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新年(正月)の行事

暦の上での、または社会習慣での新年(正月)の行事はいろいろあるようです。
初詣とか年始回りとかお年玉をあげるとかお餅を食べるとか。

私は年末に大掃除をしません。
小掃除ぐらいで済ませます。
事務所の入口とトイレの掃除だけを済ませます。

残りの掃除や、書類の整理・その他は、新年に入ってからの行事です。
正月を迎えるにあたっての様々な慣例があるようですが、私の場合はマイペースを基本にしないと、私の正月が始まりません。

一月は仕事も暇なので、片付け物をしながら、仕事に対するイメージを作るのが私の新年の行事です。

もちろん一月は何も仕事をしないわけではありません。
仕事が入れば、積極的に精力的に仕事に向かいます。

仕事をしながら、事務所・作業所を新年向けに整えていくのを新年の行事としています。

その方が、新年に向けて勢いが付くからです。

仕事をしながら旧い物を捨てて新しいものを取り入れていくのです。

歳をとっても、若々しさを維持して行かなければなりません。

新しいことを考え、新しいものに挑戦することが、新しい若々しさを作り出すと思います。

新年の行事は、それに手をつけることです。
その切っ掛けを掴むことです。

旧いものを捨てる勢いで新しいものを手がけることが新年のスタートです。

新年の行事とは、若々しさを維持し発展させることへの思考・動作の繰り返しです。
その地味な繰り返しへの努力が躍進を産むのだと思います。

正月は躍進を目指す月ですから、地道な努力の繰り返しがそのバネになると思います。

旧いものを捨てて、新しいものを取り入れる。
今日は31日ですから、明日から始めなければなりません。

お年玉の相場

60歳にもなると、たまに相談事を持ちかけられることがあります。

年末のこの時期は、今のお年玉の相場っていくらぐらいかな、という疑問を世間話のような感じで尋ねられます。
私は子供の頃お年玉をもらったことがありますが、大人になってお年玉をあげたことはありません。
私自身に子どもがいないこと。
姪や甥が子どもだった頃は、遠く離れて生活していたので、お年玉をあげなくても良い生活環境だったのです。
私の生活の周りには親しくつき合っている方々がいて、その方達には小さいお子さんとかお孫さんがいますが、正月にお年玉をあげたことはありません。

それは、私がケチだからです。

ケチの反対は、世間的には「気前が良い」とか「太っ腹」とかでしょうね。
私的には、ケチの反対は浪費。
親戚が多くて、その近所で暮らしていると、いろいろと「つき合い」が多くてケチにはなりにくい環境だと言えます。
気前良くならざるを得ない立場に立たされます。
私もそんな環境の中で暮らしていたら、今のケチは保てなかったことでしょう。

でも、ケチでなくても浪費は防げるようです。
親戚一族が浪費を嫌う堅実な性格の人達が多い場合、お互いに相談し合って、お年玉の相場を下げ、なおかつ支出と収入のバランスをとるように工夫することができそうです。
まあ、そういう賢明な一族は稀少で、現実的ではない話ですが。
正月に五万円や十万円の細かいお金を惜しむなんてケチ臭いということになるのでしょう。

私は子どもの頃、毎年の正月に祖母や独身の叔母さんからお年玉を頂いていました。
それもかなり高額なお年玉をもらって、無邪気に喜んでいたのです。
私が大人になってから知ったことですが、祖母や叔母さんには少ない収入しか無くて、お年玉などの親戚付き合いの費用を捻出するために、かなり倹約した生活をしていたようです。
ただ、彼女達は、親戚の子どもや孫達の喜ぶ顔を見るのを楽しみにしていた、という話も聞いたことがあります。

「お年玉」というのは哀しい風習ですね。
そういうお金の現実を子ども達が知るためにも、子ども達に高額な不労所得を与えてはいけないと思います。

子どもが手にする「お年玉」は小額なほど尊い。
お年玉の相場はいくらぐらいかな、と訊かれたら、ワンコインが良いんじゃないと応えます。
それが百円玉か五百円玉か、十円玉かはあなたの気分次第です。
子どもの機嫌より…

正月飾り

今日は29日。
今日が仕事納めの会社が多いことでしょう。

私の取引先の会社も、ほとんどが今日で2011年の仕事納めです。

街には正月飾りが目立つようになりました。
正月飾りを付けて、仕事納めは終了です。

正月飾りも、年々質素なものが多くなってきています。
今年は大きな震災があり、不景気も続行中で、節約ムードが各会社の玄関先に漂っています。

会社に正月飾りを付けるのは、新年を祝い、仕事の安泰や繁栄・発展を祈るためです。

各家庭の玄関先や部屋の中には、家庭の安泰と家族の長寿を願って、正月飾りが飾られます。

元日の初詣も、自身や家族・身内の健康と発展を願うために出かけます。

正月は、一年の中で最も願い事が空間に溢れている特別な時間の流れなのです。

ひょっとしたら、正月飾りは、それぞれの人の願い事を飾る空間意匠なのかも知れません。

門松や注連縄も空間を区切って、神聖な空間のための境界を築く意味があるのだと思います。

願い事をする場所を清めて、願い事の純度を上げるために、正月飾りを各ポイントに配置するのです。

華やかで清らかな雰囲気を演出するのが正月飾りです。

私達は正月に、健康や発展を願い、華やかで清らかな存在であろうと祈ります。

私達は何に向けて祈願するのでしょう。
神仏に祈り願うことが祈願の意味です。

これは、極私的な意見ですが、神仏も正月飾りであるのかも知れないと思う時があります。

私達が祈るのは、まだ発揮されない自身の才能、あるはずの隠れた能力、持続する決意・決断に向けてではないでしょうか。

それらを尊い存在として飾るのが正月飾りなのでは。
自身の独自な才能の発揮によって生じる、生きていることの証を得るために、私達は祈願するのだと思います。

独自な人生を成し遂げるために、正月飾りを飾り、他者との境界を築き、自己の独自性を際立たせる。

そう思いを進めると、市販の正月飾りよりも、自前の、手作りの正月飾りのほうが祈願する空間にふさわしいような気がします。

冬には冬の話題

冬には冬の話題が良いと思います。

同時期の生活者として、話題を共有出来るからです。

話題の共有から体験・情報・知識・知恵の共有が、ブログの意義だと思います。
ブログの存在理由かも知れません。

冬の面白さ、冬の苦労、冬の過ごし方などの話題は、読む者にタイムリーな興味心を抱かせます。
いろいろな人物の冬の話題は、冬という季節に対する新発見につながるかも知れません。

インターネットの世界でのブログの役割は、生きる方法を豊かにすることではないでしょうか。

いろいろな世界で生きている人間からの発信がブログです。
その人達の体験や意見、ものの考え方・見方、生活の方法を共有することで、個人の見識が広がると思います。
いろいろなブログに接する多くの個人が、その人の直感や生活体験で読むべきブログに行き当たることでしょう。

私達にとって役に立つ、様々な話題が数多くあるでしょうが、当面している生活の現場は冬です。
冬の時期には冬に関する様々な情報に興味を持つのが、自然な傾向だと思います。

実際、当ブログのアクセス解析をみても、この時期の高アクセスは、「風邪」とか「冬の寝汗」とか「スタッドレスタイヤ」とか「寒さによる肩こり・腰痛」とか「防寒長靴」とかの冬の話題です。

当然ながらこの時期になるとショッピングセンターの商品は冬物がほとんど、スポーツ用具売場ではウインタースポーツ用品が主力、飲食店では冬のメニューがヒットします。

私達は冬の話題のブログから、冬の季節を生きる方法についての情報を得ることができます。

その情報の提供先の大元は、冬という揺るぎない自然です。

自然に対する知識を得ることで自然の中で生きることを知る一方で、自然から直に個人に教えられることも多いと思います。
そういう、個人の直感に基づいた自然観・生活観には尊いものがあります。

そういうブログで、生きる方法を豊かにしたいという思いが、私にあります。

冬には冬の話題が良いですね。

東北地方は大雪

インターネットは生活の知恵袋

私はそんなに気にならないのだが、この時期この地方はかなりの大雪であるらしい。

まだ12月なのに雪が多いね、という会話が挨拶のようになっている。

雪国で暮らしているのだから、雪が多ければ多いなりに日々を過ごすしか無いと、私は思っているのだが・・・。

まだ体力があるからそう言っていられるのだ、と友人から言われる。
そうかもしれません。

雪片付けを、体力づくりになると楽しんでいるのも体力があるからです。
雪を楽しむのも、今のうちかも知れません。

もっと高齢になって、体が思うように動かなくなったり、病気で体力が落ちたりすると、大雪に悲鳴をあげることでしょう。
生活の自由を奪う雪を呪うことでしょう。

自動車のタイヤで圧雪された雪道は、ツルツル滑って、脚力の弱い者にとっては恐怖です。
一人暮らしのご老人にとっては、買い物にも出かけられない。

雪のために行動範囲を狭められて、閉じこもりがちになり、体力が落ちるのに拍車がかかります。

そういう事態になれば、やっぱり、それなりに日々を過ごすしか無いでしょう。

雪国に生まれ、雪国で一生を終えるとは、そういうことなのだと思います。

雪国だけが生活の苦労が多いわけでは無いでしょう。
世の中には、様々な生活の現場があって、全てそれなりの苦労があると思います。

苦労を乗り越えて生きる方法は、体力に頼ること。
体力が落ちたら知力に頼ること。
知力が落ちたら財力に頼ること。

結局、最後はお金です。
財力の無い人は知力を蓄えなくてはなりません。
その人が、その人の人生で蓄えた知の力を活かすのです。

長い人生をかけて身につけた方法や工夫に頼るしかありません。
インターネットは知恵袋です。
インターネットの役に立つ情報を、自身の知力で検討しながら生きていくのも、ひとつの方法です。


冷え性の腰痛対策

貼るカイロで腰の部分を温める

私は冷え性の腰痛持ちです。
冬に入って、寒さが厳しくなると腰痛も厳しくなります。

豪雪地帯に住んでいますから、雪片付けによる肉体疲労が溜まると、腰痛も一層厳しくなります。

腰痛持ちと言っても、一日中痛みがある訳ではありません。

朝、布団から起き上がった時、体が温まるまでしばらく痛みがあります。
この朝の痛みは、犬の散歩や雪かきなどで体を動かしているうちに緩和します。

長時間椅子に座って、パソコンで仕事をしている時にも、腰痛は出ます。
また、長時間クルマを運転していて、運転席から降りた時も、腰を伸ばすのがつらいぐらい腰痛が出ます。

このふたつは、回復するまで時間がかかる腰痛です。
体を後ろに反らせて、背と腰を伸ばしたりするストレッチを繰り返しながら徐々に痛みを和らげて、時間をかけて腰痛から逃れていく方法で対処しています。

私にとって、腰痛に即効果のストレッチがあります。

脚を肩幅より広めの安定した形で広げて立ちます。
脚の膝を折って、徐々に腰を下に落とし、椅子に座っているようなポーズを作ります。
あまり深く腰を落とすと、しんどいので、その辺は我慢出来る範囲内で行います。
右手の手の平を右脚の膝の上に置き、左手の手の平を左脚の膝の上に置きます。
上体をできるだけ垂直に近い状態に起こして、上体だけ左右交互にゆっくりと捩るストレッチです。
両方の肩を交互に、水平に左右に回すようにすると、うまく腰のあたりが捩れます。
もちろんストレッチですから、動作中呼吸を止めてはいけません。
腰の部分の「伸び」を確かめながら左右交互に3回繰り返します。

このストレッチを一日5セットぐらい行うと、私の場合、腰痛はかなり軽減します。

私の腰痛は、腰椎椎間板ヘルニアとか座骨神経痛とかの病気によるものでは無いと自己診断しています。
腰を曲げないと立っていられないほどの腰の痛みや、下肢に痛みがあるわけではありません。
また前傾姿勢やイスに腰掛けるの辛くて、横になっているほうが楽というほどの腰痛でもありません。 加齢と肉体疲労による一般的な慢性腰痛なのだろうと思っています。 それと、私は冷え性ですから、肉体の冷えからも腰痛が出ていると思っています。
寒い冬場は、冷えによる腰痛が特に出るのではないかと思っています。 この冷えに対する対策は、「貼るカイロ」です。
衣類に貼るタイ…

私自身の冬場の寝汗の原因について

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前回の記事で、私は冬場に、たまに多量の寝汗をかくことがあると書きました。

その原因について私なりに考えた事やネットで調べた事を書いていこうと思います。

私は「冷え性」だと、よく知人に言われます。
手や足が、普通の人よりも冷たいのだそうです。

私自身も、それは感じています。
特に冬場は寒さで手がかじかみやすいのです。

冷え性・冷え症。
知人の指摘や自身の自覚から、私は自身を「冷え性」だと思っています。
別に病院で、「冷え性・冷え症」という診断を受けたわけではありません。
西洋医学では「冷え性・冷え症」という「病名」は無いそうです。
末端の血管が収縮し、長い期間にわたって血流の滞りがある場合「冷え性・冷え症」と診断されることも、医師によってはあるそうです。

さて、冷え性と寝汗の関係で興味深い記事を見つけました。
この記事によると、冷え性の人は寝汗をかきやすいことになります。

午前3時〜5時の時間帯は人間の体温も気温も最も低くなるそうです。
この時間帯に、体温を維持するために、余分な水分を体外に排出して体を温めようとする反応が寝汗だということです。
冷え性の人は、特にこの反応が強く出るとか。
しかし、寝汗をかく事によって「気化熱」という放熱効果が働き、結果的に体温を下げてしまいます。
実際、寝汗をかくと「寒い」という不快感を覚えます。
体を温めようとする「肉体の反応システム」はそこまで及ばないものなのでしょうか。

多量の飲食と厚手のアクリル毛布が多量の寝汗の原因?
私は冷え性で寒がりですから、冬場の寝具は一般よりも多めです。
厚手のタオルケットにアクリル性の厚物毛布、その上に羽毛の厚い布団をかけてベッドで寝ています。
普段から布団が汗臭いと家の者に言われていますから、寝汗の量は多い方だと思います。
厚手のアクリル毛布の通気性の悪さが寝汗がこもる原因ではないかと素人判断で、そう思っています。

どういうわけか満腹状態(ビールもかなり飲んでいる状態)で眠りに就くと多量の寝汗が出るので、多量の飲食と厚手のアクリル毛布が多量の寝汗の原因だろうと思っています。

その多量の寝汗も、前回書いた通り、一冬に3〜4回程度ですから我慢出来る範囲内で病的なものではないと思っています。
そういうわけで、通気性が多少悪くても、寒がりの私は厚手のアクリル毛布を離せないのです。

冬の寝汗

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意外と多い、冬場の寝汗で悩んでいる人 本格的な雪の季節になり、夜間の冷え込みが厳しくなってきました。
私は、この冬の季節によく寝汗をかきます。

