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新年(正月)の行事

暦の上での、または社会習慣での新年(正月)の行事はいろいろあるようです。
初詣とか年始回りとかお年玉をあげるとかお餅を食べるとか。

私は年末に大掃除をしません。
小掃除ぐらいで済ませます。
事務所の入口とトイレの掃除だけを済ませます。

残りの掃除や、書類の整理・その他は、新年に入ってからの行事です。
正月を迎えるにあたっての様々な慣例があるようですが、私の場合はマイペースを基本にしないと、私の正月が始まりません。

一月は仕事も暇なので、片付け物をしながら、仕事に対するイメージを作るのが私の新年の行事です。

もちろん一月は何も仕事をしないわけではありません。
仕事が入れば、積極的に精力的に仕事に向かいます。

仕事をしながら、事務所・作業所を新年向けに整えていくのを新年の行事としています。

その方が、新年に向けて勢いが付くからです。

仕事をしながら旧い物を捨てて新しいものを取り入れていくのです。

歳をとっても、若々しさを維持して行かなければなりません。

新しいことを考え、新しいものに挑戦することが、新しい若々しさを作り出すと思います。

新年の行事は、それに手をつけることです。
その切っ掛けを掴むことです。

旧いものを捨てる勢いで新しいものを手がけることが新年のスタートです。

新年の行事とは、若々しさを維持し発展させることへの思考・動作の繰り返しです。
その地味な繰り返しへの努力が躍進を産むのだと思います。

正月は躍進を目指す月ですから、地道な努力の繰り返しがそのバネになると思います。

旧いものを捨てて、新しいものを取り入れる。
今日は31日ですから、明日から始めなければなりません。

お年玉の相場

60歳にもなると、たまに相談事を持ちかけられることがあります。

年末のこの時期は、今のお年玉の相場っていくらぐらいかな、という疑問を世間話のような感じで尋ねられます。
私は子供の頃お年玉をもらったことがありますが、大人になってお年玉をあげたことはありません。
私自身に子どもがいないこと。
姪や甥が子どもだった頃は、遠く離れて生活していたので、お年玉をあげなくても良い生活環境だったのです。
私の生活の周りには親しくつき合っている方々がいて、その方達には小さいお子さんとかお孫さんがいますが、正月にお年玉をあげたことはありません。

それは、私がケチだからです。

ケチの反対は、世間的には「気前が良い」とか「太っ腹」とかでしょうね。
私的には、ケチの反対は浪費。
親戚が多くて、その近所で暮らしていると、いろいろと「つき合い」が多くてケチにはなりにくい環境だと言えます。
気前良くならざるを得ない立場に立たされます。
私もそんな環境の中で暮らしていたら、今のケチは保てなかったことでしょう。

でも、ケチでなくても浪費は防げるようです。
親戚一族が浪費を嫌う堅実な性格の人達が多い場合、お互いに相談し合って、お年玉の相場を下げ、なおかつ支出と収入のバランスをとるように工夫することができそうです。
まあ、そういう賢明な一族は稀少で、現実的ではない話ですが。
正月に五万円や十万円の細かいお金を惜しむなんてケチ臭いということになるのでしょう。

私は子どもの頃、毎年の正月に祖母や独身の叔母さんからお年玉を頂いていました。
それもかなり高額なお年玉をもらって、無邪気に喜んでいたのです。
私が大人になってから知ったことですが、祖母や叔母さんには少ない収入しか無くて、お年玉などの親戚付き合いの費用を捻出するために、かなり倹約した生活をしていたようです。
ただ、彼女達は、親戚の子どもや孫達の喜ぶ顔を見るのを楽しみにしていた、という話も聞いたことがあります。

「お年玉」というのは哀しい風習ですね。
そういうお金の現実を子ども達が知るためにも、子ども達に高額な不労所得を与えてはいけないと思います。

子どもが手にする「お年玉」は小額なほど尊い。
お年玉の相場はいくらぐらいかな、と訊かれたら、ワンコインが良いんじゃないと応えます。
それが百円玉か五百円玉か、十円玉かはあなたの気分次第です。
子どもの機嫌より…

正月飾り

今日は29日。
今日が仕事納めの会社が多いことでしょう。

私の取引先の会社も、ほとんどが今日で2011年の仕事納めです。

街には正月飾りが目立つようになりました。
正月飾りを付けて、仕事納めは終了です。

正月飾りも、年々質素なものが多くなってきています。
今年は大きな震災があり、不景気も続行中で、節約ムードが各会社の玄関先に漂っています。

会社に正月飾りを付けるのは、新年を祝い、仕事の安泰や繁栄・発展を祈るためです。

各家庭の玄関先や部屋の中には、家庭の安泰と家族の長寿を願って、正月飾りが飾られます。

元日の初詣も、自身や家族・身内の健康と発展を願うために出かけます。

正月は、一年の中で最も願い事が空間に溢れている特別な時間の流れなのです。

ひょっとしたら、正月飾りは、それぞれの人の願い事を飾る空間意匠なのかも知れません。

門松や注連縄も空間を区切って、神聖な空間のための境界を築く意味があるのだと思います。

願い事をする場所を清めて、願い事の純度を上げるために、正月飾りを各ポイントに配置するのです。

華やかで清らかな雰囲気を演出するのが正月飾りです。

私達は正月に、健康や発展を願い、華やかで清らかな存在であろうと祈ります。

私達は何に向けて祈願するのでしょう。
神仏に祈り願うことが祈願の意味です。

これは、極私的な意見ですが、神仏も正月飾りであるのかも知れないと思う時があります。

私達が祈るのは、まだ発揮されない自身の才能、あるはずの隠れた能力、持続する決意・決断に向けてではないでしょうか。

それらを尊い存在として飾るのが正月飾りなのでは。
自身の独自な才能の発揮によって生じる、生きていることの証を得るために、私達は祈願するのだと思います。

独自な人生を成し遂げるために、正月飾りを飾り、他者との境界を築き、自己の独自性を際立たせる。

そう思いを進めると、市販の正月飾りよりも、自前の、手作りの正月飾りのほうが祈願する空間にふさわしいような気がします。

冬には冬の話題

冬には冬の話題が良いと思います。

同時期の生活者として、話題を共有出来るからです。

話題の共有から体験・情報・知識・知恵の共有が、ブログの意義だと思います。
ブログの存在理由かも知れません。

冬の面白さ、冬の苦労、冬の過ごし方などの話題は、読む者にタイムリーな興味心を抱かせます。
いろいろな人物の冬の話題は、冬という季節に対する新発見につながるかも知れません。

インターネットの世界でのブログの役割は、生きる方法を豊かにすることではないでしょうか。

いろいろな世界で生きている人間からの発信がブログです。
その人達の体験や意見、ものの考え方・見方、生活の方法を共有することで、個人の見識が広がると思います。
いろいろなブログに接する多くの個人が、その人の直感や生活体験で読むべきブログに行き当たることでしょう。

