2015/12/27

ようやく本格的な降雪があった青森市の積雪具合

ようやくの、まとまった降雪。
青森市内は、昨日今日と、まとまった降雪があった。
「まとまった降雪」と書くと、雪国以外に住んでいらっしゃる方は、「なんのこっちゃ」と思われるかもしれない。
ここで言う「まとまった降雪」とは、各所にばらばらに降っていた雪が一ヶ所にまとまって降ったという意味ではない。
「まとまった降雪」とは一定の分量の雪が降ったということ。

12月後半に入っても、なかなか積もるような降雪がなかったこの冬。
ようやく、街全体が白く覆われるぐらいの、まとまった降雪になった。
そんな青森市内の積雪の様子は、このページの写真の通り。

2015/12/26

海辺の丘に植えられた「概念」

新中央埠頭緑地のメタセコイアを眺めながら、この木が立派に成長するといいなぁと思う。

大木に成長すると、この丘もカッコ良くなるなぁとか。
平和公園とか勝田公園とか遊歩道緑地とか、青森市内の公園には、たくさんのメタセコイアが植えられているが、海辺の丘に悠然と立っているメタセコイヤが一番凛々しく見えることだろうとか。

去年の夏頃までは一本の木も無かった丘に、秋頃、突然姿を現したメタセコイアに、妙に愛着を感じている。
そんなことを思っていると、あることに気がついた。
去年の秋に、まだメタセコイアが植えられる前のこの丘には、私が上記のように思った「概念」が植えられていたのではなかろうかと。

2015/12/23

師走のミヤコグサ

冷え込んだせいか氷がはっている。
 新中央埠頭南側(街側)の緑地で、ミヤコグサの黄色い花がまだ咲いていた。
12月6日の雪をかぶったミヤコグサの花は、凍えて枯れてしまったと思っていたが、まだ健在だった。

夏場のような勢いは見られないが、この時期にしては、驚くほどの健在ぶり。
酷寒のとき、動物の猿は身を寄せ合って寒さをしのぐ。
ミヤコグサの花もまた、身を寄せ合って寒さをしのいでいるように見える。

このところ、青森市は、師走だというのに雪のない状態が続いている。
今朝がたは、ちょっと冷え込んで、薄氷が張る寒さだった。

だが、ミヤコグサの花の鮮やかさは変わらない。

新中央埠頭の、枯れ死んでいなかった海辺のメタセコイア

今年伸びた枝から、冬芽が顔を出している。
青森港新中央埠頭の北側(海側)の緑地に、去年の秋ごろに植えられたメタセコイア(アケボノスギ)。

犬の散歩で新中央埠頭を訪れる度に、見物しているのだが、今年は元気がなかった。
この秋の中頃に見たときは、もう枯れ木になってしまったのではないかと思ったものだった。
青森市内の、他の公園のメタセコイアと比べると、落葉が早く、木に生気が感じられなかった。
やはり、海辺にメタセコイアは合わないのかもしれない。

そう思っていたのだが、今日じっくり見たら、なんと冬芽が顔を出している。
肌色の冴えない、枯れたような枝からも、ポツリと冬芽が。
てっきり枯れ死んだものと思っていた海辺のメタセコイアは、まだ生きていた。

2016年(平成28年)の干支である申(さる)のイラストを描いてみた

年賀状のイラスト。
来年の干支である申(さる)のイラストを描いてみた。
もちろん、年賀状に使うため。

毎年、年賀状のための干支イラストを描いているが、だんだんシンプルになってきた。
昔は、肩こり首こり必至の緻密なイラストを描いたが、今は肩の凝らないシンプルなものを好んで描いている。
あっさり、スッキリ、気楽なものの方が楽しい。
しかし、気楽でシンプルなイラストだからといって、急いで雑に作成されたものではない。
制作にあたっては、アイデアをしっかりと編集した、と思う。

ところで猿の話だ。
八甲田山で猿に出会ったことは無いが、津軽半島の山では、ちょくちょく出会う。
間近に姿を見なくても、入山者を威嚇する声を聞くこともある。

2015/12/22

「12月22日、積雪無しの青森市」、または「ブログを書くこと」について

積雪の無い青森市街。
12月22日になっても積雪が無い青森市。
一昨日、八甲田山酸ヶ湯付近を散歩して冬を実感したのだったが、その実感が薄れるような温かさ。
12時現在の青森市の気温は6.6℃。
晴れ、ときどき曇り。

たとえば、「8月22日に青森市に積雪が無い」という記事を書いても、その記事は情報として何の価値もない。
だが、「12月22日になっても青森市に積雪が無い」という記事は、価値のある情報となっている。
その価値がどの程度のものであるかは、情報の受け手しだい。

2015/12/20

雪が少ない八甲田の冬景色を見物

八甲田国際スキー場。
犬の散歩がてら、八甲田山へ積雪の具合を偵察に。
山岳道路は、萱野高原を過ぎたあたりから圧雪状態。
ところどころ、雪が融けて道路面が顔を出している。

途中、八甲田国際スキー場を覗いたら、まだ寒水沢コースしか滑走できない様子。
ふりこ坂コース上部はブッシュだらけ。
スラロームコースと国見坂ゲレンデは、積雪が少なすぎて滑走不可能。
今日のスキー場の積雪状況は35㎝だとか。

それでもスキーヤーは、雪を求めて集まり、少ない雪をそれなりに楽しんでいるようだった。
雪が少ないじゃないかと、スキー場に文句をつける人はいない。
こんな暖冬の冬に、よくぞこれだけ積もってくれましたと、感謝している・・・・・おそらく。

2015/12/19

秋が終わって、やっと冬景色の青森市になるかと思ったが・・・・

駐車場
やっと雪が積もった。ほんの少しだけど。
昨日の朝、青森市内は上の写真のように、ちょっと雪が積もっていたが、それも続かない。
今日は、昨日の雪も消えて、雪の無い師走の青森市街となった。

青森は、雪が積もらないと冬にならない。
いくらカレンダーが進んでも、雪が積もらないと、まだ秋なのだ。
今年の青森市は秋が長かった。
その秋も、ようやく終わるのか?

下の写真は、昨日、犬と散歩した「遊歩道緑地」の子どもブロンズ像
ちょっとでも雪が積もると、像の子ども達の表情が違って見える。
いつもの笑顔が、雪が積もってうれしい笑顔に変わっている。
気のせいだろうか。

2015/12/16

レンタルサーバーのDNSレコードをいじって、当ブログを、カスタムドメイン(独自ドメイン)に変更

去年、Bloggerにアクセスできなくなる障害が発生したことがあった。
ネットでいろいろ調べたら、「blogspot.jp」に発生した障害だったようだ。

とあるBlogger熟練者のブログを読んだら「blogspot.jp」の「jp」の部分を「com/ncr」に変更したら閲覧できるよという記事があった。
「ncr」とは「no country redirect」のこと。
それで、「seikatsuhouhou.blogspot.jp」というこのブログのアドレスを「seikatsuhouhou.blogspot.com/ncr」とアドレスバーに打ち込んでみたら、その通り、閲覧できたのだった。

2015/12/15

「忠臣蔵」の思い出、林不忘の「口笛を吹く武士」

過ぎてから気がついたが、昨日12月14日は、 赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日とされている。
仇討の相手である吉良上野介が切り殺されたのは、今日15日の未明であったとか。

もっとも、史実にある日付は旧暦によるものである。
これを太陽暦(グレゴリオ暦)に改めると、旧暦の12月14日は、太陽暦では歳が明けた1月30日になるという。

2015/12/14

風邪をひいて、長い間マスクをしていると耳の後ろが痛くなる

病気をすると文句が多くなるのは歳のせいか。

喉を乾燥させて、風邪気味状態になってから、マスクが手放せない。
マスクの保湿効果が痛んだ喉にやさしいからだ。

で、文句とは、ずうっとマスクをしていると耳の後ろ側が痛くなること。
痛いと感じ始めたら、もうその痛さに我慢できなくなっている。

激痛ではないが、長く続く不快な痛みには耐えられない。
マスクの細いゴム紐による圧迫痛。
弱い圧迫でも、それが局所に集中すると、我慢できない不快な痛みに進展する。

2015/12/13

医院からもらった「風邪の薬」を飲んだらめちゃくちゃ眠い

摘出した大腸ポリープの病理検査の結果を聞きに医院に行ったとき、ついでに風邪の具合も診てもらった。
私の主な症状は、喉のイガイガ、鼻水少々、咳少々。
痰は出ていない。
食欲は、通常。
医院で計った熱は、36.9度だった。

「身体の具合は、風邪の初期の症状があるような状態です。」と医師に告げたら、「そうみたいですね。」ということだった。
「喉は腫れていないですね、軽い炎症が見られる程度です。薬を出しておきましょう。」という診断。
「症状がなくなるまで、薬をのんで、体を温かくして静養して下さい。」という注意。

2015/12/12

摘出した大腸ポリープは異型度3のグループだった

先日、内視鏡で切除した大腸ポリープの、病理診断の結果を今日聞きに行った。
結果は、横行結腸の平坦型ポリープと、直腸の隆起型(有茎性)ポリープともに、「グループ3」という診断だった。

