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3月, 2015の投稿を表示しています

ビールを飲みすぎて脱水症状?

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私の知人にビール大好き人間がいる。
家庭ではそんなに飲まないのだが、酒場では大量に飲む。
特に若い女性のいらっしゃる酒場では、鯨飲。
調子に乗るタイプと言おうか、アルコールに乗せられやすいタイプと言おうか。

どのくらい飲むかというと、生ビールを中ジョッキで10杯前後。

もちろん本人は10杯飲んだかどうかは記憶にない。
5~6杯ぐらいまでは覚えているという。
その頃から、オシッコが近くなる。
ビールの利尿作用は絶大。

「春の風邪」をひいて5日目の症状

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「春の風邪」をひいて5日目になった。
風邪をひいてから毎晩加湿器をかけて睡眠をとっているおかげか、喉の痛みは薄れつつある。 ハチミツレモンも効いているはず。 昨夜は寝しなの咳がひどかったが、今朝は咳き込むことがなかった。
体のだるさや悪寒は消えて通常の体調に戻ったと感じている。 5日目に入って鼻づまり感は消えたが、そのせいか鼻水の量が増えた。 それに伴ってくしゃみの回数も多くなった。
まるで花粉症になったみたい。

登山靴の底が危ない(ポリウレタン製のミッドソール)

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昨日の残雪山行で、連れの女性のトレッキングシューズが壊れた。
左足の踵部分の靴底が、靴本体から剥がれてしまった。
靴底を見た感じ、この靴のミッドソール(クッション部分)にはポリウレタンが使用されている。

以前、私の礼装用の靴がポリウレタンの加水分解によって、靴底が壊れたときと同じ症状である。
幸い彼女は軽アイゼンを装着していたので、それに固定された格好で、靴底を剥がすことなく無事下山できた。

これが長丁場の山行だったら事故につながりかねない。
登山靴の底にも、ポリウレタンが使われていたなんて、知らなかった。

風邪をひいた休日は、ブナの森を散策

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「春の風邪」で体調がいまいち。
今日はスキーはやめて、「つぼ足」で、のんびりと山の偵察と決めた。

「つぼ足」とは、かんじきやスノーシュー、スキーを使わずに、雪の上を直接登山靴や長靴で歩くこと。
春の残雪は固くしまってくるので、「つぼ足」でも快適に歩けるようになる。
でも今日は、水分が多めの柔らかい雪で、多少抜かるところがあった。
北八甲田前岳の北側に広がるブナ林。 前岳の北側から西側にかけては、深い谷の無いなだらかな地形が広がっている。
そのブナ林を、スキールートの下見もかねて散策した。

のどが痛む春の風邪

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「春の風邪」は俳句の季語になっているという。
春の風邪の俳句なんて、本当にあるのだろうかと探したら・・・・あった。

高浜虚子先生の句。
病にも 色あらば黄や 春の風邪
風邪かなと思って病院へ行ったら、医師からイエローカードを渡される。
「これ、なんですか、センセ?」
「春の風邪やね。」
こんな冗談がでるほど、私の「春の風邪」は、症状が軽めである。
今のところ・・・・・・。

春の風邪の特徴 私の「春の風邪」の特徴。
喉が痛む。咳は、時々。鼻水、少々。鼻づまり、少々。たまに、くしゃみ。体がちょっとだるい。悪寒が、あったりする。微熱、37度。食欲はちょっと減退気味。 これが、風邪をひいて三日目の症状。
諸症状の程度は、全体として、「冬の風邪」の「三分の一」といったところ。

いちばんつらい症状は喉の痛み。
と言っても、軽いイガイガ感程度なのだが、「つらさ」をあげるなら、これがいちばん。
その程度だから、風邪声にはなっていない。
ほんの少しガラガラ声程度。
聞く人によっては、充分風邪声かもしれないが・・・・。