私達にとって役に立つ、様々な話題が数多くあるでしょうが、当面している生活の現場は冬です。
冬の時期には冬に関する様々な情報に興味を持つのが、自然な傾向だと思います。

実際、当ブログのアクセス解析をみても、この時期の高アクセスは、「風邪」とか「冬の寝汗」とか「スタッドレスタイヤ」とか「寒さによる肩こり・腰痛」とか「防寒長靴」とかの冬の話題です。

当然ながらこの時期になるとショッピングセンターの商品は冬物がほとんど、スポーツ用具売場ではウインタースポーツ用品が主力、飲食店では冬のメニューがヒットします。

私達は冬の話題のブログから、冬の季節を生きる方法についての情報を得ることができます。

その情報の提供先の大元は、冬という揺るぎない自然です。

自然に対する知識を得ることで自然の中で生きることを知る一方で、自然から直に個人に教えられることも多いと思います。
そういう、個人の直感に基づいた自然観・生活観には尊いものがあります。

そういうブログで、生きる方法を豊かにしたいという思いが、私にあります。

冬には冬の話題が良いですね。

東北地方は大雪

インターネットは生活の知恵袋

私はそんなに気にならないのだが、この時期この地方はかなりの大雪であるらしい。

まだ12月なのに雪が多いね、という会話が挨拶のようになっている。

雪国で暮らしているのだから、雪が多ければ多いなりに日々を過ごすしか無いと、私は思っているのだが・・・。

まだ体力があるからそう言っていられるのだ、と友人から言われる。
そうかもしれません。

雪片付けを、体力づくりになると楽しんでいるのも体力があるからです。
雪を楽しむのも、今のうちかも知れません。

もっと高齢になって、体が思うように動かなくなったり、病気で体力が落ちたりすると、大雪に悲鳴をあげることでしょう。
生活の自由を奪う雪を呪うことでしょう。

自動車のタイヤで圧雪された雪道は、ツルツル滑って、脚力の弱い者にとっては恐怖です。
一人暮らしのご老人にとっては、買い物にも出かけられない。

雪のために行動範囲を狭められて、閉じこもりがちになり、体力が落ちるのに拍車がかかります。

そういう事態になれば、やっぱり、それなりに日々を過ごすしか無いでしょう。

雪国に生まれ、雪国で一生を終えるとは、そういうことなのだと思います。

雪国だけが生活の苦労が多いわけでは無いでしょう。
世の中には、様々な生活の現場があって、全てそれなりの苦労があると思います。

苦労を乗り越えて生きる方法は、体力に頼ること。
体力が落ちたら知力に頼ること。
知力が落ちたら財力に頼ること。

結局、最後はお金です。
財力の無い人は知力を蓄えなくてはなりません。
その人が、その人の人生で蓄えた知の力を活かすのです。

長い人生をかけて身につけた方法や工夫に頼るしかありません。
インターネットは知恵袋です。
インターネットの役に立つ情報を、自身の知力で検討しながら生きていくのも、ひとつの方法です。


冷え性の腰痛対策

貼るカイロで腰の部分を温める

私は冷え性の腰痛持ちです。
冬に入って、寒さが厳しくなると腰痛も厳しくなります。

豪雪地帯に住んでいますから、雪片付けによる肉体疲労が溜まると、腰痛も一層厳しくなります。

腰痛持ちと言っても、一日中痛みがある訳ではありません。

朝、布団から起き上がった時、体が温まるまでしばらく痛みがあります。
この朝の痛みは、犬の散歩や雪かきなどで体を動かしているうちに緩和します。

長時間椅子に座って、パソコンで仕事をしている時にも、腰痛は出ます。
また、長時間クルマを運転していて、運転席から降りた時も、腰を伸ばすのがつらいぐらい腰痛が出ます。

このふたつは、回復するまで時間がかかる腰痛です。
体を後ろに反らせて、背と腰を伸ばしたりするストレッチを繰り返しながら徐々に痛みを和らげて、時間をかけて腰痛から逃れていく方法で対処しています。

私にとって、腰痛に即効果のストレッチがあります。

脚を肩幅より広めの安定した形で広げて立ちます。
脚の膝を折って、徐々に腰を下に落とし、椅子に座っているようなポーズを作ります。
あまり深く腰を落とすと、しんどいので、その辺は我慢出来る範囲内で行います。
右手の手の平を右脚の膝の上に置き、左手の手の平を左脚の膝の上に置きます。
上体をできるだけ垂直に近い状態に起こして、上体だけ左右交互にゆっくりと捩るストレッチです。
両方の肩を交互に、水平に左右に回すようにすると、うまく腰のあたりが捩れます。
もちろんストレッチですから、動作中呼吸を止めてはいけません。
腰の部分の「伸び」を確かめながら左右交互に3回繰り返します。

このストレッチを一日5セットぐらい行うと、私の場合、腰痛はかなり軽減します。

私の腰痛は、腰椎椎間板ヘルニアとか座骨神経痛とかの病気によるものでは無いと自己診断しています。
腰を曲げないと立っていられないほどの腰の痛みや、下肢に痛みがあるわけではありません。
また前傾姿勢やイスに腰掛けるの辛くて、横になっているほうが楽というほどの腰痛でもありません。 加齢と肉体疲労による一般的な慢性腰痛なのだろうと思っています。 それと、私は冷え性ですから、肉体の冷えからも腰痛が出ていると思っています。
寒い冬場は、冷えによる腰痛が特に出るのではないかと思っています。 この冷えに対する対策は、「貼るカイロ」です。
衣類に貼るタイ…

私自身の冬場の寝汗の原因について

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前回の記事で、私は冬場に、たまに多量の寝汗をかくことがあると書きました。

その原因について私なりに考えた事やネットで調べた事を書いていこうと思います。

私は「冷え性」だと、よく知人に言われます。
手や足が、普通の人よりも冷たいのだそうです。

私自身も、それは感じています。
特に冬場は寒さで手がかじかみやすいのです。

冷え性・冷え症。
知人の指摘や自身の自覚から、私は自身を「冷え性」だと思っています。
別に病院で、「冷え性・冷え症」という診断を受けたわけではありません。
西洋医学では「冷え性・冷え症」という「病名」は無いそうです。
末端の血管が収縮し、長い期間にわたって血流の滞りがある場合「冷え性・冷え症」と診断されることも、医師によってはあるそうです。

さて、冷え性と寝汗の関係で興味深い記事を見つけました。
この記事によると、冷え性の人は寝汗をかきやすいことになります。

午前3時〜5時の時間帯は人間の体温も気温も最も低くなるそうです。
この時間帯に、体温を維持するために、余分な水分を体外に排出して体を温めようとする反応が寝汗だということです。
冷え性の人は、特にこの反応が強く出るとか。
しかし、寝汗をかく事によって「気化熱」という放熱効果が働き、結果的に体温を下げてしまいます。
実際、寝汗をかくと「寒い」という不快感を覚えます。
体を温めようとする「肉体の反応システム」はそこまで及ばないものなのでしょうか。