朝食にはネギ入り納豆で食欲アップ

この頃、朝食で納豆を頻繁に食べるようになりました。
もちろん、細かく刻んだネギ入りの納豆です。

これをご飯にかけて食べるとご飯が美味しいのです。

美味しく食べる、というのは体に良い事だと思います。

嫌々食べるとか、不味い食事をするとか、義務的に食べるとかよりも健康に良いと直感しています。

上記の食事では、食事がストレスになってしまいます。
しだいに食欲が無くなって、ついには朝飯抜きという不健康な生活に陥ってしまうでしょう。

小さな体験を書き残す

生きている事は小さな発見の連続であると、以前、ブログの記事で書いた事があります。
小さな発見もそうですが、生きている事が小さな体験の連続でもあることは、ごく当たり前の、敢えて言う事も無い事実だと思います。
刻々と定期的に過ぎていく時間のなかで、不定期な体験を刻々と積み重ねていくことが日々の暮らしだと言えるでしょう。
このようにキーボードを叩いて、文章のようなものをパソコンのモニターに映し出しているのも小さな体験です。 緩慢であり駿足である時間の流れが、この小さな体験を洗い流して消滅させようとします。
それが、このように文章のようなものとして記録されているから、私はこの小さな体験の輪郭を見ることができるのです。
過去に自身が書いた物を通して、改めてその時の暮らしを体験するという体験を多くの人々がしています。
友人に送ったメールとか、仕事の打ち合わせのメールの文章とかで鮮やかに再生する体験があります。
このとき初めて、その小さな体験を体験する実感を得るのです。 むしろ、現在の方が過去の時よりも鮮明に体験を自覚しているかもしれません。
体験を鮮やかに再生させるのは、過去の何気ない言葉です。
「おはよう」とか「お体大切に」とか「では、よろしくお願いします」とか。 その言葉が、過去の小さな体験を表し、記憶を蘇らせ、今になってその体験の意味を小学生のように復習させるのです。
「ありがとう」とか「あれからどうしていますか」とか、そういう言葉がその小さな体験の後を追います。 その時の言葉を追いかけます。 その時の面影を追いかけます。
追っていく先が、過去のような未来のような。 まるでその体験のために、時間が止まってしまったような映像を眺めているのです。
小さな体験は、映画のワンショットのような1枚のスチルです。
それを見る意味を、人々は自身に問いかけることでしょう。
日々の小さな体験は、過去や未来の問いかけの言葉で擦られているのです。 まぎれも無く体験した事が、新しい疑問の言葉で擦られているのです。

壊れた大判プリンターやパソコンモニター、古タイヤの処分料

全部まとめて処分料は5千円。
使用歴10年の壊れた大判プリンターをそのまま作業場に置いていたのですが、本日とうとう処分しました。
10年間お世話になったプリンターでしたので、廃棄処分はちょっと寂しい気分になります。
よく働いてくれた機械でしたが、作業場を拡げるためなのでやむを得ません。

ついでに、壊れたまま残してあるモニターや外付けのハードディスク、ルーターなどのパソコンの周辺機器と、外に放りっぱなしの古タイヤも処分することにしました。

時々お世話になっている産廃業者さんに来てもらって、処分する物をトラックに積み込み値段を尋ねると、全部で5千円ということでした。

値段を聞いて、これで5千円だと安いな、と思いました。

パソコンのモニター(ブラウン管)と、ピックアップ用の大きなタイヤが4本ありましたから、全部で合わせて1万円近く請求がくると思っていたからです。

でも、その業者さんに、「そんなに安くて良いの」とは言いません。
「ありがとうございます。」と一言お礼を言って5千円を渡しました。

もしかしたら、そういうものなのかも知れません。
廃品回収業者に大判プリンターを引き渡せば、スチール部分が多いので、いくらかの収入になるのかも知れません。

それに、あまり安い安いと言うと、今度から高く取られるかも知れないというセコい心配から、安く感じた事には触れずに料金を払ったのでした。

この不景気ですから、支払いは安い方が助かります。
業者さんも慈善事業でやっている訳では無いので、彼なりの適度な料金を請求してくれたと思います。

パソコンのモニターはメーカー処分で「リサイクル料金」とかいう金額を四千円ぐらい請求されるという話を以前聞いた事があります。


壊れたモニターを無料で引き取る業者。
ネットで調べると、「モニター(ディスプレイ)を無料で処分・廃棄します。梱包して送るだけ!故障品やブラウン管型モニターも無料処分・廃棄可能!」という業者もありました。
ご興味のある方はネットで検索してお調べ下さい。

上記サイトの運営者(金属リサイクル業者)ですと送料だけで済みますが、ここ(東北)から大阪までなので二千円近くの費用がかかると思います。

ついでに廃タイヤの処分料もネットで調べてみました。
タイヤ販売店(カー用品店・ガソリンスタンド・カーディーラー・タイヤ専門店など)に持ち込むとタイヤ一本あたり…

寒い時の肩こり

最後は自分自身

冬になって、寒くなると肩こりの苦痛を話題にする人が多くなります。
彼ら(彼女ら)は寒く無い時期でも肩こりに悩んでいる方がほとんどのようです。

それが、寒さとともにひどくなるということなのです。
私は肩こりの経験がほとんどありません。
肩こりで苦しんだという記憶がないのです。

肩こり常習者が、その秘訣は何?と、よく私に尋ねます。
私は、努力して肩こりを予防している訳ではないので、「たぶん体質じゃないのかな」と気の無い返事を返すばかり。

私の周囲の肩こり常習者の特徴は、運動嫌いと伊達の薄着です。

「寒くなったら、肩のあたりに衣類に貼るカイロを当てたらどうかね」と言うと、そんなの格好悪いと却下されてしまいます。
「運動して血行を良くしたら」と言うと、疲れてかえって肩こりがひどくなると言います。
「風呂にゆっくりつかって、体を温めるのも良いらしいよ」と言うと、「シャワー派なの」ですと。

彼ら(彼女ら)が知りたいのは、楽して肩こりを治す方法なのです。
たとえば、肩こり防止のサプリメントは無いものかとか、就寝中に貼る無臭の湿布は無いものかとか。

まだ若いのに「肩こり持ち」なんてカッコ悪い、という方が多いようです。
ですから、目立たない方法で楽して肩こりを治したいということなのです。

そんな方法は、おそらく無いでしょう。
肩こりになりにくい体質があるなら、肩こりになりやすい体質もあるはずです。

体質は、生まれ持ったものもあるでしょうが、生活習慣から作られるものもあるのでは。

運動嫌いと伊達の薄着も先祖代々のものという方もいるかも知れません。
生活習慣から、運動嫌いと伊達の薄着になった方もいるかも知れません。
そういう方でも、肩こりとは無縁という人もいることでしょう。

人それぞれです。
人それぞれだから、最後は自分の事は自分で解決しなければならない、ということになるでしょう。

過度に薬剤に頼ったり、過度に人の意見を信じたりすることは禁物です。

入浴や軽い運動などでリフレッシュして、気を楽にしてみることが肝心かも知れません。

気が付いたらうつ伏せで寝ていることが多くなった

朝になるとうつぶせ寝スタイル ここ2〜3ヶ月間のことですが、朝目覚めるとうつ伏せで寝ていることが多くなりました。
夜、布団の中へ入った時は、仰向けで眠りに就くのですが、朝目が覚めたらうつ伏せになっているのです。
昔、内臓の悪い人は眠る時に無意識のうちにうつ伏せになると聞いた事があります。
内臓が良いのか悪いのかは、最近、その辺りを病院の検査で調べてもらって無いのでなんとも言えません。

冬場の女子高校生のミニスカートに生足

流行の先駆者は今何を思う?

この地方の冬の降雪も、時節がら、本格的になりつつある。
近郊のスキー場は、まだまだ雪不足な状態。
それでも、滑降可能なコースがあれば、オープンに踏み切っているようだ。

この雪の季節が到来すると、毎年目に付くのが近所の私立高校の女子生徒の「生足」と呼ばれている格好(ファッション)。

上半身は長袖で、袖を指先まで伸ばして手を包み込むような形で着用しているが、下半身はミニスカートに素足(素脚)。
生足の一般的なスタイルだ。
そういう格好の女子生徒が、雪とともにどこからともなく多数出現してくる。

感染力の強い美人ママの風邪

美人ママの感染力。

これは私の思い過ごしかも知れませんが、今年の「風邪」は感染力が強いと感じています。

めったに「風邪」をひかない人が、「風邪」で寝込んでいるからです。

私はよく「風邪」をひきます。
その私に対して、
「あんた、しょっちゅう風邪ひいてるね、俺なんか風邪ひいたことが無いよ。」
と言う人が、風邪で寝込んで、布団の中でうんうん唸っているのです。

この人は、「風邪」どころか、めったに病気になりません。
免疫力の強い健康優良人なのです。

そういう人がついに、この冬の「風邪」で倒れてしまいました。
頭痛とクシャミ鼻水、熱(38度5分)と激しい咳と極度の倦怠感で寝込んでしまったのです。

油断したのでしょう。

「俺様は風邪とは無縁の男よ」とばかり、大勢の風邪ひきさんにぐるりと囲まれながら、裸踊りをしたのでしょうか。

これは冗談ですが。
そんなことをしなくても、頑健な男が「風邪」に感染してしまうのです。
それほど今年の「風邪」の細菌は、感染力が強いのではないでしょうか。

寝冷えとか湯冷めとか、極端に寒い思いをして「風邪」をひいたのでは無いようです。

この頑健者は、飲みに入ったいつもの店のママさんが「風邪」をひいていたらしく、そこでうつされたのだろうと言ってました。

そのママさんも丈夫な質で、あまり「風邪」をひかないような人らしいので、よっぽど感染力の強い「風邪」の細菌(ウィルス)をもらったのでしょう。

「近頃、悪い風邪が流行っているからねぇ。」
という話をよく聞きます。
それは、今年に限らず、寒い時期になると毎年のようによく聞きます。

「風邪」って感染力の強い病気だから、毎年よく流行るのでしょう。
丈夫な人が「風邪」に倒れて、今年の風邪は感染力が強いように感じるのも、今が「風邪」の最盛期(?)だからかも知れません。

若くて美人のママさんにうつされようが、白髪の婆様にうつされようが「風邪」の苦しさに違いはありません。
ただ、美人のママさんの「風邪」のほうが、その人気度や影響力からみて、感染力が強いような気がします。

今年は、普段風邪をひかない美人ママが風邪をひいてしまったため、その感染力が広く及んだのでしょうか。

◆私の風邪体験記事を集めたページです。皆さまのご参考になれば幸いです。

冬の童話・手袋を買いに

小学校2〜3年の頃、学校の国語の教科書で読んだ「手袋を買いに」という童話を、今でも時々思い出します。

この童話が、冬の狐親子の物語なので、特に冬になると思い出すのです。

物語もそうですが、その教科書に載っていた子狐の絵(イラスト)のことも記憶にあります。

温かそうな雰囲気に包まれたようなイラストでした。
可愛い子狐とお母さん狐が寒い雪の中で寄り添っているイラストに、子どもながら当時の私は温かいものを感じたのだと思います。

そのイラストが、新美南吉氏の原作に付いていたものを教科書に転載したものなのか、それとも教科書用に新たに描き加えられたものなのかは、今となっては不明です。

逆に、その情感あふれるイラストから物語の筋が生まれたような感じの、イラストと物語の一体感・融合感に幼い私は強く心をうたれて、今でもその教科書に載った童話のことを覚えているのだと思います。
もしかしたら、教科書に載ったイラストの印象から、私はその童話を書き替えて記憶しているのかも知れません。

手袋を買いに人間の町の商店に行く子狐と、それを心配そうに見送る母狐。
狐と知りながらも、お金が本物なので手袋を子狐に渡す商店主。
子狐の帰りを心配して待つ母狐と無事合流して、一緒に寄り添って巣へもどる母子。

小学生の私はイラストに見入りながら、この物語を読み進めたのです。
そして、この幻想的なイラストと物語にリアリティーを強く感じて、この話は真実の事だと思ったのでした。

この冬景色のどこかで、この狐の親子が暮らしているに違いないと思ったのです。
「手袋を買いに」という童話を、幼い感傷生活の中に入った現実のニュースのように受けとめたのです。

優れた童話は、子どもの世界観に大きな影響を及ぼすものなのでしょう。
それが童話の持っている普遍性だと思います。
狐の親子の情愛が、私の中で歳を経ても生き続けていたから、私はこの物語のイメージを忘れないのだと思います。

まだ心が澄んでいた時期に澄んだ物語に出会ったことで、その物語の澄んだ記憶が60歳の男の雑多な心の片隅を、今でも占めているのです。

冬に多い病気・脳卒中

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内と外との危険な寒暖差。

私の友人が去年の冬に脳卒中で入院しました。
幸い軽く済んだので、彼は手足のちょっとした不自由を我慢しながら元気に生活しています。
脳卒中で入院した時の年齢は52歳。

若い頃から頭がツルツルで小太りしていた彼の身体的な特徴のせいなのか、アルコール類が好きだったせいなのか、脳卒中の原因はいろいろあることでしょう。
親父さんが脳卒中を患っていたということですから、遺伝的な体質もあったのでしょう。

脳卒中の原因のひとつは寒さだったようです。
普段から血圧が高かったようですから、冬の寒さで血圧がさらに上昇したようです。

彼は病気になってから初めて高血圧のことや脳卒中のことをネットで調べ、勉強したようです。

彼が気分が悪くなった時の状況を思い出すと、そこには温度差(屋外と屋内の寒暖差)があったようです。

温かい室内で半袖姿でいた彼は、そのままの格好でちょっとした用事を足しに家の外へ出たのだそうです。
そのとき目眩を感じて座り込んでしまったのだそうです。

20代の若者が、冬に、Tシャツ姿でちょっと外に出て、「寒い寒い」と言いながら家の中に戻って来る光景はこの地方でよく見ます。
若者だから身体が平気だと言うこともないでしょうが、50歳を過ぎて同じことをやれば身体が被る損傷は大きいと思います。

普段高血圧気味の人が、疲労がたまっている状態で、身体を北国の冬の寒暖差にさらせば、それは脳卒中をまねくようなものだったと、彼は反省しています。

寒さで鳥肌が起るのは目に見えますが、急に感じる寒さで血管が急激に収縮するのは目に見えません。

冬場の温度差は年配者には要注意です。
寒暖差は家の内外に限らず、クルマの中と外、温かい風呂場と寒い脱衣場、温かい居間と寒いトイレ、などいろいろです。

面倒くさがらずに、衣類でこまめに寒さ対策をすることが重要です。
一時我慢出来る寒さでも、寒さを感じた時点で赤信号なのだと思います。

雪国の冬の雨

寒い雨から、温かい雪へ。

梅雨時の雨のうっとうしさを訴える人は多いと思います。
ジメジメしていて気分が暗くなって嫌だとか、カビが蔓延するから嫌だとか様々な意見があがります。

でも、梅雨は作物を育てる天の恵みでもあるから、生産的(農作物の成長を促す)です。
私は。梅雨はそんなに嫌いではありません。
梅雨時のしっとりと落ち着いた、静かな雰囲気が好きです。