咳は、比較的夜に多いが、時々「空咳」程度のものが出る。
ちょっと激しく出る時のあるから、これが順番から言えば、二番目のつらさ。

鼻水は、花粉症患者みたいに大量には出ない。
鼻づまり感はあるが、臭覚は通常のもの。
むしろ鋭敏になっているような感じがある。

くしゃみは、忘れた頃に、2~3回続く程度。
体のだるさや、悪寒や、熱っぽさは感じるが、仕事に集中すると気にならなくなる。
ということで、仕事は普通にこなせる状態。

食欲は減退気味だが、食べ始めたら、普通に食べている。

総じて言えば、寝込むほど重くならないのが「春の風邪」の特徴。
これが、ちょっとやっかい。
安静にしていれば、治りが早いものを、普通に動き回れるから。
そのため、症状が長引く。
もしくは、悪化する。

風邪をひいた原因 春めいてきたころから、寝具の毛布を外して寝ていた。
寝汗をかきやすい性質(たち)なので、過剰な寝具は良くないと思っていたのだ。
パジャマも、新調したことだし・・・。

寒のもどりがあった夜中に、毛布を引っ張り出すのが面倒だったので、寒さを堪えながら寝ていた。
寒くても、けっこう眠れるもんだなぁ、と思いながら。

その結果、朝目覚めたときに喉がイガイガ状態に。

春の風邪対策 いちばんの症状が喉の痛さなので、…

もっとも簡易な囲い柵(縄)が、もっとも有効なのかもしれない

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以前、「空き地の囲い柵のいろいろな方法」という記事を書いた。

上の写真の、囲い柵が施されている場所は、空き地ではなく駐車場。
そしてこの柵は、以前記事にした柵とは大違いの素材で出来ている。

写真を見ればお分かりと思うが、囲い柵の雰囲気も独特。
ありふれた街角に、異空間。

その囲い柵は、のぼり用のポールを垂直柱にして、それに市販の白いポリヒモを水平に張ってあるだけ。
一見して、細いしめ縄を思い浮かばせる。
しめ縄には紙垂(しで)がつきものだが、垂らしたポリヒモがその格好になっている。

この囲い柵は、簡易な造作だが、充分役に立っているように見える。
なぜかと言うと、この柵は、なにやら侵しがたい領域を囲っているような雰囲気で満ちているから。

そこは平凡な駐車場なのだが。




しめ縄の起源は知らないが、しめ縄と聞いて「縄ばり」を連想するのは私だけだろうか。
縄を張ることで境界を示し、外の世界に向かって立入禁止を示す。
古代の社会では、縄を張ることで、神聖で清浄な場所を区画したという。 この柵を作った人に、そういう古(いにしえ)の習慣が、無意識のうちによみがえったのか。
また、この柵を見る私たちにも、古代の習慣が、無意識によみがえったのか。 柵で囲まれた場所は、道路上の空間とは別の世界に見える。

境目がポリヒモ(縄)であるから、越えようと思えば越えられるのだが。
越えてはいけないのが、約束事。
古代社会の慣わしであった。

しめ縄や縄張りとは、約束事で囲うことなのだ。
この約束というコミュニケーションは、頑丈な鉄柵や木柵には見当たらない。
縄(ポリヒモ)の境界だけに存在する「気配」のようなもの。

鉄柵や木柵にあるのは、物質的な拒否、かたくなな所有の主張。
それに対してポリヒモ(縄)柵は、気配的。
もしくは精神的。
なぜなら、囲うことに願いが込められているから。

その願いは、古代から延々と続いているコミュニケーション。
共同体としての決め事。

おまけに製作は、とても安価。
その安価さは、安価すぎて、物質文化を寄せ付けないほどだ。

ああ、この空間は、そういうもので出来ている。

一心にヒモを張る人の、手間のみ。
身近な材料を集めて、工夫するアイデアのみ。
そのアイデアと手作業が楽しい。
その柔軟さがうれしい。

まるで縄文時代から飛び出したような、雰囲気作りのセンスと、遊び心。

こういう、…

多角的に物事を見ると、現実の物語が見えてくる

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多角的な視点とか、多面的な見方とか、よく耳にする「文句」である。
多角的も多面的も、物事には多様な方面が存在することを表す言葉。 物事の一面だけを見つめてはいけないということなのだろう。
多角的な見方とは、様々な方向から物事を見る方法や態度のことである。
常識や固定観念にとらわれがちな見方をする人の存在は、少なくない。 ついつい型にはまった形式的なものの見方をしてしまう。
そういう見方におちいってしまう。