多量の飲食と厚手のアクリル毛布が多量の寝汗の原因?
私は冷え性で寒がりですから、冬場の寝具は一般よりも多めです。
厚手のタオルケットにアクリル性の厚物毛布、その上に羽毛の厚い布団をかけてベッドで寝ています。
普段から布団が汗臭いと家の者に言われていますから、寝汗の量は多い方だと思います。
厚手のアクリル毛布の通気性の悪さが寝汗がこもる原因ではないかと素人判断で、そう思っています。

どういうわけか満腹状態(ビールもかなり飲んでいる状態)で眠りに就くと多量の寝汗が出るので、多量の飲食と厚手のアクリル毛布が多量の寝汗の原因だろうと思っています。

その多量の寝汗も、前回書いた通り、一冬に3〜4回程度ですから我慢出来る範囲内で病的なものではないと思っています。
そういうわけで、通気性が多少悪くても、寒がりの私は厚手のアクリル毛布を離せないのです。

冬の寝汗

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意外と多い、冬場の寝汗で悩んでいる人 本格的な雪の季節になり、夜間の冷え込みが厳しくなってきました。
私は、この冬の季節によく寝汗をかきます。

朝食にはネギ入り納豆で食欲アップ

この頃、朝食で納豆を頻繁に食べるようになりました。
もちろん、細かく刻んだネギ入りの納豆です。

これをご飯にかけて食べるとご飯が美味しいのです。

美味しく食べる、というのは体に良い事だと思います。

嫌々食べるとか、不味い食事をするとか、義務的に食べるとかよりも健康に良いと直感しています。

上記の食事では、食事がストレスになってしまいます。
しだいに食欲が無くなって、ついには朝飯抜きという不健康な生活に陥ってしまうでしょう。

小さな体験を書き残す

生きている事は小さな発見の連続であると、以前、ブログの記事で書いた事があります。
小さな発見もそうですが、生きている事が小さな体験の連続でもあることは、ごく当たり前の、敢えて言う事も無い事実だと思います。
刻々と定期的に過ぎていく時間のなかで、不定期な体験を刻々と積み重ねていくことが日々の暮らしだと言えるでしょう。
このようにキーボードを叩いて、文章のようなものをパソコンのモニターに映し出しているのも小さな体験です。 緩慢であり駿足である時間の流れが、この小さな体験を洗い流して消滅させようとします。
それが、このように文章のようなものとして記録されているから、私はこの小さな体験の輪郭を見ることができるのです。
過去に自身が書いた物を通して、改めてその時の暮らしを体験するという体験を多くの人々がしています。
友人に送ったメールとか、仕事の打ち合わせのメールの文章とかで鮮やかに再生する体験があります。
このとき初めて、その小さな体験を体験する実感を得るのです。 むしろ、現在の方が過去の時よりも鮮明に体験を自覚しているかもしれません。
体験を鮮やかに再生させるのは、過去の何気ない言葉です。
「おはよう」とか「お体大切に」とか「では、よろしくお願いします」とか。 その言葉が、過去の小さな体験を表し、記憶を蘇らせ、今になってその体験の意味を小学生のように復習させるのです。
「ありがとう」とか「あれからどうしていますか」とか、そういう言葉がその小さな体験の後を追います。 その時の言葉を追いかけます。 その時の面影を追いかけます。
追っていく先が、過去のような未来のような。 まるでその体験のために、時間が止まってしまったような映像を眺めているのです。
小さな体験は、映画のワンショットのような1枚のスチルです。
それを見る意味を、人々は自身に問いかけることでしょう。
日々の小さな体験は、過去や未来の問いかけの言葉で擦られているのです。 まぎれも無く体験した事が、新しい疑問の言葉で擦られているのです。

壊れた大判プリンターやパソコンモニター、古タイヤの処分料

全部まとめて処分料は5千円。
使用歴10年の壊れた大判プリンターをそのまま作業場に置いていたのですが、本日とうとう処分しました。
10年間お世話になったプリンターでしたので、廃棄処分はちょっと寂しい気分になります。
よく働いてくれた機械でしたが、作業場を拡げるためなのでやむを得ません。

ついでに、壊れたまま残してあるモニターや外付けのハードディスク、ルーターなどのパソコンの周辺機器と、外に放りっぱなしの古タイヤも処分することにしました。

時々お世話になっている産廃業者さんに来てもらって、処分する物をトラックに積み込み値段を尋ねると、全部で5千円ということでした。

値段を聞いて、これで5千円だと安いな、と思いました。

パソコンのモニター(ブラウン管)と、ピックアップ用の大きなタイヤが4本ありましたから、全部で合わせて1万円近く請求がくると思っていたからです。

でも、その業者さんに、「そんなに安くて良いの」とは言いません。
「ありがとうございます。」と一言お礼を言って5千円を渡しました。

もしかしたら、そういうものなのかも知れません。
廃品回収業者に大判プリンターを引き渡せば、スチール部分が多いので、いくらかの収入になるのかも知れません。

それに、あまり安い安いと言うと、今度から高く取られるかも知れないというセコい心配から、安く感じた事には触れずに料金を払ったのでした。

この不景気ですから、支払いは安い方が助かります。
業者さんも慈善事業でやっている訳では無いので、彼なりの適度な料金を請求してくれたと思います。

パソコンのモニターはメーカー処分で「リサイクル料金」とかいう金額を四千円ぐらい請求されるという話を以前聞いた事があります。


壊れたモニターを無料で引き取る業者。
ネットで調べると、「モニター(ディスプレイ)を無料で処分・廃棄します。梱包して送るだけ!故障品やブラウン管型モニターも無料処分・廃棄可能!」という業者もありました。
ご興味のある方はネットで検索してお調べ下さい。

上記サイトの運営者(金属リサイクル業者)ですと送料だけで済みますが、ここ(東北)から大阪までなので二千円近くの費用がかかると思います。

ついでに廃タイヤの処分料もネットで調べてみました。
タイヤ販売店(カー用品店・ガソリンスタンド・カーディーラー・タイヤ専門店など)に持ち込むとタイヤ一本あたり…

寒い時の肩こり

最後は自分自身

冬になって、寒くなると肩こりの苦痛を話題にする人が多くなります。
彼ら(彼女ら)は寒く無い時期でも肩こりに悩んでいる方がほとんどのようです。

それが、寒さとともにひどくなるということなのです。
私は肩こりの経験がほとんどありません。
肩こりで苦しんだという記憶がないのです。

肩こり常習者が、その秘訣は何?と、よく私に尋ねます。
私は、努力して肩こりを予防している訳ではないので、「たぶん体質じゃないのかな」と気の無い返事を返すばかり。

私の周囲の肩こり常習者の特徴は、運動嫌いと伊達の薄着です。

「寒くなったら、肩のあたりに衣類に貼るカイロを当てたらどうかね」と言うと、そんなの格好悪いと却下されてしまいます。
「運動して血行を良くしたら」と言うと、疲れてかえって肩こりがひどくなると言います。
「風呂にゆっくりつかって、体を温めるのも良いらしいよ」と言うと、「シャワー派なの」ですと。