4年前に、内視鏡で切除したS状結腸の隆起型(有茎性:2㎝大)ポリープ「グループ4」だったことを考えれば、今回、ポリープが小さかった(両方とも6ミリ前後)分、「グループ3」に止まっていたのだろう。

担当の医師は、「心配いりません、悪いものではないです。安心してください。」と言ってくれた。
今回も、悪性でなくて良かった。
もし癌が発見されたら、開腹手術の覚悟をしていただけに、医師の話を聞いて助かったと思った。

2015/12/11

去年の今頃の雪の具合

今年は、12月の中旬に差し掛かっても、青森市にまだ積雪が見られない。

テレビのニュースや天気予報では、青森市酸ヶ湯(すかゆ)では積雪48㎝などと報道される。
これは、同じ青森市内でも酸ヶ湯は標高の高い場所なので、雪が多いという話。
本日、酸ヶ湯で48㎝の積雪があっても、青森市街では積雪ゼロなのだ。

一昨年(2013年)の2月26日には、酸ヶ湯で566㎝という過去最高(観測史上)の積雪を記録した。
そのことがニュースや天気予報で話題に登った。
青森市についてあまり詳しく知らない人は、「さすが青森だけあって、すごい雪の量だなぁ」という驚きの感想を抱く。
だが、この日の青森市街の積雪は141㎝。

風邪をひいた冬は、雪よりも雨の日の方が心地よい

今日の最低予想気温は3℃。
最高予想気温は8℃である。
青森市内は朝から雨が降っているが、こう暖かくては雪にはならない。
この前の雪で、空地などに残っていた積雪も消えてしまった。
この冬の初めは、やはり、暖冬傾向が強い。

そういえば以前に、「冬の雨の日は雪の日よりも寒い」などという記事を書いたことがあった。
ところが、喉イガイガで風邪気味の身には、雪の日よりも雨の方がありがたい。

2015/12/10

古い灯油の入ったファンヒーターを使ったら、喉を痛めて風邪気味になった

不覚にも風邪気味。

今年の冬は暖冬傾向なので電気ストーブで事足りていたのだが。
3~4日前ごろから冷え込んできて、さすがに電気ストーブだけでは寒さをしのげなくなってきた。
そこで、作業場の隅から、埃っぽい石油ファンヒーターを引っ張り出して点火。
ファンヒーターのタンクには、この前の冬から残っていた灯油が半分ぐらい入っていた。

ファンヒーターが稼働すると、ちょっとラッカーくさい臭いが部屋にたてこもり出した。
それでも、仕事に追われていたので、暖かくなった部屋でそのまま4時間ぐらい仕事。

2015/12/09

大腸の中は、身体の外側?

大腸内視鏡検査を何回か受けて、気がついたことがある。

大腸内視鏡は、腹腔鏡手術と違って体を切開することなくカメラを大腸内に入れることが出来る。
人体にあいている肛門と言う穴から、スムーズにカメラを挿入できるのだ。

外の世界のものが、たいした障害物もなく、そのまま肉体の内側に入ることが出来るなんてどうしてだろう。
それは、ひょっとしたら、大腸の中も外の世界であるからかもしれない。
そう思って、調べてみたら、その通りだった。

2015/12/08

笑いの仙人の秘術、笑いの“三年殺し”

「この方はね、笑いの仙人なのよ。」

旅先で入った居酒屋の、50歳を越えたぐらいの女将が、私のグラスにビールを注ぎながら、雑談のついでにそう言った。
紹介された老人は、「どうも」と私に笑顔を向けた。

その辺にいるごく普通の老人だった。
髪も長くないし、白髭もはやしていない。
流木で作った杖も持っていない。
どこにも、仙人という目印が見当たらない。

2015/12/07

公園の可愛い雪囲い

すわっている子ども(側面)。
青森市の平和公園の両側(東西)に 「遊歩道緑地」という細長い公園がある。
この公園が細長いのは、旧国鉄時代の東北本線の線路跡地であるから。
青森市内での東北本線のルート変更に伴って、空地となった線路跡に出来た公園なのである。

平和公園の東側の「遊歩道緑地」に、写真のブロンズ像が設置されている。
4体の、かわいい子どもの裸像。
分厚いコンクリートの台座の上で、立ったり座ったり、腹這いになったりしている。

夏の時期は、この子ども達に木漏れ日がふりそそいで、ほほえましい空間になっているのだが。
雪の季節に、子どもの裸像は、ちょっとかわいそう。

公園関係者がそう思ったのか、今年は雪囲いが施されてあった。

2015/12/06

雪が積もってもまだ咲いているミヤコグサ

うっすらと雪が積もった新中央埠頭南側の小山
犬の散歩に青森港新中央埠頭へ。
もしやと思って、ミヤコグサが咲いていた傾斜地をのぞくと、なんと、まだ黄色い花が開いている。
以前の記事で「雪が降るまで咲いているのかミヤコグサ」と書いたが、それが本当のことになった。

青森市は、昨日と今朝、ちょっと積雪があった。
それ以前にも、降っては消える程度の雪の日があったのだった。
だが、ミヤコグサは枯れることなく、次々と黄色い花を咲かせていたようだ。

いよいよ、花を訪れる虫の姿は無い。
空を飛ぶ虫が皆無の季節。
そんな季節に、実を結べない花が、白い雪をかぶって咲いている。

開ききってオレンジ色になって萎んでいる花もあるが、まだレモン色の蕾もある。
春に咲き始めてからこの12月まで、咲き通しに咲いていたのか。

2015/12/05

内視鏡による大腸ポリープ切除手術後の大腸穿孔に注意

横行結腸の平坦型ポリープと、直腸の隆起型ポリープの、大腸内視鏡による切除手術を受けてから、今日で5日目。
腹部の痛みも無く、便に血が混じっている様子も見られない。
とりあえず、術後は順調である。

大腸内視鏡検査とほとんど同じような方法で、大腸がんやがんの恐れのあるポリープなどを切除する今回の手術は、「大腸ポリペクトミー」と呼ばれている。
大腸ポリペクトミーは、腹部を切開して行う必要がないので、患者に負担の少ない手術として注目を集めている。

2015/12/01

横行結腸の平坦ポリープと直腸の隆起型ポリープを大腸内視鏡で切除

今年の3月の大腸内視鏡検査で見つかった切除候補ポリープを、昨日の午後に、専門医に切除してもらった。

今回は、一泊二日の入院を要する内視鏡手術。
今日の朝のレントゲン検査と血液検査で、出血や大腸壁の穿孔が見当たらないことを確認して、朝食を摂り、今日午前の退院となった。

手術前の食事と腸管洗浄
手術当日、腸管洗浄液(モビプレップ)だけでは、便がクリアにならずに、浣腸剤(ピコスルファートナトリウム内溶液0.75%)を一回使用して、手術OKとなった。
同じ日に、大腸内視鏡検査を受けた85歳の男性は、なかなか便がクリアにならず、浣腸6回でなんとか検査可能になったという。
高齢になると、腸管洗浄がスムーズにはいかないようである。

2015/11/29

青森市平和公園の池にマガモのつがいがやってきた

マガモ。
白鳥の飛ぶ姿が空に見られるこの頃、マガモのつがいが平和公園の池にやってきた。
マガモは冬鳥。
北方からやってきて、池で休憩しているのか、ここを冬の住み処にするのか。

この池は、岸に草むらが無いから、鴨にとってはあまり快適ではないだろう。
食べ物は、水草の葉や茎を食べるというから、その程度なら、なんとかありつけるかもしれない。

丸く膨らんだサンシュユの花芽

サンシュユの花芽(丸い形)と葉芽(細く先のとがったもの)。
青森市内にある平和公園のサンシュユがすっかり葉を落とした
葉が無くなると、写真で明らかなように、膨らんだ花芽が目立ってくる。
サンシュユの花芽は、褐色の総苞片に守られて、今は静かに眠っている状態である。
この状態を、植物生理学では「休眠」というらしい。

2015/11/28

なぜ「古池や」なのか、「古池」とは何か?