そのことで、事実を見誤ったり、間違った判断を下さないように、多角的な見方は様々なシーンで求められている。

冬の寝汗を軽減して快眠を得るためには機能的なパジャマの着用がおすすめ

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「まだジャージで消耗しているの?」
プロブロガーのイケダハヤト氏なら、こう言いそうだ。

まさに、ジャージを寝巻き代わりに着て寝るのは消耗以外のなにものでもない。
と、最近パジャマを買って思うようになった。

私はずっと長い間パジャマを着て寝たことが無い。
ジャージとかスウェットとかをパジャマ代わりにしていたのだ。
ところが、これらはパジャマ代わりにはならない。
部屋着は部屋着でしかなかった。

七十森山の麓にある針葉樹林はアオモリトドマツかヒマラヤスギか

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先日の七十森山山行では、帰路にいつもと違うルートを使った。
その結果、上の写真のような針葉樹の林に出会った。

この針葉樹林は、登りの尾根からも見下ろすことができる。
山麓に近い場所だったので、杉林だろうと思って眺めていたのだった。

急斜面を滑り降り、ブナ林を抜けて、この針葉樹を間近に見たとき、杉ではないことに気がついた。

樹形が違う。

どちらかと言うとアオモリトドマツ(オオシラビソ)に似ているが、全体にヒョロリと伸びた様子がアオモリトドマツと違うような印象を持った。

居酒屋の酔っ払い女と「あしのうら洗えば白くなる」

居酒屋のカウンターには、すでに女性の先客が一人。
相当飲んでいるらしくテンションが高い。
イケイケと言うか、ノリノリと言うか、そんな感じで酔っ払っている。

私が席に着くと、その女性は私の方を向いた。
あごを引いて、上目ににらむような目つき。

私の方を見るなり「アハハハ」と大笑い。
そして、「キャーッ、こいつ、顔が変」だって。

「これこれ」と女将が女性を制したが、その女は止まらない。
私を指差して「顔が悪い」だってさ。

七十歳になっても行けるだろうか、山は緩いんだけどアプローチが長い七十森山

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先週に引き続き、今日はうす曇の七十森山へ。
今回の計画は、地形図に「駒込川橋」から七十森山山麓までの、田代平横断最短直線を引き、その線上を歩こうというもの。

田代平横断のいつものルートよりも、地形図上で測ると120メートルぐらい距離が短くなる予定なのだが。
ちなみに、いつもの横断ルートの距離は1.5キロぐらい。

結果は、田代平を幾筋も流れているV字型沢に行く手を阻まれて、鉛筆で書いた線上は進めず。
結局、沢に橋の架かっている、いつもの林道を進むしか道が無いということが分かった。
やはり、七十森山に近道はなかった。

山岳スキー愛好者やハイキング愛好者は要注意「火山性ガスは窪地にたまりやすい」

昨日(18日)夕方、秋田県の乳頭温泉郷で火山ガスによる死亡事故が起きた。
温泉の源泉に含まれる硫化水素による中毒の可能性が高いと、報道されている。
亡くなった作業員の方は、源泉から約200メートル離れた雪の窪地で急に倒れたという。
このニュースを山岳愛好者が耳にすれば、ちょっとしたミスが不幸な結果を生じさせたのだな、と思うことだろう。
亡くなられた方々を哀悼すると同時に、硫化水素の匂いのするところでは、やはり窪地が危険なのだと痛感するに違いない。

山歩きを趣味に持つ者として、どういう場所が危険なのか、心に留めておかなければならないところだ。
火山性ガスは、火山活動によって発生する二酸化炭素や亜硫酸ガス、硫化水素などのこと。 これらは、空気よりも重いため、温泉の噴き出し口やガスの噴出孔などの近くの窪地にたまりやすい。

