味しいつけ麺だけがいけないのだ。

ちなみに冷やし中華はどうかと言うと、けっこういろんな店で食べたが、冷やし中華全般に関しては問題無い。

つけ麺の冷たい麺と温かいスープの組み合わせが悪いのでは、という意見もあるが、それは違うと思う。
蕎麦で鴨汁つけ麺というのがあって、冷たい蕎麦を温かい鴨汁につけて食べるのだが、これはOKである。

つけ麺の酸っぱくて辛い脂スープが、私のお腹に合わないのではと秘かに確信している。
酢を使った料理は好きだし、酢単独ではお腹は何ともないのだが・・・。

つけ麺を食べたせいで下痢をしても、そんなに体力は消耗しないのだが、下痢症状が出るということは身体にとって負担になっていることに間違いはない。

大腸ポリープも数個あるわけだから、こういう自滅的な食生活は避けなければいけないだろう。

味で食べるのか、お腹で食べるのか。
歳をとったら、お腹と相談しながら食べるのが最良の食事方法。

腹痛を伴う夏風邪から完治

ようやく、家の者が夏風邪から解放された。

熱が下がり、お腹がチクチク痛むのが無くなったようだ。
「夏風邪」の症状がだんだんと消えていく。

「風邪ひき」の期間中、咳も鼻水も出ず、喉の痛みも全く無かった。
ただ、熱が出てお腹の痛みがずうっと続いた、というのが「夏風邪」の症状だった。

後の祭りの桟敷席

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「後の祭り」とは、祭りが終わった後に祭り見物に行っても意味が無いので、もう手遅れであるという「例え」なのだそうだ。

上の写真は、7日の夜の「後の祭り」のねぶた見物の有料桟敷席。
国道沿いの歩道上に仮設されたものだ。

咳の出ない夏風邪

家の者の「夏風邪」は、今も進行中のようだ。

医院に行って処方してもらった薬のせいで、熱は下がり、節々の痛みもひいて来たようだが、お腹の方が治らないらしい。

お腹が痛いといっても、下痢はしていない。
じっとしていると痛みを感じないが、動くと腹部に痛みが生じるということだ。
この腹痛は、どちらかと言うと筋肉痛に近いもののようだ、と彼女は言っている。

青森ねぶた祭り最終日

青森ねぶた祭りも今日が最終日となった。

最終日のねぶた運行は午後1時から午後3時までの日中に行われる。
私はあいにく昼日中のねぶた運行は見物したことが無い。

ねぶたの造作は提灯のようなもので、角材と針金でねぶたの形を整えて、その上に専用の紙を貼って彩色を施し、内側の中空に明かりとして蛍光灯や電球を配置したものであるから、夜向きなのである。
ねぶたは夜の暗がりの中で、ねぶたとしての存在感を発揮する「見せ物」であるから、私はねぶたを昼日中に見物する気分にはなれない。

また、祭りを見物するうっとりとした顔を、夏の白日のもとに晒すものでは無いと考えている。
昼の祭りは、何か落ち着かない。
昼日中の、結婚式のほろ酔いの帰りみたいで、ちょっと恥ずかしい。

そういう方のために、夜間のねぶたの海上運行と言うイベントが、青森ねぶた祭りの最終日にはある。
これは、青森花火大会と並行したイベントで、その年のいろんな賞をとったねぶたを船に載せて青森港の海上をパレードするというもの。
「海上を行き交う幻想的なねぶた」とうたわれているが、これも私は見た事が無い。

路上で、威勢の良い男達が引っ張り回して、沿道の見物客に見せるために作ったものを、船に積んで波に揺らぐ海上から、海岸に佇む見物客にドンパチ花火と一緒に見せようなんて、「幻想」どころでは無い風景のような気がする。

ともあれ、ねぶたの海上運行は夜の7時15分から9時頃まで行われる。

出店をやっている方は最後の一稼ぎ。
各地からお出でになった観光客の皆さんが、たくさん楽しめる「青森ねぶた祭り」でありますように。
そして、いろいろな商売の方が、たくさん儲かる「青森ねぶた祭り」でありますように。

去年の「3.11東北大震災」からの復興の契機となるような「青森ねぶた祭り」でありますように。

祭りとは幻想を売り物にした、お金と活力を生む現実の「なせるわざ」なのだと思う。

夏風邪の症状の個人差

家の者がおとといの夕方から風邪気味になった。

夕べは、身体がだるくて仕方が無いと言って早く寝たが、体温を計ったら38度3分あった。
60過ぎの年齢にして、熱が38度ちょっとでは高熱と言えるだろう。

私がこの前「夏風邪」をひいたときの体温は37度5分だった。
私がひく「夏風邪」は、あまり熱が出ない傾向にある

大腸ポリープ予防(?)のための食事など

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大腸ポリープは、その発生を予防出来るのかどうかは、現在のところ不明のようです。

