2021/07/30

ひょっとしたら「甲状腺がん」かもしれないと思った

鼻咽頭ファイバースコープ(CorelDRAW Graphics Suite 2019で制作)

一ヶ月ぐらい前から「声がれ(嗄声)」が続いている。
午前中はそれほどでもないが、夜になると声のかすれがひどく、言葉をはっきりと出せないときもある。
高齢になってから、疲れたりすると声がかすれがちだったが、最近は通常のときでも“声がれ”がひどくなってきた。

2021/07/26

置き忘れたメガネとショートカットルートと夏の沢歩きの楽しさを発見

S沢渓谷沢歩きと滝見物散歩の概略図(CorelDRAW Graphics Suite 2019で制作)


おとといの滝見散歩のとき、愛用のメガネを山のどこかへ置き忘れてしまった。
調光レンズのお気に入りのメガネだった。

それに気づいたのは、おとといの晩。
ないと、ものが見にくいというメガネではない。

2021/07/25

花が終わって、幼い果実が育ち始めた海辺のキリンソウ

幼い果実が出始めたキリンソウ。

津軽海峡に面した三厩地区の空地でキリンソウを見つけた。
大きな岩の裾で、ラセイタソウに混じって生えていた。

閉校になった小学校校舎跡地にアラゲハンゴンソウの大群生

開智小学校校舎跡地。


「赤根沢の赤石」から山の方へ舗装道路が延びていたので、クルマを走らせた。
坂道を登り切ったところが平坦な丘になっていて、上の写真の小学校校舎跡地があった。

その跡地一面に、アラゲハンゴンソウが群生している。
アラゲハンゴンソウは、以前に合子沢で見かけたことがあるが、こんな大群生ははじめてだ。

葉がチリチリで、白い芋虫が直立したような花のラセイタソウ

株になって群生しているラセイタソウ。


7月25日に津軽半島をドライブしたときに見つけた野草。
海岸のそばの空地に群生していた。
空地といっても建物が撤去された跡地で、土間コンクリートの隙間から茎を伸ばしていた。

津軽半島今別町砂ケ森地区の「赤根沢の赤岩」

自動車道(国道280号線)の脇に置かれた赤岩の看板岩。


国道280号線(松前街道)を、平舘(外ヶ浜町)から今別方面へ向かって走る。
今別町に入ってすぐの「鬼泊トンネル」を抜けて1.3kmぐらいのところに一本木漁港が見える。
漁港を過ぎて1.2kmぐらい走ると、右手に見えていた海が姿を消す。

2021/07/24

フワフワとした花序が直立してよく目立つヤマアワ

フワフワの花序。

滝沢山地・下折紙沢エリアの沢に架けられたコンクリート橋の上で、ヤマアワを見かけた。
フワフワとボリュームのある花序が、直立して風に揺れている。

根っこから良質のデンプンがとれるクズが、花を咲かせていた

クズの花。雄しべや雌しべは花弁の陰になって見えない。


「あんたなんか男のクズよ!」
と女性に罵られた経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれない。

「クズ」と呼ばれた男と「カス」と呼ばれた男が、居酒屋のカウンターでしんみりとビールを飲んでいる。
「クズ」と「カス」と、どちらの方が救いようがないかを論じあっている。
結局、「人間のクズ」よりはマシじゃない、というところに落ち着いた「男のクズ」と「カス男」。

雨不足のためJ沢の滝の水量が超減少

林道からJ沢に下りる。下から林道を見上げている。


青森市近辺は雨不足である。
7月に入ってからまとまった雨が降ったのは、10日の53ミリのみ。
あとはほとんど雨無しに等しい。

2021/07/23

青空に向かって咲き誇っているシシウドの花

花火がさく裂したようなシシウドの花。

7月9日に大畑沢左岸尾根を散歩したとき、林縁でシシウドが咲いているのを見つけた。
標高320mぐらいの場所である。

藤原伊織氏の「テロリストのパラソル」を読んだ感想

藤原伊織著「テロリストのパラソル」文春文庫。


短歌

「テロリストのパラソル」という小説の題名は、かなり衝撃的である。
パラソルは女性用の日傘のこと。
なので読者は、女性のテロリストを連想するかもしれない。

2021/07/19

艶のある緑色の丸い実が、房状に連なってなる木「キブシ」

キブシの若い果実。


7月9日の大畑沢左岸散歩のとき見かけた木の果実。
なんという木だろうかとインターネットでいろいろ調べてみたが同定できない。

2021/07/17

細い茎と4枚の大きな葉の輪生が特徴的なツクバネソウ

花が終わったツクバネソウ。果実のまわりに雄しべが残っている。


尾根の林床で、花の終わったツクバネソウを見つけた。
細い一本の茎の上部に、葉柄のない四枚の葉が輪生しているのがツクバネソウの特徴である。
輪生の葉がついている場所を茎頂とすれば、輪生の葉の中心から突き出している5cmぐらいのものが花柄にあたるのだろう。
花柄の先に、直径1cmぐらいの丸っこい果実がついている。
果実の基部には4枚の外花被片(萼片)が、4枚の輪生の葉と呼応するようについている。

総状花序に白い蝶形の小花を密に咲かせるシロバナシナガワハギ

総状花序。


この時期、滝沢の平沢橋の下の林道付近では、シロバナシナガワハギの群生を見ることができる。
草丈が2mぐらいのシロバナシナガワハギが密集して生え、白い小さな花を一斉に咲かせている。