彼ら(彼女ら)が知りたいのは、楽して肩こりを治す方法なのです。
たとえば、肩こり防止のサプリメントは無いものかとか、就寝中に貼る無臭の湿布は無いものかとか。

まだ若いのに「肩こり持ち」なんてカッコ悪い、という方が多いようです。
ですから、目立たない方法で楽して肩こりを治したいということなのです。

そんな方法は、おそらく無いでしょう。
肩こりになりにくい体質があるなら、肩こりになりやすい体質もあるはずです。

体質は、生まれ持ったものもあるでしょうが、生活習慣から作られるものもあるのでは。

運動嫌いと伊達の薄着も先祖代々のものという方もいるかも知れません。
生活習慣から、運動嫌いと伊達の薄着になった方もいるかも知れません。
そういう方でも、肩こりとは無縁という人もいることでしょう。

人それぞれです。
人それぞれだから、最後は自分の事は自分で解決しなければならない、ということになるでしょう。

過度に薬剤に頼ったり、過度に人の意見を信じたりすることは禁物です。

入浴や軽い運動などでリフレッシュして、気を楽にしてみることが肝心かも知れません。

気が付いたらうつ伏せで寝ていることが多くなった

朝になるとうつぶせ寝スタイル ここ2〜3ヶ月間のことですが、朝目覚めるとうつ伏せで寝ていることが多くなりました。
夜、布団の中へ入った時は、仰向けで眠りに就くのですが、朝目が覚めたらうつ伏せになっているのです。
昔、内臓の悪い人は眠る時に無意識のうちにうつ伏せになると聞いた事があります。
内臓が良いのか悪いのかは、最近、その辺りを病院の検査で調べてもらって無いのでなんとも言えません。

冬場の女子高校生のミニスカートに生足

流行の先駆者は今何を思う?

この地方の冬の降雪も、時節がら、本格的になりつつある。
近郊のスキー場は、まだまだ雪不足な状態。
それでも、滑降可能なコースがあれば、オープンに踏み切っているようだ。

この雪の季節が到来すると、毎年目に付くのが近所の私立高校の女子生徒の「生足」と呼ばれている格好(ファッション)。

上半身は長袖で、袖を指先まで伸ばして手を包み込むような形で着用しているが、下半身はミニスカートに素足(素脚)。
生足の一般的なスタイルだ。
そういう格好の女子生徒が、雪とともにどこからともなく多数出現してくる。

感染力の強い美人ママの風邪

美人ママの感染力。

これは私の思い過ごしかも知れませんが、今年の「風邪」は感染力が強いと感じています。

めったに「風邪」をひかない人が、「風邪」で寝込んでいるからです。

私はよく「風邪」をひきます。
その私に対して、
「あんた、しょっちゅう風邪ひいてるね、俺なんか風邪ひいたことが無いよ。」
と言う人が、風邪で寝込んで、布団の中でうんうん唸っているのです。

この人は、「風邪」どころか、めったに病気になりません。
免疫力の強い健康優良人なのです。

そういう人がついに、この冬の「風邪」で倒れてしまいました。
頭痛とクシャミ鼻水、熱(38度5分)と激しい咳と極度の倦怠感で寝込んでしまったのです。

油断したのでしょう。

「俺様は風邪とは無縁の男よ」とばかり、大勢の風邪ひきさんにぐるりと囲まれながら、裸踊りをしたのでしょうか。

これは冗談ですが。
そんなことをしなくても、頑健な男が「風邪」に感染してしまうのです。
それほど今年の「風邪」の細菌は、感染力が強いのではないでしょうか。

寝冷えとか湯冷めとか、極端に寒い思いをして「風邪」をひいたのでは無いようです。

この頑健者は、飲みに入ったいつもの店のママさんが「風邪」をひいていたらしく、そこでうつされたのだろうと言ってました。

そのママさんも丈夫な質で、あまり「風邪」をひかないような人らしいので、よっぽど感染力の強い「風邪」の細菌(ウィルス)をもらったのでしょう。

「近頃、悪い風邪が流行っているからねぇ。」
という話をよく聞きます。
それは、今年に限らず、寒い時期になると毎年のようによく聞きます。

「風邪」って感染力の強い病気だから、毎年よく流行るのでしょう。
丈夫な人が「風邪」に倒れて、今年の風邪は感染力が強いように感じるのも、今が「風邪」の最盛期(?)だからかも知れません。

若くて美人のママさんにうつされようが、白髪の婆様にうつされようが「風邪」の苦しさに違いはありません。
ただ、美人のママさんの「風邪」のほうが、その人気度や影響力からみて、感染力が強いような気がします。

今年は、普段風邪をひかない美人ママが風邪をひいてしまったため、その感染力が広く及んだのでしょうか。

◆私の風邪体験記事を集めたページです。皆さまのご参考になれば幸いです。

冬の童話・手袋を買いに

小学校2〜3年の頃、学校の国語の教科書で読んだ「手袋を買いに」という童話を、今でも時々思い出します。

この童話が、冬の狐親子の物語なので、特に冬になると思い出すのです。

物語もそうですが、その教科書に載っていた子狐の絵(イラスト)のことも記憶にあります。

温かそうな雰囲気に包まれたようなイラストでした。
可愛い子狐とお母さん狐が寒い雪の中で寄り添っているイラストに、子どもながら当時の私は温かいものを感じたのだと思います。

そのイラストが、新美南吉氏の原作に付いていたものを教科書に転載したものなのか、それとも教科書用に新たに描き加えられたものなのかは、今となっては不明です。

逆に、その情感あふれるイラストから物語の筋が生まれたような感じの、イラストと物語の一体感・融合感に幼い私は強く心をうたれて、今でもその教科書に載った童話のことを覚えているのだと思います。
もしかしたら、教科書に載ったイラストの印象から、私はその童話を書き替えて記憶しているのかも知れません。

手袋を買いに人間の町の商店に行く子狐と、それを心配そうに見送る母狐。
狐と知りながらも、お金が本物なので手袋を子狐に渡す商店主。
子狐の帰りを心配して待つ母狐と無事合流して、一緒に寄り添って巣へもどる母子。

小学生の私はイラストに見入りながら、この物語を読み進めたのです。
そして、この幻想的なイラストと物語にリアリティーを強く感じて、この話は真実の事だと思ったのでした。

この冬景色のどこかで、この狐の親子が暮らしているに違いないと思ったのです。
「手袋を買いに」という童話を、幼い感傷生活の中に入った現実のニュースのように受けとめたのです。