大腸ポリープ発生の原因として、最近では、遺伝子の異常が考えられています。

血縁者に大腸ポリープの「発生者」や、大腸がんの経験者がいらっしゃる場合、遺伝子の異常の可能性があるということです。

私の血縁者に大腸がんの経験者はいません。
大腸ポリープの経験者はいるかもしれませんが、その話題は聞いたことがありません。

大腸ポリープと言われている、大腸の粘膜に発生する「突起物」そのものが、直接、大腸がんの原因になるのでしょうか。

専門者のいろいろな意見があるようですが、「いち大腸ポリープ保持者」の私にはなんとも言えないところです。

大腸ポリープは、一定の大きさ(5ミリ以上?)になったら、大腸がん予防のために切除した方が良いというのが専門医療機関の判断です。

大腸ポリープ切除手術は、内視鏡という道具を使えば短時間のうちに簡単にできると言われていますが、何のリスクも存在しない訳ではありません。

私は去年の1月に、内視鏡による大腸ポリープの切除手術を日帰りで受けましたが、術後一定期間の生活の注意義務についても、いろいろと説明をいただきました。
術後の安静も重要だからです。

術中の医師のミスによるリスク、術後の患者の不注意によるリスクが無い訳では無いのですから、たとえ簡単な手術でも受けないにこしたことはないのです。

それには、大腸ポリープを発生させなければ良い訳ですが、大腸ポリープの予防は、現在では難しいようです。

大腸ポリープを発見された場合でも、その成長を防いだり、その自然消失を計れば良いのですが、それに対する方法も判然としません。

日本医師会ではウェブサイトで、《大腸ポリープを予防するために…》と題して、以下(サイトより抜粋)の事を推奨しています。

【偏食を避け、いろいろな食事をバランスよく食べる】
・特に緑黄色野菜は意識して多く摂る。

【1日3食、きちんと食事をとる】
・食事の回数を増やせば、多様な食品を摂ることができる。

【食物繊維を多く含む食品を摂る】
・穀類、いも、豆、野菜、果実、海藻、きのこなど。
・食物繊維の生理作用は種類によって違うので、多種類の食品から摂る。

【動物性たんぱく質や脂肪を摂りすぎないようにする】
・肉を食べるときは網焼きにしたり、天ぷらなどを揚げるときは衣を少なめに。

【ビフィ…

塩で清める

田舎の実家の売却に伴って、実家の座敷に設置してある神棚を処分しなければならない。

今日は実家の最後の掃除と後かたづけを予定していたので、神棚を外して現在住んでいる家に持って帰った。

神棚は近くの神社へ持参して「お焚きあげ」してもらうつもりであることは、以前書いた

ついでに、床の間にあった人形も「お焚きあげ」してもらおうと、神棚と一緒の段ボール箱に入れた。

その人形には独特の雰囲気があって、ゴミ同然に捨てるのをためらう気分になったからだ。

神棚の下の「もの入れ」に入っていた掛け軸なども同じ段ボールに入れて、その上に塩をまいてから神社に持って行った。

塩をまいたのは、以前、電話で神社に問い合わせた際に、巫女さんが「神棚のなかの燃えない金属のものなどは塩で清めてから市の燃えないゴミに出して下さい。」と言っていたからだ。

その神社で受け取ってくれるかどうか、私では判断出来ないもの(人形など)があったので、段ボールの中に丸ごと、塩をまいたのである。

その段ボールを神社の事務所(社務所)に持参したら、白装束の関係者(神職)が、箱の中を覗いて「私どもでお祓いするので塩は要らないのに・・・、あれ、塩をまいてしまったのか・・」と、さも重大な過ちを咎めるような口調で、私に言った。

「あ、そうなんですか、知らなかったもので、じゃこれはお焚きあげしてもらえないんですか?」といささかむっとして、私。

「いや、私どもの方でちゃんとお祓いしますので、塩で清めなくてもいいんですよ。」と神職。

結局、神棚一式とお札などは受け取るが、人形は「お焚きあげ」できないとのこと。

段ボール箱の中に入れた古い数珠は、お寺の関係であるから、お寺へ持って行って下さいとのこと。

などなど・・・・。

電話で問い合わせた「お焚きあげ料金」を、「気持ち程度」として2000円置いて神社を出たのだった。

神社を出てしばらくしてから気がついたのだが、あの神職達(2名)は私に対して札に名前を書けと言わなかった。

別の神社での話だが、正月飾りなどの「お焚きあげ」の際は、札に持ち主の名前を記入して、その札と一緒に正月飾りを焚き上げるものである。

その神社は、神棚を持って行った神社よりも遠いので、今回は近い方に持っていたのだった。

と、考えているうちに、「塩で清める」というのも変な具合だと思った。

神棚の何を清める必要があるのだろう…

祭りの準備(青森ねぶた祭り運行開始)

