★自作娯楽読物
エンタメとは
「エンタメ」という言葉は、娯楽読物という意味でも使われています。娯楽読物とは、それを読む者を楽しませてくれる娯楽性の高い読物のことです。
このブログで「エンタメ」というラベル(カテゴリー)で分けている記事は、そういう娯楽読物を目指して私が書いたものです。
ハードボイルドありサスペンスあり、怪奇物語ありセンチメンタルあり、滑稽物あり時代劇あり。
いろいろな読物が詰まっています。
そのなかで、私が特に面白く書けたと自己満足している記事をこのページに集めました。
短いものばかりなので、気楽に読めると思います。
お読みくだされば、きっとお楽しみいただけると思います。
■エンタメ読物一覧
【上から下への順番は、新しいものから古いものへの順番です。題名(リンク)をクリックすると、読物のページへ飛びます。】058居酒屋
眠っていたのか、眠っていなかったのか。布団の中で、一晩中、茫然としていたような気がする。この受け入れがたい出来事は、夢ではないのだとぼんやりと思いながら。
057近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ
都営住宅の4階の部屋から王子駅まで、彼のゆっくり歩きでは30分ぐらいかかる。王子駅から東京駅までは、JR京浜東北線・快速を利用した。東京駅から葛西臨海公園まではJR武蔵野線に乗った。
057近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ
都営住宅の4階の部屋から王子駅まで、彼のゆっくり歩きでは30分ぐらいかかる。王子駅から東京駅までは、JR京浜東北線・快速を利用した。東京駅から葛西臨海公園まではJR武蔵野線に乗った。
055「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」異論もありかな
「秋きぬと」の歌にしらじらしさを感じるとしたら、それは、季節感を「二十四節気」から得ようとする平安歌人にたいして感じた藤原敏行朝臣のしらじらしさなのではあるまいか。
054三好橋
千切れた百足のような三好橋は、それらの「悲しさ」や「寂しさ」の象徴として、風雪のなかに身をさらしていたのかもしれない。
053奥
「秋きぬと」の歌にしらじらしさを感じるとしたら、それは、季節感を「二十四節気」から得ようとする平安歌人にたいして感じた藤原敏行朝臣のしらじらしさなのではあるまいか。
054三好橋
千切れた百足のような三好橋は、それらの「悲しさ」や「寂しさ」の象徴として、風雪のなかに身をさらしていたのかもしれない。
053奥
朝に目を覚ますと、隣の父は穏やかな表情で息を引き取っていた。
052老事務員のお金の話
それをやると、丘の上から駆け下りてきたお金に突き飛ばされてしまいます。お金に突き飛ばされて、踏みつけられて、ぺしゃんこにされてしまいます。くれぐれもご用心くださいませ。
051さらば愛しき女よ
そのとき、昔読んだチャンドラーの小説の題名が、私の脳裏をよぎった。
049北の旅人052老事務員のお金の話
それをやると、丘の上から駆け下りてきたお金に突き飛ばされてしまいます。お金に突き飛ばされて、踏みつけられて、ぺしゃんこにされてしまいます。くれぐれもご用心くださいませ。
051さらば愛しき女よ
そのとき、昔読んだチャンドラーの小説の題名が、私の脳裏をよぎった。
すると何を勘違いしたのか、カラフトマスが言った。「ボス、こいつはマイトガイですぜ」「えっ、マイトガイって、あのギターを持った渡り鳥のマイトガイなのかい」マグロ女将がカラフトマスのほうへ目を向けた。
048人面瘡
人面瘡の大きな口が、私の頭を喰らい、胴体を喰らい、足の先を呑み込んでいく。私は、その一部始終を暗闇の中で目撃していた。
047タワシの私
肉を焼かれて骨になっていく私と、大根を生き生きと洗っているタワシ。肉体は滅んでいくが、霊魂は仕事を楽しんでいる。
046コリをほぐす超強力流水風呂
私は今でもあの日の光景をよく覚えている。ガランとした銭湯の浴場。射し込む夕陽。波間に見え隠れする少年の青ざめた顔。
045廊下のない箱
老いるとはこういうことなのかと思い知る。廊下が短くなって消えていくことなのだ。こどものころ、あんなにも長かった廊下が、今はどこにも見当たらない。