「古池や蛙飛びこむ水の音」の句の仕上がりについては、下記の逸話がある。

芭蕉は、先に「蛙飛びこむ水の音」という中七と下五の部分を作っていた。
そして、上五を何にしようと思い悩んだ。
貞亨3年の春に、江戸深川村の芭蕉庵で開かれた句合(くあわせ)でのことである。
松尾芭蕉の「古池や」の句は、この年内に発刊された「蛙合(かわずあわせ)」に収録されている。
「蛙合」は芭蕉の門人である仙化(せんか)の編集とされている。

2015/11/27

なぜ芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」という句が面白いのか

松尾芭蕉の有名な句「古池や蛙飛びこむ水の音」は、「俳句」の代名詞のように言われている。
「俳句」に興味の無い方でもこの句は知っている。
というほど、世間に広く知られている。

私もこの句の淡々とした雰囲気が好きなのだが。
この句のどこが、そんなに優れているのか。
と、もし人に尋ねられても、残念ながら、私はなんとも答えられない。

「俳句」の優劣を定める秤(はかり)を、私は知らないからだ。
何よりも、「俳句」の実作者でも無い。
ただ芭蕉や蕪村の「俳句」の世界に興味を持っているだけなのである。

公園を散歩するように、私は、先人の描いた風景のなかを歩いている趣味の散歩人に過ぎない。

2015/11/25

サンシュユのえんじ色の落葉

公園のサンシュユ。
春にはこの公園で真っ先に黄色い花を咲かせるサンシュユ
そのサンシュユの紅葉もとうとう終わった。
渋いえんじ色の落葉が、サンシュユの木の根元を埋めている。
落葉になっても、なかなか色が抜けないところが、桜の落葉を思わせる。
だが、サンシュユの落葉は桜ほどカラフルではない。
渋いえんじ色の濃淡で統一されている。

一見何でもないブログ記事にアクセスが集中した

Bloggerの簡易アクセス解析の画面。


今日、何気なくその「統計」のページを覗いたら、あるページに大量のアクセスがあったことが表示されていた。

Bloggerの「統計」は、このブログのページビュー数とか、アクセスの際の検索キーワードとか、参照元URLを知る事が出来て、とても便利な機能なのだ。

2015/11/24

人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)する

「人口に膾炙する」とは、主に文学作品が広く世間に知れ渡り、もてはやされることの意とか。

「人口(じんこう)」とは、うわさ話などをする人の口のこと。
「膾炙(かいしゃ)」とは、膾 (なます:肉を細かくきざんだもの) と炙 (あぶりにく) のこと。
膾 (なます) と炙 (あぶりにく) は、だれの口にも美味しく感じられるということから、「人々の話題に上ってもてはやされ、広く知れ渡る」という意になったという。
出典は、中国の「周朴詩集序」であるとか、孟子の言葉に基ずくとか。

「人口に膾炙する」で、よくある使用例は以下の通り。
『芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」は、もっとも人口に膾炙した句である』。

2015/11/23

梅が香にのつと日の出る山路哉

私の主観的な推測によれば、前回書いたテンプレートは、この句にもあてはまる。
そのテンプレートとは「季節(季語)+天+地」のこと。
「梅が香」→季節(季語)
「天」→「日」
「地」→「山路」

梅が香にのつと日の出る山路哉
松尾芭蕉

芭蕉51歳のときの作。
前回取り上げた「五月雨の空吹き落せ大井川」の句よりも前、元禄七年一月の作である。

二句とも、江戸を出て、故郷の伊賀上野に向かう旅の途中で詠んだもの。
「梅の香に」の句に特徴的なものは「のっと」という擬態語。
芭蕉が擬態語を用いて作った句を、時々見かける。
ほろほろと山吹ちるか滝の音」とか「馬ぼくぼく我を絵に見る夏野かな」など。

2015/11/22

雪が降るまで咲いているのかミヤコグサ

枯芝に混じって、緑鮮やかなミヤコグサ。
青森港新中央埠頭へ散歩に出かけたら、ミヤコグサがまだ咲いていた。
公園の小山の西斜面に群生している。
一面の枯芝に混じって、ミヤコグサの緑色だけが色鮮やか。
その緑色の葉のなかに、鮮やかな黄色の花がまだ花盛り。

2015/11/21

六月や峰に雲置く嵐山

亡くなる四ヶ月前の句

松尾芭蕉は、元禄七年の初冬に五十一歳で他界。
亡くなる四ヶ月ぐらい前の夏に、次の句を作っている。

六月や峰に雲置く嵐山
松尾芭蕉

この句の前書きに「嵯峨」とある。
京都の門人、向井去来(むかいきょらい)が営む落柿舎(らくししゃ)での作とされている。

ふたつの句の関連性

この年の秋に、「菊の節句」の奈良を訪れた際に菊の香や奈良には古き仏たちと詠んだ。
この時に発病し、その約一月後に、芭蕉は不帰の人となる。

2015/11/20

芭蕉の個別の発句を独断的に関連付けてみる試み

「蛙飛び込む水の音」の上五を「古池や」にしようと思ったとき、芭蕉はどんな池をイメージしていたのだろう。

「古池や蛙飛び込む水の音」の句は芭蕉43歳のときの作とされている。
同じ43歳のとき、「よく見れば薺(なずな)花咲く垣根かな」という気になる句を作っている。
この句の、どこがどういうふうに気になったのかについては、以前記事にした
蛇足だが、この記事(よく見れば・・・)は、今のところ私の芭蕉関連の記事のなかで、もっとも多く読まれている。

2015/11/19

反対の反対は賛成か?「荒海や佐渡に横たふ天の河」

子どもの頃、賛成か反対かという意見を求められて、「反対・・・の反対」とふざけて答えた経験をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。

「反対の反対」は、子どもにとっての言葉遊び。
まわりの子ども達が「賛成」を表明するなかで、あえて「反対」を唱える心地よさ。
突然「反対」と言って、皆の気をひき、続けてまた「反対」と否定することで、気をそらす。

「えっ、あいつ反対なのか、なんでだろう?」という周囲の関心や注意が、もう一度「反対」が繰り返されることで失速する。
相手を「なあんだ」と言わせるお子様レトリック。
子どもの面白半分の戯れである。
子どもにとって、ことば遊びは面白半分の戯れ。
「反対の反対」に深い意味はない。

2015/11/17

卒業写真の老人

「卒業写真」は、荒井由実(現・松任谷由実)さんの代表的なヒット曲のひとつ。
この歌は、当の松任谷由美さんが歌うよりも、山本潤子さんの方が好きという方もいらっしゃるようで。
ま、好きずきってことですね。
それはさておき、その歌詞に下記のような一節がある。

「町でみかけたとき 何も言えなかった
卒業写真の面影がそのままだったから」


私は現在64歳である。
その私が、彼を町で見かけたとき、何も言えなかった。
中学校卒業記念写真の顔そのままだったから・・・・・。

埋火や壁には客の影法師

芭蕉は「おくのほそ道」の旅を終えてから、京都、大津、伊賀上野などで暮らし、48歳の初冬に、江戸深川にもどってくる。
年が明けて、元禄5年、49歳の5月に「第三次芭蕉庵」が完成。
この草庵で、51歳の初夏に、帰郷のために江戸を離れるまでの2年間を暮らしたとされている。
この旅立ちが最期であったので、この時以来、もう芭蕉はこの草庵にもどることは無かった。

埋火(うずみび)や壁には客の影法師
松尾芭蕉

2015/11/16

暑き日を海に入れたり最上川

「出羽三山巡礼登山」を終えた芭蕉は、鶴岡に出た。
鶴岡から川舟で最上川に出て、酒田に到着。

酒田は、夏場はフェーン現象により暑くなることが多い土地柄。
芭蕉が酒田を訪れたのは元禄2年6月13日。
夏の暑い盛りであったと思われる。

暑き日を海に入れたり最上川
松尾芭蕉

2015/11/15

芭蕉登山する「雲の峰幾つ崩れて月の山」

芭蕉は、「おくのほそ道」の旅で出羽三山に立ち寄り、羽黒山、月山、湯殿山に登ったとみられる。
芭蕉が、後にも先にも「登山」をしたのは、この出羽三山だけではあるまいか。
出羽三山の巡礼登山。

「おくのほそ道」本文に、「六月三日、羽黒山に登る。」とある。
6月3日は羽黒山の登り口から南谷に登り、南谷にある宿泊施設で一泊。
4日の昼に本坊宝前院若王寺にて俳諧興行。
5日に南谷から三の坂を経て羽黒山山頂に到着、羽黒本社に詣でたとされている。

2015/11/13

あらたふと青葉若葉の日の光

「あら」は、現代語では「ああ」で、驚いたり感動したりしたときに、思わず発する言葉。
「たふと」は、形容詞「たふとし(尊し)」の語幹用法。
「あらたふと」は、「ああ尊いことだ」という意
この句をストレートに読むと、芭蕉の自然賛歌が輝いているようにみえる。

あらたふと青葉若葉の日の光
松尾芭蕉

降っていた雨が止んで、陽がさしこむ。
陽の光が、新緑の葉を透かして、地面に濃淡様々な影をつくる。
光が地面に届くことが尊いのだ、と芭蕉は思ったのかもしれない。

草の戸も住み替はる代ぞ雛の家

「おくのほそ道」に記された最初の句である。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり・・・・・・」という冒頭の文章はあまりにも有名。
この文章の結びとして、以下の句が書き記されてある。