梅雨時は、梅雨対策用品や梅雨時でも気を晴らすオシャレ用品を買い求めるたくさんの人々がいて、消費活動が盛んになります。
その品々を製造する生産業も販売業も梅雨で経済的に潤います。
何よりも、夏に向かって降る雨の清々しさがあります。

梅雨時の雨を嫌う人が、雪国の冬の雨を体験したら、何とおっしゃるでしょうか。
これほど暗く非生産的な雨の光景は他には無い、と言ったら大げさでしょうか。
とは言っても自然現象ですから、冬の冷たい雨も何かの生産に寄与しているのかも知れません。

冬の雨の日は、空は重い雲でおおわれてどんよりと暗くなります。
独特の荒涼とした雰囲気に街が包まれていくのです。
雪国の冬の雨はすべてを冷たく濡らしますから、身も心も寒い雨の日となります。

雪の降らない地方での冬の雨なら、なんとかしのげそうですが、雪国の冬の雨に対しては、この地方で暮らす人々は口を揃えて「嫌なものだ。」と繰り返すのです。

雪国では雪の日の方が雨の日よりも温かく感じることは前回の記事で書きました。
辺りを真っ白におおう雪に美しさを感じる人も多くいます。
スキー場が賑わい、雪かき用具が売れ、オシャレな防寒着が売れ、消費活動が盛んになります。
生活するには積もった雪は妨害にもなりますが、雪国では毎年のことなので、雪のある環境を乗り越えていこうという気概も生まれます。
それが雪国の雪の文化を育てているのだと思います。

この地方では、昨夜から今朝にかけて、ようやくまとまった積雪がありました。
辺り一面が雪で白くおおわれています。

寒い雨から、温かい雪の季節に入ったのです。

銭湯とマイナスイオン

昨夕行った銭湯の脱衣場の壁に、この地方の公衆浴場組合(公衆浴場業生活衛生同業組合)のポスターが貼ってあった。
そのポスターに、銭湯はマイナスイオンの宝庫だから健康に良いというような意味のコピーを見つた。
「マイナスイオン」、懐かしい響きだ。
かつて話題になったマイナスイオンというコトバも、今はそう聞かれなくなった。
山の渓流とか滝の付近は大量のマイナスイオンが発生しているから健康に良い、とか。
雨の日は、雨水の水滴が破裂する際に発生するマイナスイオンが豊富だから健康に良いとか。
その頃は、大手家電メーカーもマイナスイオンを発生させる空気清浄機などを生産して売り出していた。
私は、「マイナスイオン」というコトバを聞いたとき、なんて学術的で説得力のあるコトバの響きなんだろうと思ったものだった。

私の趣味は山歩き。

滝や渓流のそばにいるとリラックスできて気分が良いことや、山歩きの疲れがとれるような経験をしたことがたくさんある。
その原因がマイナスイオンだったのかと、頷いたものだった。
でも、商品のパンフレットや、健康を謳う雑誌に「マイナスイオン」というコトバは溢れていたが、「マイナスイオン」という科学用語は存在しないらしいのだ。
「マイナスイオン」は、単なる宣伝的・情緒的な造語であるという説が現在では一般的なようだ。
「マイナスイオン」が自然科学の用語では無いのだから、自然界に「マイナスイオン」は存在しないということになっている。
従って、「マイナスイオン」の効能も存在しない。
一時は森林浴の効能を手助けするものとして宣伝された「マイナスイオン」が、フィトンチッドほどの科学的な根拠も無かったようだ。
個人の体験と「科学的な根拠」             

銭湯は気分が良いから、適度な入浴は健康に良いということを人々は体験的に知っている。
「マイナスイオン説」はそれを理論付けようとしたのだろうが、根拠の無いものだったようだ。
個人個人の体験よりも一般的な科学知識の方が説得力を持ちやすいので、こういう「社会現象」が生じるのだろう。
山歩きの楽しさは、極めて個人的な趣味の世界なので、そういう趣味の世界で見つけたリラックス感とかリフレッシュ感を大切にしたい。
私にとって、滝や渓流の快適さの原因とは「マイナスイオン」的な雰囲気を持っている何かであると感じている。
「マイナスイオン…

災害や停電に強い石油ストーブ

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石油ストーブはシンプルで多機能。

私は、仕事場の冬の暖房は石油ストーブを使っています。
今年の3月11日の震災以前からずっと石油ストーブでした。

厳冬期には、反射式を1台と対流式を1台の計2台の石油ストーブを使っています。

おかげで、3.11の震災による停電時でも寒い思いをしないで済みました。

石油ファンヒーターを使っていた時期もあったのですが、送風のせいで埃が舞い上がり、パソコンやプリンターに悪影響があると思って使用を止めました。
これは私の使用環境によるのでしょうが、石油ファンヒーターは2〜3年使うと、何かの拍子にエラーが出て停止しやすくなるので苦手なのです。

今の時代は、電力を必要とした生活機器が多数を占めています。
灯油燃料の暖房器具でも、常時コンセントに挿しての電気接続状態での使用を必要とするものが多いです。

昔からいろんな場所で重宝されてきた石油ストーブは電力を必要としません。
点火するときに乾電池の電力を必要とするものが多いですが、マッチなどで代用点火できます。

構造が原始的と言うか、シンプルなのです。
シンプルだから故障も少なくて、騒音が出ない。

石油ストーブの対流式も反射式も、燃焼筒とその上部で赤い炎が見えるので、視覚的にも温まるのです。

この炎は原始的な焚き火に通じるものがあって、気分が落ち着きます。
災害による停電時は、石油ストーブの炎が暗闇での灯り代わりにもなります。
灯りがあると不安な気持ちも、少しは落ち着くのです。
このことは、3.11の震災で体験済み。

石油ストーブの良いところは、やかんがのせられるところですね。
暖房ができて、しかも煮炊きができるのです。

寒い冬は仕事の合間に、温かいコーヒーやお茶がほしくなります。
まるでキャンプのときの焚き火でお茶を沸かす楽しい感覚で、石油ストーブの火でお茶が飲めるのです。

石油ストーブは、シンプルでありながら多機能なんです。
しかも災害や停電時でも使用出来て、持ち運びも容易です。
換気さえできる場所であれば、いろいろな所で暖房をとることができます。

便利さとは何であるのか考えさせてくれる存在の、シンプルな石油ストーブです。

人間の習慣と犬の習慣

愛犬の習性に従うのが人間の習慣。

私は、毎朝、犬を散歩に連れていきます。
犬は現在で、4歳と半年になりました。

4年半の間、毎日、犬を散歩に連れて歩く訳ですから、それが私の習慣になっていると言えます。
当然、ワンちゃんも散歩が習慣になっているのですが、その習慣に対する意欲は、私とは違います。

犬は習慣に忠実な生き物ですから、毎日の活動に欠落が生じると、激しく怒ったり強く落胆したりします。

人間も習慣を守ることで、規則正しい生活を組立てている訳ですが、毎日の繰り返しが面倒くさくなることも少なくありません。

私は、たまには習慣に従わないことで安堵感を得たりします。
たとえば掃除を怠けて、その時間を自分の楽しい事に使ったりとか。

犬は、その楽しい事のひとつに属する散歩を面倒くさいとは思わないようです。

雨の日も、嵐の朝も、散歩を要求して、散歩の時間になると私のそばを離れません。
その活動にふりかかる厳しい自然現象を問題にはしていない様子です。

散歩の快感が、雨に濡れる不快感をはるかに上回っているのでしょう。
反対に私は、気分に左右されますから、雨に日の散歩は面倒くさいのです。

気分に従うことが多い人間が、それでも愛犬の習慣を大事にするのは、犬の喜ぶ姿に癒されるからだと思います。

鎖につながれていることが多いワンちゃんは、散歩で癒されているのでしょう。
ワンちゃんが癒されていることを感じて飼主も癒されているのです。

犬がある習慣に忠実なとき、その犬はどんな気分でいるのかを知ることが飼主の義務なのだと思います。

人間の習慣は、自身の身を守るためや生存のために自身で組立てたものです。
実は、犬の習慣も、そうなのではないでしょうか。

単なる自身の快楽や癒しのためだけに、犬が散歩しているようには見えません。
雨の日も風の日も、周辺の情報を収集している犬の必死な姿を見てそう思いました。

犬も、生きるために必死で散歩しているのかもしれません。
散歩の途上で一心に臭いを嗅ぎ回る様子は、生きるための真剣さを表しているように感じられます。

犬の散歩は、人間が習慣付けたものではないでしょう。
人間が愛犬の習性に従って習慣付けられているのです。

愛するものの習性に従うのが、人間の習慣なのでしょう。

短期間のあいだに風邪を何度もひいてしまう人

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この時期、周囲には「風邪症候群」にかかった人が多いので、どうしても風邪の話題になってしまう。
私の知人に、11月の中頃に風邪をひいて、治りかけた頃の11月の終わりにまた風邪を繰り返した気の毒な方がいる。
本人は、ガラガラ声で2度風邪をひいてしまったと言っていた。

冬の雨の日は、雪の日よりも寒い

雨は衣類を濡らすが、雪は衣類を濡らすことが少ない。

今日も一日中雨が降ったり止んだりの寒い日。
青森はここ一週間ほど、こんな日が続いている。
雨が雪に変わるときもあるが、ほんのつかの間。
ちょっと積もった雪も、雨で溶けてしまって、積雪は消える。

気温が比較的高いから雪では無く雨なのだろうが、雪よりも雨の方が寒さを感じる。
青森では、よくそんな話を聞くから、雪国で生活する人達はたいてい雪よりも雨の日の方が寒いと感じているのだろう。
雪になる日の方が気温が低くて寒いはずなのに、なぜ気温の高い雨の日の方が寒いと感じるのだろう。

風邪症候群、咳から回復

うがいで喉の潤いを保つこと。マスクで保温保湿すること。

先月の13日に「風邪」をひいてから今日(12月7日)で25日目になります。
25日経って、ようやく咳がおさまりました。

自身の経験から言って、今年の「風邪」は咳が長く続いたように思います。

夜、寝る前に塩水でうがい

歯周病による口の中のネバネバ感が軽減。

一日6〜7回のうがいの習慣が、今のところ定着しつつあります。
口周囲の筋肉の鍛錬も兼ねていますから、うがい運動といったところです。
気分がスッキリして快適になりますから続いているのでしょう。

私自身のうがいの効能については、前の記事で書いたように、口の中を噛まなくなったことです。
それを目的にうがい運動をはじめた訳ではありませんが、うがいを続けた結果、体の不調が改善されたのです。

ちょっとした行為で、気になっていた体の不調が改善したのは嬉しい事です。
様々な小さな発見が、生きる喜びを見いだしてくれます。
元気に長生きされている方は、小さな発見の宝庫を持っているのでしょう。

私は時々、朝目が覚めたとき口の中が、少し粘つくことがあります。
歯周病があるから、そのせいなのでしょう。

うがい運動をはじめてから、夜、寝る前に塩水でうがいするようになりました。
それを繰り返していたら、目覚めの口の中のネバネバ感が軽減しました。
口の中の粘つきをまったく感じない朝もあります。

口の中がスッキリした状態で目覚めるというのは、一日の始まりにとって非常に良い事です。

これも、私自身のうがいの快適な効能になりました。
しかしこれは、私自身の個人的な感想であって、全ての方にあてはまるかどうかは不明です。

どんなに体に良い行為でも、過度の行為は体に弊害をもたらすと思います。
そう言う意味では、過度のうがいは、身体になんらかの弊害をもたらすかも知れません。

たとえば、濃すぎる塩水でのうがいは、かえって喉の奥を乾燥させるという話も聞きます。
手洗いやうがいでも、簡単には考えずに正しい方法を身につけることが重要です。

その人に合った、その人独自の健康の方法を、確かめながら探すことが本人にとって一番良い方法です。

冬の寒さによる腰痛などの体調不良を防止する

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衣食住のあらゆる方法で防寒し、体温の低下を防ぐ事。
年末に向けて寒さが日一日と厳しくなる時期になりました。
冬の寒さによる体調不良が出やすい時期でもあります。

私もこの時期は毎年腰痛が出やすくなりますので、重ね着をして腰の部分を温めるようにしています。
下着のベストで、そのベストの下の方に腹巻きが繋がっているようなインナーがありますが、これは重宝です。
体の芯部の冷えと腰の冷えを防いでくれますので、冬季は手放せません。

寒くなると、熱を逃すまいとして、指先や足先をはじめ体内の血管が縮みます。
血管が縮む事で、筋肉への血の流れが減少し、筋肉に必要な栄養や酸素が減少するそうです。
この筋肉の酸欠状態や栄養不足状態も、寒さによる腰痛の一原因と言われています。
対策は体を冷さない事。
体を温める事だと、私は確信しています。

体を冷すと、寒さによる不快感で意気消沈してしまいます。
そういう状態になると、今自分の肉体の免疫力が低下しているな、と感じます。
寒さは毒と昔から言われています。
寒さに対する我慢は禁物。
肉体破壊と考えても大げさではないと思っています。

寒さに震えるくらいなら、多少温かい方が体に良いと思って、そういう状態を維持しています。

冬場の移動場所の温度差に注意。
冬場は温度差にも気をつけねばと思っています。
ストーブで室温が23度になっている部屋から、いきなり気温マイナス3度の吹雪の外へ出れば、その温度差は26度にもなります。

急激な温度差に、肉体はダイレクトには反応しないでしょうが、やはり急激な温度差はそれ自体が不快ですし、不快と感じる原因に血管が収縮して心臓に負担がかかるとか血圧の変化とかがあると思います。

冬になって寒くなるのは避けられないことですから、防寒対策でのりきるしかありません。
衣食住のあらゆる方法で防寒し、体温の低下を防ぐことが大事だと思います。

振り込め詐欺の被害者が後を絶たない理由

被害をくい止めた人々の必然性から犯人との対決策を導き出すことは可能なのでは。

金融庁のウエブサイトに、「振り込め詐欺(恐喝)事件にご注意!」と題された次のような記事があります。

【近年、振り込め詐欺の被害は減少傾向にありますが、依然として毎月数億円の被害が発生しています。最近では、震災に便乗した義援金名目の詐欺や、「元本保証」や「絶対に儲かる」などと説明して、未公開株等の金融商品を売りつけるなど新たな手口に絡んだ振り込め詐欺も増加しています。注意してください。】

この記事によると、(警察関係機関その他の防犯対策のおかげで)振り込め詐欺の被害は減少傾向にあるが、被害は毎月数億円の規模で発生しているとの事です。

毎月数億円の被害とは莫大な金額です。 どうして人は、そう簡単に騙されてしまうのでしょう。 振り込め詐欺の被害者が後を絶たない理由について私なりに考えてみました。
それは、一言で言えば、こうです。
「騙す方はプロですが、騙される方は素人だから」

う〜ん、なんともありきたりな意見ですが・・・。
振り込め詐欺の犯人は、日夜振り込め詐欺のテクニックについて熟考・学習・トレーニングしています。 おそらく、それが彼らの唯一の「収入源」だからです。 収入が無いと暮らしていけないのですから、彼らの「犯罪テクニック」の習得は命がけです。
一方我々、振り込め詐欺の「被害者予備群」は、騙されないためのテクニックの習得に日夜熟考・学習・トレーニングしている訳ではありません。 私達は、収入を得て生きていくための仕事の用事をたくさん抱えていて、その他にも、趣味とか冠婚葬祭とか近所付き合いとかもあって、多忙過ぎて、いつ身にふりかかるかも分からない「振り込め詐欺」のための「対策学習・訓練」をしている暇が無いのです。

もし、我々「振り込め詐欺被害者予備群」が振り込め詐欺犯と同等のレベルで、騙されないためのテクニックの習得に日夜熟考・学習・トレーニングしているなら、おそらく振り込め詐欺の被害は発生しないに等しい状況になると思います。

我々が、各自の生業を差し置いて、振り込め詐欺犯に騙されないためのテクニックの習得に日夜熟考・学習・トレーニングすることは不可能です。

「被害者予備群」の存在そのものが、敵(振り込め詐欺犯人)に背中を向けている状態を保ちざるを得ないため、敵の攻撃を防げないのだと思います。

口角炎が12日でほぼ完治

口角炎に対する私なりの対処法のおかげか?