044私の店は禁煙だからね
スナックのママが愛用のコルトディフェンダーを握って、気絶している偽老人のこめかみに銃口を向けた。細い指が今にも引き金を引きそうである。
043逢魔ヶ時の川景色
おすわりをしていた犬が、まるで魔法をかけられたみたいに、ピョコンと立ち上がって、回れ右をし、主人のあとをスタスタと歩きはじめた。ロングドレスのシルエットが、みるみる暗がりのなかへ消えていく。
042チャンスをください
子どもは、その名前にチャンスが付いてるってことか。それは、子どもはだれもが「チャーン」を持っているってことさ。
041コンビニのレジから金を騙し取られた女性店員の話
「そ、隠密の視察担当者がね、前から君の接客態度をチェックしていたんだよ。それで実は君のクビはほぼ決定していたところでね。」
「それは、こまります・・・」
040これやこのゆくもかえるもわかれてはしるもしらぬもあふさかのせき
これは猟師仲間共通のやり方ではない。私の一族が密かに守ってきた儀式である。私は逆乗せ木の信仰を、狩猟方法とともに父から教わった。
039あしびきのやまどりのおのしだりおのながながしよをひとりかもねむ
多くのもののふが咎なくして死んでいった葦曳き野。葦曳き野のそこかしこに刻まれた戦いの爪痕は、とても人の手によるものとは思えない。獣か獣人か。
038あきのたのかりほのいほのとまをあらみわがころもではつゆにぬれつつ
突然の訪問者との、疑心に駆られた戦いだった。戦いに敗れた鍛冶屋は、その場で斧を研いで仕上げることを樵に約束した。
037ひとはいさこころもしらずふるさとははなぞむかしのかににほひける
ところが母は、炉に火を入れるでもなく、ラズベリーに砂糖を振ってばかりいる。「そのラズに振っているグラニュー糖は、最後のトッピング用だよ、母さん!」と私が叫んでも、母はラズに砂糖を振ることをやめない。
036ちはやぶるかみよもきかずたつたがはからくれなゐにみづくくるとは
女房は、髪のことで右往左往している貞七を見て、小言を言う。「そんな高い薬にばっかりに銭を使ってないで、少しは辛いものを控えたらどうなのさ!」そう、貞七は無類の辛い物好き。何にでも粉唐辛子をまぶして食べる。
035はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに
山道を鬼神のごとく駆け上がる翁。山の柏の葉が風にざわめく。老人の首の後に、ピタリと冷たい手が。「ひえーっ、ひえーっ。」それは、夜露に濡れた柏の葉だったのだが・・・。
畑の片隅に置いてある板切れが、難破船の残骸のように闇に浮かんでいる。駅の近くとは言っても、地方都市のこと。通りから一歩外れると、いたって侘しい。
032意味のない音と無意味なことば
突然、男のポケットで携帯電話が鳴る。サンタナの「哀愁のヨーロッパ」。前奏だけが虚しく繰り返される。意味のないことばと、意味ありげな音。
031奥山に、猫またといふものありて
家の近くの道を、幅広い側溝に沿って歩いていると、横のほうで物音がした。ハアハアという獣の荒い息遣い。それを聞いた老人は、不安に駆られ恐怖の虜となった。
030処女作
「へえ~、おまえは、処女の小説を書いたのかい。」と私。「いや、初めて書いた小説ってことだよ。」と小説家志望。「バカだねぇ、それを言うなら処女作だろう!」
029物忘れから出る老人の虚言癖
虚言だけが花火のように打ち上がっては虚しく夜空に消えていく。高齢化社会は、どこかで「虚言文化社会」を築きつつあるのかもしれない。
028社会人という仮構と思い違い
「社会人」という言葉にも、「強制力」がある。世間的なシキタリも含めて、社会の慣習に順応している者が「社会人」であるとしたら、「社会人」という言葉には、そういう「強制力」がある。『そんな常識も知らないなんて「社会人」として失格ですね。』とか『結婚して家庭を持てば、「社会人」としての自覚も出てくるのでしょうね。』とかの台詞が「説得力」を持っているのは、その「強制力」のおかげに違いない。
027焼肉レストランにて「~になります」のお話
女性店員が白い皿を両手に持って私の席にきた。「こちら、カルビになります。」私は思い切って女性店員にたずねた。「じゃ、まだカルビじゃないんですか?」
026幽霊を見た!