草の戸も住み替はる代(よ)ぞ雛(ひな)の家
松尾芭蕉

ものの本によると、旅の出発直前に、芭蕉が岐阜の門人「安川落梧(らくご)」に宛てた手紙の中に掲句の初案があるという。

2015/11/11

おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉

これも芭蕉の有名な句。
有名すぎて、微妙に間違って覚えている方も多い。

「おもしろうてやがて悲しき鵜飼哉」とか「おもしろうてやがて寂しき鵜飼哉」とか。

私の知人で「おもしろうて屋形悲しき鵜飼舟」と言った人がいた。
なるほど、これはこれで面白い。

また、「楽しいのは一時さ、終わってしまえば、その倍寂しくなる」というような格言的な意味合いでも使われることの多い句である。

しかし芭蕉は、格言や諺には興味が無かっただろう。
現実を、短い言葉で切り取った美の世界にしか興味が無かったのでは、と私は思っている。

2015/11/10

五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん

芭蕉には、「五月雨」の句が多い。
なかでも、有名なものに以下のふたつがある。

「五月雨をあつめて早し最上川 」
「五月雨の降残してや光堂」

だが、次の句もなかなか良いと私は思っている。

五月雨に鳰(にお)の浮巣(うきす)を見にゆかん
松尾芭蕉

ドウダンツツジの紅葉がそれなりに最高潮

ドウダンツツジの生垣
冴えない色だったドウダンツツジの紅葉が鮮やかさを増していた。

犬の散歩の途中、例のドウダンツツジの生垣を見物に行ったら、この前よりも鮮やかに色づいている。
ドウダンツツジ本来の炎のような赤色を取り戻したようだ。
今年は不調さがめだったドウダンツツジだったが、晩秋に命を吹き返した感がある。
来春の再生に向けて、活動を続ける植物の姿は美しい。
もう、葉が散りかけているので、紅葉の最高潮は、ここ2~3日ではなかろうか。

2015/11/08

青い海公園緑地のモミジの紅葉

青い海公園
今日の青い海公園は曇り空。
風は無く、温かい海辺だった。

公園の緑地を散歩していると、あざやかなモミジの紅葉。
芝生上の赤い落葉の絨毯が、とてもきれい。

左の写真は、どんよりと曇った陸奥湾の上空。
青い海公園(新中央埠頭の根元)から北防波堤を眺めている。
海の波は穏やか。
カモメがゆったりと海面を漂っていた。

名月や池をめぐりて夜もすがら

「名月」とは陰暦八月十五日の夜の月。
「池をめぐりて」は池の周囲を回っての意。
「夜もすがら」とは、夜通しとか夜の間中ずっととか。

名月や池をめぐりて夜もすがら
松尾芭蕉

芭蕉43歳の頃の作とされる。
43歳と言えば、「笈の小文」の旅へ出かける1年前のことである。
一門の宝井其角(たからいきかく)、仙化(せんか)らと芭蕉庵月見の会を催した席での作であるらしい。
この句は、月見会で隅田川に舟を浮かべ、その舟の上で芭蕉が吟じたものとも言われている。

11月にあざやかな黄色い花を咲かせているミヤコグサがすごい!

可憐な花。
犬の散歩で、新中央埠頭へ。
埠頭の根元(南側)の緑地で、小さな黄色い花が咲いているのが目に入った。

今頃何の花だろうと近づいてみたら、なんとミヤコグサだった。
ミヤコグサは、春から初夏にかけて咲く植物。
それがなんで今頃?

2015/11/07

辛崎の松は花より朧にて

「辛崎」は地名。
現在では唐崎と表示。
唐崎は滋賀県大津市の北西部に位置し、琵琶湖荷西岸にある。

この地には、唐崎神社が鎮座している。
その境内にある「唐崎の松」は、景勝地で、近江八景のひとつ。
また、「滋賀の唐崎」は歌枕としても有名である。

辛崎(からさき)の松は花より朧(おぼろ)にて
松尾芭蕉

2015/11/05

俳諧のセンスが短歌を越える?「春なれや名もなき山の薄霞」

春なれや名もなき山の薄霞(うすがすみ)
松尾芭蕉

前書きは「奈良に出る道のほど」となっている。
「野ざらし紀行」の旅で奈良へ出る途上で詠んだ句。

春になって温かくなり、周辺の山に薄い霞がかかっている様を句にしたもの。
旅人にとって春は、大歓迎の季節。
「なれや」は断定の助動詞「なれ」プラス詠嘆の間投助詞「や」。
「やっと、春になったことだなぁ」という喜びの気持ちが「春なれや」にこもっている。
そして、うれしい春到来の現象として「山の薄霞」の景色がひろがる。

2015/11/04

海辺にたたずむ芭蕉「海暮れて鴨の声ほのかに白し」

海暮れて鴨の声ほのかに白し
松尾芭蕉

「海辺に日暮して」と前書きがある。
芭蕉は、海辺に夕日が沈むのを眺めていたのだろう。
暮れて暗くなった海辺にたたずんでいたら、鴨の鳴き声が、うっすらと白く聞こえたというイメージ。

日が暮れても、残像のような鴨の姿がうっすらと白く見えた。
すると、その鳴き声までもが白く聞こえた。

明ぼのや白魚しろきこと一寸

シラウオとシロウオは混同されやすい。
漢字では、シラウオは白魚で、シロウオは素魚だという。
パソコンでもそのように漢字変換される。

白魚(しらうお)は、白っぽい半透明の、細長い小魚で、死ぬと白くなる。
素魚(しろうお)は飴色がかっているが、ほとんど透明で、これも死ぬと白く濁る。
姿も料理の仕方もそっくりなのだが、魚としてはまったくの別種。

多くの句の題材となっているのは、白魚の方が圧倒的に多い。
シロウオと比べると、シラウオの方が語呂が良くて聞きやすいせいだろうか。
女性の細長い指を、シロウオのような指とは言わないのもそのせいか。
「白波(しらなみ)」や「白砂(しらすな)」、「白鳥(しらとり)」もこの類か・・・・。

桜(ソメイヨシノ)の紅葉は、見る人を退屈させない

ソメイヨシノの紅葉は、美しく、しかも変化に富んでいて退屈しない。

まだ緑の葉が瑞々しいうちに、ちらほらと枝の各所で部分的に紅葉が始まる。
その、緑の葉と赤や橙に染まった葉のコントラストが美しい。
徐々に、木全体に紅葉が進む。
紅葉した葉は、順次カラフルな落葉になる。
地面をおおう落葉の彩。
枝に残っている葉を見上げると、頭上も彩。

芭蕉がクローズアップしたもの「秋風や薮も畠も不破の関」

「不破の関」は、現在の岐阜県不破郡関ヶ原町にあった関所。
673年に天武天皇の命により設置されたものだという。
789年に廃止。

秋風や薮(やぶ)も畠(はたけ)も不破の関
松尾芭蕉

「野ざらし紀行」の旅で美濃に立ち寄ったときの句。
1684年の作であるから、「不破の関」が廃止されてから900年近くも経っている。
かつてあったものが消えて900年経った場所に芭蕉は立っている。
「秋風」や「藪」や「畠」は芭蕉の目の前に現存するが、「不破の関」は存在しない。
遠い過去のものとなった史跡である。

2015/11/03

蔦植て竹四五本のあらし哉

蔦はブドウ科の植物。
蔦の幹はつる性で、どんどん伸びる。
幹から出ている巻きひげの先端が吸盤になっている。
その吸盤で、樹木や壁を「伝う」ことから「つた(蔦)」という名前になったとのこと。
山ブドウの葉同様に、秋の紅葉が美しく、冬には落葉する。

(つた)(うえ)て竹(たけ)四五(しご)本のあらし哉
松尾芭蕉

前書きに「閑人の茅舎をとひて」とある。
「閑人(かんじん)」とは、俗世間を離れてわび住まいする風流人のこと。
「茅舎(ぼうしゃ)」とは、茅葺きの家のこと。

八甲田周辺の冬枯れ風景

ブナの森。
犬の散歩を兼ねて北八甲田連峰の東に位置する尾根を散策。

青森県道40号青森田代十和田線から別れて、八甲田温泉へ至る道(青森県道242号後平青森線)を進む。
旧上北鉱山跡の横を通って、七戸町の「みちのく有料道路」と合流する道である。
この道は、八幡岳と七十森山をつなぐ稜線を山越えする。

その峠に、広い駐車スペースがあったので、そこにクルマを止めた。
広場から南東方向に山道(林道)がのびている。
その山道をのんびりと散歩。

2015/11/02

芭蕉の夢うつつ「馬に寝て残夢月遠し茶の煙」

まるでイメージの寄せ集めのような句。
「馬に寝て」「残夢」「月遠し」「茶」「煙」。
個々のイメージをつなぎ合わせると以下のような情景が思い浮かぶ。

馬上で寝て、夢の続きを見ているような夢うつつのとき、月は遠くに消えそうで、茶の煙が空にたなびいた。

どうも、そのまんまだね。

夢うつつの馬上旅。
進むほどに、不思議な世界が目の前に展開する。
さっきまで頭上にあった月がいつのまにか遠くに退く。
茶の煙がゆらゆらと立ちのぼっている。

2015/11/01

津軽半島大倉岳ハイキングその2(大倉岳山頂~赤倉岳~駐車場)

大倉岳山頂から赤倉岳を眺める。

大倉岳(677m)を下り、赤倉岳(563m)への分岐を左折する。
ハイキング道は、大倉岳の山腹を巻くようについている。
山腹の道は、石がゴロゴロしている片斜面で歩きづらく、わかりにくい。
でも、赤倉岳へ続く稜線の方角を見極めていれば迷うことはない。
ハイキング道は大倉岳山腹から稜線へと続いている。

大倉岳から赤倉岳へ続く稜線は、津軽半島の脊梁山脈の分水嶺である。
西側の斜面を下る沢は日本海に流れる。
東側の斜面を下る沢は陸奥湾に流れ込む。

津軽半島大倉岳ハイキングその1(阿弥陀川登山口~前大倉岳~大倉岳山頂)