むかし観た映画に、黒木和雄監督、江藤潤主演、ATG製作の「祭りの準備」というのがあった。
たしか、観たのは70年代の終わり頃だったように思う。

これには、去年の夏に亡くなった原田芳雄さんが出演していて、どこにでも居そうな気の良い不良青年を演じていたのが面白かった。
このころは、江藤潤はまだ新人で、青年なのだが、子どもっぽい初々しさが印象的だった。
「祭りの準備」の「祭り」と、原田芳雄演じる不良青年のイメージが重なって、賑わいと儚さが同時進行しているような映画だったと記憶している。
さて、「青森ねぶた祭り」は本日夜から「ねぶた」の運行が開始される。 2〜3日前の青森市内は、「祭りの準備」で大わらわだった。
3日前に、近くのホームセンターにゴミ袋を買いに行ったら、半透明の青色の45リットルのものは売り切れだった。 乳白色の半透明のものが、わずかしか残っていなかった。
祭りと言えばゴミが出るから、祭りの主催者が大量に購入したのだろうか? ホームセンターの仕入れ担当も予期せぬほど、大口の買い手が現れたのだろうか?
祭りのゴミ袋と言ったら、乳白色よりも青色なのだろう。 そのほうが、祭りっぽい感じだ。
一般の家庭でも、お祭り期間はお客さんも多く、ゴミも多く出るかも知れない。 「祭りの準備」はゴミ片付けの準備だ。
2日前のお昼に、ショッピングセンターへ行ったら、缶ビールの大箱を20箱ほど汗まみれで仕入れている2人の中年男性がいた。 こちらは、祭りの出店の準備かも知れない。 祭り期間が猛暑なら、缶ビールは飛ぶように売れる。 腹巻きの中が、一万円札の束だらけになるのである。
青森市は、ここ3〜4日猛暑続きだったが、今日もなかなか暑い一日だった。
暑さが「祭りの準備」を促し、暑さが祭り本番を盛り上げる。
「祭りの準備」が「青森ねぶた祭り」の「儚い賑わい」のなかへ注ぎ込まれる。
映画「祭りの準備」で原田芳雄演じる不良青年が駅の構内で「バンザイ」を繰り返す場面が目に浮かぶようだ。 原田芳雄のバンザイの中に、あの映画の、日本原住民男子の「祭り囃子」が響いていたのかも知れない。

その後のオシッコの出具合

前回「ビールを飲んだ日の翌日にオシッコの出が悪い」と書きましたが、その後、どうなったかについての記事です。

ビールを飲んだ日の翌々日の朝には、オシッコの出はやや好調。
その後、日を追うに従って、通常の「放尿状態」にもどってきました。
もっとも、「通常の放尿状態」と言っても、前立腺の肥大が徐々に進んでいるとしたら、気がつかないうちに、私の「通常の放尿状態」が劣化していることも考えられます。

「通常」だと思っているのは私だけで、健全な放尿状態からみれば、かなり健全ではない状態かもしれません。

一般的には、思い込みによる自己診断は病態を悪化させる要因です。
一般的には、様子がおかしいと思ったら、医師の診断を受けることがベストな方法だと思います。

ところで、私の「ビールを飲んだ日の翌日にオシッコの出が悪い」と言う状態は、やはり、飲酒による軽い尿閉状態だったのだと思います。

現在は、年齢相応の放尿状態にもどっていますから、あれは飲酒後の一時的な前立腺の膨張による軽い尿閉傾向だったのでしょう。

ともあれ、前立腺の肥大をできる限り防ぐ方法として、以下のような項目を実行すると良いと一般的に言われています。

●アルコールを飲み過ぎない。
●辛いものなど、刺激物はほどほどに。
●風邪をひかないこと。感冒薬が尿閉の原因になることもあるようです。
●長距離の自転車やバイクは前立腺に悪い影響を与えるから、避けること。
●身体を冷やさないこと。
●オシッコを我慢しないこと。
●適度な運動をすること。

など、まあ一般的な健康維持の方法ですね。

そのほか、前立腺肥大の予防に良い食品などもあるようです。
ヌルヌル食品(ヤマイモ・オクラ・納豆など)が良いと言われていますが、これらも健康食品として評価の高いものです。

健康的な生活を維持しながら、医師による前立腺の検査を受けるのが、年齢とともに肥大する確率が高いと言われている「前立腺肥大症」の予防や、その発症を遅らせることであると思います。

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