だが、同僚の意見はことごとく外れた。女性の霊は、今度は枕元に立っていた。私は、恐怖のあまり身動きできずに金縛り状態におちいった。やはり、同僚の言うことなんかあてに出来ない。あいつは単なるホラ吹きだったんだ。
025夕暮れの公園で、哀愁の落日
私たち(私と愛犬)には、はるかに遠い光景のように見えて、人々の表情はわからない。はたして少年は、中学生だったのか、中学生と一緒に遊ぶ小柄なオヤジだったのか。真相は闇につつまれて、私たちには不明だ。
024「ここに幸あり」異聞
もしどこかの町の安酒場で、「荒城の月」を「ここに幸あり」の節で歌うくたびれた老人を見かけたら、きっとそれは寮生活で苦楽をともにした、私の懐かしい友人のひとりに違いない。
023ハードボイルドだった湯たんぽ
追跡と逃亡の劇を成り立たせているのは、知恵とか判断力とか運の良さとかでは無いかも知れない。それは、物。ちょっとした生活の小物だったりする。存在自体が気にならない物が、劇を意外な展開に導く。
022泣きっ面にハチ
「じゃわたしは、蛙の子は蛙。」「あら、じゃヨーコちゃんとわたしは持ちつ持たれつね。」「そう、ママのこと杖とも柱とも思っているわ。」「まあ、わたしはこの商売から引くに引けないわねえ」
021トムクルーズ
対向車線の向こうの駐車場で、クルマの下から野良猫の黒い影が飛び出す。それを目ざとく見つけたトムクルーズが、ガバッと飛び起きて、老人の手を振り切り、野良猫を追いかける
020軽トラ
嫁が猛スピードで上がってきて、オレを引きそうになり、また急ブレーキ。タイヤのゴム摩擦臭。「ユウイチー!」とユキオの叫び声。「ユウちゃん、乗って!」という嫁の金切声。さながらアクションシーン。
019「愛の園」と「花の首飾り」を混同してしまうのはなぜか?
ふたつのヒット曲は、この年の夏から秋にかけて、テレビやラジオの歌謡番組で盛んに流れていたに違いない。「三億円事件」の実行犯も、移りゆく季節のなかで、これらのヒット曲を、何度も耳にしたことだろう。犯人の実像は不明だが、昭和43年の日本の歌謡文化に触れながら生きていたことは確かだ。
018オレに惚れちゃいけないぜ
老いぼれの残り少ない腹筋が、激しく動いて腹が痛い。店主のオヤジのほうに目をやると、オヤジはテレビの野球に夢中だ。こころなしか、肩が小刻みに揺れていた。
017笑いの仙人の秘術、笑いの“三年殺し”
などと考えていたら、ちょっと笑えてくる。思いだし笑い。たとえば、昔閉められていた笑いビンの栓が、いきなり開放された感じ。
016卒業写真の老人
014寝床で遠くの汽笛を聞きながら、歌詞の「で」について考えてみた
この街から遠く離れたところで汽笛の音を聞きながら、同時に、この街で暮らしていこうという「主人公(語り手)」の歌なのだ。つまり主人公は、かなり距離の離れたふたつの場所に、同時に存在していることになる。
013気分が落ち込むと顔がお爺さんになる
生き生きと話を弾ませていた彼が、ある客の出現とともに押し黙る。しばらくして、彼の方に目をやると、彼は様変わり。しわ深くて憂鬱顔の老人に変身している。
012自分は「高所恐怖症」だという女
「私は、病気なんかじゃないわよ!」と「高所恐怖症」を騙る女性は泣き出してしまった。
011もうひとつの「伝説のチョコレート」
私はその板チョコの名前を「サントニン」と記憶していたが、「サントニン」とは駆虫薬の名前で、「虫下し用板チョコ」の薬品名では無いらしい。ネットで調べてみると、「虫下し用板チョコ」の正式名は「アンテルミンチョコレート」というそうだ。
010バレンタインデーのチョコレートとジャック・ニコルソン