唇の左端が口角炎になってから12日が過ぎました。
5日過ぎぐらいから「ビタミンB群」というサプリメントを摂取しはじめましたから、サプリを飲みはじめて一週間になります。
状態はまあまあで、痛みも無く、左唇端の口角炎のタダレも目立たなくなりました。

サプリは毎日飲んでいた訳ではありません。
飲み忘れたりして、飲んだのは7日間のうち4日ぐらいだったと思います。

「口角炎」とネットで検索すると、様々なサイトが出現します。
ビタミン不足を訴えているサイトは、サプリメントの販売サイトを兼ねているものが多いように感じました。

私は食生活が不規則で、野菜はあまり食べていないので、ビタミンは不足がちだと思っています。
それで今回の口角炎を機会に、「ビタミンB群」というサプリメントを購入し飲んでみました。
そんなに一生懸命飲まないうちに治りかけているので、サプリの効果があったのかなかったのか判然としません。

「ビタミンB群」は皮膚や粘膜の健康維持を助ける栄養素ですと、サプリのパッケージに記されていますが、乾燥肌による背中のかゆみは一向におさまりません。
保湿クリームを塗った直後は背中のかゆみがおさまるのですが、時間が経てばかゆみが戻ってきている状態です。
保湿クリームはもっと頻繁に塗るべきものなのかな、と思っています。

背中のかゆみに対するサプリの効果も、一ヶ月ぐらい飲み続けないと分からないかも知れません。
そもそもサプリは対症治療薬では無いのですから、ある病状に対する効果を短期間の内に期待するのは見当外れかも知れません。

いずれにしても口角炎は完治しつつあります。

●ビタミンB2を積極的に摂取すること。
●室内を乾燥させないように石油ストーブに薬缶をかけること。
●気分転換・体力維持のための適度な運動を行うこと。
●うがいなどを頻繁に行い、口の中を清潔にすること。

口角炎になったときに、私なりに上記のような対処法を考え、全て実行しています。
この対処法のおかげだったと、敢えて考えた方が精神衛生上よろしいような気が致します。

私自身のうがいの効能

「うがい」を続けたら、口の中を噛む事が無くなった。

風邪をひいてから、毎日積極的にうがいをするようにしています。

口からの、健康に有害な細菌の侵入を防ぐ事。
口の中を、常に清潔に保つ事。
冬場は乾燥しがちですから、口の中や喉を「うがい」によって潤す事。
うがいをしたら口の中がスッキリし、気分転換になる。

以上のような理由で、うがいに努めています。
うがいの回数は、一日6〜7回程度。
普通の大きさのコップ一杯の水で一回のうがいを行います。
ちょっと温めの水の方が歯にしみないから楽です。

水を一口口に含んで、口の中のゴボゴボを20回、喉のガラガラを10回ぐらい繰り返します。
これをコップ一杯の水で4回行うのです。

うがいに使う水は、水道の蛇口からのそのままの水道水ですが、時々そのなかに食塩をほんの少し混ぜたりします。
ごく薄めの食塩水のほうが、口の中がスッキリするような気がするからです。

食塩水ばっかりでうがいをすると、食塩が少々口の中に残りますから、塩分の摂り過ぎになる可能性があります。
一日6〜7回のうがいのなかで、食塩水で行うのは2〜3回程度です。

水うがいで風邪発症が4割減少」という京都大学保健管理センターの調査結果もあるようです。
私がこのまま「うがい」を続けて、風邪をひきにくくなったなと感じれば、風邪発症の予防に効果があると、私自身信じることでしょう。
以前このブログで、口の中を噛む事が多くなったと書きましたが、うがいを続けるようになってから噛まなくなったのです。
うがいを続けて2週間ぐらいですが、この2週間のあいだ口のなかを噛んでいません。 うがいの運動のおかげで、口の中の肉がしまったせいかなと思っています。 また、うがい運動のおかげで、口の周りや喉の筋肉が発達して、正確に噛む運動神経がちょっと発達したのだろうか、などど素人判断で勝手に思っています。
これは、私自身の個人的な感想ですから、全ての人々にあてはまらないかも知れません。

龍のイラストと理髪館の中年マダム

育毛的な龍のイラスト

例の理髪店の女店主から電話がありました。

「あんた、絵が上手いから、龍のイラストが入った育毛のポスター作ってくれないかしら」

来年は辰年だから、毛のふさふさした強そうな感じの龍のイラストを描いてくれないかという電話でした。
彼女の経営する理髪店の、育毛サービスの宣伝に使いたいということなのです。

同じ干支でも、虎とかウサギなら写真がたくさん出回っているから、それを模写すれば割と容易にイラストに仕上げる事ができますが、架空の動物(?)である龍となると話は違ってきます。
たしかに龍のイラストのなかには、獅子のように大量のロングヘアを風になびかせているものもあります。

でも、龍は現実の動物(?)ではないので、育毛サービスそのものも架空のものなんじゃないというイメージをお客さんに与えかねないのでは、と理髪館の中年マダムに申しました。

女主人は、肉付きの良い腰を揺すって笑っています。
電話での話なので、彼女の姿は見えないのですが、彼女がよくする格好なので、その映像は想像出来ます。
腰を揺すって笑っている大柄な女性の後ろ姿。

「育毛は私の腕でバッチリだから心配ないわよ、なんなら、あんたの頭で証明してみせましょうか」

彼女はそう言って、また大声で笑い出します。
電話の受話器から彼女の口が飛び出しそうな勢いの笑い声です。
その口に呑み込まれてしまいそうな吸引力のある声音が、受話器から私の耳にまとわりついて、私の肌がざわついたほどでした。

仕事だから、なんとかやってみるよと言って電話を置きました。

「辰年だから、思いっきり起っている強そうな龍をお願いね、ふふん。」

終わりがけに彼女は、小さな声で悪戯っぽくふふんと囁いた後、また自虐的な笑い声とともに電話を切ったのでした。

年末の、時の波乗り

常に、発想の転換について考える。
この頃は、「もう12月になったね、速いねぇ」とか、「今年もあと1ヶ月を切ったねぇ」とかの話題を盛んに聞きます。
12月に入ったら、年末はすぐそこまで来ていますが、まだ1ヶ月あります。
この1ヶ月を、たった1ヶ月と言ってしまえば、それだけの時間の流れで終わってしまうでしょう。

自営業の方が、まだ1ヶ月もあるんだからこの1ヶ月で今年の収入を少しでも増やそうと思えば、そういう時間の流れになると思います。
サラリーマンの方も、残りの1ヶ月も良い仕事をして来年に繋げようと思えば、そういう積極的な時間が流れていくでしょう。

受け身的に生きていれば、時間の経過や月日の流れに左右されがちです。
時の流れに従って生きている訳ですから、時の流れに運ばれて、運ばれた先で一喜一憂してしまうのでしょう。
時に流されるか、波乗りのように時の流れに乗り込んで主体的に身を動かすか。
イメージを描けば簡単ですが、実際は時の流れに流されがちな人々が多いのではないでしょうか。

私も、気が付いたらもう12月と騒ぐ人々のグループ、時に流されるグループに属しています。
気が付いたらもう60歳です。

ところで、発想の転換は人生を変える、という思いがあります。
発想の転換とは、視点の転換でもある訳です。
見方を変えたら、色々な解決策が見いだされます。

今年はまだ1ヶ月もあるぞ。
私はまだ60歳で、こんなに若い。
この1ヶ月の間に、仕事を片付け、スキーを楽しみ(まだ雪が無いが)、交友を楽しみ、家の仕事を片付け、あれもこれも、と考えると、のんびり時の流れの事を感傷している暇が無いのです。
そして、いろいろ暇不足ですが、暇を作らなければならない。

今年は、まだ1ヶ月もあります。
私はまだ60歳です。

年末がきて、年が明ければ、スキーをしなければいけない、仕事で稼がなければいけない、筋トレして筋肉を維持しなければいけない、交友も楽しまなければいけない。
そういうように積極的・生産的に生きることを考えながら、発想をどう転換すれば良いのかを探る。

常に良い方法を探り求める。
時の波乗りを楽しみながら、ね。

急激な気温の低下と抜け毛

毛糸の帽子で冬の寒さから頭髪と若さを守る。

昨日の温かさに比べて、今日は極端に寒い日となりました。 昨日は最高気温が12〜14度ぐらいでしたが、今日の最高気温は5〜6度ぐらいです。 昨日に比べて今日は気温が8度ほど下がっています。
気温が低下すると乾燥肌がひどくなるのか、ひところ治まっていた背中のかゆみが出てきはじめました. 肌の保湿クリームを買いに、近所のドラッグストア付のスーパーに行ったら、理髪店の女店主とばったり出会ったのです。
肉付きの良い大柄な中年の女性で肌の艶も良いので、寒々とした今日の空模様にも関わらず寒そうには見えません。 瘠せた女性が冬の寒さに縮こまって、顔をしかめていると貧相に見えるものですが、彼女は満ち足りたように豊満に見えます。
その豊満さが、男も女も引き寄せるようです。
彼女の生活の周囲は、いつも人で賑わっています。
「寒くなって来ると、薄くなるわよ。」 彼女は私の頭頂部に目をやりながら、うれしそうに言います。 「育毛マッサージ、やってあげようか。」 と自分の理髪店のサービスを宣伝。
白くむっちりとした手で、何かを揉む仕草をして見せています。
「頭の毛が薄くなったって、かまわんさ、もう年なんだから」と私。
「あら、年だから育毛して若々しく見せないとダメよ。頭の毛が薄いと弱そうに見えるわよ。」と彼女。
「どこが弱そうに見えるんだよ、精力か。」
「うふふふ」と笑いながら、その豊満な肉体のセーター姿が去って行きます。
急激な気温の低下は肌のコントロール機能を狂わすかも知れません。 皮膚の延長である髪の毛も、急激な気温の低下で抜け落ちることもあるでしょう。
あ、毛糸の帽子がいい、と思いつきました。 理髪店の女店主はスーパーの奥の方で野菜の品定めをしながら、私に目を送って微笑みかけています。
毛糸の帽子で寒さから薄毛を守れば、寒さによる抜け毛も防げるはず。 私は帽子売場へ向かいました。
思い切り強そうに見える色(?)の毛糸の帽子を買おう。

「風邪」が長引く原因

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今年の風邪は長引く 前回の記事でも書きましたが、今年は「風邪」の症状が長引いているようです。
その原因は、咳が長く続くことから「風邪」のウイルスが上気道辺りに長く留まって「風邪」の症状を長引かせているのでは、という素人考えが頭の片隅にあります。

今年の風邪(風邪症候群)は長引く

風邪を軽視する生活習慣が「風邪」を長引かせている。

「風邪」をひいてから17日目になります。
咳はまだ残っていますが、咳き込む回数は減りました。
激しいのは、一日に2〜3回程度です。
咳払いのようなものは、ちょくちょく出ます。

期限を設けることで仕事の効率化を計る

60歳になると、人生には期限があると痛感させられます。
衰えつつある身体の機能が、人生の期限について考えさせてくれるのです。

私の場合、人生の期限については全て受け身です。
人生の期限は、時間とともに先の方からやってくるものだからです。

期限が近づいてきても元気に生きなければなりません。
生きるための期限なのですから。
期限を意識する事で、生きている意味を色濃くすることができるように思います。
期限を設定した人生は、計画と実行に勢いがつくような気がします。

仕事に置いても期限に対する考え方は大事です。
仕事の収入は、仕事の量に左右されます。

自営業の場合、単純に考えれば、仕事量を多くこなした方が、高収入に繋がります。
限られた時間のなかでより多くの仕事をこなすためには、手順の効率化が必要です。

仕事の内容に対して、適切な期限を設定することで仕事の効率化が計れます。
仕事の依頼主が期限を決めて注文する場合、その納期に間に合うように手順を設定します。
依頼主の提示した期限に余裕がある場合、納期を先送りせずに、最短の期限で手順を設定します。
いつでも、どんなときでも仕事を効率良く行う習慣が身に付くと思います。

現状を良しと思わないで、より優れたアイデアを探す習慣も大事です。
人生は限られていますから、その限定された物理的な時間を充実した空間で押し広げるには、現在を改良するアイデアが必要なのです。

漫然とした時間の流れは、何も生み出しません。
休息のための漫然とした時間にも期限は必要です。

アイデアは期限から生まれると思います。
もし人生が、千年も万年も続くとしたら、アイデアは不要でしょう。
限られた時間の中で永遠に生き続けるためのアイデアなのですから。

仕事に期限を設けることで、その仕事自体がアイデアの温床となることでしょう。
期限とは、より良い仕事をするための技術のひとつであり、より良く生きるための方法のひとつです。

今のところ今年の冬は暖冬ぎみ、冬経済は停止ぎみ

今日は雨の日曜日ですが、気温は高めです。
市内に雪が5センチほど積もった時は、このまま寒い冬になるのかなと思っていたのでしたが、この頃は、そう冷え込んでいません。
比較的温かいのです。

例年だと山に雪が積もって、スキー場もオープンしている時期なのに、まだ雪不足だということです。
冬は足踏み状態です。

夜になっても、雨は雪に変わらずに雨のまま平屋のトタン屋根を叩いている有様。
このまま雪が降らないと、この地方の冬の消費活動は停滞します。
頑固な不景気が居座ってしまいそうです。

冬が、雪の少ない暖冬傾向だと暮らしやすい面もありますが、雪国では経済活動の動きが鈍ります。

寒い冬に備えて準備していた物が売れない。
雪かき道具が売れない。
除雪・排雪業者の仕事が無い。
温かい冬だと、鍋料理の材料が売れない。
スキー場がお手上げだ。
などと、いろいろな経済活動不活発要素が、あちこちで頭をもたげるのです。

天候不順により生じた楽は、真の楽では無いかも知れません。
苦に繋がる楽です。
冬には冬の活動があります。
それが休止状態だと、肉体も精神も活性化しません。
意識的に活性化活動に取り組んでいる者以外は、ちょっとだらけてしまうでしょう。