駐車場付近にハイキングコース案内の看板(ここがスタート地点であり、循環コースのゴールでもある)。逆時計回りに赤倉岳に向かう場合は、ここが登山口となる。

15年ぶりぐらいで、津軽半島大倉岳(677m)へハイキング。
蓬田村から大倉岳阿弥陀川(あみだがわ)登山口までの自動車道は、案内標識が倒れていたり不鮮明になっていたりで分かりづらい。

15年前のぼんやりとした記憶を探りながら、登山口を目指した。
林道に入ってから阿弥陀川に架かる橋をいくつか渡る。
林道分岐には標識が欠落したところもあり、注意が必要。
最後は、橋のない浅瀬を自動車で「渡渉」して駐車場(標高178mぐらい)へ到着。
「自動車渡渉」は四駆が無難。
この川越えだけは、鮮明に覚えていた。

2015/10/30

芭蕉と柳「田一枚植て立去る柳かな」

田植えをしているのは、もちろん早乙女である。
この句をはじめて読んだとき、私はそう感じた。
そして立ち去ったのも早乙女なのだ。

この句の「柳」には2重のイメージがあると思った。
ひとつは女性である早乙女。
もうひとつは、芭蕉がその木陰で憩った畔道の柳の木。

芭蕉の句に「梅柳さぞ若衆かな女かな」というのがある。
この句から察するに、芭蕉にとって「柳」は女性のイメージなのである。
それも、ちょっと艶かしい女性のイメージ。

田一枚植て立去る柳かな
松尾芭蕉

今年のドウダンツツジの紅葉は色が冴えない

今年、ドウダンツツジの紅葉が冴えない。
毎年、公園の生垣になっているドウダンツツジの真紅の紅葉を、散歩の楽しみにしていたのだ。
それが、今年の紅葉は黒っぽい赤。
鮮やかさに欠ける。

この夏に枯れかかったせいなのだろうか。
それはある程度復活したのだったが、完ぺきではなかったのだろう。
あの燃えるような紅葉を、今年は楽しめそうにない。

2015/10/29

まだ傍観者であった芭蕉「春や来し年や行きけん小晦日」

もう少しで10月も終わる。
11月に入ると年の暮れも間近。
のどかな秋の日も終わり、せわしない年末に入る。
津軽地方は、そろそろ雪の季節を迎える。

春や来(こ)し年や行きけん小晦日(こつごもり)
松尾芭蕉

芭蕉19歳のときの作として有名な句である。
制作年代が分かっているものの中で、芭蕉最古の作と言われている。

ところが私には、この句に19歳という若いエネルギーが感じられない。
この句の、落ち着きがあってちょっと皮肉っぽいところが、妙に年よりくさいと感じている。

2015/10/28

芭蕉の誘導「山路来て何やらゆかし菫草」

春から初夏にかけて、低山の山道を散歩しているとスミレに出会うことがある。

山野で出会う花としてスミレは、そんなにめずらしい植物ではない。
ハイキングでよく見かける小さな花。
小さい花だが、その紫色の美しさはすばらしい。

山路(やまじ)来て何やらゆかし菫草(すみれぐさ)
松尾芭蕉
菫草。

2015/10/27

芭蕉の視線「道の辺の木槿は馬に喰はれけり」

木槿(ムクゲ)はアオイ科の落葉低木。
大きいもので3メートル近くまで成長する。

木槿の花は、朝咲いて夕方にはしぼむ。
だが、一本の木で次から次へと花を咲かせるので、木としての花期は長い。
梅雨の頃から秋まで、木槿は花を咲かせているという。

道の辺(みちのべ)の木槿(むくげ)は馬に喰(く)はれけり
松尾芭蕉

2015/10/26

農民たちの祈願「あの雲は稲妻を待たより哉」

私が子どもの頃、津軽半島の村では、雷の閃光のことを「イナビカリ」と呼んでいた。

「あっ、イナビカリが光った!」と叫んで耳をふさぎ、身を縮こませる。
すぐに「ドドドーン」という音が響き渡る。
「あっ、落ちた、近い近い!」と騒ぐ。
子ども達にとって、雷鳴の恐怖は、まだ遊びの範疇だった。

その頃は「稲妻」が標準語で、「イナビカリ」は津軽の方言だと思っていた。
が、「イナビカリ」は「稲光」と漢字表記される立派な標準語。

2015/10/25

芭蕉の自負「色付くや豆腐に落ちて薄紅葉」

「紅葉豆腐」と聞くと、秋に京都の料亭などで出されるシャレた一品のような印象だが、実際は、「豆腐小僧」という妖怪がお盆で持ち歩いている豆腐の事。

「豆腐小僧」とはあまり知られていない妖怪。
でも、江戸時代の草双紙(※江戸時代の娯楽本)などに多く登場している妖怪とのこと。

竹の笠をかぶって丸盆を持ち、その盆の上に「紅葉豆腐(モミジの型を押した豆腐)」を乗せて歩く小僧妖怪。
特に悪さはしないという。

色付くや豆腐に落ちて薄紅葉
松尾芭蕉

2015/10/24

芭蕉の無常「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」

芭蕉にはふたつの風景が見えている。
無数の蝉が嵐のように鳴き盛る風景と、音も無く静まり返った風景。
喧騒と静寂のふたつの風景を対比させ、そのなかで、夏の一日を鳴き暮らす命の営みを浮かび上がらせようとしている。

地上に出た蝉が、成虫として生きている期間は、現代では2週間~3週間だといわれている。
私が子どもの頃は、蝉の地上での寿命は1週間だといわれていた。
芭蕉の時代は、その寿命が、もっと儚いものだとされていたかもしれない。

芭蕉のミニマムライフ宣言「ものひとつ我が世は軽き瓢哉」

上五が数え歌の出だしのようで調子が良い。
勢いが感じられる。
芭蕉が発する宣言のようなものか?

ものひとつ我が世は軽(かろ)き瓢(ひさご)
松尾芭蕉

「ものひとつ」は持ち物は一つというイメージ。
「我が世」とは、芭蕉自身の人生(旅)のことと思われる。
「瓢」とは、容器としての瓢箪。

雨上がりの朝、公園のカツラの落葉が甘く匂っている

カツラの落葉
カツラの落葉の絨毯。
犬の散歩に、いつもの公園に立ち寄ったら、カツラの落葉の匂いが地面からたちこめていた。
カツラの紅葉(黄葉)は終わりかけていて、ほとんどが落葉している。

その落葉の絨毯に足を踏み入れた時、甘い香りがしたのだ。
砂糖醤油がちょっと焦げかかったような香り。
いままで体験した中で、今日がいちばん強く、香りを感じた。

2015/10/23

芭蕉の重複「年々や猿に着せたる猿の面」

ネットでは芭蕉の様々な句に出会う。
だが、そのすべての句が、ほんとうに芭蕉の作であるかどうか、私には調べようもない。

芭蕉作と伝えられている俳諧には、「存疑句」や「誤伝」、「贋作」も少なからずあるという。
信頼できる文献として、今栄蔵氏校注の「芭蕉句集」(新潮日本古典集成)がある。
なんら調べる手立ての無い私としては、この「芭蕉句集」に頼らざるを得ない。

年々(としどし)や猿に着せたる猿の面
松尾芭蕉

2015/10/22

芭蕉の岐路「旅に飽きてけふ幾日やら秋の風」

吉本隆明氏に「言葉からの触手」(河出書房新社)という刺激的な題名の著作がある。
「あとがき」で吉本氏自身が言っているように、この本は、「生命が現在と出合う境界の周辺をめぐって分析をすすめている」断片集でできている。

その「断片集」の60ページ目に「11 考える 読む 現在する」という題の「断片」がある。
以下に、私が気になっている冒頭の文章を引用させていただく。
「知的な資料をとりあつめ、傍におき、読みに読みこむ作業は<考えること>をたすけるだろうか。さかさまに、どんな資料や先立つ思考にもたよらず、素手のまんまで<考えること>の姿勢にはいったばあい<考えること>は貧弱になるのではないか。わたしたちは現在、いつも<考えること>をまえにしてこの岐路にたたずむ。」

芭蕉の旅情「よるべをいつ一葉に虫の旅寝して」

「一葉」にはいろいろなイメージが含まれている。
一枚の写真を一葉の写真と言ったり。
「その部屋の畳の上には、一葉の古い写真が落ちていた」なんてね。

俳諧では、「一葉」とは桐の葉を指すとか。
「一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る」という故事・格言もある。
もっとも青桐の葉が落葉するころは、あたり一面、紅葉が最盛期で、天下は秋真っ盛りなのだ。
この格言が、「大仰な言い方の割には間が抜けている」という意味なら分かるのだが・・・・。