そして、すっかりファンになって、「チャイナタウン」「カッコウの巣の上で」とジャック・ニコルソン主演の映画を次々と観るようになる。だから、彼女のバレンタインデーで連想するイメージのなかに、ジャック・ニコルソンの顔が大きく登場するのは言うまでも無い。
009公園の松の枝を折って犬の糞にまみれた男の大晦日
逆に転んでも、そこにもヒツジ犬の大きな糞の山が、もうひとつ。こうして男は、正月七日まで惑うことになる。ナノカマドウ・・・・ナナカマド・・・・・。これは枝を折られたナナカマドの祟り。
008食堂街の、延々と続く偶然
力の抜けた少女の手からボールが落ちて、食堂街の通路を弾んで転がる。ボールだけが、生き生きと 無心に弾んでいる。愉快に弾んで、勢い余ったボールが、食堂街中央にあるステーキの店の内側へ消えた。
007「ノックしてください」という貼り紙のある部屋のドアを、ひたすらノックし続ける男
そんな「言い争い」が延々と繰り返される薄暗い廊下。時の動きが静止したサンクチュアリ。古風な保護空間。ひょっとしたら、自分はあの天井の下で、まだ暮らしているんじゃないかと思えてくるぐらい、その思い出の実在感は薄れていない。
006太陽はカンカン照りだし、孫の姿は見当たらないし
太陽はカンカン照りなのに日傘を忘れるし、孫の姿は見当たらないし、隣の女(その中年女のことね)はうるさく話しかけてくるし・・・・・。彼女(私の女友達のことね)のイライラは募るばかり。
005紫陽花の空染み入る夢のなか
女性は、日傘をたたんで、慣れた様子でタクシーに乗り込んだ。「ご出勤ですか。」と運転手がお愛想を言った。「いいえ、遠い時代に帰るのよ。」ご婦人が微笑んだ。
004誰だ、おまえは?
その静寂のなかで、私は動けないでいる。前を見たり後ろを見たり、あたりをウロウロするばかり。行き先を失ったのだ。
003正面顔と横顔の印象の違う人
「今度正面を向いたときは、のっぺらぼうかも」。そう想像したら、それ以外のなにものでもなくなる。老人の想像力には年季が入っている。長い人生で見聞きした「事実」にも裏付けられていたりする。そして老人はある事実に気づく。
002古風な女性の鼻血(淑女の営み)
彼女は鼻中隔粘膜に意識を集中することで、清楚で慎ましい人柄を保持しているのかも知れない。「蛮行が聖人の名声を高める」と言った戯作者がいらっしゃったような・・・
001美脚美女の貧乏揺すりの原因
店の中は冷房が効き過ぎるぐらい効いている。彼女の貧乏揺すりは、美脚の冷えを解消するための無意識の運動なのだろうか。だとすれば、これは悪癖ではなくて自然の防衛行動なのかも知れない。
私は今でもあの日の光景をよく覚えている。ガランとした銭湯の浴場。射し込む夕陽。波間に見え隠れする少年の青ざめた顔。
045廊下のない箱
老いるとはこういうことなのかと思い知る。廊下が短くなって消えていくことなのだ。こどものころ、あんなにも長かった廊下が、今はどこにも見当たらない。
044私の店は禁煙だからね
スナックのママが愛用のコルトディフェンダーを握って、気絶している偽老人のこめかみに銃口を向けた。細い指が今にも引き金を引きそうである。
043逢魔ヶ時の川景色
おすわりをしていた犬が、まるで魔法をかけられたみたいに、ピョコンと立ち上がって、回れ右をし、主人のあとをスタスタと歩きはじめた。ロングドレスのシルエットが、みるみる暗がりのなかへ消えていく。
042チャンスをください
子どもは、その名前にチャンスが付いてるってことか。それは、子どもはだれもが「チャーン」を持っているってことさ。
041コンビニのレジから金を騙し取られた女性店員の話
「そ、隠密の視察担当者がね、前から君の接客態度をチェックしていたんだよ。それで実は君のクビはほぼ決定していたところでね。」