優れた童話は、子どもの世界観に大きな影響を及ぼすものなのでしょう。
それが童話の持っている普遍性だと思います。
狐の親子の情愛が、私の中で歳を経ても生き続けていたから、私はこの物語のイメージを忘れないのだと思います。

まだ心が澄んでいた時期に澄んだ物語に出会ったことで、その物語の澄んだ記憶が60歳の男の雑多な心の片隅を、今でも占めているのです。

冬に多い病気・脳卒中

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内と外との危険な寒暖差。

私の友人が去年の冬に脳卒中で入院しました。
幸い軽く済んだので、彼は手足のちょっとした不自由を我慢しながら元気に生活しています。
脳卒中で入院した時の年齢は52歳。

若い頃から頭がツルツルで小太りしていた彼の身体的な特徴のせいなのか、アルコール類が好きだったせいなのか、脳卒中の原因はいろいろあることでしょう。
親父さんが脳卒中を患っていたということですから、遺伝的な体質もあったのでしょう。

脳卒中の原因のひとつは寒さだったようです。
普段から血圧が高かったようですから、冬の寒さで血圧がさらに上昇したようです。

彼は病気になってから初めて高血圧のことや脳卒中のことをネットで調べ、勉強したようです。

彼が気分が悪くなった時の状況を思い出すと、そこには温度差(屋外と屋内の寒暖差)があったようです。

温かい室内で半袖姿でいた彼は、そのままの格好でちょっとした用事を足しに家の外へ出たのだそうです。
そのとき目眩を感じて座り込んでしまったのだそうです。

20代の若者が、冬に、Tシャツ姿でちょっと外に出て、「寒い寒い」と言いながら家の中に戻って来る光景はこの地方でよく見ます。
若者だから身体が平気だと言うこともないでしょうが、50歳を過ぎて同じことをやれば身体が被る損傷は大きいと思います。

普段高血圧気味の人が、疲労がたまっている状態で、身体を北国の冬の寒暖差にさらせば、それは脳卒中をまねくようなものだったと、彼は反省しています。

寒さで鳥肌が起るのは目に見えますが、急に感じる寒さで血管が急激に収縮するのは目に見えません。

冬場の温度差は年配者には要注意です。
寒暖差は家の内外に限らず、クルマの中と外、温かい風呂場と寒い脱衣場、温かい居間と寒いトイレ、などいろいろです。

面倒くさがらずに、衣類でこまめに寒さ対策をすることが重要です。
一時我慢出来る寒さでも、寒さを感じた時点で赤信号なのだと思います。

雪国の冬の雨

寒い雨から、温かい雪へ。

梅雨時の雨のうっとうしさを訴える人は多いと思います。
ジメジメしていて気分が暗くなって嫌だとか、カビが蔓延するから嫌だとか様々な意見があがります。

でも、梅雨は作物を育てる天の恵みでもあるから、生産的(農作物の成長を促す)です。
私は。梅雨はそんなに嫌いではありません。
梅雨時のしっとりと落ち着いた、静かな雰囲気が好きです。

梅雨時は、梅雨対策用品や梅雨時でも気を晴らすオシャレ用品を買い求めるたくさんの人々がいて、消費活動が盛んになります。
その品々を製造する生産業も販売業も梅雨で経済的に潤います。
何よりも、夏に向かって降る雨の清々しさがあります。

梅雨時の雨を嫌う人が、雪国の冬の雨を体験したら、何とおっしゃるでしょうか。
これほど暗く非生産的な雨の光景は他には無い、と言ったら大げさでしょうか。
とは言っても自然現象ですから、冬の冷たい雨も何かの生産に寄与しているのかも知れません。

冬の雨の日は、空は重い雲でおおわれてどんよりと暗くなります。
独特の荒涼とした雰囲気に街が包まれていくのです。
雪国の冬の雨はすべてを冷たく濡らしますから、身も心も寒い雨の日となります。

雪の降らない地方での冬の雨なら、なんとかしのげそうですが、雪国の冬の雨に対しては、この地方で暮らす人々は口を揃えて「嫌なものだ。」と繰り返すのです。

雪国では雪の日の方が雨の日よりも温かく感じることは前回の記事で書きました。
辺りを真っ白におおう雪に美しさを感じる人も多くいます。
スキー場が賑わい、雪かき用具が売れ、オシャレな防寒着が売れ、消費活動が盛んになります。
生活するには積もった雪は妨害にもなりますが、雪国では毎年のことなので、雪のある環境を乗り越えていこうという気概も生まれます。
それが雪国の雪の文化を育てているのだと思います。

この地方では、昨夜から今朝にかけて、ようやくまとまった積雪がありました。
辺り一面が雪で白くおおわれています。

寒い雨から、温かい雪の季節に入ったのです。

銭湯とマイナスイオン

昨夕行った銭湯の脱衣場の壁に、この地方の公衆浴場組合(公衆浴場業生活衛生同業組合)のポスターが貼ってあった。
そのポスターに、銭湯はマイナスイオンの宝庫だから健康に良いというような意味のコピーを見つた。
「マイナスイオン」、懐かしい響きだ。
かつて話題になったマイナスイオンというコトバも、今はそう聞かれなくなった。
山の渓流とか滝の付近は大量のマイナスイオンが発生しているから健康に良い、とか。
雨の日は、雨水の水滴が破裂する際に発生するマイナスイオンが豊富だから健康に良いとか。
その頃は、大手家電メーカーもマイナスイオンを発生させる空気清浄機などを生産して売り出していた。
私は、「マイナスイオン」というコトバを聞いたとき、なんて学術的で説得力のあるコトバの響きなんだろうと思ったものだった。

私の趣味は山歩き。

滝や渓流のそばにいるとリラックスできて気分が良いことや、山歩きの疲れがとれるような経験をしたことがたくさんある。
その原因がマイナスイオンだったのかと、頷いたものだった。
でも、商品のパンフレットや、健康を謳う雑誌に「マイナスイオン」というコトバは溢れていたが、「マイナスイオン」という科学用語は存在しないらしいのだ。
「マイナスイオン」は、単なる宣伝的・情緒的な造語であるという説が現在では一般的なようだ。
「マイナスイオン」が自然科学の用語では無いのだから、自然界に「マイナスイオン」は存在しないということになっている。
従って、「マイナスイオン」の効能も存在しない。
一時は森林浴の効能を手助けするものとして宣伝された「マイナスイオン」が、フィトンチッドほどの科学的な根拠も無かったようだ。
個人の体験と「科学的な根拠」             

銭湯は気分が良いから、適度な入浴は健康に良いということを人々は体験的に知っている。
「マイナスイオン説」はそれを理論付けようとしたのだろうが、根拠の無いものだったようだ。
個人個人の体験よりも一般的な科学知識の方が説得力を持ちやすいので、こういう「社会現象」が生じるのだろう。
山歩きの楽しさは、極めて個人的な趣味の世界なので、そういう趣味の世界で見つけたリラックス感とかリフレッシュ感を大切にしたい。
私にとって、滝や渓流の快適さの原因とは「マイナスイオン」的な雰囲気を持っている何かであると感じている。
「マイナスイオン…