近くの公園にある青桐の葉。

2015/10/21

芭蕉と白秋「石山の石より白し秋の風」

石山の石より白し秋の風
松尾芭蕉

私がこの句を読んで真っ先に思い浮かんだのは、北原白秋のこと。
「白し秋」で白秋となり、北原白秋を連想してしまったのだ。

これは芭蕉の誘導によるものか。
おっと、芭蕉は、明治の詩人北原白秋のことを知るはずもない。
 
芭蕉が誘導しようとしたのは、「五行思想(五行説)」の白に由来する「白秋」
五行思想では秋の色は白であるという。

2015/10/20

「野ざらしを心に」から持続する旅「死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮」

「大垣に泊りける夜は、木因が家をあるじとす。武蔵野を出づる時、野ざらしを心に おもひて旅立ければ、」
と、句の前書きにある。

「野ざらしを心に風のしむ身哉」という思いは、旅(野ざらし紀行)の間中ずっと芭蕉の心の中にあったのだろう。
ポジティブな思いで旅を続ける芭蕉だが、不慮の死というのも念頭にあったに違いない。
そして親しい友人「谷木因(ぼくいん)」の住む大垣までたどり着いた。

2015/10/19

芭蕉が見る天空と地上絵「名月や座に美しき顔もなし」

名月や座に美しき顔もなし
松尾芭蕉

これは、ロングショットとクローズアップの「芭蕉視点」の典型的な句のひとつではあるまいかと、私が感じた句である。

天空に名月、地上に「名月観賞会」の人々とその顔つき。
この句を読む読者の視線は、芭蕉に誘導されて名月を眺め、そして一座の人々の顔の上に落ちる。
そこには戯画的なユーモアがある。
と同時に、美と醜という世間的な価値基準のことに思い至る。

2015/10/18

坂梨峠の紅葉と大舘のきりたんぽ鍋

快晴の今日は、坂梨峠へ紅葉見物。

坂梨峠とは、青森県平川市と秋田県鹿角郡小坂町の県境にある国道282号線の峠、
国道7号線を大館方向に走り、碇ヶ関で鹿角方面という道路標識に従って、左手側道に入る。
古遠部温泉への分岐を過ぎると、国道282号線は山道に入る。
その山道の区間が、紅葉の隠れた名所となっている。

八甲田山や十和田湖の紅葉も良いが、坂梨峠の紅葉も格別な趣がある。

2015/10/17

芭蕉のカメラワーク「炉開きや左官老い行く鬢の霜」

元禄五年、芭蕉49歳の作とされている。
芭蕉は、元禄七年の冬に51歳で亡くなっているから、他界する2年前の句。

「炉開き」とは、一般では、冬を迎える準備として囲炉裏の蓋を開けること。
茶の湯では、10月の終わりから11月の初めにかけて、茶事の風炉に変わって炉を開いて用いることだという。

私が生まれた津軽半島の村の家にも囲炉裏があった。
ただ私が子どもの頃、暖房には薪ストーブや石炭ストーブを使っていたので、囲炉裏の蓋はほとんど閉じられたままだった。

八甲田山の紅葉と,森のなかの滝

おとといの晩に降った雪が山陰に白く残っている今日の八甲田。
紅葉と滝見ハイキングに出かけた。

国土地理院発行の北八甲田の地形図を見ると滝のマークは3箇所程度しか見当たらない。
北八甲田には地図には記されていない滝がたくさんあるようだ。

今日訪れた滝もそのひとつ。
道路から森の中へ入って20分~30分程度なのだが、あまり知られていない。
もちろん、滝に到る遊歩道も無い。
下草やネマガリタケの無いブナの森を、コンパスを頼りに沢に向かって歩くと、滝の水音が聞こえてくる。

2015/10/15

「枯枝に烏のとまりたるや秋の暮」から「かれ朶に烏のとまりけり秋の暮」への改作

今回も気になる「改作」を見つけたので、これについて書いてみたい。

枯枝に烏(からす)のとまりたるや秋の暮
松尾芭蕉

掲句が、初案。
それを改作したのが、次の句。

かれ朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮
松尾芭蕉

例によって、私的にどちらが好きかと問われれば、もちろん初案の方。
初案の方が、時間の流れやカラスの動きが感じられて好きなのだ。
それに、空間の広がりも感じられる。

2015/10/13

「清滝や波に塵なき夏の月」から「清滝や波に散りこむ青松葉」への改作

前回、松尾芭蕉の辞世の句についてちょっと書いた。
辞世の句とは、死に面した俳諧師が、この世に別れを告げるためにつくる句のこと。
芭蕉の場合は、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」が辞世の句として世に知られている。

しかし、芭蕉が書いたと言われているこの句の前書きは「病中吟」となっている。
この句を芭蕉が辞世の句として意識して作ったのなら、「辞世」という前書きがつくのではという疑問が残る。

この句は亡くなる4日前の作とされている。
その後、亡くなる2日前に、長兄や門人宛てに遺書を書いている。
長兄への遺書は自筆だったという。
芭蕉は、病状が日増しに悪化するなかで、自身の病死のことが念頭にあったのだろう。

肉体は衰弱していても意識がはっきりしていたのだから、辞世の句を遺そうというのであれば、前書きを「辞世」とするはずである。
芭蕉は「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」を辞世とは意識して無かったのではあるまいか。

2015/10/11

紅葉がピークの山で、ナラタケは終了、ムキタケや本格ナメコはこれからが最盛期か?

紅葉の森
八甲田山の紅葉は、山麓一帯がピーク。
山の中腹付近は、落葉が始まっているから、そろそろ八甲田大岳の初冠雪がありそうなこの頃。

この日曜日も八甲田山の山麓でキノコ採り。
紅葉の森の中へ入る。
昼過ぎから、山は雨降り。
雨に濡れた紅葉がきれいだった。

帰り道の城ヶ倉大橋は、雨にも関わらずたくさんの人出。
橋の上で背中を濡らしながら、城ヶ倉渓谷の紅葉を見下ろしていた観光客たち。

2015/10/10

芭蕉の憧憬「此道や行く人なしに秋の暮」

病床にて「秋深き隣は何をする人ぞ」と自身の幻に語りかけた芭蕉だった。
それでもまだ旅(俳諧)をイメージして道を探し続ける。
この「秋深き・・・」の3日前に作った「此道や行く人なしに秋の暮」の「此道」のことを、芭蕉は考え続けていたのかもしれない。

此道(このみち)や行く人なしに秋の暮
松尾芭蕉

これは芭蕉の憧憬の句であると私は思う。
もう此の道を歩いて行けないかもしれないという、芭蕉自身の無念な思い。
此の道を行く人は誰もいないという落胆。
だが、歩き続けたいという芭蕉の憧憬が、無念や落胆を心の外へ追い出す。

そして芭蕉は、亡くなるまで俳諧(旅)の道を憧憬し続けた。
「此道」は自身の俳諧(旅)の道の延長であり、まだ歩いたことのない旅(俳諧)の道なのかもしれない。

2015/10/09

キノコ採りは、山岳遭難や食中毒を伴う危険な遊び

今年の青森市周辺の山では、ナラタケが大豊作。
そのおかげで、キノコ採りの入山者が増大しているという。

平日でも、八甲田山周辺の山岳道路には、キノコ採り達の路上駐車が多く、交通の妨げになっている程だと、知り合いのトラック運転手が言っていた。

「道路脇の空き地に駐車してくれればいいものを、面倒くさいから路上駐車しているんだ。」と憤懣顔。

10月に入って、キノコ採りはピークを迎えている。
路上駐車もピークらしい。

それに伴って、山岳遭難事故も増えているようである。

2015/10/07

芭蕉の静止画「菊の香や奈良には古き仏達」

芭蕉の句は、映像的なものが多いと感じている。
舞台の一場面のような句や、映画のワンシーンのような句。
それが、私が芭蕉を劇の詩人と感じた所以のひとつとなっている。

特に旅の始めの句には、人物(主人公)が登場して、ダイナミックな動きのある句が多いような。
「野ざらしを心に風のしむ身かな」とか「旅人と 我名よばれん初しぐれ」とか。
そうそう、旅の始めの句ではないが「塚も動け我泣声は秋の風」なんかも激しくダイナミックであると思う。

これらの句は、主人公の劇的な登場がイメージされている。

そんな句と比べて、以下の句はどうであろう。

2015/10/04

枯れた後復活したドウダンツツジの生垣が、赤く色づき出した

ドウダンツツジ
公園の生垣になっているドウダンツツジが紅葉し始めている。

夏の盛りに雨不足が続いて枯れかけたドウダンツツジが、秋の初めに復活
そのときの新芽が葉に成長して、今は紅葉を準備中。

今年も、炎のような紅葉を見ることができるだろうか。
一旦枯れかけて葉を落としたので、ボリュームの無さが、ちょっと気になるところ。

新緑を楽しみ、白く可愛い花を楽しみ、紅葉も楽しめるドウダンツツジ。

今年は、ここのドウダンツツジの花の数が少なくて、ちょっと寂しい春だったが、この秋はどうなるのか。

川原のヤナギの木でヌメリスギタケモドキ採り

ヌメリスギタケモドキ
今年も恒例のヌメリスギタケモドキ採りのために金木(かなぎ)の山へ。
キノコの収穫はまあまあだった。

今年の特徴は、かなり大き目のものでも、腐ってないものが多かったこと。
例年だと、下の写真のような大きさ(傘の直径が8センチぐらい)のものは、ヒダが黒く腐りかけていることが多かったのだが、今年は保存状態が良く、長持ちしている様子。