「それは、こまります・・・」
040これやこのゆくもかえるもわかれてはしるもしらぬもあふさかのせき
これは猟師仲間共通のやり方ではない。私の一族が密かに守ってきた儀式である。私は逆乗せ木の信仰を、狩猟方法とともに父から教わった。
039あしびきのやまどりのおのしだりおのながながしよをひとりかもねむ
多くのもののふが咎なくして死んでいった葦曳き野。葦曳き野のそこかしこに刻まれた戦いの爪痕は、とても人の手によるものとは思えない。獣か獣人か。
038あきのたのかりほのいほのとまをあらみわがころもではつゆにぬれつつ
突然の訪問者との、疑心に駆られた戦いだった。戦いに敗れた鍛冶屋は、その場で斧を研いで仕上げることを樵に約束した。
037ひとはいさこころもしらずふるさとははなぞむかしのかににほひける
ところが母は、炉に火を入れるでもなく、ラズベリーに砂糖を振ってばかりいる。「そのラズに振っているグラニュー糖は、最後のトッピング用だよ、母さん!」と私が叫んでも、母はラズに砂糖を振ることをやめない。
036ちはやぶるかみよもきかずたつたがはからくれなゐにみづくくるとは
女房は、髪のことで右往左往している貞七を見て、小言を言う。「そんな高い薬にばっかりに銭を使ってないで、少しは辛いものを控えたらどうなのさ!」そう、貞七は無類の辛い物好き。何にでも粉唐辛子をまぶして食べる。
035はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに
山道を鬼神のごとく駆け上がる翁。山の柏の葉が風にざわめく。老人の首の後に、ピタリと冷たい手が。「ひえーっ、ひえーっ。」それは、夜露に濡れた柏の葉だったのだが・・・。
そんな秋子の古風な言い方を戯言のように聞き流しながらも、奥山は好感を持った。短歌をたしなむ奥山は、古風な趣を日本人の知的共有財産だと思っていた。
033あまのはらふりさけみればかすがなるみかさのやまにいでしつきかも畑の片隅に置いてある板切れが、難破船の残骸のように闇に浮かんでいる。駅の近くとは言っても、地方都市のこと。通りから一歩外れると、いたって侘しい。
032意味のない音と無意味なことば
突然、男のポケットで携帯電話が鳴る。サンタナの「哀愁のヨーロッパ」。前奏だけが虚しく繰り返される。意味のないことばと、意味ありげな音。
031奥山に、猫またといふものありて
家の近くの道を、幅広い側溝に沿って歩いていると、横のほうで物音がした。ハアハアという獣の荒い息遣い。それを聞いた老人は、不安に駆られ恐怖の虜となった。
030処女作
「へえ~、おまえは、処女の小説を書いたのかい。」と私。「いや、初めて書いた小説ってことだよ。」と小説家志望。「バカだねぇ、それを言うなら処女作だろう!」
029物忘れから出る老人の虚言癖
虚言だけが花火のように打ち上がっては虚しく夜空に消えていく。高齢化社会は、どこかで「虚言文化社会」を築きつつあるのかもしれない。
028社会人という仮構と思い違い
「社会人」という言葉にも、「強制力」がある。世間的なシキタリも含めて、社会の慣習に順応している者が「社会人」であるとしたら、「社会人」という言葉には、そういう「強制力」がある。『そんな常識も知らないなんて「社会人」として失格ですね。』とか『結婚して家庭を持てば、「社会人」としての自覚も出てくるのでしょうね。』とかの台詞が「説得力」を持っているのは、その「強制力」のおかげに違いない。
027焼肉レストランにて「~になります」のお話
女性店員が白い皿を両手に持って私の席にきた。「こちら、カルビになります。」私は思い切って女性店員にたずねた。「じゃ、まだカルビじゃないんですか?」
026幽霊を見た!