「遊ぶ金」と「悪い遊び」、金と遊びの色分け

つい最近のニュースに、スキー大会表彰式の最中に、優勝者のスキー板が盗まれるというのがあった。
皮肉なことに、容疑者はかつてスキーアルペンの選手として活躍し、2004年に全日本学生大会で優勝したこともあるという人物だった。

貸借対照表で資産の部の現金がマイナスになった

先日、確定申告のための青色申告決算書を「青色申告ソフト」で作成していたときのこと。
貸借対照表に目を通すと、なんと、資産の部の期末現金残高がマイナスになっているではないか。 ええっ!財布にはそれなりの現金があるのに、どうして残高がマイナスに!
どこかに入力ミスがあったのか、それとも事業経営が破綻しかけているのか。
貸借対照表とは、決算日における事業の財政状態を表した報告書である。
それの現金残高がマイナスになっているとは・・・・・・なんのこっちゃ?
お客様のおかげで、一定の売り上げがあり、一定の収入があるのに、決算報告書の「現金」がマイナスになっているのは、どうして?
と、ネットで調べてみた。 すると結構こういう事例はあるらしく、検索してみると、貸借対照表で「現金」がマイナスになっている方の、疑問の声がネット上を賑わしている。
個人事業主が青色申告をする際の帳簿のつけ方は、複式簿記の手法に基づいていなければならない。 そのために、貸借対照表などの報告書の提出が義務付けられている。
複式簿記の仕組みは大変複雑で、私みたいな素人の手に負えるものではないのだが、今の時代は便利な会計ソフトが出回っている。 パソコンが使えれば、取引(売上や収入、買掛金や売掛金の支払いや回収などなど)を入力するだけで、貸借対照表が出力されてしまうのだ。
ところで、なぜ資産の部の「現金」がマイナスになってしまうのか。 ほとんどの事業主は、収入の全てを現金として腹巻に保管している訳ではない。 特に必要としない現金は、預金として銀行に保管している。
それに売掛金などの回収は、取引銀行に振込まれることが多いので、事業に必要な現金は銀行の預金から引き出して用立てることがほとんど。
私は事業に必要な消耗品や原材料の一部を「現金」で購入している。 アルバイトの方への支払いも「現金」。 買掛金の支払いも、一部は「現金」だ。
これらの「現金」は、現実のお金であり、取引上(現金帳簿)の「現金」でもある。
それらの「現金」支払いは、たとえば消耗品の購入の場合、以下のように振替伝票に入力する。 帳簿の「借方」に、勘定科目は「消耗品費」として2,000円。 「貸方」に、勘定科目は「現金」として2,000円。
ところで、事業収入のほとんどは、事業用の預金通帳に振込まれる。 帳簿上の現金収入は小口の取引のみである。 これでは…

ひとつの物事や事態に対する考え方はいくつもある

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昼食後、事務所に戻って、何気なく作業場の床に目をやったら鉛筆が一本落ちていた。
あれ、どうしてこんなところに鉛筆が?
そう思ったのは、筆記用具は事務室で使うものだという錯覚(先入観)があったからだ。
変な錯覚だけれど。

午前中の作業を振り返ってみた。
そういえば、図面をチェックしたとき、事務室から鉛筆を持ち出したのだった。
と、思い出した。

広い雪原(田代平)と緩やかな尾根(七十森山)をテレマークスキーで散歩

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去年登った七十森山方面へ、今日はスキー散歩。
自動車道路除雪終了地点の駐車ポイントに着いたら、あらあら。
今年はスノーモービルのライダー達のクルマが、去年よりもずっと少ない。
ざっと見て、去年の半分。

と、駐車ポイント横に「環境省」の看板が。
「スノーモービル等乗入規制区域」と書かれている。
スノーモービルのピクトグラム(絵文字)に斜め赤帯の図もレイアウトされている。
去年は、こんな看板を見かけなかった。(実はかなり以前から掲げられていたのに、気がつかなかっただけだった。)

トイレのスイッチは、なぜ壊れやすいのか

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なぜ、トイレのスイッチは壊れやすいのか。
それは使用頻度が高いからでしょう、と即答されそうだが。
確かに、点けたり消したりが多い。 まして、小用が近い高齢の住人がいればなおのこと・・・。
ところで、トイレの照明は日中も点けられることが多い。 トイレに入るときに、ついつい手がスイッチに触ってしまう。 トイレに入るときは、室内が明るい昼でも、照明をつけるものだと癖になってしまっている。