その微妙な変化が経済に影響するかもしれません。

真の楽とは、厳しい自然環境のなかで努力して勝取るものなのでしょう。
その「努力」が購買意欲を盛り上げるのだと思います。

冬物が動かないと、不景気も居座ったまま動きません。

寒くなると口角炎が出る

2〜3日前から、唇の左端が口角炎になりました。
ここ数年、季節の変わり目のこの時期に、唇の左側が口角炎になっているように思います。

口を大きく開けると、口角炎になっている部所がちょっと傷みます。
鏡で見ると、その箇所が赤くはなっていませんが、少しただれている感じです。
切れて血が出るほどには進んでいません。

雪を楽しむことが生きる助けになる

夕べからの積雪は少々でしたが、今日は朝から激しい吹雪。
この調子だと山のスキー場は週末オープンが期待できそうです。
私は、この冬も、スキーを思い切り楽しもうと心待ちにしています。

高齢が近づいてくると、生きることに助走が必要になってきます。
高齢でなくても、若い頃でも助走は必要でしたが。
スキーはかなり激しいスポーツですが、生きる事はもっと激しい営みの連続です。

山を歩いたりスキーを楽しんだりする事が、生きる事への助走となっていると思います。
助走で勢いをつけて生きる。
人生は、その繰り返しです。

歳をとると、どうしても動きが萎縮しがちになります。
それでは、せっかくの人生、面白くありません。
人生は面白く生きることに意味があると思っているのです。
歳をとっても動きを萎縮させないために、若い頃以上の助走が必要だと思います。

スキーを楽しむ事が、人生に馬力をつけるのです。
歳をとってもエネルギッシュに生きたいものです。

エネルギッシュな年配者には色気があります。
色気は人生を面白くする大事な要素です。
生命に直結した、生きる力の原動力です。

雪国では、雪を嫌う人も大勢います。
ある意味で雪は、快適な暮らしの妨げになるからです。

しかし雪国に雪の降らない年は無いと言えるでしょう。
雪国に暮らしていて、雪からは逃れられないのです。

それなら雪の有益なところを見つけ出して、その部分で最大限楽しむ事です。
雪は生活を害するだけのものではありません。
生活に益することも多いのです。

ウインタースポーツあり、ウインターレジャーあり、ウインターファッションあり、と冬に向いた文化が雪の季節に花開きます。
それもまた経済を活性化させていると思います。

雪は野山を白く多い、時折美しい景観を見せてくれます。
雪は、紅葉とともに観光資源としても貴重です。
雪は山に水分を貯蔵し、それが春の季節の有益な水資源となって大地を潤します。
また、寒い冬の季節は様々な食文化を発展させました。
雪は、そのなかに飛び込めば憩いと活力を与えてくれます。

雪を楽しむことは、雪の有益なところを発見することです。
それは、雪のある季節を積極的に生きるための助走になります。
雪を楽しむことは、大きくジャンプ(発展)するための力になるのだと思います。

雪や寒さに強いゴム長靴

雪が本格的に積もりそうなのでゴム長靴の新品を購入。

去年まで履いていた長靴は、穴が空いたり、靴の中の起毛構造が潰れて保温状態が悪くなったので捨てました。

その長靴は3,000円ぐらいの値段のものでしたが、今回は4,480円のいつもよりはちょっと高価なゴム長靴。

標語看板に書かれた「罪」に泣く人々

よくある標語 「君の罪 父泣く母泣く 友も泣く」 という俳句調の標語を路上で見つけました。
電柱に縛り付けてある看板に書かれていた標語です。
よく見かける表現のように思います。

古くなったスタッドレスタイヤは雪道に効くのか

昨日はこの地方もまとまった積雪がありました。
私の住んでいる市内で5〜6センチの積雪です。
この冬はじめての積雪となりました。
雪が積もって、季節は秋から冬に変わりました。

クルマのタイヤは、去年の冬から装着したままのスタッドレスタイヤです。
無雪の道を走っていましたから、タイヤの山はかなり減っています。
このスタッドレスタイヤは中古で購入したものを3シーズン使いましたから、もう寿命かなと思って冬場が終わっても装着したままにしていました。
いわゆる、「はきつぶす」つもりで夏場も使っていたスタッドレスタイヤです。

タイヤの山(溝)が減ったとはいえスタッドレスタイヤですから、この時期の湿っぽい雪にはまだ効果があります。
本格的な積雪時期にはいって、道路が圧雪状態になると、もう今の使い古したスタッドレスタイヤでは危険になってきます。

スタッドレスタイヤの特徴は、普通のタイヤに比べて溝が深く、この深い溝で積雪時の雪を噛んでグリップし制動力を発揮するものです。
使い古してタイヤの溝が極端に減っている状態では制動力が発揮出来ません。

本格的な積雪時に入る前に新しいスタッドレスタイヤを購入しなければならないと思っています。
私にクルマは4WDの大きいクルマなのでスタッドレスタイヤの新品購入費用として12〜15万円準備しなければならないでしょう。
痛い出費です。

この地方は不景気がずっと続いていますから、収入が減ったせいで新しいスタッドレスタイヤを購入する資金のメドがたたずに使い古したタイヤで今年の冬を乗り切ろうという人達もいることでしょう。
雪国の生活は、いろいろとお金が入り用です。

そういう無理な節約生活が原因での、冬場の交通事故も予想されます。
厳しい気象条件下での生活を強いられますから、自然の厳しさに対応した慎重な防衛行動が必要になることでしょう。

節約生活よりももっと厳しい防衛生活が、この冬、求められると思います。

風邪症状から回復しても、咳が止まらない

「風邪」にかかってから10日目になります。
発熱や食欲不振、鼻水といった風邪の諸症状は退いたのですが、咳がまだ続いています。
発病当初ほど頻繁ではありませんが、時々激しく咳き込むことがあります。
痰も時々出ます。

咳は夜中の睡眠中に2〜3回激しく咳き込みます。
日中はだいたい1時間に1〜2回の割合ぐらい。
喉に何か引っ掛かった感じがあるときに激しい咳がでるのです。

仕事場の整理整頓を行う方法

独りで仕事をしていると仕事場が汚れがち乱れがちになります。
書類が散乱し、材料の切れ端が散在し、足の踏み場も無いくらいになるのも珍しくありません。

後片付けが苦手なのです。
後片付けを面倒くさがって、掃除を先へ先へと先送りして仕事場や事務所がゴミ箱状態になるまで片付けません。
これでは仕事の効率にも悪影響が出ます。
この不景気な世の中で、自ら利潤を減らしているのです。

たまりたまったゴミを一気に片付けようとしてももう手遅れです。
蓄積した歴史の長さを考えれば、一日二日ではとうてい片付きません。

そこで、その逆を行うのです。
一気にでは無く、毎日少しずつ片付ける。

これは簡単で楽です。
おそらく人生の多くの難問は、楽な方法で解決できるのかもしれません。
困難を背負い込む人達が多過ぎて、巷に難問が山積しているのでしょう。

溜めて一気に片付けるという方法も悪くはないです。
一気に、という行動スタイルが爽快感を伴ってストレス発散になるからです。
しかしそれは実行できたうえでのことで、実行しなければ実行出来なかったというストレスが増大します。
大掛かりな解決方法は、失敗したときの損失も大掛かりです。

結局はこまめに片付けるのがベストな方法ということに落ち着きます。

毎日少しずつ片付けることを日課にすることです。
片付ける量は、気晴らし程度で良いでしょう。
負担にならない程度の、ごくごくわずかな量を毎日片付けるのです。
毎日の習慣になれば、もう大丈夫。
毎日仕事をしているように、毎日、整理整頓を行うようになります。

知らず知らずのうちに、作業場も事務所も整然としてくるはずです。

風邪の症状は軽度のまま停滞

今月の13日の朝から風邪の症状が出て、今日で7日目になりました。
熱は平熱に近い状態ですが、咳と風邪声と軽い倦怠感はまだ続いています。
重症の「風邪症候群」ではなかったので、若い時分ならとっくに平常に回復している頃なのですが、まだ風邪の軽度の症状が私の身体に停滞しているような有様です。

早めの対処で「風邪症状」の治りが早い

13日の朝から風邪気味だったので、風邪をひいて今日(17日)で5日目ということになります。
14日の朝に病院に行き、この日は安静状態を守りました。
15日、16日は事務所の仕事に出て、夜は早寝しました。
大事をとったおかげか、今日は現場仕事が難なく出来て一安心です。

風邪をひいた悔しさ

風邪をひいてしまった悔しさがあります。

今年の夏も「健康の壷」に入ったにもかかわらず風邪をひいてしまいました。
たぶん今年の夏は、あの「泡々の壷」に入り足りなかったのかもしれません。

今年の夏に10回ぐらいあの滝つぼの中に入っていれば今回の風邪を免れるだけの免疫力がついていたかもしれません。

風邪とよく似た症状のマイコプラズマ肺炎

咳が続いて熱が上がったら、私達は風邪をひいたと思いがちです。
でも、風邪によく似た症状の重大な病気がいくつかあるようです。
昔の人はその見分けが正確でなかったから、全てを風邪と診断して「風邪は万病の元」と言ったのではないでしょうか。

マイコプラズマ肺炎も風邪によく似た症状を持つ病気のひとつです。
その症状は、発熱・咳・体のだるさ・頭痛が主なもののようです。
熱が下がっても、咳が一ヶ月近くも続く場合もあるそうです。
やっかいなことに風邪との診断の見分けが難しいようです。
マイコプラズマ肺炎の早期診断が困難なため、風邪という診断で済まされる事が多いとか。
比較的早期診断が可能である検査法が健康保険適用外であるという問題も抱えています。

マイコプラズマ肺炎は重症化すると、まれに心筋炎や髄膜炎、脳炎を併発することもあるようです。

一般に日本人は風邪を軽視しがちです。
「風邪ぐらいで仕事を休まないでくれよ」という指示?(叱責?)もよく聞く文句です。
風邪は多くの場合2〜3日休めば治る病気ですから、風邪を病気と思わない人も多いようです。
風邪を軽くみているから、風邪の感染についても軽視している人が多いのだと思います。
マイコプラズマ肺炎の感染経路も風邪と同一のようです。
多くの場合は飛沫感染ですから、咳エチケットや風邪感染防止マナーを守る事が重要だと思います。
前回の記事の「風邪をひいたときの家庭内のマナー」は最低限の守るべき感染防止マナーです。

マイコプラズマ肺炎は今年、こどもを中心に流行しているようです。
これまで効くとされていた薬が効かない、やっかいな「耐性菌」が多くなりつつあり、症状が長引いて重症化するおそれがあるとして、専門家は注意を呼びかけています。
関心のある方は、専門サイトや医療機関で正確な情報を得て下さい。

◆私の風邪体験記事を集めたページです。皆さまのご参考になれば幸いです。

今年の風邪は咳がひどい

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風邪をひいてしまいました。
家族からうつされたのです。
マスクもかけずに、激しい咳を側で連発されたときに嫌な予感がしたのでした。
それが当たって、似たような症状の風邪をひきました。

風邪をひいたときの家庭内でのマナー

家庭の中でもマナーは必要です。
隣近所までは届かないからといって、ブンブンおナラをするのは同じ屋根の下の同じ空間に住む家族にとって大迷惑。
家の外よりも、家の中の方がマナーは緩みがちですが、家族だからと言って不快な思いをさせてはいけません。

上手く話す方法

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話し上手は聞き上手。

上手に話したい、上手に効率良く説明したいという気持ちを、多くの人々が持っていることと思います。

あの人は話し方が上手い、という評価のある人でも、本人はさらに上手くなりたいと思っている方が多いのではないでしょうか。

思っていることの半分も話せていないというもどかしさがあるからでしょう。

いわゆる、そつのない話し方をする方がいますが、そういう方に出会う度に、その人の話し方を学びたいと思って一生懸命耳を傾けたものです。
相手(私)をそういう状態にさせるのですから、本当に上手な話し方なのです。

話し方の上手い人は、聞き上手です。

感心するほど話し方が上手い人は、感心するほど聞き上手なのです。

会話していて、それは解ります。

後で、ずいぶんいろんなことを上手に聞かれたなぁと驚いてしまうぐらい聞き上手な方もいます。

そういう方の会話の内容で感じることは「具体性が豊富」だということです。

とりとめの無い会話は散漫になりやすいのですが、具体的な内容の会話は、会話自体に発展性があります。

日常的な、ごく些細な内容でも、有益な情報があり学ばされる事が多いと感じます。

結局、具体的な知識が豊富な方は話し上手と言えますね。

心を謙虚にして、いろんな事実を受け入れるから具体的な知識が豊富になるのでしょう。

心を謙虚にして、いろんな方の話をよく聞く人は話し上手です。

知識が豊富だからといって、知識の陳列的な話し方では、聞く側は苦痛と感じる方が多いのではないでしょうか。

聞き上手な人は、聞きながら相手の話し方を学んでいるのだと思います。

その繰り返しの蓄えのなかで、生きた情報(具体的な知識)と話し方の方法を身につけていくのでしょう。

話し上手は、聞き上手です。

人の話に耳を傾け、興味を持って聞こうとする姿勢があれば、自然と話上手になるような気がします。

まったく宗教的ではない魔除け(厄除)の方法

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玄関先に赤い色のものを吊るすと魔除け(厄除)になるという民間伝承があります。
特定の地方ということもないらしく、全国的に「知る人ぞ知る」という民間伝承スタイル。
ご近所で語り合う雑談のようでもありますが、赤い色が与えてくれる「安心感」のようなものには説得力を感じてしまいます。

赤い色の魔除け効果? たいていは、赤いホオズキとか赤い唐辛子が好まれているようです。
赤い色は人を活気づけ元気にします。
季節のお祭りや祭事、式典、スポーツ大会などでも、どこかに赤い色が使われています。
また、赤い色は食欲を増進させる色でもあるようです。
料理も、青いライトで照らすよりも赤いライトで照らす方が美味しそうに見えます。
食事を美味しく食べて、活力に満ちていれば、「魔」は寄ってこないでしょうね。
ですから、赤い色には魔除け(厄除)効果がありそうです。

免疫力を高める 玄関先の赤いホオズキとか唐辛子は、工夫すればインテリアとしても楽しい雰囲気が出せます。
玄関先に赤い飾り物があれば、帰宅したとき温かい気分になれます。
ほっと安心感が湧いてきそうです。
沈んだ気分や暗い心持ちでは、「免疫力」が低下しそうです。
そのスキをついて魔が忍び寄るのではないでしょうか。

出来るだけ笑って過ごすことが大切。
難しい話ばかりではなく、雑談の方が健康人生には有効だったり。
元気のよい朗らかな笑いは、肉体を元気にしてくれることでしょう。
血行を良くして、赤い色の血液をどんどん回転させるイメージが頭に浮かびます。
笑って血の廻りを良くする。

玄関先に赤いホオズキとか唐辛子を飾って、その雰囲気を楽しむ。
赤で免疫力が高まる。
これは魔を寄せ付けないパワーを生むと思います。
そう思う事が厄除効果につながります。