災害や停電に強い石油ストーブ

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石油ストーブはシンプルで多機能。

私は、仕事場の冬の暖房は石油ストーブを使っています。
今年の3月11日の震災以前からずっと石油ストーブでした。

厳冬期には、反射式を1台と対流式を1台の計2台の石油ストーブを使っています。

おかげで、3.11の震災による停電時でも寒い思いをしないで済みました。

石油ファンヒーターを使っていた時期もあったのですが、送風のせいで埃が舞い上がり、パソコンやプリンターに悪影響があると思って使用を止めました。
これは私の使用環境によるのでしょうが、石油ファンヒーターは2〜3年使うと、何かの拍子にエラーが出て停止しやすくなるので苦手なのです。

今の時代は、電力を必要とした生活機器が多数を占めています。
灯油燃料の暖房器具でも、常時コンセントに挿しての電気接続状態での使用を必要とするものが多いです。

昔からいろんな場所で重宝されてきた石油ストーブは電力を必要としません。
点火するときに乾電池の電力を必要とするものが多いですが、マッチなどで代用点火できます。

構造が原始的と言うか、シンプルなのです。
シンプルだから故障も少なくて、騒音が出ない。

石油ストーブの対流式も反射式も、燃焼筒とその上部で赤い炎が見えるので、視覚的にも温まるのです。

この炎は原始的な焚き火に通じるものがあって、気分が落ち着きます。
災害による停電時は、石油ストーブの炎が暗闇での灯り代わりにもなります。
灯りがあると不安な気持ちも、少しは落ち着くのです。
このことは、3.11の震災で体験済み。

石油ストーブの良いところは、やかんがのせられるところですね。
暖房ができて、しかも煮炊きができるのです。

寒い冬は仕事の合間に、温かいコーヒーやお茶がほしくなります。
まるでキャンプのときの焚き火でお茶を沸かす楽しい感覚で、石油ストーブの火でお茶が飲めるのです。

石油ストーブは、シンプルでありながら多機能なんです。
しかも災害や停電時でも使用出来て、持ち運びも容易です。
換気さえできる場所であれば、いろいろな所で暖房をとることができます。

便利さとは何であるのか考えさせてくれる存在の、シンプルな石油ストーブです。

人間の習慣と犬の習慣

愛犬の習性に従うのが人間の習慣。

私は、毎朝、犬を散歩に連れていきます。
犬は現在で、4歳と半年になりました。

4年半の間、毎日、犬を散歩に連れて歩く訳ですから、それが私の習慣になっていると言えます。
当然、ワンちゃんも散歩が習慣になっているのですが、その習慣に対する意欲は、私とは違います。

犬は習慣に忠実な生き物ですから、毎日の活動に欠落が生じると、激しく怒ったり強く落胆したりします。

人間も習慣を守ることで、規則正しい生活を組立てている訳ですが、毎日の繰り返しが面倒くさくなることも少なくありません。

私は、たまには習慣に従わないことで安堵感を得たりします。
たとえば掃除を怠けて、その時間を自分の楽しい事に使ったりとか。

犬は、その楽しい事のひとつに属する散歩を面倒くさいとは思わないようです。

雨の日も、嵐の朝も、散歩を要求して、散歩の時間になると私のそばを離れません。
その活動にふりかかる厳しい自然現象を問題にはしていない様子です。

散歩の快感が、雨に濡れる不快感をはるかに上回っているのでしょう。
反対に私は、気分に左右されますから、雨に日の散歩は面倒くさいのです。

気分に従うことが多い人間が、それでも愛犬の習慣を大事にするのは、犬の喜ぶ姿に癒されるからだと思います。

鎖につながれていることが多いワンちゃんは、散歩で癒されているのでしょう。
ワンちゃんが癒されていることを感じて飼主も癒されているのです。

犬がある習慣に忠実なとき、その犬はどんな気分でいるのかを知ることが飼主の義務なのだと思います。

人間の習慣は、自身の身を守るためや生存のために自身で組立てたものです。
実は、犬の習慣も、そうなのではないでしょうか。

単なる自身の快楽や癒しのためだけに、犬が散歩しているようには見えません。
雨の日も風の日も、周辺の情報を収集している犬の必死な姿を見てそう思いました。

犬も、生きるために必死で散歩しているのかもしれません。
散歩の途上で一心に臭いを嗅ぎ回る様子は、生きるための真剣さを表しているように感じられます。

犬の散歩は、人間が習慣付けたものではないでしょう。
人間が愛犬の習性に従って習慣付けられているのです。

愛するものの習性に従うのが、人間の習慣なのでしょう。

短期間のあいだに風邪を何度もひいてしまう人

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この時期、周囲には「風邪症候群」にかかった人が多いので、どうしても風邪の話題になってしまう。
私の知人に、11月の中頃に風邪をひいて、治りかけた頃の11月の終わりにまた風邪を繰り返した気の毒な方がいる。
本人は、ガラガラ声で2度風邪をひいてしまったと言っていた。

冬の雨の日は、雪の日よりも寒い

雨は衣類を濡らすが、雪は衣類を濡らすことが少ない。

今日も一日中雨が降ったり止んだりの寒い日。
青森はここ一週間ほど、こんな日が続いている。
雨が雪に変わるときもあるが、ほんのつかの間。
ちょっと積もった雪も、雨で溶けてしまって、積雪は消える。

気温が比較的高いから雪では無く雨なのだろうが、雪よりも雨の方が寒さを感じる。
青森では、よくそんな話を聞くから、雪国で生活する人達はたいてい雪よりも雨の日の方が寒いと感じているのだろう。
雪になる日の方が気温が低くて寒いはずなのに、なぜ気温の高い雨の日の方が寒いと感じるのだろう。

風邪症候群、咳から回復

うがいで喉の潤いを保つこと。マスクで保温保湿すること。

先月の13日に「風邪」をひいてから今日(12月7日)で25日目になります。
25日経って、ようやく咳がおさまりました。

自身の経験から言って、今年の「風邪」は咳が長く続いたように思います。

夜、寝る前に塩水でうがい

歯周病による口の中のネバネバ感が軽減。

一日6〜7回のうがいの習慣が、今のところ定着しつつあります。
口周囲の筋肉の鍛錬も兼ねていますから、うがい運動といったところです。
気分がスッキリして快適になりますから続いているのでしょう。

私自身のうがいの効能については、前の記事で書いたように、口の中を噛まなくなったことです。
それを目的にうがい運動をはじめた訳ではありませんが、うがいを続けた結果、体の不調が改善されたのです。

ちょっとした行為で、気になっていた体の不調が改善したのは嬉しい事です。
様々な小さな発見が、生きる喜びを見いだしてくれます。
元気に長生きされている方は、小さな発見の宝庫を持っているのでしょう。