慢性胃炎とヘリコバクターピロリ菌除菌治療の説明

先日の胃内視鏡検査で慢性胃炎と診断された。
そういえば、脂っこいものを食べると、「胸焼け」を感じることが度々あった。
同じ内容の食事を複数で食べたとき、私だけが胸焼けを起こしたり。
それもこれも、慢性胃炎のせいだったのだ。

慢性胃炎と診断されても、治療は無し。
胃の不快感がひどかったり、食後の腹痛がひどかったり。
そういう症状が顕著であれば、対症療法として制酸剤や消化剤が試されることもあるという医師のお話。

近年、慢性胃炎の原因として、ピロリ菌感染が重要視されているらしい。
私が検査を受けた胃腸科医院でも、「ピロリ菌の除菌」を、慢性胃炎に有効な治療法であると考えているようだ。

「笈の小文」旅の終着は蛸壺

「笈の小文」は、芭蕉の遺稿集である。
貞享4年(1687年)10月に江戸を出発し、翌年の4月まで、尾張・伊賀・伊勢・大和・紀伊を経て、須磨・明石を旅した時の紀行を、句に詠み、文章に著わしたもの。
芭蕉は、この「笈の小文」とメモした草稿を弟子の河合乙州(かわいおとくに)に預けた。 芭蕉の死後(元禄7年・1694年)、乙州は芭蕉から預かった稿本を編集し、宝永6年(1709年)に出版。

旅の順路を追って句や文章が並んでいるような編集になっているが、実際の順路は前後している箇所もあると言われている。

芭蕉の演劇的な脚色「須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ」

wikipediaには「須磨寺」について下記の記載がある。

須磨寺(すまでら)は、兵庫県神戸市須磨区にある仏教寺院。真言宗須磨寺派大本山。山号は上野山(じょうやさん)。本尊は聖観音である。宗教法人としての公称は福祥寺。平安時代の初め、漁師が和田岬の沖で引き上げた聖観音像を886年(仁和2年)に聞鏡上人が現在の地に移したのが始まりとされている。平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡が存在する。源平を偲んで訪れる文人も多く、境内には正岡子規・松尾芭蕉句碑がある。
須磨寺やふかぬ笛きく木下(こした)やみ
松尾芭蕉

東日本大震災のあった日、今日は春の猛吹雪

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東日本大震災から4年目の3.11となった今日。
青森市内は、春の嵐状態。
午前中は、クルマを運転中に、吹雪に襲われたりした。

今日の青森市内は、強い冬型の気圧配置の影響で、真冬に逆戻り。
台風並みに発達した低気圧と、真冬並みの強い寒気のため、北日本と北陸では大雪や猛吹雪に対する警戒が必要と、気象庁では注意を呼びかけている。



今年の2月が比較的に穏やかだったので、3月に入って、このまま春になるのかと思ったが、そうはいかない雪国だった。
低温と強い風、吹雪や降雪。
温かい春が遠のいた。

あの、大震災のあった日の、青森市内はどうだったか。
今日のように荒れてはいなくて、どちらかというと穏やかだったような記憶がある。
気象庁のサイトで過去の気象データを調べると、2011年3月11日午後2時の青森市の気温は3度。
天候は曇りで、積雪が66cmあったという。

春の薄寒さが残っていたあの日。
私は事務所で仕事中。
午後2時46分ちょっと過ぎ、音をたてて建物が大きく揺れた。
部屋の中央に据えた大判プリンターが倒れるのではないかと思ったほどだった。

その後、東北地方と関東地方の太平洋側が巨大津波に襲われ、その被害が甚大なものに。
行方不明者は、今日現在でも2,584人だという。

それから一ヶ月ちょっと過ぎ、青森は、ひっそりと花見どきを迎えた。
慎ましく冷厳に桜の花が咲いたのだった。

さまざまのこと思い出す桜かな
松尾芭蕉

東日本大震災のことを思い出すとき、芭蕉のこの句が思い浮かぶ。
震災後に咲いた桜の華やかさが、震災の悲惨さを映し出しているようで。
桜の花を眺めている被災者の静かな表情が、「さまざまなこと思い出す桜かな」という句に、ひっそりとつながるように思えた。