魔除けの方法 好きな音楽は、気持ちを明るくさせ、元気にします。
音楽を聴いていると、疲れたときでも力が湧いてくるのを自覚されたことがないでしょうか。
音楽を聴いて気力を高め、笑って気分を浄化し、赤い色を見て発憤し、適度(腹八分)にしっかりと食事を摂ること。
これが、まったく宗教的ではない私の魔除け(厄除)の方法です。


秋田ではナメコの群生がピーク

どうやら白神山地の秋田域ではナメコの群生がピークだという。
ほぼ爆発状態らしい。
興味のある方は「黄葉晩期のナメコ採り2011」と題されたページを訪れてみてはいかがでしょう。

大量のナメコの写真が、これでもかこれでもかというぐらいアップされています。
撮影者のニンマリ顔が目に浮かぶようです。
記事を読むと「山の冷え込みは一段と厳しく、震えるほど寒い」とありますが、私の入る山域ではこの言い方は当てはまりません。


「山は、まだこんなに温かい」というような状態なのです。
秋田ではそんなに冷え込んでいて、こんなに大量にナメコが出ているのかと驚くばかりです。


このページの写真をよく見ると、黄葉晩期とは言え、ブナの木の枝にまだ葉っぱが付いています。
私のナメコ採取地である東北北部の標高750メートル付近はもう落葉し尽くしていて、ブナの木は裸状態。
それでいて、震えるほど寒くは無い。


秋田県北部の気象はナメコの生育に有利なように変化発達しているらしい。


今度のナメコ採りは、もっと標高を下げて、まだ落葉していない森のなかを散策しようかという気になりそうです。
しかし、標高750メートル付近の冬枯れの雰囲気を持ち始めたブナの森も歩いてみたい。
体がふたつあったらなぁと悩むところです。

高血圧と認知症

前回の記事で痴呆症と書きましたが、厚生労働省の行政用語では「痴呆」という言葉が差別的であるとして従来の「痴呆症」という呼称を「認知症」に変更したということです。
2004年の12月に、そのように変更したそうです。

ちなみに、認知症というのは、記憶力が低下したり時間が認識できないなどの症状の総称で、アルツハイマー型認知症と脳血管障害による認知症に分類されるそうです。

前回の記事の、居酒屋のママさんだった高齢な女性は、お店をやっていた頃、高血圧に悩んでいた事を思い出しました。
定期的に病院に通って薬剤を処方されていたようですから、高血圧が原因の脳血管性の認知症の初期状態かも知れません。
これは素人判断ですが、そういう可能性があるなと感じました。

高血圧の治療をしていたのに、そういう症状が出るとは残念なことです。
持病を持っている状態なので医療サービスのある「老人施設」に入っていれば良いのですが。

私の友人がママさんの家族と連絡をとって、どこの施設なのかを確認し、訪ねてみると言っていましたから詳細はそれからでしょう。

仮に、長男夫婦の家へ入らずにあのまま居酒屋を続けていたとしても、高齢による疲労から高血圧症が高じていたかも知れません。
耐えられるストレスと耐えられないストレスということを考えたら、生業の居酒屋でのストレスには耐えられたような気がします。
家庭内での嫁姑の衝突によるストレスの方が耐え難いものであったろうことは想像できます。

どの道(どのストレス)を選ぶかは彼女の生き方によります。
老人施設には老人施設特有のストレスがあることでしょう。
高血圧症は一生の病ですから、上手につきあっていかなければなりません。

独りで気楽に生きている老人は、独りで気楽に生きる才能に支えられているのだと思います。
自己についての正確な認識と、いろいろな障害に対処する方法を若いうちから身につけておけば、独りで気楽に生きていける可能も少しは有るかなと思います。

痴呆症と仕事

私の知り合いに、痴呆症の初期症状が出ている女性がいる。
年齢は80歳に近い。
彼女が69歳の頃、夫が病没。

72歳まで居酒屋をやっていたが、マイホームを建てた長男夫婦と同居するために閉店。
しばらく同居の後、長男夫婦と意見が合わず、長男夫婦の家を出て長女と同居。
ところが長女が不幸にして病没したため、次女夫婦と同居。
次女夫婦とも合わず、「老人施設」に入居。
次女夫婦と同居していた頃から、「初期の痴呆症的な行動」が出ていたらしい。
この話は、私の友人が次女から聞いた話の又聞きなので詳細は不明です。

私は40歳から50歳にかけて、この女性の居酒屋に通っていたのです。

「私は水商売が素人だから、接客も料理も素人の域を出ない」というような意味合いのことを言うのが口癖のママさんでした。
「水商売」という言葉を盛んに使っていましたから、「飲食店業」に何か偏見を持ちながら飲み屋商売をしているという不安定感がありました。
当時私が暮らしていたアパートの近くにあって、ママさんの人柄も良く、低料金なので通っていたのです。

店を閉めるにあたってそのママさんは次のように言ってました。
「体が動かなくなってから息子の世話になるのでは遅い。体がまだ動くうちにご飯仕度とか家事の手伝いをしながら、徐々に息子の世話になっていくべきだ。」
そして彼女は、彼女の唱えていた方法を実行したのでした。

店も自宅営業なので家賃がかからないし、体が動くうちは細々とでも自分の仕事を続けた方が良い、というのが私の当時の意見でした。
それは今現在も変わっていません。
私自身も今の仕事をそのように続けるつもりです。

ママさんは飲み屋稼業を自分の仕事として位置づけてはいなかったようです。
だから、仕事を辞めて息子の元へ走ったのでしょう。

体が動くうちは、頭も回るし自分の意見にも固執しがちである。
特にママさんは自身に固執しがちな一面があった。
まだ元気だったから、息子夫婦と意見が合わずに息子の家を出ることになったのでしょう。

周囲とも折り合いが合わなくなり、自己の世界に閉じこもるうちに痴呆症の症状が出始めたようです。

仕事のできるうちは仕事に精を出して、多くの人との繋がりを築く努力をしていれば、痴呆症は避けれたのでは、と私は個人的に思っています。
仕事に取り組むという生き方自体が、痴呆症にかかりにくい環境をつくるのでは…

理髪店の女店主の育毛戦略

私が利用している理髪店は客が減少傾向にある。
客層が高齢で、床屋へ来る回数が減ったことが原因のひとつ。
少ない年金で暮らしているお年寄りは、大手チェーン店の散髪代金の格安な店に流れていってしまっているのも原因のひとつ。

理髪店の女店主がちょっと美人ぽい年増女であっても、それがお客を増やす要素にはなっていない。
つまり、国民が安売りに頼らなくて生きていけないせち辛い世の中になったのだ。
そういう国民相手の、理髪店の女店主であっても、理髪店の経営を破綻させる訳にはいかない。
そこで考えたのが育毛戦略。
これが経営の危機から逃れるための彼女なりの生活の方法である。

彼女は店頭に大きな看板を掲げた。

「育毛マッサージで、ハゲ・薄毛対策を!」

これはちょっと露骨過ぎやしまいか。
しかし、その過激なアジテーションぶりに彼女の闘志がうかがえる。
また、この露骨なキャッチコピーでなければ、毛に悩む人達の心をつかむことは出来ない。

「あん摩マッサージ指圧師免許」を持ってはいない彼女が看板に「マッサージ」という言葉を使用していいのかどうかは別として、彼女の意気込みは充分伝わる看板になっている。
どこかで講習を受け、どこかで「マッサージ」に必要なオイルを仕入れて彼女は新戦略を実行している。

「育毛マッサージ」で高齢者の顧客を呼び戻し、さらに育毛を実現させる事によって高齢者が床屋へやって来る回数を増やそうと言う目論見なのだ。
なんと合理的な経営戦略に基づいた育毛商法ではないだろうか。

お店の繁盛をイメージして理髪店の女店主の胸が躍る。
白衣の下の、年齢の割には衰えていない、美人ぽい年増女の胸が踊るのだ。
これだけで、3人の、鼻の下の長い高齢な薄毛客が舞戻ったというから、嘘のような話である。

ラーメンを食べると下痢をする

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下痢を予感しながら、脂と辛みのラーメンの旨味の誘惑に負ける。

昨夕、久しぶりに脂っぽいラーメンを食べました。
そのお店では「辛みそラーメン」とかいう名前のラーメンでした。
ちょっとくどくて辛いラーメンです。
割と味噌味にコクがあって美味しいラーメンだと感じました。

昨夜、缶ビールを飲んでいたら腹痛と下痢。

連れ合いは、「あっさり中華」を食べていて、なんとも無しだったようです。
私も「あっさり中華」のような普通のラーメンが好みなのですが、昨夜はこってりした味のものを食べたかったのです。
くどい味のラーメンを食べると下痢をすることが多いのですが、なんとなく食べたい思いにかられました。
たぶん昨夕は、くどい味のものを体が欲していたのでしょう。
結果下痢です、今朝までです。

体調は悪くなかったのですが、唐辛子の刺激でお腹をこわしたのかもしれません。
ミンチのお肉も、ちょっと怪しいかもしれません。
ミンチはバラバラでしたので、噛んでいる歯から逃れて、そのまま胃袋に落っこちたのもあるかも知れません。
「コシ」のある麺だったので、「かん水」が原因だったのかもしれません。
ラードとか背脂とかも胃腸に良く無いみたいだし。
要するに、くどいラーメンは私の体質に合わない食べ物なのでしょう。

日本人はラーメン好きです。
人気ラーメン店などには行列ができるほどです。
ネットで調べたら、ラーメンで下痢をする人はけっこういるようです。
特別な体質ではなくても、食後に下痢を伴うことも少なくはないようです。
胃腸が弱いと感じている方や、下痢しがちな方には、ラーメンは消化の悪い食べ物と断定しても良いでしょう。

そういう方が、まるっきりラーメンを食べないかというと、そうでは無いみたいです。
ラーメンの旨味に引かれて、ちょくちょく評判のラーメン屋の暖簾をくぐるとか。
やがてくる下痢を予感しながら、うまいうまいと食べているのです。

口や舌では欲していても、胃腸が受け付けない。
肉体に関するこういう「ねじれ現象」ってけっこうあります。

欲目に眩むということなのでしょう。
ラーメンを食べるのは、食欲ではなく、嗜好欲の働きによる衝動ではないでしょうか。
欲目に眩んで現実を無視すれば、報いは当然やってくる。

下痢を防ぐ方法は、脂と辛みの多いラーメンを食べないことでしょうね。
脂と辛みのラーメンの旨味の誘惑を断切る…

年齢とともに近づいてくるもの

もう11月だ。
そう思っているのは私だけでは無い。

あちこちで、早いねぇ、という溜め息を聞くこの頃です。
月日が経つとともに、確実に冬が近づいてくる。
頭の中は冬のイメージで一杯だ。

だが、今日もこの時期にしては温かい日だった。

温かい秋だな、と思っていると、突然冬になる。
突然冷え込んで夜に雪が降り、朝外を見ると、一面真っ白。

冬は突然やって来る。
雪が、秋と冬の境目になるのです。
雪が降らないうちは秋。
雪が降ると冬。

北国の冬は明解な仕切線が、雪によって引かれる。
突然の雪。
それは、予想された事なのだが、突然のように現れると冷水を浴びたような気になる。

年齢とともに近づいて来るもの。
それは確実なこと。
いままで、確実に生きてきたからこそ、それを迎えなければならないのだ。

冬が近づくと、身が引き締まる。
近づいてくる予感を凝視して生きなければならない。

それが冬に対する心の備え。
それが人生に対する心の備え。

理髪店の女店主は乱れて二日酔

今日、近くのショッピングセンターで、いつも利用している理髪店の女店主にばったり出会った。
彼女の視線がちょっとどんよりしている。

たぶん、昨夜飲み過ぎたのだろう。

「あらあ、久しぶりねえ」
と、私に気が付いて、彼女は二日酔特有のトロトロしたダルそうな物言いで寄って来た。
彼女のフラフラな視線が、蝶々のように私の頭部に停まる。

「ちっとも長くなってないね、もう大分経つのに・・・・。」

この頃気づいたのだが、髪の毛の長くなる速度が遅くなった。
高齢に近づくとそうなるのだろうかと思っていたところである。

彼女の理髪店に通い始めて、もう15年ぐらいになる。
15年前は、もうちょっと頭髪にボリュームがあった。
年齢が多くなるとともに髪の毛が目に見えて少なくなった。

長くなる速度は同じでも、ボリュームが減ったので、そんなに長く伸びているようには見えないのかも知れない。
あるいは、髪の毛が薄くなったのと伸びる速度が遅くなったのと、その両方のせいかも。

「育毛します〜?」
彼女は、いたずらっぽい目つきをして、面白そうに言った。

彼女の理髪店では、減りつつあるお客のボリュームを取り返そうと策を練って、育毛マッサージのサービスを始めたのだ。
私は、彼女の店では、髪が薄くなったのなんか気にしていないといつも言っているのだが、彼女はそれを強がりだと思っているのだろう。

買い物客に聞こえないように、私の近くに寄ってきて、小さな声で、「Tさんなんか、大分濃くなったのよ」

「ううっ、酒臭い」
私は、声には出さずに叫んだ。
そういう叫び方もあるのだ。

彼女は、それを察して、一歩後ずさった。

「育毛ねぇ」
彼女のお腹のあたりに目がいった。
15年ぐらい前は、彼女もスマートだったなぁ。

私がそう思ったのを、彼女はまた察したらしく、むっとして、
「行く、もうね」
と、なにやら、駄洒落のような、そうでないような言葉を残して、魚売場の方へ歩いて行った。
ちょっと足取りがフラフラしている。
あの息を吐かれたのでは、鮮魚も腐ってしまうだろう。

今日が月曜で、床屋は定休日なので、昨夜はかなり乱れて深酒したのだろう。
育毛のイメージが乱れ毛のイメージと重なった。

大量ナメコの収穫期に入る

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先週の土曜日(おととい:10月29日)、H岳の裾野にキノコ採りに入りました。
10月21日に入った山域で、今回はコンパスの角度を北側にずらして、H岳の北東向きの斜面を偵察してみました。 ネマガリタケの薮の無い、歩きやすいブナの森でしたが、キノコの姿は皆無。 薮漕ぎが無いので、散策するには非常に気分の良いコースでした。 しかし、キノコが無い。
スタート時から2時間半ぐらい、このエリアを彷徨い歩いてキノコの収穫はゼロ。 H岳の東斜面の裾野とは言っても、南方向も開けていて、そこから陽が射しているので、このエリアは日当りが良すぎるのかもしれません。
そこで前回のナメコの幼菌を見つけた場所へ行ってみることにしました。 H岳の裾野を南側に向かって横切ること40分ぐらい、前回散策した見覚えのある場所に到着。
春先の雪解け水や山に大量の雨が降ったときだけ水が流れて、普段は水の無い涸れ沢に沿った場所です. 土壁の深い沢なのですが、その沢の右岸(下流に向かって)が広く開けた場所があるのです。 丁度、小規模の河岸段丘のような地形です。 平坦な段丘面が幅20メートルぐらい、長さ400メートルぐらいに渡っています。 その南側が高さ10メートルぐらいの段丘崖になっていて、南からの日射しを少し遮っている地形になっています。 秋が遅くなって、日射しが斜めになってくると、かなりの日射しを遮る場所ではないかと思われます。
なんとこの場所がナメコの森だったのです。