だが、同僚の意見はことごとく外れた。女性の霊は、今度は枕元に立っていた。私は、恐怖のあまり身動きできずに金縛り状態におちいった。やはり、同僚の言うことなんかあてに出来ない。あいつは単なるホラ吹きだったんだ。
025夕暮れの公園で、哀愁の落日
私たち(私と愛犬)には、はるかに遠い光景のように見えて、人々の表情はわからない。はたして少年は、中学生だったのか、中学生と一緒に遊ぶ小柄なオヤジだったのか。真相は闇につつまれて、私たちには不明だ。
024「ここに幸あり」異聞
もしどこかの町の安酒場で、「荒城の月」を「ここに幸あり」の節で歌うくたびれた老人を見かけたら、きっとそれは寮生活で苦楽をともにした、私の懐かしい友人のひとりに違いない。
023ハードボイルドだった湯たんぽ
追跡と逃亡の劇を成り立たせているのは、知恵とか判断力とか運の良さとかでは無いかも知れない。それは、物。ちょっとした生活の小物だったりする。存在自体が気にならない物が、劇を意外な展開に導く。
022泣きっ面にハチ
「じゃわたしは、蛙の子は蛙。」「あら、じゃヨーコちゃんとわたしは持ちつ持たれつね。」「そう、ママのこと杖とも柱とも思っているわ。」「まあ、わたしはこの商売から引くに引けないわねえ」
021トムクルーズ
対向車線の向こうの駐車場で、クルマの下から野良猫の黒い影が飛び出す。それを目ざとく見つけたトムクルーズが、ガバッと飛び起きて、老人の手を振り切り、野良猫を追いかける
020軽トラ
嫁が猛スピードで上がってきて、オレを引きそうになり、また急ブレーキ。タイヤのゴム摩擦臭。「ユウイチー!」とユキオの叫び声。「ユウちゃん、乗って!」という嫁の金切声。さながらアクションシーン。
019「愛の園」と「花の首飾り」を混同してしまうのはなぜか?
ふたつのヒット曲は、この年の夏から秋にかけて、テレビやラジオの歌謡番組で盛んに流れていたに違いない。「三億円事件」の実行犯も、移りゆく季節のなかで、これらのヒット曲を、何度も耳にしたことだろう。犯人の実像は不明だが、昭和43年の日本の歌謡文化に触れながら生きていたことは確かだ。
018オレに惚れちゃいけないぜ
老いぼれの残り少ない腹筋が、激しく動いて腹が痛い。店主のオヤジのほうに目をやると、オヤジはテレビの野球に夢中だ。こころなしか、肩が小刻みに揺れていた。
017笑いの仙人の秘術、笑いの“三年殺し”
などと考えていたら、ちょっと笑えてくる。思いだし笑い。たとえば、昔閉められていた笑いビンの栓が、いきなり開放された感じ。
016卒業写真の老人
小学校の頃から少々老け顔だったズゲドンは、中学を卒業する頃は、立派な大人の顔をしていた。まあ、田舎の村では、その手の老け顔は、よくあるタイプなんだけど。
省略された言葉を聞くと、そこには何が隠れているのだろうと思うことがある。たしかに、主語や目的語を省略した方が、言葉が軽快になり、リズミカルになって、しゃべっていて心地良い。014寝床で遠くの汽笛を聞きながら、歌詞の「で」について考えてみた
この街から遠く離れたところで汽笛の音を聞きながら、同時に、この街で暮らしていこうという「主人公(語り手)」の歌なのだ。つまり主人公は、かなり距離の離れたふたつの場所に、同時に存在していることになる。
013気分が落ち込むと顔がお爺さんになる