上部消化管内視鏡検査の説明書(兼同意書)と特定健診について

今日は、特定健診と胃カメラの予約日。
胃カメラの説明書兼同意書は、このあいだの大腸ポリープ検査の日にもらってある。

私は、胃カメラは去年一回体験済み
なぜ胃の検査に一生懸命なのかというと、母親が62歳のとき胃癌で亡くなったから。
遺伝的に、胃癌になりやすい体質なのではと思っている。

この記事は、胃カメラ未体験の方の参考になるかと思い、「上部消化管内視鏡検査の説明書(兼同意書)」の要点を以下にまとめることにした。

■検査目的
食道、胃、十二指腸の一部を直接内視鏡で観察。
癌、ポリープ、潰瘍、炎症などの病気を見つけ、適切な治療を考えるために行う。
この部位の検査としては、もっとも正確な検査方法。
※服用中の薬について
内服の種類によっては、検査の方法が変更される場合がある。

物を落として失うこと(落し物)しやすい5つの状況

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カメラを落として失くした 去年の秋に買ったばかりのカメラを、先日、落としてしまった。
買ったのが去年の11月27日だから、ほんとうに買いたてのホヤホヤだったのだ。
残念。

カメラは、犬の散歩の時に、ズボンのポケットに入れて持ち歩いていた。
愛犬を写したり、町の様子や公園の樹木を写したりしていたのだ。

公園で愛犬が散歩している姿を撮っていたとき、携帯電話が鳴った。
そこで、カメラを右のポケットに入れて、左のポケットから携帯電話を取り出した。

芭蕉の憧憬「ほととぎす消行方や嶋一つ」

須磨の漁師の、矢先で鳴いていたホトトギスが飛び立った。
芭蕉が、それを目で追う。

ホトトギスは海の方へと飛んでいく。
芭蕉は「それ見たことか」と肩を落とす。
漁師の矢先なんかで鳴くから脅されるのだ。
ホトトギスよ、来た道を引き返すために海の方へ行くのか。

ほととぎす消行方(きえゆくかた)や嶋(しま)一つ
松尾芭蕉

駐車場は満車、リフトはガラガラの八甲田国際スキー場

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八甲田方面は、昨日の天気予報よりも、かなり良い状態で晴れ。

今日の山は、上天気。 だが、用事があって、山へは行けず、スキー場でトレーニング少々。
10時半頃から滑り始めたが、雪面は固く締まっていてガリガリ状態。 アイスバーンではないものの、テレマークスキーには苦手なコンディション。
かなり踏み込んで滑らなければならず、腿の筋肉が疲れた。 このところ、インフルエンザだ大腸検査だとスキーどころでなかったから、久しぶりの板滑りだった。

芭蕉の興ざめ「須磨のあまの矢先に鳴くか郭公」

句の前書きの内、この句に関する部分には、以下のような意味の事が書かれている。

「須磨の漁師は、網で捕えた魚を、砂の上に広げて干している。
それを、カラスがつかんで飛び去っていく。
漁師が、これを憎んで弓矢でカラスを脅す。 弓矢を使うのは、漁師のやる事には見えない。 もしかしたらここは源平の古戦場なので、その名残でこんなことをするのか。
非常に仏法に反した罪深い行いであると思われる。」
須磨のあまの矢先に鳴くか郭公(ほととぎす)
松尾芭蕉

芭蕉が風雅を感じた「海士の顔先見らるゝやけしの花」

「卯月中比の空も朧に残りて、はかなきみじか夜の月もいとゞ艶なるに、山はわか葉にくろみかゝりて、ほとゝぎす鳴出づべきしのゝめも、海のかたよりしらみそめたるに、上野とおぼしき所は、麦の穂浪あからみあひて、漁人の軒ちかき芥子の花のたえゞに見渡さる。」