この段丘面のエリアで、上の写真のようなナメコの株や、下の写真のようなナメコの群生を5〜6ヶ所見つけて、リュックは満杯に。 まだ、幼菌もちらほらありましたから、来週も楽しめることでしょう。 秋本番とは言っても、気温の高い陽が続いていますから、傘の開いたナメコがほとんどでした。 中には、下の写真のように開き過ぎて腐りかけたものもありました。 全ては山の恵みなので、丁寧に採取してリュックに収納。


いよいよ待ち受けたナメコの収穫期のようです。 これからも次々と顔を出す事でしょう。 山が冷え込めば、質の良いナメコも期待出来ます。
大量ナメコの収穫期は10日ほどの期間に渡るのではないかと私は思っています。

口の中を噛む事が多くなった。

この頃、口の中を噛む事が多くなった。
7〜8年ほど前から、額関節症の傾向があったのだが、この頃それが治まってきたなと思ったら、今度はこれだ。
噛み合わせが悪いのは、歯並びが悪いせいなのだろう。
顎関節症の傾向も、そこが原因だと思っている。

噛んだ直後は気をつけて、慎重に食事をするようにしているのだが、忘れた頃に同じ箇所をまた噛んでしまう。
「また、やった!」とすごく不快な気分になる。

このことで、ストレスを溜めないようにしようと思い直して、今度噛まなければ良いさと開き直るのだが・・・。

いつも噛むところが、そのせいで、かすかに腫れた状態になっているような気がする。
それとも口の中がむくんでいるから噛みやすいのか。

太って来ると、口の中を噛みやすくなると聞きましたが、私はどちらかと言うと瘠せに近い筋肉質な体型。

噛む場所は左側のほっぺたの内側。
このところ仕事が忙しかったから疲れが溜まっているのかもしれません。

睡眠、特に安眠できるように心がけること。
それにはストレスの発散が大切。
気の持ちようで発散出来るストレスは、気の持ちようで蹴散らそう。

あわてて食事をしないこと。
ゆっくりと丁寧に噛む事を心がけよう。
心を穏やかにして食事に望むこと。

これらが、口の中を噛む事に対する私の対策。
個人的な方法なので、これで解決するという医療法ではありません。

個人的な方法と言えば、口の中に空気を入れて、内側から頬を膨らませる体操(?)をこの頃試みています。
こうして頬を運動させれば、口の中のお肉のたるみや浮腫は回復するのではと自分勝手に思っています。

これを行った後、口の中が爽やかになったような気がします。
あくまでも、個人的な感想です。

固定観念を振り払って確認作業を怠らないこと

この頃、仕事で小さなミスが続いている。
原因は仕事に集中できていないからだと思います。
なぜ、仕事に集中できないのか。
それは、山のキノコが気になるから。
これは、半分冗談。
半分は、当たっているかも知れない。

飲食店のメニューのPOP広告のレイアウトなども手がけているのですが、電話番号とか値段を間違えてしまったのです。
幸い1枚もののポスターだったので、損害は少なくて済んだのですが。
高年齢になってミスが多くなった、という評判がたつ方が大きな損害になります。

高年齢になって、確認作業を行うのが面倒になったせいだと思います。
肉体全体の身体能力の低下から。見直しする労力を怠る傾向が出て来ているのでしょう。
思考の具合が、これで良いはずだという固定観念に支配されがちになって来ている。

全体をざっと眺めて、デザインが良ければそれでOKと即断してしまう。
細部を確認することは、高齢になると労力として負担が大きくなってきているから、ついつい怠けてしまうのだ。

これを防ぐ方法は、身体能力の維持が重要。
注意力を鍛えて判断力を高めること。
仕事をもっと楽しむこと。

仕事を楽しむことが、この頃欠けていたかも知れません。
キノコ採りの方へ「楽しむ気持ち」を奪われていましたから。
でも、キノコ採り禁止は不可能です。
アウトドアは生きる力の支えになっていると思うから。

これからは、身体能力を維持することも楽しまなくてはいけません。
イメージとしては、筋肉を動かすように脳も動かすこと。
方法としては、周囲の出来事に注意力と好奇心を発揮する事。
疑問に思う心(視点)を育てる事。

固定観念に囚われることは、思考するうえで非常に楽なことです。
物事に疑問を持って、その確認作業を行うことは、高齢になるとしんどくなってくるのは確か。
高齢者の交通事故が多い原因のひとつでしょう。

確認する事をトレーニングとして楽しむ事。
疑問に思うことをトレーニングとして楽しむ事。
トレーニングの中に、遊び(リラックスとリフレッシュ)の要素を盛り込んで、トレーニング自体を楽しいものにする事。

可能性は無限です。
方法とそれを基にしたシステムづくりで、人生をもっと楽しみましょう。

ブログで病気や事件の体験を共有する

ウェブの世界にはいろいろなブログがあります。
朝起きて歯を磨いてご飯を食べて・・・・という日記調ブログ。
旅行記や食べ歩きの記録。

私のブログは、思いついた事を何でも書いていく雑記帳のようなものかもしれません。
キノコ採りの記事は、備忘録として、次の年のキノコ採りの参考になります。
参考にするためには、春から秋までの天候の事や、山域の地形の事、周辺の山域での収穫の変化のことなどをもっと詳しく書かなければなりませんが。

私の知り合いには、この人の体験をブログに書いたら良いのに、と私が感じる人がたくさんいます。

乳がんを患って現在闘病中の方とか、経営する会社が倒産して苦労している方とか、寸借詐欺に遭われた方とか、小さな町の町長選に出馬中の方とか・・・・。
そういう人達のブログの記事を読む事は、その人達の実際の体験を共有することだと思います。
他人の体験を読む事によって知識を得、そしてそれから学ぶ事はたくさんあるのではないでしょうか。

そういう方達のブログは、多くの人々の知的資産になり得ると思います。
また、ブログの書き手も、自身の体験を記事にする事によって、遡って自身の体験を追体験し、当時は気づかなかった多くの事を知ることが出来るかもしれません。

私は、ブログはこうあるべきだと思っている訳ではありません。
いろんなブログには、いろんな楽しみや知識が埋もれています。
様々なブログに接しているうちに、固有の体験や固有の視点で書かれたブログをもっと読みたいという思いが強くなっているのです。

インターネットの世界は体験の宝庫です。
限られた日常の行動からは得られないたくさんの知識・情報が溢れています。
この頃、ブログという道具(システム)に、個人の世界を拡げる可能性を感じています。


八甲田ナメコ情報

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八甲田山域にキノコ採りに入っている知人からメールが届きました。 先週の日曜日(23日)は少ないながらもまあまあのナメコの収穫だったようです。 上の写真はその収穫の一部ということです。 ナラタケは穫れずに、ナメコとムキタケの収穫ということでした。

ただ、方々で上の写真のようなナメコの小粒ちゃんをたくさん見かけたという事でした。

今日明日は雨降りの寒い日が続きます。 ナメコがスクスク育つ環境が整いつつあるのでは無いでしょうか。
今回の秋田のウェブサイトの情報と、知人からのメールで得た八甲田のナメコ情報で今度の日曜日にかける期待が大きく膨らみました。
10月の30日はナメコ決戦のときです。 大量のナメコ収穫が期待できそうです。 未開拓のエリアですが、H岳の東側へ入山しようと思います。 地図上の判断のみで、どのくらいの収穫になるのか楽しみです。 無ければ無いで、未知の山を歩くのも楽しいかなと思っています。 しかし、ナメコの収穫は期待できそうです。 そういう予感が膨らみつつあります。


秋田の白神エリアではナメコが豊作!

前回の秋田の山釣り紀行のウェブサイトを、またのぞいてみたら、ブナ林のナメコ2011「豊作」なのです。
やはり、日本海に近い白神山地のブナ林ということでキノコの生育環境が優れているせいなのでしょうか。
この地でも、今年はマイタケとナラタケが不作だとありましたが、ナメコだけは別格のようです。

このページの記事によれば、「ナメコは、同じ木あるいは周辺の倒木に約一ヶ月にわたって生え続ける。雪が降っても、根雪になるまで生長を続ける。」とあります。
なんと力強い論旨なのでしょう。
なんと勇気づけられる「確信」なのでしょう。


普通、ブナの葉が黄葉し落葉し始める頃はナラタケはもう終わっているのだが、少量ではあるが、まだナラタケが生えているのだそうです。


山域が違うとは言え、同じ東北です。
私のキノコ山であるS岳やH岳も同じブナ林です。


今度の日曜日(10月30日)が楽しみです。
長期予報によれば、1日中晴れマーク。


今週はナメコ採取のための曜日です。
ナメコ採取のために手持ちの仕事を全て片付けること。
ナメコ採取のために体調を整えて風邪を引かないようにすること。
ナメコ採取のために長時間山のなかを歩けるように足腰のトレーニングをすること。


それにしても、この秋田のサイトにアップされた写真の説得力のあること。
このナメコの写真は、あまりにも誘惑的です。

薄毛と理髪店の女店主

この頃、頭頂部の薄毛が目立つようになりました。
もう、60歳になったのだから年齢相応の自然なことだろうと、薄毛に対する特別な対応はしていません。

なじみの理髪店に行く度に、「薄くなったわね」とその理髪店の女店主に言われる。
ついこの間もその理髪店の女主人から、「何か対策してるの」と言われたから、「やったからって、どうにでもなるものでもないよ、そういう年齢なのだから」と応えた。

彼女は、この理髪店に常連客の誰々さんはこんな事をやっているとか、あんなことをやっているとか、ハサミを動かしながら話しかけてくる。
それで効果があるのかしら、と訊くと、やったからには何ほどかの効き目はあるみたいよ、と言う。
それに、薄毛を防ごうと言う気持ちになって、その行動を起こすだけでも若返るのだと言う。

年齢なんだからどうでもいいじゃないか、という態度が一番良く無いのだそうだ。
たしかにそれは言える。
でも、私は、薄毛に関してはどうでも良いと思っているが、筋肉の衰えなどの体力の低下に関してはそうは思っていない。
筋トレをして、その対策を実行しているつもりだ。

彼女は、薄毛には頭皮を刺激するのもいいのよ、と言ってシャンプーの時ブラシで頭をゴシゴシこすりはじめた。
これは良く無いと私は何かの本で読んだことがある。
髪をシャンプーするときは、手で柔らかくもみ洗いするのがベストだとその本には書かれていた。
ブラシでこするのは頭皮を傷つけるから良く無いのだ。

そのことを理髪店の女主人に言うと、「そんなことないわよ、かえって頭皮が丈夫になるのよ」と言い返す。
こうなると、意地になって否定してくるタイプのキャラクターだから、もうそのことには触れないことにしました。

髪の毛は頭を守る役割も担っているから、薄毛だと頭を怪我しやすいのかな、などと話をそらして何気ない話題へと小舟を漕ぎ出したのです。
彼女もそれに乗って来て、薄毛の話題の岸から離れて行ったのでした。

年をとっても身なりに関心をもつのは良い事です。
いや、年をとって老人になってきたからこそ身なりに関心を持つべきなのでしょう。
当然、薄毛に対しても、シャンプーして頭を清潔に保つという最低のことは、やらなければなりませんよ。

私の若返りの方法は、とりあえず身なりを清潔に保つことかな。

自然のなかで遊ぶという生き方

人それぞれ、いろいろな趣味を持っています。
その趣味は、その人の生き方や生きる方法と深く関わっていることがあるようです。

私の趣味は、散歩的な山歩きやキノコ採り、山岳スキーです。
いずれも山を遊びの現場としています。
いわゆるアウトドア派、自然派というやつです。

山のなかで行動する事によって、自然に接し、自然を理解し、自然から学ぼうという生き方です。
山のなかで遊ぶ事によって、私の精神(気持ち)は大きく解放されます。
楽しくて澄んだ気分になってくるのです。
気持ちが活性化して、山のなかで意欲的・積極的に行動しようとします。

キノコを採るとか、あの山の急斜面をスキーで滑降するとか、そういう目的のための行動学が自然と身に付くのです。
自然に対して謙虚な気持ちで接し、自然から学ぼうとアンテナを高く掲げると、多くの事を会得できるように思います。

そうして得た行動学で、山のなかでの身の安全を確保しつつ山のなかでの行動を楽しむ。
この累積しつつある私の体験は、私の知的資産となって私の現実社会での生き方に大きく関わっていると思います。

山に行ってばかりいると言っても、私は現実逃避者ではありません。
自然と人間社会を図式的に対比させて考えるタイプの方は、自然のなかでの行動が好きな人は現実社会から逃避したがっていると考えがちなようです。
もう、だいぶ古くさくなった考え方(アイデア)ですが。

自然と人工社会をひとつの世界として、同じように接し、同じように学び、同じように楽しむのが、私の知っている多くのアウトドア派の生き方です。
会社であれ山であれ、向き合ったその対象から行動の方法を学び取るという生き方です。

大量に出始めたブナの森のナメコ達

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そろそろ本格的なナメコが出始めているとの噂を聞いて、昨日、代休をとって山へ出かけました。 ブナの森は、上の写真のように、もう黄葉が散っています。 落葉して空が開けたせいか、ここ数日雨が続いたにも関わらず山はカサカサと乾いた感じでした。 今回の場所は、以前より山岳地図で狙っていた初見参の山です。 全体に傾斜が緩くて、だだっ広い印象の山でした。 地形図には水色の沢が描かれていましたが、現実の山は水の無い深い谷で、全体に湿り気が足りないかな、という様子です。

秋田ではナラタケがピーク

キノコ採りは、現実に山でキノコを探して歩くのですが、情報収集も大事です。
キノコ採りに歩いている知人から、この時期は何のキノコが採れているかとか、例年に比べて収穫はどうかとか、聞き出して、自分のキノコ採り歩きの参考にするのです。

今年は数人のキノコ採り達から、今年はナラタケが全く少ないという話を聞きました。
地元の新聞の記事にも書かれていましたから、その情報は確かなようです。
また、私自身も、ナラタケはじめ他のキノコも採れていない状況なので、今年のキノコの不作はほぼ確定と思っていました。

ところが、です。
秋田県では、けっこう採れているらしいのです。
いや、ぼつぼつ採れ始めたと言う方が正確なのか。
私が、キノコの時期になると、ちょくちょく訪れるウェブサイトがあります。
山釣り紀行/源流岩魚写真館という秋田県在住の方がアップしているサイトです。
このサイトの管理人さんのグループは、秋田青森両県にまたがる白神山地のどこかで、源流へと遡って登山と岩魚釣りを楽しんでいるのですが、同時に、時期になるとキノコ採りもなさっておいでなのです。
それで、10月16日更新のページ、「ナラタケ&ナメコ採り2011」(興味を持たれた方は、上記のトップページよりこのページにアクセスして下さい。)には、なんとたくさんのナラタケとナメコの写真があるのですよ。

やはり、秋田でも不作ぎみであったらしいのですが、10月15日にナラタケの幼菌が一斉に芽を出しはじめた、とあります。
しっ、しかも、ナラタケとナメコの同時大量発生!