そのため、割ときれいなヌメリスギタケモドキをたくさん採ることが出来た。

この川原は、一昨年、下流の堰堤が決壊したため、泥土状の川原の面積が減り、立木が流失したりしてヤナギの個体数も減少している。
その結果キノコの収穫量も減少しがち。

樹齢800年、驚異のヒバ(ヒノキアスナロ)の巨木、喜良市の「十二本ヤス」

十二本ヤスの看板。
青森県五所川原市金木町喜良市字相野山にヒバ(ヒノキアスナロ)の巨木がある。
この巨木の名は「十二本ヤス」。

ヒバとは、ヒノキアスナロの青森県での呼び名。
青森県内で産出されるヒノキアスナロの木材は青森ヒバと呼ばれている。
青森ヒバは、木曽ヒノキ、秋田スギと共に、日本三大美林とされている。

「十二本ヤス」という名称の由来は、巨木手前の看板に、下記のように書かれている。
幹の途中で12本の枝が分かれて、ちょうど魚を突いて取るヤスの形をしているところから、だれ言うとなく「十二本ヤス(シ)」と呼ばれるようになった。

2015/10/02

病床で漠然とした予感に語りかける芭蕉「秋深き隣は何をする人ぞ」

勤め人だったころ、風邪をひいてアパートの部屋で寝込んだことがあった。
そのアパートは、隣の部屋とは階段が別だったので、隣人と顔を合わせることが無いような造りになっていた。

仕事を休んで、日中病床についていると、隣からカタカタと音が聞こえた。
隣の部屋の住人が、中年の女性であるということは知っていた。
てっきりどこかに勤めている人と思っていたので、昼日中の物音に不思議な思いがした。

風邪のせいで神経が過敏になっていたからなのだろう、日中に聞きなれない物音が、ひどく気になった思い出がある。

風邪薬のせいでウトウト眠っているときに、その物音が夢の中に舞い込んだり。
高熱の影響による幻覚かと思ったり。

2015/10/01

作者不明の自由律俳句だと思っていた「日暮れて道遠し」

日暮れて道遠し

私は、この句から感じられる豊富なイメージが好きだった。
こんなに短い言葉なのに、様々な情景が思い浮かんで、空想が広がる。

その道は学校帰りの小学生の下校の道か、戦争から故郷の家へ帰る兵士の道か、サラリーマンの帰宅の道か、漂泊者の帰るあてのない彷徨い道か・・・・・・・。

いずれにしてもそのイメージは、どこかへ帰る人の姿と、日が暮れていく情景だった。

帰る人の心中は、待っている人のために早く帰らなければならないという思いだったり、早く家の者に会いたいという希望だったり、朗報を持ち帰ることが出来ない悲嘆な思いだったり、行くあてのない心を持ち歩く絶望だったり・・・・・・。

2015/09/30

「朝がほや一輪深き淵の色」与謝蕪村

アサガオは夏の季語だと思っていたが、実は秋だった。
アサガオの花は、現代の新暦だと、咲く時期は夏である。

季語の素となっている旧暦の二十四節季に照らすと、8月7日頃が立秋となっている。
そのため、アサガオの花の最盛期である8月は秋に分類される。
というわけで「朝がほ」は秋の季語となっている。

アサガオの花の色は紫系や青系が多い。
蕪村が見たアサガオは、濃い藍色の花だったのではあるまいか。
濃い藍色は「淵の色」をイメージさせる。

その深淵を覗いた蕪村の句である。

朝がほや一輪深き淵の色
与謝蕪村

「門を出ればわれも行人秋のくれ」与謝蕪村

この地方の秋も深まってきた。

一昨日のニュースでは、北海道の大雪山系旭岳で本格的に雪が積もりだしたという。
となれば、青森の八甲田山に雪が積もるのも、あと4週間後ぐらいだろうか。

雪の便りを聞くと、秋の深まりを感じる。
秋の深まりを感じると、旅情に駆られる方も少なくないのでは。


門を出(いず)ればわれも行人(ゆくひと)秋のくれ
与謝蕪村

2015/09/28

キヤノンのコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)のエラー「カードが異常です」の原因

今日のキノコ採り山行で、私のコンデジにトラブルが生じた。
数回撮影した後に、突然カメラが撮影不能状態になったのだ。

液晶ディスプレイに表示されたエラーの内容は、「カードが異常です」というもの。
たまに「カードがロックされています」というエラーメッセージも出たり。

カメラはキヤノンのIXY630 。
この春に購入したばかりのもの。
このカメラに装着したメモリーはSDHCカードである。

2015/09/27

ナメコはまだ幼菌、ナラタケは大きくなりすぎて腐っていた今日のキノコ採り

連休(シルバーウィーク)のキノコの収穫が好調だったので、今日も多めの収穫があるだろうと確信して山へ入ったのだが、結果は芳しく無かった。

おまけに、今日入った山は、午後から雨。

今日の朝方まで雨が降っていたようで、山は朝から濡れていてよく滑った。
笹薮も、思いのほか混んでいたので、ヤブ漕ぎにも疲れた。

こんな時もあるさと思っていたら、カメラがトラブル。
途中からカードエラーが起きて、写真が撮れない状態になってしまった。
そのせいで、今日の写真はここにアップしただけ。

2015/09/26

日本語の省略について考えていると、「日常」が見えてきたような・・・・・

昨日の記事で、谷村新司氏作詞の曲「遠くで汽笛を聞きながら」について書いた。
歌詞の省略のレトリックが、この歌に情感を持たせているというような意味のことを書いたのだった。

このように、私たちが使っている言葉には省略が多い。
外国語を知らないので、他の国の言葉と比較できないという認識不足は否めないが・・・。
私は、日本語には省略が多いと思っている。

特に主語の省略は日常茶飯事。
このブログの文章でも、「私は」という主語を省いて書いていることが「常態」となっている。

日常の会話においても、主語を省略して話す慣習があるのは周知の通り。

「私は・・・・」を連発すると、私の周辺のつきあいでは「ちょっとくどい人」と思われがちである。
頻繁に主語が省略されていても、動詞から主語を推測できるので、会話に支障をきたすことは少ない。

2015/09/25

オオアカバナの消えた荒地で、黒く熟したイヌホオズキの果実

オオアカバナが咲いていた荒地
絶滅危惧種オオアカバナのその後の様子を見に行ったら、オオアカバナは消えていた。
石ころだらけの荒地には、オオアカバナの影も形もない。

見栄えのする花だから、きっと誰かに摘まれたのだろう。
オオアカバナの花期は7月~9月とされている。
まだいくつかピンクのきれいな花が残っていたことは充分考えられる。

花の好きな人に摘まれてしまったのだろう。
でも、オオアカバナは多年草である。
地下茎が残っていれば、また来年の春に新芽が見られるかも知れない。
来年の夏には、また、きれいな花を見ることができるだろう。

新中央埠頭の海岸緑地にメタセコイアを植えたのは正解か失敗か

海岸にメタセコイア
去年の秋遅く、青森市内にある新中央埠頭を散歩したとき、その緑地に細い樹木が植栽されているのを見かけた。
それまでは、一本の木も植えられていなかったので、ちょっと驚いた。
いきなりこんな背の高い木を植えるなんて。

まあ別に、私が驚くことでもないのだが。
公園の緑地に植栽はつきものなのだから。

幹を包帯のようなものでぐるぐる巻きにされたひょろ長い木で、なんの木かは見当がつかなかった。

植えられたばかりで根がしっかり張っていないからなのだろう、一番背の高い木は3本の支線でささえられていた。

2015/09/24

寝床で遠くの汽笛を聞きながら、歌詞の「で」について考えてみた

寝床に入ったが、なかなか眠れない。
いつものように眠りに入っていけない。

眠れないのは疲れすぎているせいなのだろう。

適度な疲れは、安眠へと導いてくれるが、疲労が過度な場合はすんなり眠れない。
これが高齢になりつつあるこの頃の、私の傾向である。

寝返りを打ったりしていると、枕に押し付けた耳に汽笛の音が聞こえた。
4キロほど離れたところを、JRの東北線が通っている。
そこを走り過ぎた貨物列車の汽笛の音と思われる。

2015/09/23

そろそろ色づき出した八甲田の紅葉

地獄沼
八甲田の山が色づき出した。

これから本格的な八甲田の紅葉が始まる。
今はまだ緑が優勢だが、ところどころに赤や黄色や橙が混じっている。
紅葉の存在感が、笠松峠あたりから静かに広がっているのだ。

快晴の青空がまぶしい。
この青空が紅葉の色を鮮明にする。
青空の光に誘われて、各色が染み出す。
昼の太陽光と夜の冷気が八甲田の紅葉を仕上げる。

それは、まだ先の話。
来週後半はちょっと冷え込むという天気予報。
来週後半から見ごろを迎えるのかも知れない。
2015年秋の八甲田の紅葉。

ナメコを残してきた倒木へ行ってみたら、誰かに採集された後だった

キノコ連休の最終日。
ナメコの倒木を目指して、早朝から山へ。
しかし、期待したナメコは採りつくされて、成長ナメコの姿は無い。

茎の切り口の、酸化の具合から、おそらく昨日採集されたと思われる。
茎がだいぶ太っていたので、食べごろに育っていたのだ。
大量の美味しいナメコは、見知らぬ人の手に。