と句の前書きにある。
「4月(陰暦)の中頃の空は、春のぼんやりとした様子が、まだ残っている。 あっけなく短い夏の夜の月が、いっそう優美である。
その月明かりに、山の若葉は、深く濃く黒みがかって見える。 ホトトギスが鳴きながら渡来しそうな明け方は、海の沖の方から白みはじめてきた。 辺りがうっすらと明るくなると、上野と思われる所では麦の穂波が、朝焼けに赤みを帯びている。 ケシの花が咲いている向こうに、花の陰になって途切れ途切れに漁師の小屋の軒が見渡される。 そんな明け方の風景だ。」

須磨の、物足りない夏の月

芭蕉は須磨に着いた。

「源氏物語」の主人公(光源氏)が見た須磨の月を、芭蕉も拝見しようとやってきたのだ。
おそらく、江戸時代の頃の名所図会等に載っていた名勝「行平(ゆきひら)月見の松」辺りで月を眺めたのだろう。

月はあれど留守のやう也須磨の夏
松尾芭蕉
前書きに「須磨」とある。 源氏物語に「須磨」の巻があって、政争に敗れた光源氏が一時蟄居していた場所として知られている。

早春のつがる市方面、岩木川河川敷

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つがる市の 旧稲垣村地区へ用事があったので、ついでに、去年の夏頃訪れた岩木川の河川敷をちょっと見物した。
「稲垣河川公園」は、残雪が道をふさいでいて、公園の中へはクルマが入れず。
夏に涼んだステキな柳並木を遠望するのみ。
地表を覆っていた雪が、まだ融けたばっかりらしく、草の新芽は出ていないようだった。





 「一本タモ」裏の河畔林は、樹木が葉を落として、中の様子が丸見え状態。
樹木が茂っている夏に眺めたときは、かなり広いと思って見ていたのだが、意外と狭い。
辺りが農作地になっているのに、どうしてここだけ「林」として残っているのだろうと、不思議な気がしていた。
林の中に祠があって、この林はその祠の「鎮守の森」として残っているのだろう、などと思ったりしたのだが。
ごらんのように、何も無い。

それはともかく。
この河畔林がもっと広く残っていたなら、このあたりは、きっと楽しい風景になっていたことだろう。















「馬頭観音」は、元来、仏教における信仰対象であったらしいが、民間信仰では馬の守護神(仏)として祭られているらしい。
農耕馬が農作業の現場で活躍していた頃は、馬の供養に、「馬頭観音」が祭られていたという。

この「馬頭観音」は、つがる市木造出野里の岩木川河川敷に鎮座している。
三好橋からちょっと下流に下がったあたり。
堤防道路からの確認は容易。







「馬頭観音」の石像の土台が面白い。
神社の境内にある「灯明台」の柱みたいな形である。
こんなに地面から持ち上げられた石像もめずらしいのでは。
それに鳥居があって、祠の形も高床式で神社っぽい。

「馬頭観音」は、もともと仏教の信仰対象だったのに、神道の雰囲気があるのはどうしてだろう。
「神仏習合」の名残なのか。
それとも、民間信仰が神道的な雰囲気を持っているのは、日本土着の「原始神道」の影響か。

いずれにしても、岩木川中流域の河川敷は面白い。



芭蕉の旅の生活

初夏の和歌の浦から、奈良に向かう芭蕉。

一つぬひで後(うしろ)に負(おい)ぬ衣がへ
松尾芭蕉
前書きに「衣更」とある。 夏の「衣更」は、陰暦4月1日の慣例行事。 季節の変化に合わせて、衣服を着替えていた。
旅をしていても、江戸・深川で暮らしていた頃の「慣わし」を行っている、という句。
ただ、家(芭蕉庵)に住んでいた頃の「衣更」は、着替えたものを物入れに保管したが、旅の身であれば、一枚脱いで、後ろに背負うだけの「衣更」である、というイメージ。

この句には、旅の生活の生々しい実感が込められている。
この句を読む者は、脱いだものの洗濯はどうしていたのだろう、と思ったりする。
芭蕉の汗の臭いが、漂っていそうな句である。