滝沢山地・上折紙沢エリア409峰周遊散歩

409峰周遊散歩行程図。(登山道はありません)

出典:国土地理院ウェブサイト(文字の書き入れはブログ管理人)


梅雨とヤマセが止んで、青森地方にも猛暑の夏がやってきた。
とはいっても、青森の暑さはゆるいほうだけど。

2021/07/11

蓮(ハス)好きにはたまらない、猿賀神社の鏡ヶ池を覆いつくしている北限の「和蓮(われん)」

案内図。


平川市の猿賀神社の境内には、鏡ヶ池と見晴ヶ池というふたつの大池がある。
猿賀神社拝殿に近い鏡ヶ池は、神社のホームページによると、猿賀神社信仰の中心となっている「神池」であるという。

平川市の猿賀神社の境内にあった不思議な木「孔雀柏」

孔雀柏。


平川市にある猿賀神社の境内で不思議な木を見かけた。
「孔雀柏(くじゃくかしわ)」という名の木である。
柵で囲まれたこの木のそばに、立派な立札が立っていた。
「奉納」という立札には、「天皇陛下御即位五十年奉祝記念植樹」とある。

2021/07/09

ガガイモに似た葉で多数の白い花が放射状に咲いている蔓性の植物「イケマ」

放射状に咲いているイケマの多数の白い副花冠。
花冠は、副花冠の後側で反り返っている黄緑色。


第一印象は、葉っぱがガガイモに似ているだった。
花も、よく見ると小さいながらも厚ぼったいところがガガイモの花に似ている。
しかし、以前見たガガイモの花は大きくてカラフルだった。

房になっていたヤマウルシの実

ヤマウルシの小葉。


林道の縁のヤブで、ヤマウルシの実がなっていた。
ヤマウルシの実を見るのは初めてである。

私はウルシにはかぶれない体質みたいだが、山で見かけると用心のため避けて通っていた。
なので、ヤマウルシの花も実も見逃していたのだろう。

ヤマブキショウマの雌花

ヤマブキショウマ。


山の林道の林縁で、「何んとかショウマ」の花が咲いているのを見つけた。
その「何とか」を思い出せない。
家に帰って調べたら、ショウマが付く名前の野草で代表的なものが四つほどあった。

ルート確認がてら大畑沢左岸尾根を散歩

大畑沢左岸尾根ルートの行程概略図。

大畑沢左岸尾根ルート行程断面図(出典:国土地理院ウェブサイト)

ヤマセで滝沢山地の平沢エリアは、冷涼なガスにすっぽりと包まれているに違いない。
冷涼なヤマセガスは、年寄りには毒。
そう思って、今日も下折紙沢エリアの大畑沢左岸尾根をルート確認がてら散歩した。
下折紙沢付近は午後二時頃まで晴れていて、快適な山歩きであった。

2021/07/08

原尞氏の探偵沢崎シリーズ長編第四作「愚か者死すべし」を読んだ感想

「愚か者死すべし」ハヤカワ文庫

新シリーズ

原尞氏の探偵沢崎シリーズ長編第三作「さらば長き眠り」を読み終えた後、次作はどうしようかなと迷っていたのだったが。
結局、勢いで「愚か者死すべし」を読んでしまった。

2021/07/03

夏の山で見かけた赤い実は、エゾニワトコではなくオオニワトコだった

林縁に伸びていたオオニワトコ。


林道で、小さな赤い実が房になっているのを見かけた。
以前、金木の芦野公園で見かけたエゾニワトコの木ではないかと思い、帰宅してから調べてみたら、葉の形が違っていた。
芦野公園で見たエゾニワトコの葉よりも、上の写真のほうが葉の幅が細い。
これはエゾのつかないニワトコなのではなかろうか。

夏のアカイタヤのきれいな赤い新芽と赤い若葉

アカイタヤの新芽と若葉。


散歩中の林道の縁で、赤い花が咲いてるのを見つけた。
大きな葉でおおわれた木の枝先に、ちょこちょこと控えめに咲いている。

近づいて見たら、花ではなく赤い若葉だった。
葉の形がイタヤカエデに似ている。
イタヤカエデに、こんなおしゃれな性質があったのか。

滝沢山地の下折紙沢エリア・大畑沢左岸尾根を尾根散歩

大畑沢左岸尾根の取り付き地点。尾根が右手方向に延びている。


この頃せっせと通っている滝沢山地・大毛無山南尾根を、今日は734ピークまで踏破しようと意気込んで出かけたのだが、平沢付近はヤマセのガスと霧雨だった。
冷たい雨に濡れて風邪をひいては大変と、すぐに退散した。
路駐スペースに7時30分ごろ到着して、老人はそのままUターン。

2021/07/01

芭蕉の称賛と謙遜と主張「蝶の羽のいくたび越ゆる塀の屋根」

「芭蕉年譜大成」より。



奥羽(おくのほそ道)と北陸の旅を終えた芭蕉は、その脚で伊勢神宮の式年遷宮を奉拝し、伊賀上野に帰省する。
そのまま、元禄二年九月から二十五ヶ月のあいだ上方(かみがた)地方を漂泊したのである。
郷里の伊賀上野と大津や膳所(ぜぜ)、京都を泊まり歩く。
各地で、数日から六ヶ月の逗留生活を送った。
それは、小さな旅の繰り返しであったのだろう。