私は時々、朝目が覚めたとき口の中が、少し粘つくことがあります。
歯周病があるから、そのせいなのでしょう。

うがい運動をはじめてから、夜、寝る前に塩水でうがいするようになりました。
それを繰り返していたら、目覚めの口の中のネバネバ感が軽減しました。
口の中の粘つきをまったく感じない朝もあります。

口の中がスッキリした状態で目覚めるというのは、一日の始まりにとって非常に良い事です。

これも、私自身のうがいの快適な効能になりました。
しかしこれは、私自身の個人的な感想であって、全ての方にあてはまるかどうかは不明です。

どんなに体に良い行為でも、過度の行為は体に弊害をもたらすと思います。
そう言う意味では、過度のうがいは、身体になんらかの弊害をもたらすかも知れません。

たとえば、濃すぎる塩水でのうがいは、かえって喉の奥を乾燥させるという話も聞きます。
手洗いやうがいでも、簡単には考えずに正しい方法を身につけることが重要です。

その人に合った、その人独自の健康の方法を、確かめながら探すことが本人にとって一番良い方法です。

冬の寒さによる腰痛などの体調不良を防止する

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衣食住のあらゆる方法で防寒し、体温の低下を防ぐ事。
年末に向けて寒さが日一日と厳しくなる時期になりました。
冬の寒さによる体調不良が出やすい時期でもあります。

私もこの時期は毎年腰痛が出やすくなりますので、重ね着をして腰の部分を温めるようにしています。
下着のベストで、そのベストの下の方に腹巻きが繋がっているようなインナーがありますが、これは重宝です。
体の芯部の冷えと腰の冷えを防いでくれますので、冬季は手放せません。

寒くなると、熱を逃すまいとして、指先や足先をはじめ体内の血管が縮みます。
血管が縮む事で、筋肉への血の流れが減少し、筋肉に必要な栄養や酸素が減少するそうです。
この筋肉の酸欠状態や栄養不足状態も、寒さによる腰痛の一原因と言われています。
対策は体を冷さない事。
体を温める事だと、私は確信しています。

体を冷すと、寒さによる不快感で意気消沈してしまいます。
そういう状態になると、今自分の肉体の免疫力が低下しているな、と感じます。
寒さは毒と昔から言われています。
寒さに対する我慢は禁物。
肉体破壊と考えても大げさではないと思っています。

寒さに震えるくらいなら、多少温かい方が体に良いと思って、そういう状態を維持しています。

冬場の移動場所の温度差に注意。
冬場は温度差にも気をつけねばと思っています。
ストーブで室温が23度になっている部屋から、いきなり気温マイナス3度の吹雪の外へ出れば、その温度差は26度にもなります。

急激な温度差に、肉体はダイレクトには反応しないでしょうが、やはり急激な温度差はそれ自体が不快ですし、不快と感じる原因に血管が収縮して心臓に負担がかかるとか血圧の変化とかがあると思います。

冬になって寒くなるのは避けられないことですから、防寒対策でのりきるしかありません。
衣食住のあらゆる方法で防寒し、体温の低下を防ぐことが大事だと思います。

振り込め詐欺の被害者が後を絶たない理由

被害をくい止めた人々の必然性から犯人との対決策を導き出すことは可能なのでは。

金融庁のウエブサイトに、「振り込め詐欺(恐喝)事件にご注意!」と題された次のような記事があります。

【近年、振り込め詐欺の被害は減少傾向にありますが、依然として毎月数億円の被害が発生しています。最近では、震災に便乗した義援金名目の詐欺や、「元本保証」や「絶対に儲かる」などと説明して、未公開株等の金融商品を売りつけるなど新たな手口に絡んだ振り込め詐欺も増加しています。注意してください。】

この記事によると、(警察関係機関その他の防犯対策のおかげで)振り込め詐欺の被害は減少傾向にあるが、被害は毎月数億円の規模で発生しているとの事です。

毎月数億円の被害とは莫大な金額です。 どうして人は、そう簡単に騙されてしまうのでしょう。 振り込め詐欺の被害者が後を絶たない理由について私なりに考えてみました。
それは、一言で言えば、こうです。
「騙す方はプロですが、騙される方は素人だから」

う〜ん、なんともありきたりな意見ですが・・・。
振り込め詐欺の犯人は、日夜振り込め詐欺のテクニックについて熟考・学習・トレーニングしています。 おそらく、それが彼らの唯一の「収入源」だからです。 収入が無いと暮らしていけないのですから、彼らの「犯罪テクニック」の習得は命がけです。
一方我々、振り込め詐欺の「被害者予備群」は、騙されないためのテクニックの習得に日夜熟考・学習・トレーニングしている訳ではありません。 私達は、収入を得て生きていくための仕事の用事をたくさん抱えていて、その他にも、趣味とか冠婚葬祭とか近所付き合いとかもあって、多忙過ぎて、いつ身にふりかかるかも分からない「振り込め詐欺」のための「対策学習・訓練」をしている暇が無いのです。

もし、我々「振り込め詐欺被害者予備群」が振り込め詐欺犯と同等のレベルで、騙されないためのテクニックの習得に日夜熟考・学習・トレーニングしているなら、おそらく振り込め詐欺の被害は発生しないに等しい状況になると思います。

我々が、各自の生業を差し置いて、振り込め詐欺犯に騙されないためのテクニックの習得に日夜熟考・学習・トレーニングすることは不可能です。

「被害者予備群」の存在そのものが、敵(振り込め詐欺犯人)に背中を向けている状態を保ちざるを得ないため、敵の攻撃を防げないのだと思います。

口角炎が12日でほぼ完治

口角炎に対する私なりの対処法のおかげか?

唇の左端が口角炎になってから12日が過ぎました。
5日過ぎぐらいから「ビタミンB群」というサプリメントを摂取しはじめましたから、サプリを飲みはじめて一週間になります。
状態はまあまあで、痛みも無く、左唇端の口角炎のタダレも目立たなくなりました。

サプリは毎日飲んでいた訳ではありません。
飲み忘れたりして、飲んだのは7日間のうち4日ぐらいだったと思います。

「口角炎」とネットで検索すると、様々なサイトが出現します。
ビタミン不足を訴えているサイトは、サプリメントの販売サイトを兼ねているものが多いように感じました。

私は食生活が不規則で、野菜はあまり食べていないので、ビタミンは不足がちだと思っています。
それで今回の口角炎を機会に、「ビタミンB群」というサプリメントを購入し飲んでみました。
そんなに一生懸命飲まないうちに治りかけているので、サプリの効果があったのかなかったのか判然としません。

「ビタミンB群」は皮膚や粘膜の健康維持を助ける栄養素ですと、サプリのパッケージに記されていますが、乾燥肌による背中のかゆみは一向におさまりません。
保湿クリームを塗った直後は背中のかゆみがおさまるのですが、時間が経てばかゆみが戻ってきている状態です。
保湿クリームはもっと頻繁に塗るべきものなのかな、と思っています。