私の体験ですが、大腸ポリープ検査のための準備(前処置)は、医院によってさまざまでした

本日、内視鏡による大腸ポリープの検査を受けた。

今回の医院での、大腸内視鏡検査は初めて。 検査は、ここ5年の間、今日の医院で三ヶ所目。 先回書いたように、検査の同意書にサインしたのは、この医院が初めて。
先回も書いたが、この医院では「大腸内視鏡検査前日の検査食」の支給は無い。 渡された注意書きには、以下のように書かれている。 前日の朝食~夕食は、流動食を摂って下さい。 流動食・・・・・牛乳、ジュース、お茶、スープ、おもゆ、みそ汁のうわずみ、ヨーグルト、チョコレートなど。
前日の夜8:00に下剤(全量)を飲んでください。 下剤を飲んだ後は、検査終了まで絶飲食です。 *夜中または朝方、下痢します。
当日は、7時30分に来院してください。 *腸の中がきれいにならない時は、検査が午後になる場合もあります。 *血圧の薬を服用されている方は、当日の朝、服用しても良いです。(少なめの水で)
昨日は、前回の「検査食」を参考に、食事を摂った。
昨夜8時に飲んだ下剤は、今日の朝方に効いてきた。

今朝は、指示通り7時30分頃病院に到着。 前回の医院では、検査準備(前処置)のための「トイレ付個室」に入って、そこで腸管洗浄液(約2リットル)を飲んだのだが、今回は、その作業を一般の待合室で行った。 従って、トイレも一般のトイレを使用。 用を足したら、診察室の看護師さんに報告して、便の状態を見てもらうというシステム。 あまりデリケートなシステムとは言えない。
(1)最初の医院・・・自宅で腸管洗浄液を飲み自宅で下痢。医院で浣腸。 (2)二箇所目の医院・・・個室で腸管洗浄液を飲み専用トイレで下痢。浣腸無し。 (3)今回・・・待合室で腸管洗浄液を飲み、待合室横のトイレで下痢。浣腸無し。 まとめると、上記のような相違があった。
今回は、便の濁りがなかなか取れず、検査は午後からに。 さて、検査前の注射について。 (1)最初の医院・・・腸の動きを止める鎮痙剤の皮下注射有り。 (2)二箇所目の医院・・・鎮痙剤と痛み止めの注射あり。 (3)今回・・・注射無し(事前の検査説明書には、鎮痙剤の注射有りとの記載だったのだが・・・)
検査着について。 (1)最初の医院・・・個室で着替え。検査着上下着用。 (2)二箇所目の医院・・・同上。 (3)今回・・・内視鏡検査室横のレントゲン室で検査直前に着替え。検査着は下だけ着用。上は私服のまま…

芭蕉が和歌の浦で追いついたものは何か?

伊勢から吉野へ。
吉野から高野山へ。
高野山から、紀伊半島の和歌の浦へ。
芭蕉は旅を続ける。

その旅には、まるで西行の影を追っているような印象がある。
どの土地も、芭蕉が敬愛する西行ゆかりの地なのだ。

西行ゆかりの地を巡る旅の途上では、芭蕉の脳裏から西行のことが離れることは無かったのかもしれない。
西行の歌を反芻しつつ、芭蕉は旅の歩みを進めていたのかもしれない。

行春(ゆくはる)にわかの浦にて追付(おいつき)たり
松尾芭蕉

雉の鳴き声を聞いたら、父や母が懐かしくなった

父母(ちちはは)のしきりにこひし雉(きじ)の声
松尾芭蕉
前書きに「高野」とある。
「高野」とは、高野山のこと。
「笈の小文」の旅で、芭蕉が高野山を訪れたときに詠んだ句とされている。

ネットでは、この句が、奈良時代の高僧と言われている「行基上人」の歌から派生したものだとする解説が多い。

「山鳥のほろほろと鳴く声きけばちちかとぞ思ふははかとぞ思ふ」(行基:玉葉集)
山鳥(ヤマドリ)はキジ科の野鳥。 「ホロホロ」と鳴くかどうかは、実際聞いたことが無いからわからない。

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