生き生きと話を弾ませていた彼が、ある客の出現とともに押し黙る。しばらくして、彼の方に目をやると、彼は様変わり。しわ深くて憂鬱顔の老人に変身している。
012自分は「高所恐怖症」だという女
「私は、病気なんかじゃないわよ!」と「高所恐怖症」を騙る女性は泣き出してしまった。
011もうひとつの「伝説のチョコレート」
私はその板チョコの名前を「サントニン」と記憶していたが、「サントニン」とは駆虫薬の名前で、「虫下し用板チョコ」の薬品名では無いらしい。ネットで調べてみると、「虫下し用板チョコ」の正式名は「アンテルミンチョコレート」というそうだ。
010バレンタインデーのチョコレートとジャック・ニコルソン
そして、すっかりファンになって、「チャイナタウン」「カッコウの巣の上で」とジャック・ニコルソン主演の映画を次々と観るようになる。だから、彼女のバレンタインデーで連想するイメージのなかに、ジャック・ニコルソンの顔が大きく登場するのは言うまでも無い。
009公園の松の枝を折って犬の糞にまみれた男の大晦日
逆に転んでも、そこにもヒツジ犬の大きな糞の山が、もうひとつ。こうして男は、正月七日まで惑うことになる。ナノカマドウ・・・・ナナカマド・・・・・。これは枝を折られたナナカマドの祟り。
008食堂街の、延々と続く偶然
力の抜けた少女の手からボールが落ちて、食堂街の通路を弾んで転がる。ボールだけが、生き生きと 無心に弾んでいる。愉快に弾んで、勢い余ったボールが、食堂街中央にあるステーキの店の内側へ消えた。
007「ノックしてください」という貼り紙のある部屋のドアを、ひたすらノックし続ける男
そんな「言い争い」が延々と繰り返される薄暗い廊下。時の動きが静止したサンクチュアリ。古風な保護空間。ひょっとしたら、自分はあの天井の下で、まだ暮らしているんじゃないかと思えてくるぐらい、その思い出の実在感は薄れていない。
006太陽はカンカン照りだし、孫の姿は見当たらないし
太陽はカンカン照りなのに日傘を忘れるし、孫の姿は見当たらないし、隣の女(その中年女のことね)はうるさく話しかけてくるし・・・・・。彼女(私の女友達のことね)のイライラは募るばかり。
005紫陽花の空染み入る夢のなか
女性は、日傘をたたんで、慣れた様子でタクシーに乗り込んだ。「ご出勤ですか。」と運転手がお愛想を言った。「いいえ、遠い時代に帰るのよ。」ご婦人が微笑んだ。
004誰だ、おまえは?
その静寂のなかで、私は動けないでいる。前を見たり後ろを見たり、あたりをウロウロするばかり。行き先を失ったのだ。
003正面顔と横顔の印象の違う人
「今度正面を向いたときは、のっぺらぼうかも」。そう想像したら、それ以外のなにものでもなくなる。老人の想像力には年季が入っている。長い人生で見聞きした「事実」にも裏付けられていたりする。そして老人はある事実に気づく。
002古風な女性の鼻血(淑女の営み)
彼女は鼻中隔粘膜に意識を集中することで、清楚で慎ましい人柄を保持しているのかも知れない。「蛮行が聖人の名声を高める」と言った戯作者がいらっしゃったような・・・
001美脚美女の貧乏揺すりの原因
店の中は冷房が効き過ぎるぐらい効いている。彼女の貧乏揺すりは、美脚の冷えを解消するための無意識の運動なのだろうか。だとすれば、これは悪癖ではなくて自然の防衛行動なのかも知れない。