背中のかゆみに対するサプリの効果も、一ヶ月ぐらい飲み続けないと分からないかも知れません。
そもそもサプリは対症治療薬では無いのですから、ある病状に対する効果を短期間の内に期待するのは見当外れかも知れません。

いずれにしても口角炎は完治しつつあります。

●ビタミンB2を積極的に摂取すること。
●室内を乾燥させないように石油ストーブに薬缶をかけること。
●気分転換・体力維持のための適度な運動を行うこと。
●うがいなどを頻繁に行い、口の中を清潔にすること。

口角炎になったときに、私なりに上記のような対処法を考え、全て実行しています。
この対処法のおかげだったと、敢えて考えた方が精神衛生上よろしいような気が致します。

私自身のうがいの効能

「うがい」を続けたら、口の中を噛む事が無くなった。

風邪をひいてから、毎日積極的にうがいをするようにしています。

口からの、健康に有害な細菌の侵入を防ぐ事。
口の中を、常に清潔に保つ事。
冬場は乾燥しがちですから、口の中や喉を「うがい」によって潤す事。
うがいをしたら口の中がスッキリし、気分転換になる。

以上のような理由で、うがいに努めています。
うがいの回数は、一日6〜7回程度。
普通の大きさのコップ一杯の水で一回のうがいを行います。
ちょっと温めの水の方が歯にしみないから楽です。

水を一口口に含んで、口の中のゴボゴボを20回、喉のガラガラを10回ぐらい繰り返します。
これをコップ一杯の水で4回行うのです。

うがいに使う水は、水道の蛇口からのそのままの水道水ですが、時々そのなかに食塩をほんの少し混ぜたりします。
ごく薄めの食塩水のほうが、口の中がスッキリするような気がするからです。

食塩水ばっかりでうがいをすると、食塩が少々口の中に残りますから、塩分の摂り過ぎになる可能性があります。
一日6〜7回のうがいのなかで、食塩水で行うのは2〜3回程度です。

水うがいで風邪発症が4割減少」という京都大学保健管理センターの調査結果もあるようです。
私がこのまま「うがい」を続けて、風邪をひきにくくなったなと感じれば、風邪発症の予防に効果があると、私自身信じることでしょう。
以前このブログで、口の中を噛む事が多くなったと書きましたが、うがいを続けるようになってから噛まなくなったのです。
うがいを続けて2週間ぐらいですが、この2週間のあいだ口のなかを噛んでいません。 うがいの運動のおかげで、口の中の肉がしまったせいかなと思っています。 また、うがい運動のおかげで、口の周りや喉の筋肉が発達して、正確に噛む運動神経がちょっと発達したのだろうか、などど素人判断で勝手に思っています。
これは、私自身の個人的な感想ですから、全ての人々にあてはまらないかも知れません。

龍のイラストと理髪館の中年マダム

育毛的な龍のイラスト

例の理髪店の女店主から電話がありました。

「あんた、絵が上手いから、龍のイラストが入った育毛のポスター作ってくれないかしら」

来年は辰年だから、毛のふさふさした強そうな感じの龍のイラストを描いてくれないかという電話でした。
彼女の経営する理髪店の、育毛サービスの宣伝に使いたいということなのです。

同じ干支でも、虎とかウサギなら写真がたくさん出回っているから、それを模写すれば割と容易にイラストに仕上げる事ができますが、架空の動物(?)である龍となると話は違ってきます。
たしかに龍のイラストのなかには、獅子のように大量のロングヘアを風になびかせているものもあります。

でも、龍は現実の動物(?)ではないので、育毛サービスそのものも架空のものなんじゃないというイメージをお客さんに与えかねないのでは、と理髪館の中年マダムに申しました。

女主人は、肉付きの良い腰を揺すって笑っています。
電話での話なので、彼女の姿は見えないのですが、彼女がよくする格好なので、その映像は想像出来ます。
腰を揺すって笑っている大柄な女性の後ろ姿。

「育毛は私の腕でバッチリだから心配ないわよ、なんなら、あんたの頭で証明してみせましょうか」

彼女はそう言って、また大声で笑い出します。
電話の受話器から彼女の口が飛び出しそうな勢いの笑い声です。
その口に呑み込まれてしまいそうな吸引力のある声音が、受話器から私の耳にまとわりついて、私の肌がざわついたほどでした。

仕事だから、なんとかやってみるよと言って電話を置きました。

「辰年だから、思いっきり起っている強そうな龍をお願いね、ふふん。」

終わりがけに彼女は、小さな声で悪戯っぽくふふんと囁いた後、また自虐的な笑い声とともに電話を切ったのでした。

年末の、時の波乗り

常に、発想の転換について考える。
この頃は、「もう12月になったね、速いねぇ」とか、「今年もあと1ヶ月を切ったねぇ」とかの話題を盛んに聞きます。
12月に入ったら、年末はすぐそこまで来ていますが、まだ1ヶ月あります。
この1ヶ月を、たった1ヶ月と言ってしまえば、それだけの時間の流れで終わってしまうでしょう。

自営業の方が、まだ1ヶ月もあるんだからこの1ヶ月で今年の収入を少しでも増やそうと思えば、そういう時間の流れになると思います。
サラリーマンの方も、残りの1ヶ月も良い仕事をして来年に繋げようと思えば、そういう積極的な時間が流れていくでしょう。

受け身的に生きていれば、時間の経過や月日の流れに左右されがちです。
時の流れに従って生きている訳ですから、時の流れに運ばれて、運ばれた先で一喜一憂してしまうのでしょう。
時に流されるか、波乗りのように時の流れに乗り込んで主体的に身を動かすか。
イメージを描けば簡単ですが、実際は時の流れに流されがちな人々が多いのではないでしょうか。

私も、気が付いたらもう12月と騒ぐ人々のグループ、時に流されるグループに属しています。
気が付いたらもう60歳です。

ところで、発想の転換は人生を変える、という思いがあります。
発想の転換とは、視点の転換でもある訳です。
見方を変えたら、色々な解決策が見いだされます。

今年はまだ1ヶ月もあるぞ。
私はまだ60歳で、こんなに若い。
この1ヶ月の間に、仕事を片付け、スキーを楽しみ(まだ雪が無いが)、交友を楽しみ、家の仕事を片付け、あれもこれも、と考えると、のんびり時の流れの事を感傷している暇が無いのです。
そして、いろいろ暇不足ですが、暇を作らなければならない。

今年は、まだ1ヶ月もあります。
私はまだ60歳です。

年末がきて、年が明ければ、スキーをしなければいけない、仕事で稼がなければいけない、筋トレして筋肉を維持しなければいけない、交友も楽しまなければいけない。
そういうように積極的・生産的に生きることを考えながら、発想をどう転換すれば良いのかを探る。

常に良い方法を探り求める。
時の波乗りを楽しみながら、ね。

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