残念だが、仕方がないこと。
私も、人が残しておいたナメコを運よくゲットして、その人を悔しがらせたことがあったかもしれない。

2015/09/21

この時期ナメコの幼菌は一晩で1.5~2倍の大きさに成長する

きのう採り残したナラタケ(サモダシ)を回収しに再び山へ。
秋の連休(シルバーウィーク)はキノコウィークとなりつつある。

再び倒木とご対面したら、ナメコは採られずに健在だった。
ひと安心。
ナラタケもそれなりに大きく育っていた。

ナメコの成長は、思ったよりも早い。
昨日より一回り大きくなっていた。
一晩で1.5~2倍の大きさに成長。
大きくなって、一段と輝きを増している。

2015/09/20

今秋の青森地方の山はナラタケ(津軽地方名:サモダシ)が大豊作

ナラタケ
今年の秋はナラタケ(津軽地方名:サモダシ)が大発生しているという噂。
大量の収穫を期待して山へ入ると、期待通りであった。
噂は本当だった。

いつもはナラタケが付いていない倒木にも、ナラタケが頭を出している。
森の中を歩いて見かけた倒木の約7割に、量の多少は別にして、ナラタケの発生が見られた。

細い枯れ枝や枯葉からもナラタケが発生。
こういう発生の仕方が、大豊作である証拠。

2015/09/18

背が高くなったら上の枝がちょん切られるポプラの運命

犬の散歩の途中、公園のポプラの上部がちょん切られているのに気がついた。
ポプラは、地下の根を大きく張らないために倒れやすい。

この剪定は、背が高くなったポプラが、強風で倒れるのを防ぐためのカットなのだろう。
以前、公園のヒマラヤスギの剪定のことを記事にしたことがあった。

高い木は、風当たりが強い。
ポプラの大木が強風で倒れたら、人を怪我させたり、建物を壊したりする。
このポプラの痛々しい姿は、安全のための「危険防止剪定」された姿なのだ。

2015/09/15

9月の、秋が深まりつつある時期の田舎館村「田んぼアート」の変化

田んぼアート会場
弘前の帰りは、また田舎館村の「田んぼアート」に寄り道。
8月23日からの稲の成長とともに、絵はどんなふうに変化したのだろうという興味心があったから。

平日の今日は、8月23日の日曜日と違ってガランとしていた。
見物客は、次々と来ていたが、立って並ぶこともなくスムーズに展望所へ。

この間の強風で、米が実った「青天の霹靂」は、茎が倒れている個所が目立つ。
他の観賞用の稲は無事だった。

さくら野百貨店弘前店で癒し系キャラクターのスヌーピー展を見物

snoopy
弘前での用事のついでに、さくら野百貨店で開催されている「スヌーピー展」を見物。
スヌーピーは、知らない人がいないと言ってもいいほどの、有名な人気キャラクター。
アメリカの漫画「ピーナッツ」に登場するビーグル犬のキャラクターである。

「スヌーピー」という漫画は無い。
スヌーピーは漫画「ピーナッツ」に登場する犬なのだが、「ピーナッツ」よりもスヌーピーの方が知れ渡っている。

犬のくせに趣味が変装、スポーツ、小説の執筆などと、ほとんど人並みの能力を持っている。
作者はアメリカの漫画家、チャールズ・モンロー・シュルツ氏。

スヌーピーが漫画「ピーナッツ」の主人公のように思われがちだが、チャーリー・ブラウン少年がこの漫画の主人公。
スヌーピーは彼の飼い犬である。

2015/09/14

万緑のなか、桜の紅葉が始まっている

桜の紅葉
桜の紅葉が始まった。
この頃、朝晩がめっきり涼しくなり、そろそろ、桜の葉が色づくのではと思っていたのだが、案の定。

桜の紅葉は、他の木よりも一足早い。
一本の木で部分的に紅葉が始まる。

まだ青々とした葉があるうちに、ところどころ色づき始める。
その深緑と赤のコントラストが見もの。

緑と赤を交互に見比べ。
夏と秋を交互に懐かしむ。

2015/09/13

ブログとは「生活の方法」発見のためのツールです

このブログの最初のタイトルは「生活の方法」でした。
それが、いろいろな思いに駆られて変化し、今はごらんの通り「雑談散歩」というタイトルになっています。
このことについては、ブログの「プロフィール」ページに若干のメモがあります。
「雑談散歩」という「お題」も、未来永劫このままということは無いでしょう。

鴨長明の「住宅論」ではないですが、「しかも、もとの水にあらず」です。
ブログも、川の水のように流れていくものだと思っています。
もしブログが「仮の宿り」だとしたら、ブログは鴨長明の「住宅論」に当てはまるかも知れません。
「たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる」
この疑問に対する明快な答えが、私にはあります。
「すなわち、ほかならぬ私の生活のために」です。

2015/09/07

「上木おちる」って何?「おちる」って呪い?「頭上注意・落枝危険」警告の効果的な方法

注意書
犬の散歩で、ちょっと遠出。
堤川沿いの堤防の道を上流に向かって歩いていたら、左の写真にある「注意書」に遭遇。

「上木おちる」という文字を、四角い線で囲ってあった。
そして、「矢印」のような白いペイント。
私は離れた場所で、この「上木おちる」を「上木みちる」と誤読してしまった。

なんで人の名前を、道に落書きしているんだろう?
「上木みちる」って芸能人かな、これは表札の代わりかな、なんて変なことを考えたり・・・・・。

2015/09/06

埋立地に生育している絶滅危惧種「オオアカバナ」のその後

オオアカバナ
先月の15日に見つけた絶滅危惧種のオオアカバナが咲いている場所を、犬の散歩がてら見に行った。
すると、なんとボリュームアップしているではないか。
この前よりも枝を多く出して、株が広がっている。
オオアカバナは湿潤な地を選ぶ。
河川敷がもっとも多い生息地となっている。

それなのに、石ころだらけの生育条件の悪そうな土地で絶滅危惧種のオオアカバナは健在だった。

2015/09/04

トリップアドバイザーのサイトで「行ってよかった!道の駅ランキング 2015」で青森県田舎館村にある「道の駅いなかだて」が一位に

トリップアドバイザーは、ホテル等の旅行に関する口コミ・価格比較を中心とする情報を提供しているサイト。
アメリカ合衆国マサチューセッツ州ニュートンに本拠地があるトリップアドバイザー(TripAdvisor)という企業が運営している。
その日本版公式サイト「トリップアドバイザー日本」に、旅行者の口コミ評価を元にしたランキングのページがある。

そのなかの、「国内旅行」>「道の駅」のページに「行ってよかった!道の駅」のランキングページがある。
そこで、青森県田舎館村にある「道の駅いなかだて」が2015年現時点で一位に輝いておりました。

これはすごい!アドビのフォトショップに匹敵する本格的な画像編集・加工ソフト「GIMP」が無料とは!

gimpが起動中。
 パソコンでグラフィックの仕事をするなら、Adobe(アドビ)Illustrator(イラストレーター)とともに、 Adobe(アドビ)Photoshop(フォトショップ)は必携ソフトと言われている。
Adobe Photoshop(アドビ フォトショップ)は、アドビシステムズが販売しているビットマップ画像編集ソフト。

2015/09/02

緑の草むらの中で白さが目立っているヤマハハコ

ヤマハハコ
空き地の草むらで、ヤマハハコが花を咲かせている。
まるで白い粉を振りかけられたような姿。
その白い姿が、緑色の草むらではよく目立つ。

白さを装うことで、他の野草との差別化を図っている。
それがヤマハハコの存在の方法なのか?

ヤマハハコの亜種にカワラハハコがある。
姿はそっくりだが、カワラハハコの方が葉の幅が細い。
1~2ミリ程度。

2015/09/01

枯れかけていたドウダンツツジが驚異の復活

ドウダンツツジの復活
一か月ちょっと前に枯れかけていたドウダンツツジの生垣が、復活している。
あんなに赤茶色に枯れていた生垣が、緑を取り戻しつつあるのだ。
もう枝が枯れ死んでいると思っていたのだが、そうではなかった。

ネットの園芸相談サイトなどでは、ドウダンツツジの葉が枯れると、枝枯れも進んでいるなどとある。
また、地上部に変化が出るともう手遅れで、根が死にかけているとか。

よく見れば、街の片隅でアカソが生い茂っていた

アカソ
犬の散歩の途中で、よく見かける草。
葉の感じからイラクサの仲間だろうとは思っていたが、花が咲いていたので調べてみた。

ヤブマオ、アカソ、コアカソ、クサコアカソの四つが候補に。
すべてイラクサ科である。

イラクサ科と言えば、このブログでよく話題にするウワバミソウ(ミズ)も同じ科。
垂れた葉の様子が、どことなく似ている。

2015/08/30

きのこ偵察ハイキングで山へ入ったら大量のヤマブドウを見つけた

キノコの森
森のなかへキノコ偵察ハイキング。
もうそろそろかと山へ偵察に出かけたキノコハンターが、この日はかなりいらっしゃったという。
今年はキノコの出が早いのでは、という憶測に動かされて。
それは根も葉もないこと。

まだ早いのです。
時期になると大量に発生するツキヨダケ(毒)もまだ出ていなかった。

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