こんな記事を読んだら、仕事が手に付かないではありませんか。
白神山地という恵まれたブナの原生林だから、こうなのか。
この、遅いというナラタケの発生が、東北全般に広がるのか、今後、山へ入ってみなければ分からない状況になってきましたね。

私は、自営業ですので、今の手持ちの仕事が片付いたら、平日でも山へキノコ採りに入るつもりです。

はたして、私の山は、どういう塩梅になっていることやら・・・・・。

今年はツキヨタケが異様に少ない

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私の仕事の取引先の社長は、山菜採りが好きで、今の時期は暇さえあれば山へキノコ採りに出かけている。
社長の奥様も山菜採りが好きで、ご夫婦で山へ出かけることが多いようだ。
その奥様の話では、今年はキノコの収穫が少ないとのこと。
いつもなら大量の収穫になるナラタケ(サモダシ)が、ほんの少ししか採れていないそうだ。

今年はキノコが不作

地元紙の昨日の夕刊に、県内は今年キノコが不作という記事が載っていました。
去年は大豊作だったのに、今年は県内のどこの山域も、キノコはあまり採れていないということです。
野生のキノコを販売しているW青果店の店主さんも、今年は仕入量が少ないと言っていたそうです。

新聞には不作の原因として以下の事が書かれてありました。

●夏の時期、雨量が少なかったこと。
●秋に入って、天候の不順が続いたこと。

以上のような原因で、菌糸がキノコとして成長しにくい状態だったのではないか、ということでした。

確かに山に入っていて、それは感じるところがありました。
台風15号の去った後は、大量のキノコが腐っていましたが、例年だとキノコが出ていないところにも大量にキノコが発生していたので、採り損なったものの今年は大豊作かなと思ったのでしたが。
それ以後続いていません。
私が、私の入る山域で感じた事は、以下の通りです。

●毒キノコですが、いつも大量に発生するツキヨタケの姿があまり見られない。
●ブナハリタケも大量に発生するキノコですが、まったく見なかった。
●ムキタケの発生がまだ見られない。
●ナラタケは一時期の発生以後、まだ出ている時期なのに途絶えてしまった。

というような事です。

キノコ採りのなかには、ナラタケはまだこれからだ、と言う人もいます。
でも、この地方の冬はすぐそこまで来ています。
キノコ採りも人生も、「いつもの様に」は無いのです。
その時、その時の現実の変化と向き合って生きていかなければなりません。
変化に対処するための方法をたくさん身に付けている人が、人生の達人と言えるのでしょう。
キノコ採りも、もっと広い視野で自然と向き合うことが必要です。
自然の変化を敏感に感じとることも、自然を楽しむ方法です。

私は、ナラタケはそんなに出ないと思っています。
これから、ナメコ、ムキタケ、エノキタケがどれぐらい出るのか、今年のキノコ採りは混迷しています。


柳の木に付くヌメリスギタケモドキ

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10月10日の祭日は、仕事の予定だったが、キノコ会いたさに仕事が手に付かず、山へ出かけてしまった。
この日の目的は、ヌメルスギタケモドキ採り。
このキノコがある場所は山の中を流れる川の堰堤の上流。 堰堤のすぐ上流は、川の流れで運ばれた泥が堆積しやすく、泥土の河原は柳の木が好む生息場所となる。
川原の泥土を好むから、川原には柳の木が多いのだと思う。 この柳の枯れ木や、ちょっと枯れかけた柳の木の幹を好むのがヌメリスギタケモドキというキノコだ。

ナラタケもナメコも収穫無し

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10月9日の日曜日に、この間(9月25日)全滅ナラタケの大量の残骸のあったS岳へキノコ採りに入ってみました。
時期的に、ナラタケの第2弾が出ているはずだというネライがありました。 前回の大量発生は台風の雨で全滅でしたが、今回は大量の収穫が見込めるかも知れないと期待していたのでしたが・・・・・・。 結果は無収穫でした。 ほんの少しのナラタケとナメコだけでした。
時期的にはムキタケが顔を出し始める頃なのですが、上の写真のようなツキヨタケの幼菌がまだ出ています。 今年の山のキノコ事情は例年とは違うようです。

10月9日ともなれば、この山域なら紅葉真っ盛りのはずが、広葉樹の森の中は上の写真の通り、まだ青々としています。 気温も高めで、寒さを予想して下着を多く着込んだのが裏目に出るほどでした。 ま、山のなかでは、寒いよりは少々暑いぐらいの方が体に優しくて良いのですが。

やっと出会ったナラタケは、前回の残骸のそばにほんの少し。
落ち着かない様子で縮こまっています。 これでは大量に発生する気配は感じられませんね。
他の山では出ているらしいのですが、今年はS岳ではブナハリタケを見ていません。

立ち枯れのブナの大木に、ナメコの幼菌がチョロチョロと。
このナメコの幼菌も元気が無いように見えます。
キノコの無い山をシルバーコンパスで彷徨い歩いて、やっとナメコに出会いました。 傘が開いたナメコです。 色が白っぽいので、早生のナメコかも知れません。 この山の本格ナメコはこれからなのでしょうか。
知人のキノコ採りは、今年はキノコの出が遅いと言っていました。 だから、採りに行くのは、まだ早いのだ、と。 キノコが必ず出るものなら、そうなのでしょうが、出ないこともあるのでは、と思っています。 キノコが無いと、キノコの出が遅いと考えるのは人間の都合からでしょう。 自然界では、キノコが出ない事情があるのかも知れません。 一斉に大量発生したあとは、もう打ち止めというようなことがあるかもですね。 いずれにしろ、今後も山へ出かけますから、しっかり観察することにしましょう。
キノコがあっても無くても、山歩きは楽しいですからね。
でも、キノコが有った方がもっと楽しい、というのが本音かな。

キノコ探しの方法(その2)

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キノコ探しの方法(その1)の続きです。

山での行動
目的地(ここでは沢の分岐点)に到着するまで、ただひたすらそこに至る直線上を進むわけではありません。
その途上、小さな沢があれば、その沢筋でキノコを探したりします。
キノコは沢筋に多く発生しているからです。
沢筋を離れなければ、コンパス無しで行動しても迷うことはありません。
ただ、その沢とクロスしたポイントは、何か印を付けて解るようにしておく必要があります。
また森の中の大木の下の、薮の無い開けた空間があれば、そこを基点にして四方八方にコンパスを合わせて進み、周囲を探索します。
この時は、あまり深くは進みません。
長い距離を進み過ぎて、戻る際に基点を外してしまったら、目的地(沢の分岐点)に至るコース(地図上の直線)を見失う可能性があるからです。
ミニ探索から基点(大木の下の薮の無い空間)に戻る時は、磁針の北と南を逆にして戻ります。
基点から120度で進む場合、シルバーコンパスの北の磁針は、リングの度数線の360度(真北を意味するN)に合わせます。
これは、林道や登山道から森の中へ入るポイントでコンパスを合わせる場合も同じです。
目的地に向かって出発する時は、必ずコンパスの北の磁針をリングのNに合わせて、維持した角度上を直進します。
逆に、基点に戻る時はコンパスの南の磁針をリングのNに合わせて進みます。
こうすることによって理屈では、辿って来た直線上の軌跡を正確にもどることが出来るのです。
コンパスのこの使い方(振り返って直線の軌跡を確認する方法)をバックベアリングと言います。

注記:ここに記されているシルバーコンパスの使用法は、私が公的機関で習得したものではありません。アウトドアのテキストや独自のトレーニング、実際の経験から身につけたものです。言わば独学です。それでも、今までシルバーコンパスを使用して山で正確に行動して来ました。私は自身のコンパスの使用法には確信を持っています。ですが、ここに記されている使用法は私の体験談であって、シルバーコンパスの扱い方のテキストではありません。私の説明の仕方に不備があって、それがシルバーコンパスの誤使用につながる可能性もあります。シルバーコンパスの使い方に興味を持たれた方は、信頼出来る熟練者や信頼出来るテキスト、信頼出来るウェブサイトで御確認下さい。

地図上の目的地(沢の分岐点)に到着したら、そのポイント…

キノコ探しの方法(その1)

私のキノコ探しの方法は、私の山歩きの方法です。
どちらも、シルバーコンパスと国土地理院発行の地形図を使います。

この地方のキノコ採りの多くは、あまり山の奥へ入らないようです。
ただし、舞茸採りは別です。
彼らは人の入らない山奥で、キロ数の多い舞茸を収穫しているらしいです。

多くのキノコ採りの人達はクルマを停めた林道の周辺で採取活動をしています。
楽にキノコが採れるので、そこは人で溢れています。
多くのキノコを採取したい人は日も明けない早朝から林道へクルマを飛ばしているようです。

山歩きが趣味の私は、キノコを探して山の奥へ入ります。
まったく人の入っていない場所でキノコを採るのが好きなので、登山道が無い山へ潜入するのです。
その際必要なのが、シルバーコンパスと地形図です。

家にいるときの仕事
国土地理院のウエブサイトの地図閲覧サービス(ウォッちず)へアクセスして、近場の山の地形図を睨むのです。

ポイントはふたつ。
●広葉樹の森で、北向きもしくは北東向きの比較的緩い斜面を探す。
●近くを大きな沢が流れていて、枝沢の多いエリアを探す。

このふたつの条件に適う森を、地形図から探し当てるのです。
場所が決定したら、国土地理院のウエブサイトの「電子国土ポータル」から地形図をプリントアウトします。
「電子国土ポータル」では自動で「磁北線」が引けるので便利です。
この「磁北線」無しには、地形図を使った山での行動は不可能です。

地形図上で、そのエリアにアプローチできる林道や登山道の特定のポイントから、地形図で見つけた大きな沢の特徴的なポイント(たとえば沢の分岐点とか)に定規で直線を引きます。

そしてその線の方位角度を、シルバーコンパスを当てて割り出します。
この角度が、林道や登山道から山へ入る進入角度になるのです。

地形図に線を引くときは、目標の沢や稜線に対してなるべく直角にぶつかるように引きます。
このほうが、多少角度がずれても、目標物に確実に辿り着けるからです。

山での行動
山の進入ポイントに到着したら、紐付きのシルバーコンパスを首から下げて、進入角度を合わせます。
地形図上に記した直線上を進むには、シルバーコンパスの指針が指し示している角度を正確に直進しなければなりません。
もちろん、薮漕ぎ山行です。
シルバーコンパスの針の先に特徴的なもの(立ち枯れの大木とか大岩とか)があればそれを目標に直進します。
特徴的なも…

雨続きなので山のキノコはどうなっているでしょう

今度の連休は山へキノコ採りに行けそうなのですが、今週は雨続きでまたもやナラタケには良く無い状況が続いています。
雨に弱いナラタケに大量の雨です。
また黒く腐ったナラタケの群生を見るのではないかと心配しています。
そろそろナラタケのシーズンも終盤なので、収穫は期待出来ないかもしれません。
美味しいオニナラタケも今年は食べられないかもしれません。

ナメコのシーズンは中盤ぐらいです。
ナラタケに比べるとナメコは丈夫な食菌なので、ナメコの収穫にかける期待の方が大きいのです。
ナメコは雪が降り始める頃でも出て来ますから、かなり寒さに強いキノコなのです。
東北地方では雪が降る頃に出るナメコを「ユキノシタ」と呼んで採取しているキノコ採りもいます。
寒いなかで出て来たキノコは、なんとなく旨味が濃いように感じるのは気のせいでしょうか。
ナラタケにしても、春のものより秋のものの方が味が濃くて美味しいのです。
寒さがキノコの旨味成分を増加させるのはほぼ確実。
寒さは良いのですが、雨はいけません。
せっかくの旨味成分も雨で破壊されてしまっては、晩秋の楽しみが無くなります。
今期最後のナラタケの無事を祈るばかりです。
ナメコは雨にも強いので、ちょっと安心しているのですが。
キノコの時期は、心配ばかりして落ち着かないキノコ採りが妙にソワソワしています。

私の二日酔の対処法

昨夜は久しぶりに街で飲みました。
外で飲むのは一ヶ月半ぶりだったので、少々飲み過ぎです。
案の定、今朝はボーッとして、二日酔ぎみ。
なかなか仕事がはかどらない。

そこで私の、極めて個人的な二日酔対処の方法について書きます。
対処の方法と書くと、たいそうなものに感じられますが、いたって簡単なことです。
しかし、簡単だからと言っても実行が容易であるとは言い切れません。

まず、飲み過ぎたことを後悔しないことです。
飲み過ごした自分を責めないこと。
これがいちばん大事な方法かも知れません。
調子に乗って飲み過ぎて、体は大量のアルコールでダメージを受けています。
後悔や自分を責め立てることは、そのダメージを受けた肉体にさらに追い打ちをかけることになります。
自責のストレスが自身の肉体を責め、体や精神の免疫力を低下させることでしょう。
お酒は、飲む時楽しく、飲んだ後も楽しくです。
飲んで楽しんだのだから、少々飲み過ぎたりハメを外したことは良しとしよう、と自分に働き掛ける。
疲れた体を自身で癒すことが、二日酔の最大の対処方法だと思います。

次に、肝臓も疲れていることでしょうから消化の良いものを食べ、条件が許せば休養して体を休めることですね。
飲み過ぎに特効薬は無いと思っています。
もしあれば、世の中に二日酔者が溢れ、廃人が溢れることになるかも知れません。
やはり、自身をいたわり休養することが一番だと思います。
それが出来ないなら、お酒を飲まないことです。
二日酔のもっとも優れた対処法は、お酒を飲まないこと。
これが一番難しいですね。
簡単な道を歩むか、難しい道を歩むかは人それぞれです。

山の初冠雪とナメコ

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とうとう山に初冠雪があった。

街からも山の上部辺りが、うっすらと白く見える。

いつもより2週間ぐらい早い初冠雪だ。

紅葉が始まったばかりなのに、もう雪の季節となった。

今年は、冬が早く来そうな気配がする。

知り合いから、先週の日曜日(おとつい)に山でナメコを大量に採ったというメールが、今日私に届いた。

これがメールに添付されていたナメコの写真。

美味しそうなナメコが大量にあるではないか。

私は、おとついの日曜日は仕事で山へ行けなかった。

こんな写真を見たらじっとしていられない。

山が急激に冷え込んだので、ナメコが一斉に顔を出したのだろう。
今年の山は、ナメコも豊作のようだ。
街も夜になると冷え込んでくるのでストーブを出している家庭が多い。
寒い夜は温かいナメコのみそ汁が最高。
天然のナメコはツルツルしていてコクがあって、とても美味しい。
ナメコは優れた食菌で、栄養分も豊富。
特にガンの予防に効果的だと言われているβグルカンが豊富らしい。
美味しくて体に良くて、こんなに可愛いナメコが現れ出したら、もう仕事が手につかないい。
山頂に初冠雪、谷に大量のナメコ、である。

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